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第31話
それは奇跡だったとしか言いようがない。
ルイが結界内に入ってくる絶妙なタイミングで俺は瞬間移動を発動し、ルイとすれ違うような形でルイの結界から抜け出すことができた。
抜け出せた先は、いつだったか俺が弄んでしまった武闘会竜人戦の優勝者の前。仰天している優勝者の胸ぐらを掴んだ。
「お前に異世界転移ができるなら、俺を連れて、今すぐ、どこでもいい、異世界転移しろ」
そう脅せば、優勝者は理由も聞かず、真顔で俺を連れて異世界転移してくれた。
優勝者は俺がただ怖かったから俺を連れて異世界転移してくれたのかもしれない。
もしくは優勝者が俺とルイの婚約解消を知っていれば、何かと事情があると察してくれたのかもしれない。
俺は中にまでべったりとルイにマーキングされ、爛熟した香りを放っていた。湯浴みしても落ちない匂いを抱えていた。
異世界転移には多くの竜気を使う。ルイが俺の竜気を辿って異世界転移すれば、俺はルイにたちまち捕まってしまうだろう。
ところが優勝者が一度俺の竜気を断絶するように俺を連れて異世界転移してくれれば、話は違ってくる。
ルイは俺を探せ出せなくなる。
これが優勝者ではなくリアムだったら、めんどくさそうな展開が予想できた。
これが優勝者ではなく、別の竜人だったら、俺の脅しに反応してくれたかどうか分からず、そもそも俺を連れて異世界転移する力量があったかどうか、定かではなかった。
屋敷から転移した先、たまたま優勝者の前で良かった。
優勝者は俺を連れての異世界転移後、地面に大の字になり、汗をぼたぼたと垂れ流しながらはぁはぁと息を大きく乱している。
流石竜人と言うべきか。
そんな様子でもさまになっている。
まず顔がいい。くっきりと整った男らしい目鼻立ちに意思の強そうな眉。唇は形よく情熱的で、体躯は立派で雄々しい。
大の字で寝転がっていても無様じゃない。何とも言えない男の色香が漂い、このまま寝転んでいれば血迷った輩が優勝者の上に縋りついてきそうだ。
優勝者にはそこはかとなく、包容力というか優しさというか、そんなものが漂っていて、ある程度のことは許してくれそうな気がした。
優勝者の横に膝をつき、優勝者の額の汗を俺の袖で拭おうとして、気で弾かれた。
「俺の匂いをつけないで下さい。見つかれば俺が殺される」
「すまない」
「……いいんです。結局は俺が選んだことですから」
懐から大金貨の入った巾着袋を取り出し、優勝者のそばに置いた。
「これは正当報酬で俺が手に入れたものだ。こんなもので良かったら使って欲しい」
「正当報酬?」
余計なことを言ったか。薄い笑みを浮かべた。
「俺は……ちんくしゃ男娼だ」
優勝者が真っ青になって跳ねるように飛び起き、俺の腕を掴んだ。
「ま……っ、それは」
「気を使わなくていい。変なことを言った。ありがとう。助かった。ここで」
「待って、待って下さい! あんたはちんくしゃでも何でもないし、むしろこんな金で買えるなら、俺」「匂いがつく。お互いに」
近くに流れていた川に優勝者を掴んで放り込み、俺もついでとばかりに、ざぶんと飛び込む。
「な、な……」
「乱暴だったか。悪い。ふふっ、お前、水も滴るいい男だな」
「……その言葉、あんたの方が似合ってますから。あの、込み入った事情があるかもしれないのに、口を挟んでしまってすみません」
「気を使わなくていいが……喋ってみれば、えらく素直で可愛いんだな」
「え、か……? か?」
「初めて言われたか?」
「う、あ……あ、あの、その! 大丈夫ですか? 逃げている相手はあの古代黄金種ですよね?」
「うん、まぁ、たぶん。ありがとう。助かった。次会うことがあれば一杯おごる」
優勝者の匂いと一緒にあの屋敷の匂いを取るために川の中に潜り込む直前、ぞっと鳥肌がたった。
「逃げろ」
ルイの竜気だ。かなりの怒りの波動を感じる。
どぷりと川の水に浸り、異世界へ転移する。
逃げられるだろうか。
自分の矜持をかけて、異世界転移を繰り返した。着地から転移の間、時々ルイの竜気を感じる。追われている。
異世界転移を繰り返せば、苦しくて、辛くて、このまま死ぬんじゃないかと考え、そのうち、このまま死んでもいいか、という考えに達した。
生きてルイに捕まれば、また発情させられていいようにされる。そしてまた、捨てられる。飽きたと言って。
あの絶望感を味わうくらいなら、こんな状況でも、自分の意志で、自分が自分でいるうちに死んだほうがマシだ。
生きることにしがみつくのをやめると、身体や心の緊張が緩んだ。
とつ、とつ、とつ、と異世界転移を繰り返し、ついに精魂尽きかけ、ある地で倒れ込んだ。
目の前には急に現れたことに驚く一匹の蜂蜜色の竜がいた。覗き込まれる。
『グォゥゥ』 [おい、大丈夫か?]
竜人だ。それも古代黄金種。
「頼む、どこでも、いい……俺を、連れて……異世界、転移、してくれ」
いきなりの俺の頼みに蜂蜜色の竜が固まった。
それはそうだろう。俺なら見知らぬ竜人にいきなり異世界転移を頼まれて、はいそうですか、と言わない。
ここまでか。
そっと目を閉じると、蜂蜜色の竜に身体をすくい上げられた。
『グォゥゥグゥ』 [いいよ! 俺に任せて!]
蜂蜜色の竜は太陽の光をきらきらと反射させ、意気揚々と異世界転移を繰り返した。
流石、黄金種というべきか。勘のいい奴というべきか。
俺を追ってくるルイの気配を感じ、俺と同じで疲れ果てているだろうルイを撒いて逃げてくれた。
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