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第35話

 僕の胸に埋まるカラメル色の幼竜が涙目でこくこくと頷いた。 「彼は呪われている。悪い魔女に捕まったようだ。俺の結界に入るには、俺が認めた竜人でなければならなかった。だからその男は悪い魔女に竜人であることを辞めるようそそのかされ、生粋の竜として俺の結界内に侵入したようだ。俺が見つけた時にその男は死にかけていた」 「な、なんで……そんなことを……」 「死ぬと分かっていても、お前を追いかけずにはいられなかったんだろう」  カラメル色の幼竜が僕の胸元に顔を埋め、ぎょぉい、きょおいと、むせび泣いた。  これは……どうすれば。 「話し合え、ヴォルフ」  腕の中でむせび泣くカラメル色の幼竜を見た。  確かに僕にも非があった。  面白がってルイを挑発したりもした。言葉遊びも。投げかけた言葉はしっかり倍になって返ってきたが。 「身体が疼くんだ。慰めてくれる人の所へ、今夜は行く」だの。 「泊まる所がない。お金もない。身体を売るしかない……毎夜、毎夜、売れるだろうか」だの。 「気持ち良くなりたければ、同じ竜人に上書きしてもらってから、数度抱いてもらえば、いや、俺は後ろが未開通」だの。  自分の顔が普通顔だと信じ、売れない前提で冗談を振る舞った僕と、僕の顔立ちが最初から庇護欲をそそるものに見えていたルイとでは、かなりの温度差があったはずだ。ルイが心配して怒ったのも頷ける。  あの時、俺とルイは婚約を解消していて、ルイには俺を止める権限がなかった。  だからルイは俺を買うしかなかった、のか?  だが挿れる必要はなかったように思う。いずれ俺の運命の番リアムに譲り渡すつもりなら。しかも中出し。避妊はしていてくれたが、あんまりだ。  ふと思う。レイモンドはルイから話を聞いたんだろうか。  だがどうやって? 僕にはぎょいぎょいとむせび泣く、カラメル色の幼竜が何を言っているのかさっぱり分からない。 「その男は魔女に対価を払っている。愛を得られなければ、泡となって消えてしまうぞ」  僕はカラメル色の幼竜を胸に抱いたまま、切羽詰まって、ふるふると震えた。 「次から! 次へと! 頭がぐちゃぐちゃで整理できない! 僕には今のルイが何を言っているのかさっぱり分からない! 愛を得られなければ泡になって消える? 人魚姫かよ!? 俺がルイに愛を与えればルイは元に戻るのか!? じゃあどうやって僕はルイに愛を与えればいいんだ!」  レイモンドが、神が生命を賭けて創り上げたような美貌に薄く笑みを刻んだ。 「古今東西、呪いを解くのも、愛を確かめ合うのも、口付けと決まっている。試してみればいいのでは?」 『ぎゅわ』  カラメル色の幼竜が大きく首をぶんぶんと縦に振り、きらきらと澄んだ琥珀色の瞳で僕を見た。力が抜ける。 「何だことは。それに何でこんなことをしたんだ、ルイ」 『ぎょいぎゅぎゅうぎゅう』  豆粒みたいな長さの腕をぶんぶんと振り回し、身振り手振りで教えてくれるけど、さっぱり分からない。 「僕のこと好き?」  大きな音を立てながら首を縦に頷くカラメル色の幼竜を、俺の目線まで持ち上げる。 「僕の愛が欲しい?」  カラメル色の幼竜が半泣きになりながら、大きな音を立てて首を縦に頷いた。 「僕を……番にしてくれる?」  手のひらの上、幼竜の琥珀色の瞳が涙でいっぱいになり、ふうわりと浮くと、そっと俺に触れるだけの口付けをした。  とたん、金色がかった全身水晶のように美しい光が幼竜を覆い、ゆっくりと人へと変化していく。  かつて、容姿はきわめて端麗だったルイが、痩せ衰えた人の姿になって現れて。  こんなに痩せ衰えたルイを見るのは初めてで、衝撃のあまり言葉を失っていると、真綿に包まれるようにそっとルイに抱きしめられた。 「もう番ってる」 「え?」 「既成事実がすべてだ。ヴォルフ、お前は自分の運命の番が見つかったこと、俺に言ってこなかっただろう?」 「……うん。やはり気が付いていたのか」 「ああ。婚約披露宴の時に。俺はあの時から、お前の運命の番リアム・ド・ヴレにお前を譲るべきだと思っていた。それが運命の流れに沿ったものだと、理屈では分かっていた。でも感情はそううまくいかなかった。どうしてもお前を手放したくなかった。ヴォルフは俺の、俺が見つけた俺だけのものだ……しだいに俺は俺の矛盾するどうしようもない感情に飽きてしまった。だから婚約を解消した」 「ルイは俺に飽きたんじゃないのか」  ルイの鍛えられた背中にそっと腕を回せば、耳朶に優しい口付けが落ちた。 「一目見た時から今も、ずっと焦がれ続けている。どうやってお前に飽きればいいか俺は分からない。俺がお前を幸せにしてあげたかった。でもあの時、お前は着実にリアム・ド・ヴレとの距離を縮めていった」 「……全然縮まってなかったと思う。最後は二度と会わないと約束したし……その後すぐ、ルイに婚約を解消されたけど」 「ああ、行方不明になったお前を半狂乱になって探しているリアム・ド・ヴレからもそう聞いた。それからお前はともかく、リアム・ド・ヴレは確実にお前との距離を縮めている気でいたぞ」 「そう、それで」 「……随分とアイツにつれないな」 「初めからリアムに情を持つ気はない」  運命の番は存在そのものが強烈だ。引きずられたくない。 「僕を金で買ったのはどうして?」  ルイがぶるぶると震えて、俺を強く抱きしめた。 「お前が、他の誰かにお前を売ると俺に言うからだ。俺が買うしかないだろう……! 運命の番にさえ譲りたくないのに、どうやってそこら辺の他の誰かに譲れると言うんだ……!」 「う……ご、ごめん」 「お前は俺に愛されている自覚があるから、俺を試したんじゃないのか?」 「いや……」  あの時は流れが面白そうだったから。いや……ルイはあの時、絶対に俺を買うと、絶対に他の誰かに俺を譲るはずがないと、確信していた。調子に乗っていた。ルイがあんまりにも可愛い独占欲を見せるから。 「ルイ、ごめん」 「いや」  俺の両頬をルイが両手で包み込んだ。揺れる琥珀色の瞳で見つめられる。 「余裕がなかった。土壇場でアイツに譲りたくなくなって、同意もなしにその場の勢いで無理やり番ってしまって悪かった。そのあとも意地を張ってお前に金を積むような意地悪して悪かった。俺の気持ちを何ひとつ伝えず婚約解消して傷付けてすまなかった。もう一生傷付けない。約束する。だからどうかお願いだ。俺の番、もう逃げないでくれ。俺の元に戻ってきてくれ」  ――愛している。  囁きが鼓膜を揺を揺らした。 ーーーーーーーーーーー 「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、ぜひリアクションやしおり、お気に入り登録で応援いただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。よろしくお願いいたします!

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