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第45話
パラレルワールド 4
そっとリアムの体温が離れた。少しさみしいと思うのは、恋情からじゃない。もっと深くえぐるような部分から。こんな時、リアムが僕の片割れだと痛感する。
「昔、人として生きていた貴方はとても大人しかったと聞いた。勝手に勘違いした相手を追い払うのに苦労した姿が目に浮かぶ。気のない相手に……私に、つれなくするのはそのせいか?」
顔を伏せた僕の目の下。滑らかなリアムの指がゆったりと這う。リアムの指先に僕の涙が。
はっとした。僕の体液。リアムの指先に意図ぜずマーキングしてしまった。
焦り、リアムの手首を掴めば、リアムは吃驚したように真っ青な瞳を見開き、僕の視線を追って僕が何を思ったのかを知ったようだ。リアムは見ていてせつなくなる笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。その気もない竜人の体液ではマーキングできない。それに貴方になら、マーキングされても私は構わない」
「リアム」
「いや、むしろ、して欲しい」
「リアム!」
「私が貴方を諦めた理由を貴方は理解しているのか? 貴方があの男と番えないなら死ぬと言い切っていたからだ。でも今は違う。そうだろう?」
「リアム……?」
リアムの様子がおかしい。僕との会話がどこか繋がっていない。稀代(きたい)の美貌がどこか陶然と蕩けているばかりか、朱に染まっている。まるで体温を体現するように。薄く開いた口から、嫣然とした吐息が漏れた。
まさか。
リアムは自分の匂いを僕から遮断してくれてはいるが、僕からの匂いは遮断していない。
「逃げるな!」
抱き込まれて戦慄する。リアムもルイと同じだ。僕は彼らに力で敵わない。
「怖がらなくていい。貴方の嫌がることを、私はしない。約束する」
「リアム、まず、僕の匂いを遮断して、冷静になれ。今している行為こそが、僕の嫌がる行為だ。今すぐ理解しろ。理解したなら、離せ」
「でも貴方は言った。運命の番などに縛られず、私に自由に生きろと。私が貴方を運命の番として見ずに、ただのヴォルフとして見て欲しいと、そんな愛らしいことを口に」
「していない!」
「そうだっただろうか…そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……ああ、私のヴォルフ。最高にいい匂いだ」
完全に僕の匂いで酩酊している。猫にまたたび、竜人に運命の番、とはよく言ったものだと思う。
僕の首筋を酩酊状態のリアムの鼻先が滑った。リアムに抱き込まれた身体をこわばらせれば、なだめられるように背中を撫でられた。むかつくことにリアムは僕の運命の番だからか、触れられること自体に抵抗がない。
それにしてもリアムは矛盾している自分の言動と行為をどこまでまともに理解しているのか。
「……リアム」
甘く掠れた声を出して、名前を囁けば、リアムの神授の美貌が恍惚と蕩けた。凄まじい破壊力だ。物陰から覗き込んでいるタクトが真っ赤になって膝から崩れ落ちた。
そっと両指先でリアムの両頬を包む。リアムの透明度の高い海のような瞳が歓喜で揺れた。瞬間、歯を食いしばって、思いっきり、リアムに頭突きする。
「……!!」
「僕の匂いを遮断しろ。話はそれからだ」
「どんなに反対されたとしても、私もここに住む! ヴォルフを他の男と二人きりにさせられない!」
「タクトはまだ子供だ。安全だ。危険なのはお前だ。帰れ」
リアムの視線が物憂げに足元に落ちた。
「匂いは遮断した。もう世界一安全な男だと私が私を保証しよう」
「別に保証しなくていい。帰れ」
「貴方はどうして……! 貴方が自分の身くらい自分で守れると私だってちゃんと分かっている! それでも守ってやりたいとか、支えてあげたいとか、どうしても考えてしまう私の何をどうか否定しないで欲しい。タクトの身柄が落ち着くまででいい。どうか私もこの家に置いて欲しい。置いてくれないのなら」
僕の手でリアムの言葉を制した。
「勝手に住む、か? いや、どうして分かったんだという顔しなくていい。分からない方がおかしいから」
これは困った。流石何を企んでいるか分からないタクトをこの家に残したまま、異世界転移し、リアムから逃げる訳にもいかない。
……いや、困らないか。盗られて困るものはこの家に何もない。
逃げるか。
僕が異世界転移する前。
リアムが意を決したように、真っ青な瞳で僕を射抜いた。世にも美しいその顔には歯痒いまでの真摯さが溢れている。何を思いついたのやら、少し気になってしまった。好奇心は猫をも殺すというのに。
「どうした、リアム?」
「隷属の首輪を用意する。私を貴方の奴隷にしろ」
「悪いが、僕にそんな趣味はない」
素っ裸にひん剥けば、隷属の首輪はリアムの白い肌にさぞや映えるだろう。その時、神授の美貌に浮かぶのは、屈辱と僅かな期待。いや、やめろ。僕に何も期待するな。僕には何もできない。この世で一番手を出していけない人物の名前を挙げろと言われれば、僕はリアムの名前を出す。後が怖いからだ。
「ち、違う! それで貴方の身の安全はそれで約束できると、私は言いたかった!」
「……やめておいた方がいい。竜人は自分で思うより、矜持が高い。隷属させられれば、心が、壊れる」
「ヴォルフ、私のためにそんなことまで考えてくれるのか」
「リアムにそっちの趣味があれば別だが」
「あるか!」
地団駄踏むリアムを尻目に、空気のように存在を消したタクトがお茶を差し出した。まるで従僕のそのものだ。慣れている。
「分かった。タクトが落ち着くまでリアムもここに住めばいい。ただし、その前に緊箍児きんこじを用意してもらえるか?」
「きんこじ?」
「知らないかのか? 孫悟空が頭にはめている金の輪っかだ」
「知らんな」
「知らないなら別にいい。僕が呪文を唱えるとそれでリアムの頭を締め上げる事が出来るようになる」
「なるほど。それでヴォルフは私を隷属させずに制止できるようになる訳か。ではその緊箍児とやら、特別製を創らせよう。厳選したデザインもさることながら、普通の緊箍児では私の頭を締め付ける前に、壊れてしまう」
「緊箍児は観音菩薩様より賜るものだ。お前仕様なら壊れもしない。安心して賜りに行け。それが出来上がり次第、リアムはここに住むといい。厳選としたデザインとやら、楽しみにしている」
「待て……っ! その観音菩薩というのはヴィルトリアの人間が拝める神仏だろう! 現実どこを探してもいない神仏を見つけてこいとは、なんだその雄大な断り文句は! アイテム職人に緊箍児を作ってもらうよう頼んでくる。デザインは最速で用意できる単純素朴なもので妥協する! 行ってくる!」
「何だか、楽しくなりそうですね」
タクトがお盆を抱えて、にこにこ、と笑った。
ーーー
【補足説明のようなあとがき】
緊箍児、孫悟空の金の輪っかです。
ちなみに実際に2010年、緊箍児がパキスタン北西部のガンダーラ遺跡で発掘されたそうです。ただ頭に頭に付けるにしてはとても小さく、いったい体のどこ装着したのだろうと研究者達が色々と頭を悩ませた結果、男性器だと暫定的結論に達したそうです。用途は避妊目的。ソコに使用すれば美女に迫られても、痛くて勃起できないからだとか。
この話を読んで、
護衛対象が男で護衛がゲイならやはり緊箍児が必要になるのでは?と思ってしまったそこの貴方!私も同じです。美味しそう。
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