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第46話

パラレルルート 5  この茶番さえ終われば、タクトもリアムもまとめてこの家から追い出せるというのに、リアムがそばにいるといつの間にか全神経が持っていかれてペースを乱されてしまう。  リアムが帰ってくるまでにこの茶番を終わらせてしまう方がいいだろう。  僕はタクトに向かって敵意なくにっこりと微笑んだ。 「稀人の登録をしに行こうか」  ここルエティアでは稀人を手厚く保護する為、大きな都市では稀人の登録、保護を一年中、どの時間帯でも受け付けている。これは住民とのトラブル回避の為でもあった。    でも僕の自領は田舎だ。そういった機関はなく、手続きは簡単にいかない。それくらい名前だけの領主である僕だって知っている。  そこで僕は手取り早くタクトを連れて王都まで転移し、タクトの稀人登録することにした。タクトは嫌がる素振りを見せず僕に大人しく従ってついてきた。  僕が稀人の登録することもタクトの想定内ということなのか。    タクトを連れて僕が稀人保護機関の扉を潜れば、誰もが一斉に僕を見た。  反応はおよそふたつ。魂の抜けたような恍惚とした表情で僕を見惚れている者か、もしくは恐怖の滴り落ちる眼で僕を見据えている者。  これは結局、竜人特有の並外れた美貌に見惚れてしまう者か、別世界の人種だと血肉で感じ恐怖する者かに分かれるということだろう。  演技派タクトをちらりと見た。竜人を見た人間の反応がこのふたつに分けられることを知らなかっだようだ。驚いている。  タクトは僕を見た最初の時、自然体過ぎて不自然だった。竜人慣れし過ぎて、人間のことを知らなさ過ぎる。  タクトを稀人登録し、保護責任者を僕と定め、資料をもとにタクトの故郷と繋がる異世界ルートーー村と村、国と国。それらが隣り合わせにあるように、異世界同士もやはり隣り合わせに繋がっている。このルエティアには色々な異世界と繋がる便利なルートが存在しているーーがあるのか調べてもらえばそんな異世界ルートは存在していなかった。それもそうだろう。タクトは嘘をついている。稀人でも何でもない。  タクトの故郷の場所も限定できず、限定できない場所に僕が異世界転移できるはずもなく、タクトは家に帰れないことがはっきりと断定してしまった。茶番の筋書き上では。さて、タクトはどうする? 僕は流れ的にタクトに謝っておくことにする。 「こんな結果になってしまって、申し訳なく思う」 「え? あ、そんな謝らないで下さい。ご領主様が悪い訳ではありませんし……その、帰れないのは……やっぱり辛いですけど、でも、故郷で行方不明になった僕の死体は故郷で絶対に見つかりませんよね? それが家族や友人達の希望になればと、そう思います」 「……そう」  幼少時代、虐待を受けた経験や、育児放棄で愛情を与えてもらえなかったことが原因となり、芝居がかった言動で周囲の関心を引こうとする者がいる。タクトはソレか? ただ僕の家に迷い込んできただけか。もうこれ以上茶番に付き合う必要はないのかもしれない。適当に追い出すか。  僕の見限った雰囲気を感じ取ったのか、タクトが言葉を付け足した。 「あ、えっと、稀人の僕はいつかこの世界の人に殺されると思いながら、一ヶ月、ヴォルフさんの家に潜んで生きてきました。だから、えっと、うまく言えませんけど、故郷は諦めて、この世界で生きていけることに感謝して、頑張ります!」 「そう」  冷めた返事になってしまったのは、いつから一ヶ月も僕の家で潜んで暮らしていた設定に変わったのかと思ったのと、タクトの姿はとても一ヶ月僕の家に潜んで暮らしていたとは思えない姿をしていたせいだ。  タクトの黒髪は丁寧にカットされ、艶やかで健康そうな肌には数本の無精髭すら見つからない。きちんと切り揃えられた爪。毎日洗濯されているだろう清潔で、皺のないパリッとした真白いシャツ。毎日をまっとうに暮らしている者の身なりにしか見えない。  あまりに無理な設定だと、興が削がれる。やはりこのまま放置して帰ってしまおうか。僕以外入れない結界に変えてしまえば、すべて丸く収まるような気がする。  突然、僕達の担当をするという、不自然な男が現れた。櫛の存在すら知らないようなボサボサの黒髪で、厚底メガネをかけた茫洋(ぼうよう)とした男だ。  おもしろい。この芒洋とした男は初見、僕を見て、何の反応も示さなかった。これはタクトに続き、近年稀に見る反応だ。  僕が仮面をつけている時でさえ、あらゆる生物は僕の肢体を網膜に焼き付けようと視線を注いでくるか、あるいは戦慄するものを感じて全身総毛立ち、震えるかの二つの反応が見られた。こんな暖簾に腕押しの反応はない。この男もおそらく人間慣れしていない竜人だろう。タクトの共謀者か。茶番の幅がここで広がるのか。  芒洋とした怪しい男はまだ少年にしか見えないタクトを不憫に思った風を装って色々と調べてくれた。僕にとっていらない情報だけど、僕も道化師として生きてきた誇りがある。親身になって聞いたふりをした。  何でもここルエティアではタクトの故郷から、ごくごく稀に稀人やら雑多な物が時々落ちてくることがあるそうで、ニホン人の会というものが毎月ここ王都で開催されているそうだ。ただそのニホン人の会はニホンを懐かしむお茶会といったところで、タクトの故郷の位置情報など有力な情報は得られそうにもなかった。  僕にとってまったく無意味な情報と時間だった。  その後、芒洋とした怪しい男に、タクトの健康状態を調べるために血液検査を勧められた。タクトはそれに驚き、芒洋とした怪しい男を睨んでいたけど、芒洋とした怪しい男は知らん顔をしていた。  おもしろい。これは共謀した二人の計画にない流れのようだ。芒洋とした怪しい男が暴走し始めたように見える。  芒洋とした怪しい男に勧められるまま、タクトの血液検査をおこなえば、数値の良くない結果が出た。  芒洋とした怪しい男の説明では、ひとり僕の家で”家つき妖精”として生きてきたタクトは衰弱しているので、このままこの施設で入院させると、言い切った。  確かに普通の人間が僕の家で一ヶ月も隠れて暮らしていれば、衰弱するかもしれないが、その点を僕に相談なしに決めてしまうとは、やや強引な気もする。  タクトを見れば同じことを思っているのか、イライラした感情を押し殺すためか、俯き震えていた。でも芒洋とした怪しい男に逆らうつもりはないようだ。  二人の力関係が何となく見えるような気がした。  タクトの入院手続きを済ませ、明日は二人何を楽しませてくれるのだろうと、意気揚々とひとり転移で自宅前まで帰れば、タクトの顔が思い出せなくなっていた。  タクトは認識阻害アイテムを使っていた。おそらくあの眼鏡。タクトが一体どんな顔をしていたのかまったく思い出せない。僕の知り合いか? ありえない。僕の竜人の知り合いは、五本の指で足りる。その中にタクトのような者はいない。 「遅かったな」  世にも美しい声で気が付いた。暗く冷たい雨の中、家の影にリアムが佇んでいる。  冷たく滴る雨がリアムの美しい輪郭を強調するように滑り落ちていく。  浮かれていた気持ちが一瞬で冷めた。  孤児院にいた時、今のリアムと同じように冷たい雨の中、傘もささずに僕の帰りを待っていた子がいた。僕のことを兄のように慕ってくれる妹のような子だった。雨に濡れながら僕を待っていたせいで、風邪をひいて呆気なく逝ってしまった子だった。 「どうして中に入って待っていなかったんだ!? こんなに濡れて」 「鍵がかかっていた」 「転移すれば良かっただろう!?」 「入ってしまえば、鍵の意味がなくなり、貴方はまた、鍵をかけなくなる」  タクトに勧められ、家に鍵をかけて出たのが仇となってしまったようだ。  リアムの腕に触れば、リアムはいつから待っていたのか、ひんやりと冷えていた。  焦り、そのままリアムを家の中に引きずり入れ、キャビネットの中からバスタオルを取り出して、リアムに渡せば、リアムはぼんやりと僕を見下ろしていた。 「早く拭いて」 「タクトは?」 「今夜は帰らない。衰弱していて入院だ。明日精密検査を受けることになった」 「あの子がか? ピンピンしていたぞ? それにあの子は竜人だろう? 何をどうすれば衰弱なんて器用なことできるというのか。ああ、そういえばあの子はヴォルフの知り合いか? 認識阻害アイテムを装着していたようだけれど」 「そんなことどうでもいいから、早くその濡れた身体を…ああ、もう、いい! 来い!」  バスタオルを手にしたままのリアムに焦れ、リアムの腕を掴んで、バスルームまで連れて行き、空のバスタブの中に放り込んだ。リアムは背は高く身体もそれに伴い大きいが、この家のバスタブはそれよりずっと大きい。窮屈さはない。でもそこで気が付いたことがある。 「靴を脱いで」  僕にされるがまま唖然呆然としていたリアムがゆっくりと靴をバスタブからコトン、コトンと音を立てて放り出すと、僕は待ちきれなかったとばかりにシャワーとバスタブの湯を捻った。  もうもうと燻くゆる湯煙の中、いつの間にか、はだけていたリアムの胸元から、筋肉質な肌が覗き、水を弾いていた。匂い立つような色香に、目を逸らし、バスルームを後にしようとすれば、リアムに手首を掴まれた。 「ヴォルフ」  リアムの黒髪が雨と湯に濡れ、神が授けたような美貌に影を落としていた。 「何故こんなことを?」 「身体が冷えている。風邪をひく」  腕を引かれて、バスタブの中に引きずり込まれ、冷たい大きな身体に抱き込まれた。ザアザアと音を立てて湯が背中に降り注いでいく。 「何を!」 「可愛いことを。竜人が風邪?」  はっとした。ひくわけがない。   「悪かった」  雨に濡れて死んだあの子とリアムが何故か重なってしまった。紅葉のような小さい手。お兄ちゃんと慕ってくれる舌ったらずな声。あの子はリアムと全然違う。でも冷たいあの雨が何故か、僕にそう思わせた。  リアムの腕の中から起きあがろうとすれば、強く抱え込まれた。 「離せ」 「ヴォルフ、どうか教えて欲しい。私が、濡れて冷たくなっていたから、風邪をひくと思い、動揺したのか?」  細められた綺麗な青い瞳に動揺する俺が映っていた。濡れたリアムの人差し指先が僕の唇の端に押し当てられ、僕の唇の形を確かめるように滑り始める。 「していない。調子に乗るな」  リアム人差し指にがぶりと噛みつけば、リアムの形の整った眉が片方ピクリと揺れ、よりにもよって、僕の口内にその人差し指先を押し込もうとしてきた。 「ん……っ!」  目を白黒させれば、リアムがそのままゆっくりと顔を僕の顔に近づけてきた。口付けされる。驚き、後退すれば、後頭部にバスタブが。狭い。リアムの腕と身体に抑え込まれる。   「上書きする」  ぞっとした。暴れてもがいても動かない。口の中に捩じ込まれたリアムの指を強く噛む。 「く……ぅ、貴方だけに痛い思いはさせない」  ゆっくりと近づく神授の美貌から顔を逸らせば、リアムの濡れた指先が僕の輪郭をなぞった。 「きめ細やかな薄い皮膚が、魅力的で美しい貴方の輪郭を強調してる。誘っているかのようだ」  リアムの指を吐き出して叫んだ。 「違う! リアム! いい加減に僕からの匂いを遮断しろ!」 「している。していなければこんなに平静でいられない。我を忘れて私を心配してくれる可愛い貴方にこのまま……マーキングしたい」 「違……っ、僕は心配なんかしていない!」 「貴方は隙がありすぎる。この調子ではすぐ誰かにマーキングされてしまう。そんなこと、許せるはずがない。貴方は生まれた時から私のものだ。もう二度と他の者に渡すつもりない」  つうと指先が首筋から胸元へと滑り落ちていく。濡れたシャツ。僕の乳首をしっかり浮かび上がらせている。リアムの性的に匂う行動に息を飲んだ。 「リアム! やめろ!」 「けれどここでやめてしまえば、私は永遠に貴方に触れられなくなる。隙だらけの貴方はもう、こんな危険人物そばに置かなくなる。そうだろう?」  シャワーの湯が二人の間に降り注ぎ、リアムの青い瞳から、絶望の滴がぽろりと溢れたように見えた。 「何故、貴方を前に私は我を……忘れてしまうのか」  胸が引き絞られるように痛むのは、リアムが僕の運命の番だからか。リアムが傷付いたと思うだけで、僕の胸まで痛む。 「離してくれリアム。離せばすべて冗談で終わらせてやるから」 「冗談? 私のこの気持ちを……貴方は」    言葉を失った。僕は、また、リアムを傷付けた。  ザアザアと降り注ぐ湯の音がバスルームに静かに鳴り響き、リアムが動いた。鍛えてあげられた屈強な身体が僕の身体を抱え込んだ。動けないが苦しくない。上書きしてくるような気配もない。 「ヴォルフ、冗談にしていい。私の気持ちもこの行為も。だから、もう、少し、このままで」  罪悪感から何も言えず、動くこともできなかった。それにリアムに抱き込まれていると、どうしようもない充足感に満たされる。  これが運命の番。  得も言われぬ安堵感。触れ合う部分からリアムもそう感じているような気がした。そんなリアムに僕からもっともっと安堵感を与えてあげたい。与えてもらいたい。そんな欲求に突き動かされそうになる。    小さくため息を吐いた。  僕は、もう、誰にも縛られたくない。焦がれ、焦がし尽くすあの感情は、ただただ辛いだけだった 「リアム、緊箍児は、どこに?」  リアムは僕を包み込むように抱きしめたまま、器用にポケットから銀の輪っかを取り出した。  通説では緊箍児は金だ。それなのにこの緊箍児はリアムの青い瞳と黒髪に合わせたような綺麗な銀色をしている。精緻巧妙に細工され、雅趣(がしゅ)に富んだデザインは、職人の執念のようなものさえ感じる。  リアムの為にあつらえた一品のようにしか見えないが、小さい。リアムの手のひらに乗っている。 「装着されるまでこのサイズがデフォルトになるそうだ。アイテム職人がそう言っていた。緊箍児をつけた者が『緊箍児呪(きこんじじゅ)』と唱えれば、緊箍児はつけられた者を締め上げる、とも。でも、どうか。もう、少し、このままで、いさせて、欲しい。お願いだ」  僕の首筋にリアムの鼻先が埋まり、狭くはないが広くもないバスタブの中、身じろぎすれば、増えた湯に身体がふたりの身体が泳いだ。その拍子に、下腹部に太くて硬いモノが。リアムの猛った性器だ。ピクリと身を固くすれば、リアムの猛った性器は僕の身体から離され、代わりに力強い腕で抱きしめられた。 「違う……! こ、これは、違う。私は決して、不埒な気持ちで貴方に触れている訳ではない。ただ、身体が反応して」  頭にぐりぐりとリアムの頬が擦り付けられる。匂いは遮断しているが。    本能のままにマーキングされている。 「離せ」 「無理だ!」  小さくため息を吐いて、手にした緊箍児をリアムの頭に無理やり押し込めば、リアムが気を失って倒れた。

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