47 / 55

第47話

パラレルルート 6  突然気を失ったリアムに驚き、リアムの名前を呼んで頬を叩いて揺さぶってみたが、リアムは目を覚さなかった。  装着者の僕が緊箍児を外そうとしたが、緊箍児はリアムの額にぴったりと張り付いて外れなかった。仕様は分からないが不自然すぎる。  リアムはアイテム職人に呪いのアイテムを掴まされたのか?  リアムの脈と呼吸に触れても異常は見られない。健康状態を匂いで確認しようと、匂いを遮断していた結界を解けば、運命の番であるリアムの濃艶な香りが僕の鼻腔を直撃した。 「ぁ……ぁ」  鼓動が大きく鳴り響き、瞳孔が縦に開いた。酩酊しそうな、興奮しそうな、何ともいえない感覚に、意識の奥底に偲ばせておいた檻から本能が顔をのそりと覗かせた。  ソレをオレによこせ、と。  唇を噛み締め、本能を檻へと押し込み、リアムの健康状態を探るために、リアムの匂いを再度嗅ぐ。くらくらと濃霧にかすみそうな甘い誘惑を振り切り、冷静に匂いを分析する。リアムの健康状態に異常はない。ただ眠っているだけのようだ。  リアムからの匂いを遮断して、リアムの濡れたすべての衣装を剥ぎ取ると、手早くその身体を拭いて、ゲストルームのベッドへと運んだ。  リアムはすやすやと穏やかな寝息をたてて寝ている。そう、寝ているようにしか見えなかった。  朝になれば目を覚ますだろうか。  雨に。  冷たい雨に降られて、風邪をひいた様子は見られない。  ーーお兄ちゃんーー  僕を慕って雨に濡れて死んだあの子とリアムは違う。  分かっている。分かっているのに、リアムの呼吸を確かめずにはいられない。  まんじりともせず、東の空がほの白く変わっても、リアムは目を覚まさず、雨は降り止まなかった。    健やかなリアムの寝息に窓を間断なく叩きつける雨の打撃音。雨の勢いは少しも緩まない。窓の外、別の物音を聞きつけた。  稲妻が光る。ふたつの影。底知れない深い闇のような暗黒のマントを揃いで纏った者達がこの家にゆっくりと歩み寄ってくる。  ふたつの影のうちひとつ、顔が見えた。タクトだ。認識阻害アイテムを着用しているせいだろう。顔は見えているのに、認識できない。矛盾しているのに矛盾を感じさせない。  もうひとつの影は王都の稀人保護機関に居た黒髪で厚底メガネをかけた茫洋(ぼうよう方とした男だった。やはり認識阻害アイテムを装着しているのか、顔は分からない。竜気を完全に消しているが、あの男も竜人で間違いないだろう。王都から竜化してここまで移動してきたに違いない。  部屋の中のベッドの上ではリアムが健やかな寝息を立てて眠っている。  面倒さに舌打ちしたくなった。茶番に付き合っている暇は僕にはもう、ない。    竜人のみ侵入を許していた結界を改定する。誰ももうこの敷地内に侵入させない。少なくともリアムが目を覚ますまでは。  侵入を拒むバチバチと弾ける赤い閃光の向こう側、タクトが叫んだ。 「ヴォルフ様! 僕です! 帰ってきました! 入れて下さい!」  二人が聴力の並外れた竜人だということを僕はもう知っている。窓を締め切った部屋の中、声量も抑えず普通に問いかけた。 「どうやって戻ってきた?」 「移転装置です! こちらジュリアン様に送っていただきました!」 「人間の作った移転装置では、僕の家の敷地内に侵入できない」 「え?」 「この家に鍵はかかっていないが、この家の敷地内には竜人しか入れない結界を張っている。侵入してきたお前達は竜人だ。稀人でもなければ、稀人登録所の職員でもない。何を企んでいるのか分からないから茶番に付き合っていたけど、もういい。僕はそれなりに楽しんだ。お帰りいただこう」 「くそっ!」  窓の外、タクトがメガネをはずした。やはりメガネは認識阻害アイテムだったようだ。タクトの顔がはっきりと認識できるようになった。  タクトの顔は完璧の美を誇る竜人の顔とはどこか違っていた。顔のパーツが完璧じゃない。でもパーツ同士が補い合い美しい顔になっている。  竜人であるような人間であるようなミステリアスな美形。でも竜人ほど顔面偏差値が高くない。 「ジュリアン様! 知っていらしたんですか!?」  タクトが吼えれば、芒洋とした厚底メガネの男が雨風吹き荒れる中、春風駘蕩とした様子で頷いた。芒洋とした厚底メガネの男は春の木漏れ日のような雰囲気をまとっている。のんびりとした穏やかな気質が窺い知れた。 「もう! どうして!?」 「タクトが聞かなかったから」 「僕が聞かなくても、言って下さいよ! そういうことは!」 「不法侵入はいけないと止めただろう」 「それでいつもべったりな僕についてこなかったんですか!」 「そうだ。もういいだろう。帰ろう」 「嫌です! 僕は運命の番に取り憑かれ、我を忘れてしまったリアム様に、正気に戻ってもらいたいんですから!」 「人の恋路は邪魔するものじゃない」  こめかみの血管が頭痛を覚えるほど強く脈打った。 「そこの二人、内輪揉めなら他所でやってくれないか?」  今は取り込み中だ。ちらりとベッドで寝息をたてるリアムを見た。リアムがまだ目を覚ます様子がない。  タクトが毒々しいまでの渦巻く憎しみを隠さず、僕を睨みつけた。 「ジュリアン様、アレを! アレであいつを切り裂いて下さい!」 「だからそれではリアムが悲しむ」 「ぐぅ……では! ジュリアン様が僕の望みを叶えて下されば、僕もジュリアン様の望みを叶えて差し上げます!」 「喜んで私の番になると?」 「……はい」 「ふむ。これは弱った」  ジュリアンが認識阻害アイテムだろう、厚底メガネを外した。  リアムだ。ジュリアンはリアムと同じ顔をしていた。ジュリアンの瞳の色は灰青色だが、それ以外はリアムと瓜二つ。青みがかった黒髪が濡れそぼっていたが、彼の美しさを損なわせるものではなかった。目鼻立ちは凛と男らしく、柔らかい静謐さがあるが、今はその神授の美貌を雨で濡らしている。 「おはよう、リアムの運命の番、私はフェルサン公爵家令息ジュリアン・ド・ヴレ。リアムの双子の兄だ。私のことはどうかジュリアンと呼んで欲しい」  降りしきるどしゃぶりの雨の中。ジュリアンの声色は木々の梢で風が歌っているような午後の日差しのような柔らかものだった。  でも次の瞬間、ジュリアンは風刃のような動きで、背中にある剣を抜くと、僕の結界を易々と切り裂いた。早い。 「私は私の運命の番と結ばれる機会をようやく得ることができた。悪いがリアムには死んでもらうことにする」 「それを僕に指を咥えて見ていろと?」  結界から取り出した大刀を携えて窓枠を飛び越え、降りしきる雨滴の中、足を踏み入れた。  ジュリアンの秀麗な眉間に皺がよる。 「待て。貴方ひとりか? リアムはどうした?」 「さあ?」  リアムはまだ目を覚ます気配を見せない。ここは僕がジュリアンを何としてでも止めなければならない。  だがジュリアンの顔がリアムと同じもののように、溢れる竜気の量も質も同じものだった。ジュリアンの瞳に青さはないが、リアムと同じ先祖返りだと竜気で分かる。僕と力の差は歴然としている。  灰色の紗幕の中、全身を雨が叩く。稲妻が光った。誰も彼もがずぶ濡れになっていく。  ひとつ、深呼吸した。戦闘を判断する大きな要因は、一にスピード、二にパワーだ。僕はパワーではリアムに到底敵わななかったが、スピードなら匹敵していた。リアムと同等の竜気をまとうジュリアンと闘うには、そこを突くしかない。好機は一瞬、見逃す訳にはいかない。  大刀を悠然と構えれば、ジュリアンが結界を切り裂いた自分の剣を静かに、自分の背へと戻した。 「リアムがいないなら良かった。リアムの運命の番、これを見て欲しい」  ジュリアンは敵意を見せず、鞘に収まった真白い小刀を僕に見せた。怪訝に思いながらも、桁外れにいい視力で小刀を観察した。印象的なのはぬばたまのような宝石。剣の柄に嵌められている。 「それは?」 「我が家の家宝、ドラゴニュート・ベイン(竜人殺し)だ。殺傷能力はない。柄に嵌めた鱗の持ち主の運命の番を刺せば、柄に嵌めた鱗の持ち主の想いを殺すことができる。今嵌めているのはリアムの鱗だ。つまりこれで貴方を刺せば、リアムは貴方への気持ちを亡くすことになる」 「僕の気持ちはどうなる?」 「気持ちがあるのか?」  ざぁざぁと雨音が全身を叩いた。咄嗟に、言葉が出ない。 「貴方の気持ちは貴方のものだ。これで刺しても亡くなりはしない。貴方はリアムからの求愛を拒んだと聞いている。リアムの付き纏いに迷惑しているようだとも。違うか?」 「……違わない」 「それならば貴方にとってこれは好都合な話ではないか? リアムは貴方への執着を捨てる」  全身が総毛立ち、雨音が嘲笑のように鳴って響いた。 「昨日、タクトが貴方の家にいたのは、貴方にその話をするためだった。何故か先にリアムが現れ、タクトは誤魔化す為に「家つき妖精」の真似をしなければならなくなってしまったが」 「何故すぐに逃げなかった?」 「逃げられると思うか? 自分の運命の番の家にいた不法侵入者を、リアムは逃がさない。おかげで私は王都に移転し、職員のふりをしなければならなくなってしまった」 「よくあんな一瞬でそんなことができたな」 「人間は竜人の「お願い」に弱い。そうだろう?」  夜の美しさが形をとったとしか思えない美貌を持つジュリアンからそう聞くと、納得せざるを得ない。 「まさに茶番だな」  付き合って後悔しかない。  ジュリアンがどこか嬉しそうに目を細めた。 「貴方の反応を見て安心した。そう殺気立てず、協力してはくれないだろうか? どうかお願いする」  ジュリアンが視線が竜人殺しの柄に移動した。  秒を切る一瞬。  柄の鱗がジュリアンの手によってすり替えられた。匂いで分かる。すり替えられた鱗はリアムのものじゃない。ジュリアンのものだ。タクトはそれに気が付いた様子はない。動揺した。どういうつもりなのか。 「剣を、よく、見て、いただけたか?」  ジュリアンの意図が分からないまま頷けば、ジュリアンの口角が美麗な弧を描いた。 「これで貴方を刺すことになる。怪我はしない。フェルサン公爵家に誓って約束しよう」    ジュリアンが竜人殺しを僕の目の前に差し出してきた。受け取ろうとして拒まれた。  それもそのはず、竜人殺しにはジュリアンの鱗が嵌められている。ジュリアンとタクトは運命の番同士。その竜人殺しでタクトを刺させば、ジュリアンはタクトへの気持ちを亡くしてしまう。そうしてタクトはジュリアンの想いを抱えたまま生きつづけることになる。  だからジュリアンはドラゴニュート・ベインを手放せないのか。  タクトが踏ん反り返った。 「ふん、運命の番なんてもの、相手を一目見て、取り憑かれるか、取り憑かれないか、それだけだ。僕達を見るがいい。それがいい例だ!」  タクトは取り憑かれなかった側の竜人か。それにしてもおかしい。  運命の番とは、そんなに簡単に気持ちを割り切れるものなのか? 僕とリアムの場合、僕の竜丹の瘢痕化と、僕が無自覚のまま竜人としての特性を自ら歪めていたせいで、出会いの印象は薄かったが、それでも初めてリアムを見た時、僕の全神経はリアムに持っていかれた。いや、今も時々持っていかれるが。  ジュリアンがほんのりと項垂れた。少しかわいそうだと思ってしまった。星回りだろうか。兄弟揃って運命の番に恵まれていない。 「気にしないで。リアムの運命の番。私とリアムは先祖返りと呼ばる稀少な上位種として生まれ、それにより幼少の頃から望めばすべてを手に入れることができた。それはもう、相手の意志関係なく。だから私とリアムは自分の意志を強要せず、相手に選んでもらうよう、自戒している。待てる。もっとも、私の目の色は成長と共に失われ、もう誰も先祖返りとは呼んではくれないが」 「貴方の竜気の量も質もリアムと遜色ない。先祖返りと言われて納得する。僕には到底敵わない」  ジュリアンが神授の美貌を春の木漏れ日のようにほころばせた。灰色の紗幕の中、燦然とした色彩が花咲いたようだ。 「そうか、貴方は竜気がよめるのか。私に敵わないと分かって、尚、リアムを殺させない為に私の前に躍り出たのか。そうか」  ジュリアンが竜人殺しを手に構えた。溢れ出る竜気に、竜人殺しで刺されることを覚悟する。それでも。 「ひとつ、確認させてくれ。その竜人殺し、鱗の持ち主の運命の番と違う者を刺せば、どうなる?」 「どうもならない。断ち切られる二人の運命がなければ、断ち切りようがない。殺傷能力もない。痛みもない。空気に触れたように感じるだけだ」  タクトは剣に嵌められている鱗が自分の運命の番の鱗だと気が付いていない様子だ。すり替えに気が付いた様子もない。雨の匂いがそれと紛らわせているのか。タクトの嗅覚が弱いのか。 「面白いことを、考えたね」  ジュリアンの鱗の嵌った竜人殺しで僕を刺しても、僕やリアムに影響は及ばない。でもそれで僕を刺せばタクトは望んでジュリアンの番になると言っている。選択したのはタクトで、誰も不幸にならない。流石リアムの双子の兄、腹黒いなと思う。 「こんな手、使いたくはなかったが、タクトはリアムに一目惚れしていて……それこそ運命の番のように。私達は同じ顔なのに……すまない。私の心がもう、これ以上、持ちそうにない。どうかお願いする。協力して欲しい」 どうやら僕は最後まで茶番に付き合う必要があるようだ。 ーーー 【スピンオフのお知らせです!】 ※ジュリアン×タクト 『彼の壮絶な献身を僕は知らなかった』を投稿致します!  [あらすじ] 魔王の呪いから命を賭して黒竜(ジュリアン)を救ったのは、隷属の首輪を嵌められた「竜人のなり損ない」――タクトだった。 「どうせ死ぬつもりだったから気にしないで」 父親の狂気に晒され、母の愛を知らず、7歳で人間の世界に売られてから他者に支配され続けてきたタクト。そんな彼を救おうと洞窟で療養させるジュリアンだったが、タクトの体調は一向に良くならない。日を追うごとに彼を「番(つがい)」にしたいと強く惹かれていくものの、今の呪われた状態で求愛することは、彼の命を盾に迫るも同然――。 呪いを解こうと焦るジュリアンだったが、本能と理性のせめぎ合いは限界を迎えつつあった。そんな中、ついにタクトに異変が訪れ――。 「ジュリアン様、可愛がって下さい…っ前から何も出ない…っ」 (しかし、まだ番(つがい)にはできない……!) 呪いと過剰なほどの溺愛の渦中で、二人はもどかしくすれ違っていく……。 ※1話はタクトが酷く虐げられる描写がありますが、以降は甘やかな溺愛(※空回り気味)も控えております。タクトの背負う過去が壮絶なゆえにどうしても苦しいシーンや暗い描写もございますが、その痛みをも乗り越えていく二人と、その先にある結末までどうぞ温かくお付き合いください。

ともだちにシェアしよう!