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第51話

 パラレルルート 7  ジュリアンに協力するために、大刀を地面に突き刺した。 「ありがとう、リアムの運命の番。この借りはきっと返す」    ジュリアンが竜人殺しを構えると、ぴしり、天地を覆う闇より冷たいリアムの竜気が辺りを包んだ。  リアムが目が覚ました。  ほっとしてから眉根を寄せた。リアムのこの竜気、殺意を超えて静寂に凍てついている。どうしようもなく、物騒だ。  ジュリアンが身構えると同時に銀の閃光が走り、ジュリアンが空中へとすっ飛んだ。ジュリアンは何事もなかったかのように、放物線を描きながら美麗に着地した。手にはまだ竜人殺しが握られている。  リアムにそっと抱き寄せられた。僕を見下ろす眼差しも表情もいつも通りだ。世にも美しい。違うのは額に嵌め込まれた銀の緊箍児。冷たい雰囲気をまとうリアムにぴたりと似合っている。 「身内が騒がせたようだ。あとは私が始末をつける。どうか貴方は家の中に」 「いかせない」  竜気の凝集。ジュリアンは竜人殺しを握りしめると、ぬかるむ地を踏み締め、跳躍した。  紫の閃光が綺麗な線を描いて僕に到達する前、リアムは優雅な動作で僕を横抱きにすると、跳躍し、屋根まで舞い上がった。その後をジュリアンが風のように追いかけてくる。 「久しいな、リアム」 「私の運命の番に近づかないでもらおうか。不愉快だ」 「けれど、リアムの運命の番はこの竜人殺しで刺されることを望んでいる」 「ふん、よくもぬけぬけと。ヴォルフはそんなこと、一言とも言ってなかったではないか!」  高飛車というのはこれだ、という口調に、ああ、リアムだなと思い、眉をよせる。リアムの腕の中、リアムの袖の裾をちょいちょいと引っ張れば、リアムの目元にさっと朱が走った。 「く、どうした!? 私は貴方に、もうこれ以上とないほど惚れているぞ!」 「聞いていたのか」 「…………」 「俺達の会話を。意識を失っていたのに? どうやって?」 「あーー……レイモンド殿の娘が、絵本から知恵を私に授けてくれた。それで寝たふりを、していた。いや、緊箍児の仕様で一瞬気を失ったのは本当だけれど」    怒りで一瞬、視界が真っ赤に霞んだ。僕がどれほど心配したか。この怒りをそのままリアムに伝えることを想像すれば、僕が心配したことによって喜ぶリアムが頭に浮かんだ。怒りはやり場をなくして溶けて消えた。ぶつけても僕の怒りは無駄になる。  リアムの匂いが鼻腔をくすぐっている。僕に安心を与えてくれる静謐とした香り。嗅ぐとリアムが無事だったのならそれでもういいかと思えてくる。安らぎを与えてくれるリアムの厚い胸板に顔を埋めようとして、思い留まった。  何をしようとしているのか、僕は。 「ヴォルフ?」 「レイモンドの娘、李桜だな。聞かせてもらおうか。李桜からどんな知恵を授かった?」 「毒林檎をかじったお姫様は王子様の口付けで目覚めると」 「お前は毒林檎をかじってもなければ、お姫様でもないだろう!」 「夢くらい見たっていいだろう!」 「……お姫様になりたかったのか?」 「貴方との口付けだ!」  言ってから真っ赤になったリアムがふいと顔を逸らした。 「ジュリアンもタクトもくだらないことを言ってないで、早く帰るといい」 「……リアムも運命の番の前では感情が出せるんだな」  ジュリアンが喜びの色を滲ませ、肩を揺らして笑った。タクトは屋根の下、あんぐりと見上げている。 「感情を見せず他人を容易に寄せ付けないお前が嘘のようだ」 「ジュリアンがフェルサン公爵家嫡男の座を私に押し付けたから、私はそうならざるを得なかっただけだ」 「でもリアムは好きだろう。権力とかそういうの」  ジュリアンがゆっくりと前進した。屋根の上を滑るようなその姿に殺気は感じられない。リアムがぎゅっと僕を抱き込んだ。 「今はむしろ嫌いだ。誇張された姿こそが本当の自分だと思い込み、自分に釣り合うか釣り合わないかくだらない虚栄心に振り回された。ジュリアン、竜殺しを足元に置け。私のヴォルフに近づくな。ヴォルフの意志の強さと憂いを帯びた瞳に一目で恋に落ちたんだ。私の心を震わせる人はこの人しかいない。私のこの気持ちを殺そうとするな」 「だがリアムの運命の番はこの竜殺しで刺されることを望んでいるだろう?」 「望んでいない!」 「リアム、お前に聞いていない。私はリアムの運命の番に聞いている」 「僕は」 「貴方は黙って!! ジュリアン!! フェルサン公爵家嫡男として申し渡す!! 今すぐその竜人殺しを破壊しろ!!」 「断る」 「ジュリアン!!」  リアムの竜気があらゆる意思疎通を封じる刃のような鋭さで空気を変質させ、雨は雹となり礫のように降り注いだ。  タクトもジュリアンを愛していると言っていた。リアムもこの茶番に乗るのかと思えば、リアムは竜人殺しの柄に嵌まっているのがジュリアンの鱗だと本気で分かっていないようだ。僕を抱える腕が小刻みに震えている。僕の喪失を恐れている。 「リアム」  竜人殺しに嵌まっている鱗はジュリアンのものだと教えようとして、屋根の下にいるタクトが目に入った。竜人と言えるのかどうか分からないほどの脆弱な竜気しかタクトはまとっていないが、それでもタクトは異常な聴力を持つ竜人だ。僕の囁き声ですら、その耳に拾うだろう。リアムにこのカラクリを説明できない。どうすれば。 「リアム、僕の願いを」 「その願いは叶えられない!」  リアムの全身から溢れる竜気よりも、僕を見据える青い瞳の方が、僕を凍結させた。ぽつりと青い瞳の下に雨粒がーー涙のように流れて落ちる。 「貴方は私からの愛情を断ち切られても、平気で生きていける。知っていた。だから貴方はあの男を選んだ」  ジュリアンが目に止まらないほどの速さで反転した。リアムは片手を僕を抱えたまま、揺らぎもせず、優雅な曲線を描く黒剣でジュリアンの持つ竜人殺しを叩き落とした。  いつの間にリアムは自分の結界から黒剣を取り出し、抜いたのか。まったく見えなかった。 「貴方にとって私は取るに足らない者でも、構わない。けれど貴方を想う私のこの気持ちは誰にも奪われたくない。手放せない。手放したくない」  落ちた竜人殺しをジュリアンが拾い、屋根を蹴った。僕の首を刎ね落とす勢いで、向かってくる。唸りをあげて襲いかかってくる竜人殺しに息が止まる。リアムが凄まじい形相で黒剣をジュリアンに振り下ろした。ジュリアンよりリアムの方が数段早い。  このままではジュリアンがリアムに容赦なく、叩き切られる。 「緊箍児呪!」 「……ぐっ、う……!」  呪文を唱えれば緊箍児がリアムの頭を締め付け、ジュリアンが迷いもなく、竜人殺しで僕の心臓を貫いた。ジュリアンに息の乱れはない。  ジュリアンは柄に嵌められた自分の鱗を回収すると、リアムの眼前にそれを見せつけた。リアムの目が微かに見開かれる。 「ありがとう、リアムの運命の番。お礼にこの竜人殺しをこのまま差し上げよう。好きに使うといい」  リアムの鱗を柄に嵌めてこの僕に使えと言うのか?  この竜人殺しを? 冗談じゃない。 「必要ない」 「そうか、必要ないか。聞いたかリアム?」  ジュリアンは木漏れ日のような笑みを浮かべて、僕の胸元に刺さる竜殺しをゆっくりと引き抜いた。  リアムの全身から放出される竜気が霞のように薄らいでいく。  屋根の下、タクトがその場にヘナヘナと崩れ落ちた。竜気はよめなくても精神を殴打するようなリアムとジュリアンの竜気の衝撃から解放されたせいだろう。古代種の僕でさえ身動きが取れなかった。  リアムへの緊箍児の呪縛を解いていれば、ジュリアンがいつの間にかタクトのそばにより、支え起こしていた。 「約束だ、タクト」  ジュリアンはタクトの頬に口付けひとつ、ふっと消えた。  呆然と自分を見失っているようなリアムの頬を指先で軽く叩いた。 「降ろしてくれないか?」  僕はリアムに固く横抱きにされたままでいた。抵抗感はまったくない。むしろ妙な安堵感に包まれている。ルイでさえ、初めは触れ合うことに激しい抵抗があったというのに。 「…………嫌だ。殺されたのかと」  強く抱きしめられ、リアムの心臓が早鐘を打っているのに気が付いた。   リアムは僕が殺されたと思ったのか? いや違う。竜人殺しはフェルサン公爵家の家宝だと言っていた。フェルサン公爵家嫡男のリアムが竜人殺しを知らないはずがない。  リアムが殺されたと思ったのは、リアムの心、僕への想いだ。 「悪かった。リアムがジュリアンを殺しそうな勢いだったから、つい」 「つい!?」 「つい」 「つい、で、私は運命の番への想いを失うのか!?」 「失っていないだろう」 「……! ……! 貴方はあの鱗が誰のものか知っていて……! くっ! う! 人を驚かせておいて、その言い草!!」  リアムが僕を抱えたまま地団駄踏んだ。振り落とされないよう思わずリアムの首に縋り付いた。リアムの身体は小刻みにまだ震えていた。よほど怖かったのかもしれない。もう大丈夫だと言おうとして、やめた。リアムとの関係は気薄でいたい。 「ヴォルフ。いつから知っていたんだ。あれが私の鱗でないと」 「最初からだ。そもそも匂いが違うだろう? 何故気が付かなかった? はっ、もしかして風邪を」 「違う。ジュリアンと私は同じ匂をしている」 「え」  リアムとジュリアンの匂いは似ているようで、まったく似ていない。リアムは凛と澄み渡るような冷ややかな香りを含んでいるが、ジュリアンは逆だ。春のようなのどかな香りを含んでいる。どこか芒洋としている。 「……っ、双子でも迷う同じ匂いなのに嗅ぎ分けたのか……そう、そうか。ならば確認させて欲しい。貴方はジュリアンから竜人殺しを受け取らなかった。ということは、私はこのまま貴方の側に一生居てもいいということでいいんだな?」 「どうしてそうなる。そんな極論、受け入れられない。タクトは帰った。警備も必要ない。帰って欲しい。もう永遠に会いに来なくていい」 ーーー 【スピンオフのお知らせです!】 『彼の壮絶な献身を僕は知らなかった』 ジュリアン×タクト https://fujossy.jp/books/32056 1行あらすじ。 「ジュリアン様、可愛がって下さい…っ前から何も出ない…っ」 (しかし、まだ番(つがい)にはできない……!) ※えろに特化した話ではありません。 この辺り話が少しリンクしていますが、この話を読んでなくても楽しめるように全力で頑張りました。 表紙のイラストには当然、リアムの双子の兄のジュリアンの顔が載せてあります。 お時間ゆるすようでしたら、ぜひそちらも遊びにいらして下さい。

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