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第49話

 パラレルルート 9  それからお互いのどちらかが、嫌になったり、辛くなったりすれば、二度と会わないという契約書をレイモンド立ち合いのもとで作成した。  こうしたことは信頼のおける誰かを中立に置いた方がうまくいくと、言い出したのはリアムの方だ。  レイモンドは、運命の番同士が番わず、同居することに困惑を隠せなかったようだが、それも近くにいた始祖竜の口から「ストーカーから同居人へと進化したと思えば良い。それかジョブチェンジ」と言われて「そんな職業はない」と言い返しながら、納得していた。  それで納得するのもどうかと思うが、もうその頃の僕は、もうどうにでもなれと投げやりな気持ちになっていた。おそらくリアムは何があっても僕から離れない。  リアムが僕の片割れで特別な何かを感じるのは事実だった。ただそれは愛情じゃなかった。絆のようなものだ。  匂いを遮断していなければ本能的に番おうとしてしまうかもしれないが、匂いさえ遮断していれば問題ないだろうと思っている。  どうせ僕はルイ以外の誰かと番うつもりはない。リアムがただ僕のそばに居たいと言うのなら、それで幸せになれると言うのなら、好きにすればいいと思う。リアムと居るのは苦痛じゃない。むしろ心は安らいで体調は安定する。    こうしてリアムと僕との奇妙な同居生活が始まった。  滲みでる品位の良さと冷たい月光が滴したたるような美貌を持つリアムは、生粋のおぼっちゃまで、世話は人任せ。何もできないと思っていた。でもそう思ったのは僕の間違いだった。  リアムは何でも器用にこなし、細々とした家事までこなした。  通いのホームヘルパーがいるから細々とした家事はしなくて大丈夫だと諭したが、リアムは僕の家の通いのホームヘルパーはどうも信頼できないらしく(裏口の鍵をかけていなかったことが後をひいている)リアムは自分が家事をすると言い張った。  リアムはわがままで自分の言い分を変えない。結局ホームヘルパーには暇(いとま)を出し、家事はリアムと僕とで分担することで話はついた。僕は孤児院育ちだった。家事には慣れていた。そういえば共同生活も。    とは言っても元々が金に困らない男のひとり暮らし。ホームヘルパーには細々としたことを頼んでいただけで、ほとんどの家の用事はそれぞれの分野に分けて業者に頼んでいた。  宅配や衣類や家のクリーニング、庭の手入れなど、本格的なものはそのまま業者に任せることにした。  それでもおぼっちゃまであるリアムが身の回りのことはおろか、家事までこなすとは思ってもみなかった。 「竜人は番至上主義だ。番の為なら何でもする」 「する、のと、できる、のは違うだろう?」  「どうか……嫌がらずに、聞いて欲しい。その、こういったことは貴方と出会ってから学んだ」    僕と番うことを前提に学んだのか。 「人を雇えばいい話だ」 「人は雇わない。貴方と同じ空間に私以外の誰かがいることに私は耐えられない」  耐えろ、と言おうとして口をつぐんだ。リアムは自分の要求がまかり通ると信じて疑わない生粋のおぼっちゃまだ。僕が希望を言えば僕の気持ちに寄り添うだろうけど、そこまでして僕の希望を押し通したい訳じゃない。 「いずれ知ることになるだろうから今、教えるけれど、タクトは、寝盗られ子だ」  驚き仰ぎ見た。 「寝盗られ子?」 「タクトの母親は人間のメスだ。異種婚を可能にさせるためにタクトの父親の竜の逆鱗を食べ、竜人のような存在に変化した。もっともタクトの母親は竜人として生まれついた訳ではないから、遺伝能力に生粋の竜人との差異はあったが、それでもタクトの母親はタクトの父親のおおむねの竜人の特徴を受け継ぐことができていた。美しく生まれ変わったタクトの母親はタクトの父親だけに飽きたらず、人間のオスと一夜の過ちを犯した。そうして生まれた子がタクトだ。タクトは生粋の竜人じゃない」  そういえば、タクトは竜気をほとんどまとっていなかった。容姿もそうだ。竜人であるような人間であるようなミステリアスな美形に見えた。   「タクトは、竜人? 人間?」 「竜人だ。我々はそういった子を”成り損ない”と呼んでいる」 「成り損ない…ひどい言い方…あ……いや、待て。生物界のヒエラルキーにおいて、頂点に君臨する竜人にマーキングされた者に手を出す愚かな生物はいないと昔、ルイから聞いたことがある。おかしくないか?」  リアムが悲哀に満ちた表情で僕の髪を柔らかに梳いた。   「何事にもイレギュラーは存在する」  それはタクトの件を指して言っているのか、運命の番を選ばない僕のことを言っているのか、分からなかった。          リアムは僕との共同生活で細々とした家事だけでなく、甲斐甲斐しく僕の世話まで焼こうとした。  僕はそれを断った。お互い自分のことは自分でする、割り切った対等な関係をリアムに求めればリアムはそれに応じてくれた。  それでもリアムは僕を喜ばせたいのか、僕に剣技教えてくれた。  これはいいように乗せられていると分かっていても、かなり嬉しかった。  ここルエティアには優秀な魔道士が揃っていても、竜人は僕とレイモンドしかいない。  単純な肉弾戦を楽しもうとすれば、異世界転移して相手を探すしかない。そうなると相手はハンドルを回してカプセルがランダムに出てくるガチャのようなものになる。当然、ハズレを避ければ、時間だけが無駄に過ぎていくだけだった。  気心の知れているある意味この世で一番安全な、リアムとの戦闘は相当、楽しかった。人型でも戦闘はできるし、竜型でもできるーーふたりで竜型になれば、黒竜はすぐに僕にグルーミングしてこようとするので、ほとんどが追いかけっこで終わってしまうが、まぁそれはそれで面白かったりもした。  ただリアムが本気になった時の、本能的に思わず逃げてしまうような凄まじい竜気は、この世のものとは思えないほど美しく、僕をひどく魅了した。    それからリアムは五大公爵家元嫡男の経験を生かし、領主としてあるべき仕事を僕に教えてくれた。  遊んでばかりではいけないと僕に諭してくるリアムは真面目だ。教えてくれるなら領主らしくあろうとする僕も真面目なのかもしれないが。  そもそも生きていく上でお金は大事だ。無尽蔵に沸いてくる訳じゃない。元孤児である僕にはお金の大切さが身に染みて分かっているし、労働の大切さを知っている。 「やればできるのに、どうして今まで真面目にやろうとしなかったのか」 「前領主は贅を貪り破滅した。その前領主も領地は領官達にまる任せ。いきなり知らない竜人が領主になり、領官達は腰を抜かして、困惑していた。何も知らない僕は何もしない方がうまくいくと思っていた。でも違ったみたいだ」  領主の僕が存在するだけで、何事もスムーズにことが進んでいる。 「領官達に苦労かけさせてしまった」 「とんでもありません」  領官長のネルソンが首を横に振った。 「ヴォルフ様は軍に身を置いていらした時、多大なる軍給を定期的に私達に渡して下さいました。”飢える子供がいないように使って欲しい”そう仰って。私達はそのお金を元に税率を少し下げさせてもらい、質のいい農具を取り揃え、民に配ったり、領地の共同設備を修理することにしました。前ご領主様の時は税が高く、民が農具や買ったり、壊れた共同設備を修理するどころの騒ぎではありませんでしたから、ボロもいいところ。当然のように収穫も望めませんでした。今の豊穣とした実りの秋を迎えられたのも、ヴォルフ様のおかげです。民は皆、感謝しております」 「それは……君達みんなが努力した結果だ」 「いいえ、ヴォルフ様が渡して下さったお金は大金でした。私達のすることに口は挟まずとも、ヴォルフ様は私達の結果を見て下さってました。信を得てやりがいを感じない家臣はおりません。暇があれば領地を散策して下さい。民は喜びます。まぁその桁外れの美貌に、最初、皆は腰を抜かすでしょうが。何せ仮面をつけたヴォルフ様ですら、私達は最初、腰を抜かしてしまったんですから」  奇妙なリアムとの関係も日常化してしまえば、疑問も抵抗も感じなくなるらしい。毎日、くたくたになるまで、リアムから剣術を習ったり、ダンジョンを潜ったり、領主の仕事を一緒に学んだり、竜人のことを教えてもらったりした。  ……ほとんど闘ってばかりいるような気もしないではないが。  リアムはいつも僕のそばにいた。苦痛は感じない。リアムと居ると不思議と安らぎを得るせいだ。リアムを見ればいつも僕のかたわら、穏やかに微笑んでいた。  運命の番はつい成すものとも、半身とも言われる理由が身に染みてよく分かった。  リアムと居る時、元はひとつの身体だったような気さえした。  だからリアムと触れ合うことに抵抗はまったく感じない。  だからこそと僕がリアムから距離を取れば、リアムは僕に近づき、自ら近づいてきたくせにドキドキして落ち着かなくなるからと僕から少し距離を取ってくる。  リアムには言っていないが僕はリアムと離れるともの寂しくなる傾向にあった。だから僕の方からさりげなくリアムのそばに近寄っていく時もあった。 そんな変な関係を続けた。    緊箍児はリアムの額に嵌められたまま、リアムは僕に術を発動させるような言動、行動をまったく、取らなかった。 「当たり前だ。私がこの幸せを手放すはずがない」  リアムは僕と番わなくてもいいようだ。どこかほっとして、どこかもの寂しさを感じた。    休日はリアムとよく出かけた。  リアムの故郷シャヴァンヴィル。そこでジュリアンとタクトに会った。タクトはあの時竜人殺しの柄に嵌っていた鱗はジュリアンのものだったと知っていた。ジュリアンから聞いたそうだ。  取り返しのつかないことをしてしまうところだったと、タクトはリアムと僕に謝ってくれた。詳しく聞けばあの一連の騒動、タクトの中で誤解があったそうだ。 「運命の番は結ばれるべきものです!」  力説されてしまった。  ジュリアンは正式に、フェルサン公爵家の嫡男に返り咲いていた。

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