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第53話

パラレルルート 12  リアムを探した。  縁のある場所、いそうな場所、ふたりかの思い出の場所。転々と探した。リアムはどこにも見つからなかった。探せば探すほど、海に落ちた針を探すような無謀なことをしているような気がした。  面倒見のいいレイモンドにまた捕まって、寝食忘れてリアムを探さないようにと言いつけられた。  リアムは美しいものが好きだから僕は健康的に身綺麗にしておかなければならないとも。思い詰めないようにとも。  レイモンドも僕と一緒になってリアムを探してくれた。だが、リアムはどこを探しても見つからなかった。  そんな夢を見た。  僕は僕の自宅の庭の大樹の下で寝転んでいた。夜眠れないせいだ。腕で顔を覆い隠した。  夢でもリアムに会えない。  葉擦れの音がせわしない。風がでている。小さな足音が聞こえてきて、李桜が近づいてきたんだなと思った。李桜は毎日のようにパイや果物を僕の元に訪れてくる。  今日も来たんだろう、僕の袖を、りおんが引いた。 「ねぇ、ヴォルフ、起きて。りおん、お祭りに、連れてってほしいの。食べ、食べたいもの、あるの」  りおんはまだ小さくて全力で愛されることしか知らない子だった。だから全力で愛さなければと僕が思っていることを、知っている子だった。それなのに、どこかぎこちない僕へのこのねだり方。     りおんは僕のこの状況をどこまで理解しているのか分からなかった。レイモンドがリアムが僕のそばからいなくなったことを喋るとは思えない。ただりおんは僕のそばにいつもいるリアムがいないことを知っていた。契約のことも。  りおんは僕を心配して、慰めようとしてくれているんだろう。あるいは気を紛らわそうとしてくれているのか。   「いいよ。今から、行こう」  起き上がって優しおりおんを腕に抱えれば、僕の人生何とかなるような気がした。良きにつけ、悪しきにつけ。  りおんが来た先、レイモンドが立っていた。彼らは毎日のように僕の様子を見に来てくれる。随分と面倒見のいい親子だ。だからこそ僕は孤独を感じながらも、毎日を何となく過ごせているのかもしれない。    僕はりおんとレイモンドで僕の故郷に近いような世界の祭りへ出かけた。  人、人、埃。賑やかな音。ありとあらゆる匂い。騒がしく、人々は祭りを楽しんでいる。明るい世界。 「ねぇねぇ、ヴォルフ。りおん、さんざし飴、食べてみたいの。月餅も」  手をつないだりおんがきらきらと目を輝かせながらそう言った。自然と笑みが溢れる。子供の純粋さが可愛くて、愛しくなる。 「いっぱい食べればいい。お父さんには僕が怒られてあげる」 「おとーさんは怒らないわ。昨日、お父さんとここに下見に来たの。昨日は豌豆黄(ワンドウホアン)だけで我慢したの。だからおとーさん、今日はなんでも食べたいもの、食べていいって。はいこれ、この国のお金」 「……りおんはどうしてその時、お父さんと一緒にさんざし飴と月餅、食べなかったの?」 「りおんね。ヴォルフだーい好きだから、ヴォルフと食べたかったの」  きらきらとした目でそう言われて、小さな手でぎゅっと手を握られた。  婚約者はおろか、運命の番に捨てられたような気さえする今、りおんの言葉は僕の心に優しく届いた。 「ありがとう、りおん」  ふと、風向きが変わった。  見知った匂い。優しい香り。これは。  振り返れば雑踏の中にルイを見つけた。俺と居た時の洒脱者だった名残は消え、量販ものだろう衣装を着ている。  幽鬼のようだ。豪奢だった白金の髪は艶を失い、端麗だった容姿はどこか翳りを帯びていて、生気がない。痩せたレベルの話じゃない。大病を患っているのか。大丈夫なのか。駆け寄ろうとして。  ルイと、目が、合った。  世界の音も、色も、止まった。運命の糸というものがあるなら、全身を絡め取られたような気がした。僕もルイも時が止まったかのように、身動きが、取れない。呼吸さえ忘れる。  ルイは琥珀色の瞳で僕を捉えたまま、強い足取りで僕の方に向かって歩を進めてきた。風がひと足先に優しいルイの香りを僕に届けてくる。胸をきゅっと締め付けるルイの香りに、思わず、胸元を握りしめた。  レイモンドはルイの竜気を知っていた。察するのも早く、そっとりおんを腕に抱えて、どこかルイに怯えてしまう僕の前に立ちはだかってくれた。  そんなレイモンドの肩を叩いて、首を横に振った。  今の僕の姿は昔のものと違う。顔も匂いも変わってる。マントを着ているから身体の線も分からない。術的なルイのマーキングは消えなかったけど、ルイの匂いはこの十五年で完全に消えてしまった。  僕はもうルイの知っているヴォルフじゃない。このままルイに気付かれることなく、すれ違って終わる。  でも念のため、りおんとレイモンドにだけ聞こえる小声で囁いた。 「僕はディランだ。ここではそう呼んで?」  顔や声や匂いや変えられる仮面をかぶっても、誇りあるヴォルフという名前だけは変えられなかった。   「うふふ、いいわ。でもディラン、ご褒美にりおんと番ってくれる?」 「それは」 「駄目だ」  腕を掴まれ、鍛えられた胸板にぶつかる。抱き込まれて、胸が高揚した。得も言えない充足感に満たされる。久しく忘れていたこの感覚。 「リアム」 「ディランは私がマーキングした。私が一生責任を取るべきだ。契約は、解消されてしまったけれど、二度と会わない約束されたけれど、どうか、殺さないで」  どういう発想でそんな思考に陥ったのか、分からないが、そんなことを考えて僕から離れたのか。 「殺すはずなんてないし、嫌いにもなっていない……マーキングした責任取るつもりなら、今後一切、僕から離れるな」 「ヴォルフそれは……?」 「もう二度と会えないかと、思った」  リアムの腰にするりと腕を回せば、リアムが感極まったかのように僕の髪に鼻先を埋めた。契約が解消されたからか、欲望のままに嗅がれている。別に構わないが。  リアムからの匂いは遮断されていた。嗅がせれば僕は簡単に堕ちるかもしれないのに、昔からリアムはこうした僕の嫌がることをしてこない。だからこそ長い時間、一緒に過ごせた。  リアムのしなやかな腕の中、邪魔をするように、懐かしい香りが割って入った。  視線を上げればリアムに抱き込まれた僕をルイが見ていた。雑踏の中に紛れている。  やつれていても、陶然とさせる端麗な美貌。苦しそうに歪んでいる。ひどく疲弊し、この世の苦を一身に受けたようにさえ見える。どうしたのか。思わず心配になってルイに向かって一歩足を踏み出そうとすれば、リアムが僕の身体を強く抱きしめた。 「やめろ!ディラン、私を嫉妬で狂わせる気か!」  力強いのに優しいリアムの腕の中、ルイが何故だか、すべてを諦めたように目を伏せ、肩を落としたのが見えた。  まるで最愛を失ったかのようだ。  僕がヴォルフだと分かったのか?そんなはずない。ルイの知ってる俺の顔と今の僕の顔はまったくの別人だ。  ルイがふっと視界から消えた。異世界転移だ。ルイにとってヴォルフだと認識できなかった僕はさておき、ルイとリアムの仲は元々よくなかった。リアムが誰を全身マーキングした上で腕に抱こうが、どうでも良かったんだろう。  周囲の人間がリアムの冴え冴えとした竜気に当てられて逃げまどっている。リアムの張り詰めた空気を緩めるようにリアムの腕を撫でれば、僕の身体を拘束する腕が強くなった。  レイモンドに目配せしてりおんの頭を柔らかく撫でた。 「ごめん、りおん、祭りはまた今度」  僕を固く抱きしめるリアムごと僕の異世界転移した。  落ちた先は僕のベッドの上。僕の下で驚き言葉を無くしている神授の美貌を持つリアムの前で、おもむろにマントを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外し始めた。 「ヴォルフ……?」 「責任を取ってくれるんだろう?今すぐ、僕を番にして欲」  言葉の最中、僕のうなじに手が伸びて、強引に唇を塞がれた。腕に抱え込まれて、深く唇が重なる。濡れた音とお互いの荒い呼吸音。僕の衣服を乱しながら、身体をまさぐるリアムの大きな手は熱い。リアムの唇が鎖骨を滑り、赤い痕を散らしていく。熱い舌でちろりと舐められて、気持ちよさに顔を思わず逸らした。 「ヴォルフ、余裕がない」  理性も慎みも無くしたリアムの瞳孔は縦に細められていた。美しい獣のようだ。喰われる。ぞくぞくと身を震わせれば、熱くて大きな手が僕の腰を撫でた。 「ヴォルフも匂いを遮断する結界を、今すぐ、解いて」  そんなことすれば、普通じゃいられなくなるのは分かっていた。この状況だと狂う。でも発情した壮絶な色香を放つリアムを前に僕は、匂いを遮断する結界を解いた。

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