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『先生の陥没乳首が狙われているようです』一時限目③
――現在。
高校三年生になった碧が、颯爽と赤峰の前に現れた。
碧との身長差はおよそ二十二センチだ。頭ひとつ分以上高い位置に、碧の小さめの顔がある。
(背は伸びたのに、相変わらず顔小さい! 三年前と顔の大きさは変わってない……って、顔が大きくなるか!)
脳内でノリツッコミを展開しても、胸の鼓動は一向に治まらない。
トップモデルとなった碧のオーラと美貌に圧倒され、後光が見えるほど眩しく感じられた。濃紺の学生服も、碧にはよく似合っている。
碧が嫣然たる微笑を浮かべる。
「お久しぶりです、赤峰先生」
(「先生」って)
『先生』と言われ、赤峰は違和感を覚える。
「また、先生の授業が受けられるなんて感激です」
碧が右手を差し出したため、赤峰も反射的に右手を突き出す。
碧は赤峰の手を握らずに、腕を取って引っ張ってきた。
「へ?」
間抜けな声が口を衝いて出た。次の瞬間、赤峰は、見た目よりも分厚い碧の胸板に飛び込んでいた。
(う……うわああああああっ! 碧の胸が、俺の顔にくっついてる!)
碧の心臓の音が聞こえる。密着した碧の体から、力強い心音が伝わってきた。
視界が暗くなる。碧が姿勢を低くしたのだ。
耳元に、碧の吐息を感じた。碧は甘い声音で熱く囁く。
「太陽さん。三年前に言ったこと覚えてるよね? 俺、十八歳になったよ。もう、恋愛対象として、見てくれるよね?」
反射的に顔を上げると、視線がぶつかった。碧はもう一度にっこり笑うと、教室に向けて歩き出した。
「望月! 初日から遅刻だ。ホームルーム終わったぞ」
「すみません」
海鋒に会釈し、教室に入っていく碧の後ろ姿を見送る。
(ど、どうしよう!)
職員室に戻った赤峰は、頭を抱えて悶々としていた。
後悔が怒涛のように押し寄せる。どうして自分は、中学三年生の碧に、「三年早い」と言ってしまったのだろう。
(四年早いって言えばよかったんだ!)
赤峰は三月末生まれのため、早生まれの感覚で話してしまった。四月の初めに生まれた碧は、高校三年生になればすぐに、十八歳の誕生日が来てしまうのだ。
先程の碧の言葉が、脳裏によみがえる。
――俺、十八歳になったよ。もう、恋愛対象として、見てくれるよね?
(無理だ! 無理! 絶対に無理に決まっている! 碧は生徒で、俺は教師なんだから!)
碧の綺麗な瞳を思い出すだけで、どきりと、心臓が跳ねる。はっきりとした情欲が見て取れる、ハンターの眼だ。
(きっと、碧のあんな顔を知っているのは、世界中で俺だけなんだろうな……って、何考えてるんだ、俺は!)
瞬間、見知った少女のボブカットの横顔が脳裏をかすめた。少女の名は、西園寺 正美 という。
以前勤めていた女子校の生徒であった彼女は、赤峰に恋愛感情を抱いていた。赤峰を依願退職に追い込んだ張本人でもある。
芸能人にとって、スキャンダルは命取りだ。碧はトップモデルにして、新進気鋭の俳優でもある。
(碧に、彼女の二の舞を演じさせるわけにはいかない。絶対に!)
碧がバレーボール部を退部したと、父親を通して聞かされたのは、赤峰が依願退職してから、しばらく経ってからだった。聞くところによると、碧が故障したのは、赤峰が依願退職したのと同時期だったらしい。
赤峰が前向きな気持ちになれたのは、碧が華々しく表紙を飾ったファッション誌をコンビニで見かけたことがきっかけだった。
碧が頑張っているから、自分も頑張ろうと思えた。碧が以前と同じ気持ちでいるとは限らないが、碧と再会した時に、華やかな世界で活躍する碧に恥じない男になっていたいと、心の底からそう思った。
(碧は、夢中になれる新しいものを見付けたんだ)
バレーボールを失い、新しい分野で羽ばたこうとしている碧の道を閉ざしたくない。教育者である赤峰が、碧の邪魔をしてはいけないのだ。
赤峰は拳を握り締めて、決意を新たにする。
「碧が高校を卒業するまでの間、あくまで一生徒として接するぞ!」
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