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『先生の陥没乳首が狙われているようです』三時限目
翌日になっても、碧とファーストキスを交わした興奮が治まらなかった。
赤峰は英語準備室の掛け時計を見上げる。そろそろ碧がやってくる。
(二十三歳にもなって、キスで動揺してるなんて、思われたくない)
ファーストキスだったことも、碧には知られたくなかった。なんとしても、教師としての威厳を保たなければならない。
扉が控えめに開かれる。必要最低限の隙間を開けて、碧が音もなく入ってきた。後ろ手ではなく、碧は振り向いてドアを閉めた。いつもと様子が違う。
(どうしたんだ?)
こちらを向いた碧は、目が合うと、一瞬だけ視線を反らし、すぐに元に戻した。恥じらう乙女のように、頬を少し染めながら、口元に笑みを浮かべている。
どきんどきんと、胸が躍ったのは言うまでもない。赤峰は顔を伏せて、呼吸を落ち着かせた。
(反則だ。モデルで俳優でもあるくせに、昨日俺とキスしたってだけで、そんな反応するなんて! 思春期だな! おまえ、俳優だろ! ドラマで大物女優とキスシーンしてんの見たぞ! そうだ、キスしてたんだ!)
心の中に嫉妬の炎が燃え上がったことで、赤峰は少し冷静になれた。
空咳をひとつしてから、赤峰は険しい表情でソファーに手を置いた。
「碧。話がある。ここに座って」
「太陽さん、怒ってる? 今度こそ出禁とか?」
「怒ってないから、とにかく座りなさい」
「え? 怒ってないの?」と言いながらも、碧は素直に腰を下ろした。
(怒ってるって言ったほうがよかったのか?)
碧は座ったまま赤峰を見上げてにこにこしている。
(このアングル懐かしい! 碧、かわいい!)
上目遣いで小首をかしげる動作は、中学生の頃から変わっていなかった。
「太陽さん」
碧の吐息には、熱が混じっていた。指先を絡められ、腰を引き寄せられる。碧のハシバミ色の瞳は、まっすぐに赤峰に向けられていた。
触れ合った皮膚が、布越しに熱を持つ。時が止まったかのように、なんの音もしない。
極度の緊張のため、赤峰は碧の顔を見ることができなかった。碧から顔を背けて、あらぬ方向を見詰める。碧の声だけが、耳元で響く。
「俺、真剣なんだ。真剣に、一人の男として、太陽さんを愛してる」
「あ……あ、お………や、め……」
頭を抱え込まれ、強制的に下を向かされる。
「あ……! んっ……!」
唇をふさがれると同時に、体が一瞬宙に浮く。腰を支えられ、ソファーに座る碧の膝の上に乗せられたのだ。
(二回目でも、舌は入れて来ないんだ)
碧の唇は弾力があり、それでいて柔らかかった。
赤峰は足を大きく広げて、碧の股間をまたいだ状態だ。
(こ、これって、俺が入れられる体勢じゃないか!)
赤峰は内心で慌てふためいていた。学生時代、友人の部屋で観たAVで、巨乳の女優が正面座位で挿入されていたのだ。
碧は真面目な顔で、赤峰を見詰めている。
「昨日不意打ちみたいにキスしたのは、悪かったと思ってる。けど、聞いて。話くらい、聞いてくれたっていいでしょ?」
頭の中で警鐘が鳴り響く。目蓋の裏に浮かんだのは、やはり正美の顔だった。
(この流れは、やばい……!)
早く碧から離れなければと思うのに、腰が抜けたみたいに、指先ひとつ、動かすことができなかった。
「あなたが初めてうちの玄関に立っていた時、俺は、土弩(どきゅう)の矢で射抜かれたんだ。今ならわかる。あれは、キューピッドが放った恋の矢だった。ほとんど一目惚れだったと思う。この人に会うために、俺は生まれてきたんだと思った」
少し掠れた、変声期を経た大人の声で、碧はなおも愛の告白を続ける。
「好きになったきっかけは――四歳の時、目の前で倒れたお母さんに、顔が似ていることだったかもしれない。けど、太陽さんのことを知れば知るほど、もっと太陽さんのことが知りたくてたまらなくなった」
綺麗な顔をしているのに、碧は策士だと切に思う。亡くなった母親に似ていると言われれば、邪険にできるわけがない。
「気付いた時には、もう手遅れで、好きになればなるほど、お母さんみたいに、突然会えなくなっちゃうんじゃないかって……喪うことが怖くなった」
赤峰は、眉間の皺を深くする。何を言うのが正解なのか、とっさに判断ができなかった。
「太陽さんの、困ってる人をほうっておけない、優しいところが好き。だからこそ、不安になる。俺にだけ優しいわけじゃないから、俺だけのものになってほしい」
真剣な瞳で告げられ、どきりと心臓が跳ねる。
碧は情熱的に、なおも告白を続ける。
「天然ボケで、馬鹿がつくほど正直で、生徒の俺の前では強がってて、弱ってるところを全然見せてくれないところも、ひっくるめて、全部好き。熱血漢なのに、見た目は小動物みたいにかわいくて、そのギャップが超萌えるんだ」
碧は上目遣いに赤峰を見詰めながら、赤峰の右手を取って、手の甲に弾力のある唇を押し当てた。
顔から火を噴きそうだ。ドキドキしすぎて、心臓が悲鳴を上げている。
気障 な動作だが、碧がすると王子様のようにかっこいい。
「俺を、太陽さんだけのナイトにして」
ねだるように囁かれ、うっかり頷いてしまいそうになった。
「かっこいい太陽さんに並び立てる、強くてかっこいい男になりたい」
(ってことは、碧の中で俺は、碧よりもかっこいいってことか? そんなわけないだろ!)
再び顎を掴まれ、目の焦点が合わないくらい間近から見詰められる。
熱く濡れた感触が、唇の合わせ目をなぞる。
驚きすぎて、頭の中が真っ白になった。
(碧のやつ、舌入れてきた!)
熱い舌先は上唇と下唇を交互になぞり、奥で縮こまっていた赤峰の舌を、誘うように優しく舐めた。
「あっ……んぅ……」
口が大きく開いた刹那、碧は赤峰の後頭部を固定し、根元から舌を絡めてきた。
赤峰にとって、初めて経験するディープキスだった。触れ合っている舌だけではなく、顔がほてり、密着した下肢にまで、澱 のように熱がこもっていく。
「は……あ……」
二人の唇を、銀糸がつないでいる。碧は赤い舌を伸ばして、銀糸を舐め取った。
(あの舌が、俺の口の中に入ったんだ)
赤峰はほてった体を、無防備に碧の厚い胸板に預けた。碧は優しく赤峰を受け止めてくれる。
「見てて。太陽さんに相応しい男に、なってみせるから」
ディープキスの余韻で、碧の呼気も熱く乱れていた。
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