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『先生の陥没乳首が狙われているようです』六時限目①
三年四組の教室は、第三校舎の四階にある。赤峰は、窓際に置かれたパイプ椅子に腰を下ろし、窓から見える光景をぼんやりと眺めていた。
無人のグラウンドの向こうで、山の木々が新緑に萌えている。大型連休初日の今日に限って、運動部は休養日か遠征のようだ。
赤峰は人知れず溜息を漏らした。
(せめて運動部が練習をしてくれていたら、いくらかマシだったのに)
教室は静寂そのものだった。世界から音が消えてしまったかのように、何も聞こえない。
赤峰は視線を感じて、教室の中央に顔を向けた。碧と視線がぶつかり、慌てて窓の外を眺める。
(ずっと、見られてた、のか……?)
心臓がけたたましく脈打っている。碧に触れられた唇や胸、性器が、見られているだけで、じわりと熱を持つ。
赤峰はスーツの上から、本来なら突起がある部分にそっと触れた。乳暈の中に秘められた乳首が、じくじくと痛み出すようだ。
教室に他の生徒はいない。碧は仕事で試験が受けられなかったため、土曜日に追試のため登校しているのだ。
普段の定期試験なら、試験監督としてカンニングや不正行為がないか目を光らせていなければならないのだが、赤峰は先程から、窓の外と腕時計を交互に見て時間を潰していた。碧が開始二十分程度で回答と見直しを終え、赤峰を凝視しているからだ。
顔が熱を持っているのがわかった。激しい運動をした直後のように、呼吸が荒くなっている。下肢の血流が嘘みたいによくなっている。
赤峰はきつく目を閉じて自分を恥じた。
(俺、変態かよ! 見られているだけで、感じてるなんて)
「先生」
赤峰は弾かれたように顔を上げる。碧の声がすぐ近くから聞こえた気がした。試験用紙を持つ碧が、目の前に立っていた。
赤峰は慌てて立ち上がる。
「あ……望月! ダメじゃないか! 試験中に席を立つなんて……」
「時間です。回収してください」
腕時計を見ると、確かに終了時間だった。
(そうだ。今日は、チャイムが鳴らないんだった)
赤峰は碧の顔を見ずに試験用紙を受け取り、書類ボックスに入れた。碧に背中を向けたまま言う。
「ご苦労様。もう帰っていいぞ」
ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。次の瞬間、赤峰は碧の腕の中にすっぽりと収まっていた。灰緑色の髪の毛が、耳元をかすめて落ちていく。
碧が肩口に顔をうずめ、匂いをかいでいる。碧に後ろから抱き締められたのだ。
「だ、ダメだ……望月。ここは教室で、おまえは追試のために来てるんだから」
血液が濁流のように音を立てて全身を駆け巡っている。心臓を貫かれたみたいに、指先ひとつ、動かすことができなかった。
「追試はもう終わったから、ここから先はプライベートでしょ? 休日出勤させたんだから、お詫びにご奉仕させてよ」
碧がため口に戻っている。お詫びとかご奉仕とか、どこをどうツッコんでいいのかわからない。
赤峰の心の中で、警鐘が鳴り響いた。ここは教室だ。赤峰は教師として、絶対に流されるわけにはいかない。
赤峰はなんとか冷静になろうとした。
「な、何言ってるんだ。生徒のために尽くすのは、教師として当たり前じゃないか」
「その言い方、釈然としない」
碧の声は、多分に怒気を含んでいた。打って変わって、耳元で甘えるように言われる。
「三年前から恋人になる予約してるんだから、もっと特別扱いしてほしい」
(特別扱い?)
赤峰の中で、初めて疑問が生じた瞬間だった。
(俺は今まで、碧を他の生徒と同じように、扱ってこられたんだろうか)
考え込んでいる間に上着のボタンを外され、ワイシャツの上から、円を描くように乳輪を撫でられてしまった。
「っ……ん……」
敏感になっているのだろうか。思わず甘い吐息が漏れる。
碧が耳元で囁く。
「太陽さん。さっき、胸に触ってたでしょ? 俺、生唾呑み込んじゃったよ」
碧の吐息で、耳まで熱くなる。
碧は上着の下に大きな掌を潜り込ませ、やわやわと胸元を揉んできた。
――ここに触ってほしいんでしょ?
碧に、そう言われている気がした。
「ん、ふ……あ、んっ……」
服の上から揉まれた程度では、陥没乳首には届かない。それどころか、かえってその存在を意識してしまう。じらされているようで、無意識に腰が揺れてしまう。
乳首がこんなに感じる場所だなんて、今まで知らなかった。碧にすっかり性感帯として開発されてしまった今、ワイシャツ越しに触れられた程度では、満足できなくなっている。
赤峰は碧の胸にもたれながら、喉を仰のかせた。
腰砕けになった赤峰を、碧がパイプ椅子に座らせてくれる。碧はしゃがんで視線を合わせてくれた。
「このままじゃ、職員室に行けないでしょ? ご奉仕させてよ」
優しく頭を撫でられ、うっかり頷いてしまいそうになる。
「けど、ここは教室で、誰かに見られたら」
方便だということは、自分でもわかっていた。追試が予定されていたのは四組だけで、他学年の教室や職員室は別校舎にある。第三校舎は、巨大なガランドウなのだ。
赤峰は、自分から碧を受け入れるわけにはいかなかった。
「わかった。窓から見られるかもって、不安なんだね」
碧は赤峰の気持ちを汲み取ってくれた。グラウンドは無人で、その向こうは山があるだけだ。いったい誰に見られるというのか。
碧は窓辺に立ち、ひもを引っ張ってブラインドを下ろしてくれた。景色が見えなくなった途端、空気が濃くなった気がする。
碧が赤峰に顔を向ける。赤峰は何も言わずに、視線を後ろのドアに向けた。碧は無言で頷き、教室の端から端まで横断する。鍵をかける音が、静寂を破った。
碧が足音を立てずに移動してくる。感覚が研ぎ澄まされているのか、床を通して、振動が伝わってくる。
赤峰は下を向いてじっとしていた。視界の端に、碧の上履きが現れる。
赤峰はゆっくりと顔を上げた。潤んだ視界の中心に、薄く笑った碧の綺麗な顔があった。なぜだろう。何もしていないのに、顔がほてっている。
「でも、前のドアは」
教室には、もうひとつドアがある。前方のドアは、内側から鍵をかけることができなかった。
碧の喉が上下する。生唾を呑み込んだのだ。
「じゃあ、こうしよう」
碧が教卓の向きを変え、ドアと平行になるようにした。ゆったりした動作で詰襟の学生服を脱ぎ、床に置く。
「こうすれば、前のドアを開けられても、見えないから」
再び教室が、沈黙に包まれた。
碧は床に座り、赤峰をじっと見詰めたまま動かない。碧の前のスペースには、学生服が敷かれている。
「ここへ来い」と、いうことだろうか。
頭が、がんがんする。鋭い痛みに思考の邪魔をされ、何も考えられない。全身が熱くてたまらない。まるで、体中の血液が沸騰したみたいだ。
赤峰はふらふらと立ち上がった。何かに導かれるように、あるいは糸に引かれるように、一歩ずつ、碧に近付いていく。
灼熱の体を、一秒でも早くしずめてほしくて――触ってほしい――感じたい――碧に触れてほしい――細胞のひとつひとつが叫んでいた。碧に灯された炎は、碧にしか消せないと知っているかのように。
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