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『先生の陥没乳首が狙われているようです』七時限目②
赤峰は海鋒と連れ立って、久しぶりに個室居酒屋を訪れていた。学園を出てからコスプレショップに立ち寄り、その流れで飲みに行くことになった。
くだんの白雪姫の衣装の試着はうまくいった。ウエストを少し詰めるだけで、予算の範囲内でレンタルできそうだ。
とりあえず生ビールで乾杯することにする。ジョッキに口をつけ、生ビールを体内に流し込んだ。
「おいおい。飲めないくせに、一気飲みするなよ」
海鋒が心配そうにつまみの枝豆を勧めてくれる。注文した焼き鳥は、まだ来ていない。
「今時のコスプレショップってすごいんだな。写真まで撮れるようになってて、びっくりした」
気が置けない友人と飲みに来ているため、赤峰は少し饒舌になっていた。最近心配事が多すぎて、ピッチが速くなっている。
スカートを穿いたのは生まれて初めてだった。ウイッグも付けずに白雪姫の衣装を身に着けるのは恥ずかしかったが、仕方ない。試着室のカーテンを開けて海鋒に見てもらった。どうせなら、ばっちりメイクをしてウイッグも付けてリハーサルをしたかったが、今日は学校帰りのため時間がなかった。
店員が試着室を覗き込んできたのには、さすがに驚いた。なぜか写真撮影をしきりに勧められたが、全力でお断りした。
「見苦しくなかったか? 生徒たちに幻滅されないか、不安なんだ」
「大丈夫だ。似合ってたから」
「そっか。なら、よかった」
海鋒がそう言ってくれて安心した。もう酒が回ったのか、なんだか体が熱くなってきた。赤峰が脱いだ上着を、海鋒がかいがいしくハンガーにかけてくれる。
「いつも悪いな」
「いや、俺が好きでやってるんだよ」
海鋒はいつも、赤峰を気遣ってくれている。感極まって、なぜか泣きたくなった。
職を失った直後は何もする気になれず、部屋に引きこもっていた。海鋒が世話をやいてくれなければ、どうなっていたかわからない。海鋒は炊事・洗濯のみならず、掃除までしてくれたのだ。
今の職場に再就職できたのも、海鋒が口利きをしてくれたおかげだった。
赤峰は手の甲で涙をぬぐい、ワイシャツの第一ボタンを外す。ネクタイを少し緩めて、ごまかすように手で仰いだ。
「少し、暑いな」
「おまえ、それ」
海鋒の困惑が、声にまで表れていた。海鋒の視線は、赤峰のうなじに注がれている。
赤峰ははっとして、慌てて襟元を隠して海鋒に背を向ける。動悸が激しい。赤峰は襟を掴んだまま狼狽していた。
(どうかしてる。少し酔ったからって、自分から上着を脱いでワイシャツのボタンまで外すなんて!)
赤峰の首筋には、碧に付けられたキスマークがはっきりと残っていた。
個室のドアがノックされ、赤峰はびくりと身を震わせる。店員が、注文していた焼き鳥を運んできた。
海鋒が店員に対応している間に、赤峰は震える指でボタンを留め、ネクタイを元に戻した。
店員が個室から出て行き、再び二人きりに戻る。きつく閉じた瞳の淵に、涙が溜まっていた。
「太陽」
いつまでも、海鋒に背中を向けているわけにはいかない。名前を呼ばれ、赤峰は覚悟を決める。赤峰が海鋒に向き直ると、海鋒は困ったように笑った。
「何か悩み事があるんだろうと思って、おまえが相談しやすいように個室を選んだんだが、正解だったな」
赤峰は反射的に顔を上げる。海鋒は無言で頷いた。赤峰が困り果てていることは、海鋒には筒抜けだったようだ。
海鋒の骨張った指が赤峰の前髪を一房 摘まんだ。
「おまえ、全然幸せそうじゃないな」
海鋒が悲しげに笑っている。
海鋒の気遣いに、胸が詰まる思いがする。目頭が熱くなり、涙が込み上げてきた。
「隈 ができてる。あまり眠れてないんだろう。新学期からずっとだ。おまえに倒れられたら、俺が困るんだよ」
海鋒は何事もなかったように会話を続ける。
「そんなことないよ」
海鋒にいらぬ心配をかけたくなくて、赤峰は慌てて指の腹で目元をぬぐった。このところ、涙腺がおかしい。赤峰は心と体のバランスを崩していた。
「望月だろ。キスマークまで付けるなんて」
言い当てられ、赤峰は狼狽する。海鋒は怒っているように見えた。
「これは、その……ちょっと吸われただけで」
海鋒はビールを煽って声を荒らげる。
「嘘を吐け! それだけじゃないだろ! ちょっと吸われたぐらいじゃあ、そこまではっきり残らない。もっと、いろんなことされてるんじゃないのか!」
「キスされて、乳首吸われただけだ! フェ……フェラチオはされちゃったけど!」
淫猥な言葉に、顔が一気に熱くなる。
(ちょっと待て! そこまで詳細に言う必要あったのか?)
後悔しても、もう遅い。海鋒の眉間の皺が、一層深くなった。
「ほう!」
赤峰は慌てて言う。
「けど、大丈夫! まだ挿入まではされてないから!」
(って墓穴だ――っ! 俺何言ってるんだ――っ!)
海鋒はビールをさらに煽り、飲み干した。吐き捨てるように言う。
「俺には、なんでも言ってくれ。この際だ。洗いざらい、なんでも聞いてやる」
海鋒の気遣いに、胸の奥がじわんと熱くなる。涙が溢れ出し、自分が精神的に追い詰められているのだとわかった。
海鋒が、黙ったままハンカチを差し出してくれる。
「ありがとう」
赤峰は目元をぬぐいつつ、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「碧とは、三年前から知り合いで――」
神聖な教室で、あろうことか裸に剥かれ、乳首を吸われ甘噛みされ、キスマークまで付けられた挙句、フェラチオまでされてしまった記憶が、ありありとよみがえる。
碧は白い喉笛を上下させ、赤峰が口内に放った精を、一滴残らず飲み干したのだ。
「怖いんだ。俺はこのままじゃ、碧に体を許してしまうかもしれない」
赤峰は膝の上でハンカチを握り締める。
「保身で言ってるんじゃないんだ! わかってくれ!」
赤峰の声が震えている。海鋒に顔を向けた拍子に、透明な涙が迸った。
「わかってる。おまえが自己保身のために動くやつじゃないってことくらい、俺には、十分すぎるくらいわかってるさ」
海鋒の力強い励ましに、赤峰は落ち着きを取り戻した。
「このままじゃ、共倒れだ。身の破滅は、俺だけじゃない。芸能人にとって、教師との火遊びなんて、スキャンダル以外の何物でもない。マスコミの恰好のネタだ。俺は、大好きなバレーボールができなくなって、新しい分野で頑張ってる碧の、純白の翼を汚 したくないんだよ!」
「望月のこと、大事に思ってるんだな」
海鋒の呟きに、赤峰は大きく頷いた。
「当然だ。かわいい生徒なんだから」
海鋒が溜息をつき、独り言を漏らす。
「頼むから、『かわいい生徒』以上の感情を持たないでくれよ」
「何か言ったか?」
「なんでもない。太陽。望月をおとなしくさせる、いい方法があるんだが」
「本当か?」
夢のような話に、赤峰は身を乗り出した。
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