14 / 34
『先生の陥没乳首が狙われているようです』八時限目*
昼休みの英語準備室には、赤峰と海鋒の姿があった。カーテンを閉めているため、室内は薄暗い。海鋒が居酒屋で提案した方法を実行するためだ。海鋒の作戦とは、赤峰と海鋒が付き合っていると、碧に思い込ませることだった。
赤峰は上着を脱いで、海鋒に向き直る。海鋒に言われた通り、ネクタイも外している。うなじのキスマークは少しだけ薄くなっていた。
「なあ、俺だけ採寸って、本当に必要なのか?」
海鋒はメジャーを構えて、意気揚々と採寸を始める。
「予算を計上したら、白雪姫の衣装は特注しようってことで、理事会で決まったんだ」
「どこに予算かけてるんだか」
海鋒は肩や腕だけではなく、ウエストやヒップまで測っている。
(こいつ、どこまで熱心なんだ?)
海鋒が太腿にメジャーを巻き付けている時、赤峰はそう思った。白雪姫の衣装のための採寸は、碧をだます作戦とは直接関係なかった。
海鋒学園高等部の文化祭は人気があり、外部からの来客も多い。来訪者をがっかりさせないために、ヘアメイクにも費用を割いて、プロを呼ぶことにしたそうだ。その中でも、赤峰の白雪姫は、期待値が高いらしい。どうして自分の女装に貴重な予算をかけられるのか、赤峰には理解不能だ。
「太陽。ドアの隙間から覗いている」
海鋒が姿勢を変えずに囁いた。
「碧、来てるのか?」
「声が大きい」
海鋒に指摘され、慌てて口をつぐんだ。
赤峰はドアに背を向けて立っているため見えないが、碧が廊下から室内を見ているようだ。
「いいか? 付き合ってるように見せるんだからな」
海鋒に念を押され、赤峰は碧に悟られないように微かに頷いた。
海鋒はにやりと笑いながら、メジャーで赤峰の胸囲を締め付けた。
「いっ……」
物理的な痛みに、赤峰は声を上げる。
「すまない。痛かったか?」
海鋒が空々しく聞いてくる。
「いや、大丈夫だ」
海鋒が熱っぽい視線を向けてきた。不自然なほど顔を近付けてくる。
(へ? まさか、キス?)
芝居だということはわかっている。どうせなら、俳優の碧をだますくらい熱演しようではないか。
(キスまでするとは思わなかったけど、ファーストキス以外は、一発も二発も同じだよな。碧だって演技でブチュブチュやってるし)
赤峰は度重なる心労と疲労のため、やけになっていた。
海鋒のキスは思ったより濃厚だった。
「んんぅっ!」
赤峰の後頭部を固定して、熱烈に唇を押し付けてくる。
息苦しくて喘いでいる間に、ワイシャツの裾を捲ってきた。
「おいっ……何する……!」
さすがにやりすぎだろうと抗議しかけると、海鋒がすかさず囁いた。
「カップルのふりをするんだ。俺の愛撫に応えてくれ」
海鋒は、赤峰をソファーの上に押し倒した。
(このソファーは……!)
碧との戯れの数々が、赤峰の脳裏によみがえる。碧の膝に乗り上げ、初めて濃密なキスをした。
海鋒は赤峰のシャツの裾から手を差し入れ、両方の乳暈を指先で摘まんできた。
「ひあっ……あっ! かい……ほ、うっ!」
碧の指摘通り、海鋒は赤峰の乳首が陥没していることに気付いていたようだ。乳首を押し出すように、ぐにぐにと揉んでくる。
「んっ……は、あぁっ……」
碧ではないとわかっているのに、碧によって慣らされた赤峰の肉体は、海鋒の巧みな愛撫によって、性の喜びを感じ取ってしまう。
少し顔を出した乳首を見て、海鋒は舌なめずりをした。
海鋒の指の腹が、乳輪ごと少しだけ出てきた胸の粒を撫でさすってきた。
「は……あ……」
もどかしい刺激に、自然と息が上がってくる。
海鋒はおもむろに口を開き、右側の乳首に乳暈ごと吸い付いた。
「ひゃっ……ああっ……」
海鋒は赤峰の華奢な体を抱き締め、容赦なく乳首を吸い上げる。
「あ……んあぁっ……」
海鋒が唇を放すと、ぷっくりと膨らんだ乳首が姿を現した。
海鋒は眩しそうに目を細める。
「かわいそうに、おまえのここ、赤く腫れてしまっている」
海鋒が赤い舌を伸ばして、上目遣いで赤峰を見詰めながら、今度は左の乳輪を舐めてきた。
「きゃううんっ!」
筋肉の塊に敏感な粒をねぶられ、赤峰の細い腰が跳ねる。
「俺がメジャーでいじめたせいかな。それとも、悪い猫でも、いるのかな」
左側の乳首も、少しだけ顔を覗かせていた。
海鋒に左の乳首を強く吸い上げられ、赤峰は悲鳴じみた嬌声を上げる。
「いっ!」
快感に翻弄されながらも、赤峰は頭の片隅で考えていた。
(悪い猫ってなんだ? 碧が泥棒猫だとでも言うつもりか?)
「ああ……! やっと太陽の乳首を拝めた」
海鋒が愁眉を開いた。
「さあ、おまえにもう一度キスさせてくれ」
芝居じみたセリフを吐きながら、海鋒が赤峰の体を抱き上げる。顎を上向かされた時、碧の顔が視界に入り、赤峰は身を固くした。
(碧!)
英語準備室の中央に位置するソファーは、ドアに対して垂直に設置されている。顔が上を向いた拍子に、海鋒の肩越しにドアが目に入った。
(いる! 確かに碧がいた!)
膝立ちをしているのか、碧の目の位置は低い高さにあった。碧は五センチほどドアを開き、わずかな隙間から食い入るように赤峰を見詰めている。
心臓が胸郭を突き破りそうなほどに脈打っている。我知らず、涙が込み上げてきた。
(見られてた。俺が、海鋒にキスされてるところも、海鋒に触られて感じてるところも、全部、見られてた)
強い力で顔を固定され、ぶつけるように唇を吸われる。
「んんっ! んんんぅっ!」
(やめろ! 碧が見てるんだ!)
腕を突っ張って海鋒から逃れようとしても、隙間がないほど抱きすくめられ、身動きが取れない。
赤峰の脳裏に浮かんだのは、深々と頭を下げる西園寺正美の姿だった。
(碧の将来のため、なんだ)
碧に、彼女と同じ過 ちを犯させるわけにはいかない。赤峰は諦めに似た心境で、だらりと腕を伸ばした。
底知れぬ絶望感が赤峰を支配した。
抵抗しなくなった赤峰の体を、海鋒が大事そうに抱き締めてくる。
「碧は?」
「ドアが閉まってる。これで、諦めてくれればいいんだが」
碧がもういないとわかり、赤峰は海鋒の腕の中で顔を上げた。
「付き合わせてしまってすまなかった。もういいだろう」
今度こそ腕を突っ張って海鋒から離れようとしたが、肩を抱き寄せられ、海鋒の胸にダイブしてしまう。
「海鋒?」
訝しんで顔を仰ぎ見ると、切れ長の双眸が血走っていた。
赤峰は身の危険を感じて体を強張らせる。腕力では海鋒に敵わない。赤峰は窮地に陥った。
「やっ……!」
痛みが走るほど抱きすくめられ、強引にワイシャツのボタンを外される。
「いっ……っ……!」
うなじに歯を立てられ、執拗なほど強く吸われた。碧と同じ場所に、キスマークを付けられたのだ。
「海鋒……どうして……?」
突然の裏切りとも取れる行為に、赤峰は潤んだ瞳で友人だと思っていた男を見上げた。
「どうして?」
海鋒は片手で縁なし眼鏡のブリッジを押さえ、彫りの深い精悍な顔に冷笑を浮かべる。
「俺がなんの下心もなしに、こんな提案をしたと思っているのか? 望月に迫られていると聞いたら、黙っちゃいられない。三年前から知り合いだと? 笑わせるなよ。俺は五年前から、おまえに心底惚れてるんだ!」
海鋒が強い力で赤峰をソファーに押し倒した。掌を重ね、熱を帯びた瞳を近付けてくる。
「俺のものになれ、太陽。ずっとおまえを愛している」
ともだちにシェアしよう!

