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『先生の陥没乳首が狙われているようです』十一時限目【終】
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卒業式当日。
海鋒学園高等部の校門前で、卒業証書が入った賞状筒を片手に教え子たちが談笑している。頭上で咲き乱れる早咲きの桜は、生徒たちを祝福しているようだった。赤峰はその様子を感慨深く見守る。新卒で採用された学校を二ヶ月で依願退職した赤峰にとって、副担任を務めたクラスの生徒を無事に送り出せた喜びはひとしおだった。もう彼らを相手に英語の授業をすることはないのだと思うと、嬉しくもあり、寂しくもある。
花束を持った海鋒の姿が目に留まる。海鋒は、四月から中等部に異動することが決まっていた。自分から申し出たのだと、人伝 に聞いて知った。
数日前の海鋒との会話が思い出される。
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「どうして異動なんて」
「けじめだよ。望月が卒業するのに、俺だけ太陽のそばにいるわけにはいかないだろ」
海鋒はそこで言葉を切り、唇を引き結んだ。
「文化祭の日に、望月に言われた言葉が、頭から離れないんだ」
碧が痛罵した場面が頭をよぎった。
――海鋒先生は、今まで太陽さんと築いてきた信頼関係を台無しにして、太陽さんの友情を裏切ったんです。
海鋒が勢いよく頭を下げる。
「わっ」
「赦してもらえるなんて思ってないし、謝ってすむ問題じゃないこともわかってる。それでも言わせてくれ! すまなかった」
謝られるとは思っていなかったため、反応が遅れた。赤峰が黙ったままでいると、海鋒は目を合わせずに立ち去ろうとする。
赤峰は慌てて声をかけた。
「また一緒に、バレーボールできないか? リベロの俺には、おまえが必要なんだ」
思い出すのは、最後のインカレ出場が決まった試合だった。海鋒が相手チームのエースのアタックを見事にブロックしたのだ。それが決勝点だった。
鳴りやまない歓声。チームメイトたちの嬉し涙。
赤峰は思わず海鋒に飛び付いて、喜びを露わにした。
海鋒と抱き合った時の、泣き笑いの表情。
あの時の感動を、赤峰は今でも、よく覚えている。
海鋒とこれっきりになってしまうなんて、赤峰には耐えられなかった。
「人たらしだよな、おまえは、本当に。際限なく人好きがいいっていうか、見境なく人に好かれるっていうか」
「なんだ、それ。けなしてんのか」
少し間を置いて、振り向いた海鋒は笑顔だった。
「もう恋人がいるんだから、やめたほうがいいぞ」
「え?」
海鋒は両手を上げ、トスを上げるジェスチャーをした。
「考えとくよ」
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赤峰は、生徒たちの中心にいたはずの碧の姿が見えないことに気付く。辺りを見回していると、「望月、どこ行ってたんだよ」と聞こえた。
顔を向けると、碧らしき人物がこちらにやってくるところだった。両手でやっと抱えられる大きさの真っ赤な薔薇の花束を持っている。
花束の横から顔を出したのは、やはり碧だった。赤峰を認めると、昨年再会した時のように、とびきりの笑顔を浮かべる。
「本当にどこに行っていたんだ?」
「予約してたこれ、花屋さんに取りに行ってたんだ」
「はい」と、抱えていた花束を渡される。薔薇の甘い香りが鼻腔を満たした。
「俺から、太陽さんにプレゼント。太陽さんといえば『赤』だと思ったから、薔薇しかないと思って」
赤い花なら他にもあるのに、薔薇を選ぶところが、いかにも碧らしいと思った。
「嬉しいけど、なんで卒業生のおまえが、教師の俺にプレゼントなんて」
碧が耳元で囁く。
「俺が卒業する記念。これからは、堂々と付き合えるでしょ?」
初めて体を重ねた日のように、碧がウインクする。
顔が一気に熱くなり、碧の顔を見ていられなくなる。目を伏せると、花束に直筆のカードが添えられていることに気付いた。
『一生涯の愛を込めて』
「三月いっぱいは、まだ生徒なんだからな」
花がほころぶように、碧が微笑を浮かべる。
「わかってるって。真面目だなあ」
赤峰は心の中で呟く。
(大輪の花が咲いたみたいだ)
早咲きの桜をバックに微笑む碧は、今までで一番美しかった。
花束を抱える赤峰を碧が抱き寄せ、唇を寄せてきた。慌てて赤峰が抗議する。
「おい、誰かに見られたらどうするんだ!」
春風が吹き、落花の雪が降り注ぐ。
「大丈夫。花びらの雨が、俺たちを隠してくれるから」
桜吹雪の中、二人はそっとキスをした。
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