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『その後の先生の陥没乳首』act.1

※  ――二年前。  梅雨入りを迎えた空は、どんよりとした雲に覆われている。 「暗くなると、学校って怖くなるんだよな」  赤峰は、図書室へと続く一直線の長い廊下を歩いていた。  赤峰はこの春、私立聖ルチアナ女子大学付属高等学校に採用されたばかりの、新任教師だ。お嬢様ばかりが通う女子校の教師が自分に勤まるのか不安だったが、その心配は無用だった。  身長一六三センチで童顔な赤峰は、意外にも女子生徒たちに人気があった。男臭くない容姿が年頃の女子に受けがよかったのだ。  赤峰は新任のため、クラスは持っていないが、三年生の英語を受け持っている。教え子の西園寺正美から、「相談したいことがあるから、図書委員の当番が終わる頃に来てほしい」と言われ、図書室に向かっている。  正美は、小柄でさらさらのボブカットが印象的だ。成績優秀でよく質問に来るため、話す機会が多い。  声をかけながら図書室のドアを開ける。入ってすぐのところにカウンターがあるが、正美の姿は見えなかった。本の整理でもしているのだろうか。人けのない図書室は、電灯が煌々と点いているとはいえ、なんとなく不気味だった。窓の外は墨で塗り潰したように暗い。漆黒の闇が、赤峰の不安を煽る。  生徒たちの自習用に置かれている机の間を、きょろきょろと首を動かしながら歩く。 「西園寺さん? いないの?」  書架の間を抜け、突き当たりまで来た時、忽然と灯かりが消えた。 「ひっ!」  悲鳴を上げて尻もちをつくと、懐中電灯のような光が目に付いた。  この学校で幽霊のうわさなど聞いたことがないが、赤峰が知らないだけで、怪奇現象が頻発しているのだろうか。  人魂かと思って後ずさりすると、背中が書架にぶつかった。光はだんだん近付いてくる。 「うわあああっ!」  思わず硬く目をつぶると、頭頂部に柔らかなものが押し当てられた。  赤峰は瞬時に状況を把握する。不甲斐なく慌てふためいている間に、頭のてっぺんにキスされたのだ。  目を開けると、床に置かれたスマホに照らされ、正美の白い肢体が浮かび上がって見えた。ちらついた光は人魂ではなく、正美のスマホのライトだった。驚いたことに、正美はブラジャーとショーツしか身に着けていなかった。 「西園寺さん?」 「正美って、呼んでください」  正美は赤峰の膝の間に腰を進め、腹の上にまたがってきた。 「な、なにを……! 馬鹿なマネはやめなさい!」  このご時世、男性教諭が女生徒の体に触れただけでセクハラになってしまう。ましてや、下着姿の彼女に、触れられるわけがなかった。それどころか、目を開けてすらいられない。 「先生、ちゃんと私を見て」  両手で顔を覆っていると、手首を掴まれて強引に顔を覗き込まれた。正美は意外に力が強い。正美の思い詰めた顔が、目と鼻の先にあった。 「私、先生が好きなの。本気で赤峰先生のこと、愛してるのよ」 「だからって、こんな不意打ちみたいなこと」  赤峰は言葉に詰まった。視界の端に、レースがあしらわれた白いブラジャーに覆われた慎ましやかな乳房がちらつき、目のやり場に困る。  正美は赤峰の返事が気に入らないらしい。 「じゃあ、正攻法で告白したら、応えてくれた? オーケーしてくれたの?」 「できるわけない! 俺は、教師なんだから!」  赤峰がたまらずに声を荒らげると、正美は怒った顔のまま、静かにこう告げた。 「じゃあ、こうするしかないよね」  正美は自身の背中に手を回す。ブラジャーのホックを外そうとしているのがわかり、赤峰は生きた心地がしなかった。 「やめなさい! そんなことをしても、なんにもならない!」  慌てふためく赤峰に対して、正美は冷静だった。 「先生が悪いのよ。私の心に火を点けるから」  正美は、薄く笑っていた。 「どうしました?」  警備員の懐中電灯が二人を捉える。  赤峰の眼前で、ふたつの胸乳(むなち)が揺れていた。  図書室に教職員が集まり、現場は一時騒然となった。ショーツだけを身に着けた正美が両腕で乳房を隠して、羞恥心に駆られたのか、「赤峰先生が無理やり」と口走ったのだ。  赤峰は、校長室まで半ば連行されるように連れて行かれ、大多数の女性教諭たちに糾弾されるような形で事情を聞かれた。  私立聖ルチアナ女子大学付属高校は、校長を始めとするほとんどの教職員が女性で占められている。無実だとどれだけ訴えても、赤峰は圧倒的に不利だった。女性教諭たちは目を吊り上げて怒りの感情を爆発させ、数少ない男性教諭は口をつぐみ、赤峰と目を合わせてくれなかった。  赤峰は、校長から停職と自宅謹慎を言い渡され、処分を待つことになった。  その後、正美が赤峰に好意を抱いていたという男性教諭の証言があり、「自分で脱いだ。先生は指一本触れていない」という正美自身の証言もあり、赤峰の疑いは晴れた。  けれども、例え疑いは無くなっても、赤峰の心の傷は癒えなかった。赤峰はうつ状態になってしまい、依願退職に追い込まれる。  抜け殻のようになっている時の記憶は曖昧だ。気付いた時には、大学の同期だった海鋒星嗣が、一人暮らしの赤峰のために、食事の世話や部屋の掃除までしてくれていた。  赤峰は今回の一件で、女子生徒に恐怖心を抱くようになってしまった。女子生徒が在学する共学や女子校では働けない。理事長の息子である海鋒が口利きをしてくれたため、海鋒学園高等部に採用されたのは、まさに不幸中の幸いだった。

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