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『その後の先生の陥没乳首』act.2

※  ――現在、五月。  連休二日目の夜、赤峰はアパートの自室に、一日ぶりに帰宅した。電気を点けると、1Kの部屋が全て見渡せる。昨日の朝早く、バレーボール部の一泊二日の遠征に出発した。一日しか経っていないというのに、なぜか懐かしく感じられた。  三月までバレーボール部の顧問だった海鋒が中等部に異動したため、赤峰が四月から引き継ぐことになったのだ。  赤峰はボストンバッグを置いて、パイプベッドに突っ伏した。 「つ、疲れた……」  コーチと交代だったとはいえ、長距離の運転は骨が折れた。大学に入ってすぐに免許は取得したが、ペーパードライバーの赤峰にとって、生徒の命を預かるマイクロバスの運転はずっと緊張しっぱなしだった。  夕食は、今後の打ち合わせも兼ねてコーチとファミレスで済ませてきた。あとは風呂に入って寝るだけなのだが、動きたくない。  赤峰はなんとかベッドによじ登り、そのまま仰向けに横になった。  疲れすぎて溜息が漏れる。運動部の顧問がこんなに大変だとは思わなかった。 「海鋒も、よくやってくれてたよな」  以前は毎日会っていた友人のことを思い出す。  海鋒は三年生のクラス担任を務めた上に、バレーボール部の顧問までやっていた。もちろん、数学の授業も手を抜いていなかった。その上、赤峰のフォローまでしてくれていたのだ。  赤峰も今年から、一年生のクラス担任をしている。今の赤峰には、海鋒が超人のように思えて仕方なかった。 「すぐに慣れるよ」と、海鋒なら言ってくれるだろうか。  たまには食事でもして、近況報告をしたいところだが、事情があって、海鋒とはプライベートで会うことができない。 「元気にしてくれてたらいいけど」  六畳一間の洋室で、赤峰は独り言ちた。  学生時代から住み続けている部屋は、本棚に入りきらない雑誌が平積みになっている。碧が載っている雑誌は全てチェックしているので、さらに雑誌が増えていくだろう。もう少し大きな本棚がほしいところだが、置き場所がない。そろそろアパートの更新の時期なので、引っ越しを考えているのだが、忙しくて、なかなか物件を探す時間がないのが現状だった。  もうすぐ、碧の初めての写真集が発売する。赤峰はネット書店で、見る用と保存用に二冊予約していた。 (手元に届いたら、サインもらおうかな)  そろそろ風呂の準備をしようと腰を浮かせた時だった。  マナーモードにしていたスマホが振動する。ズボンのポケットから落ちて、ベッドの上に転がっていた。碧からのビデオ通話だった。 『太陽さん。初めての遠征、お疲れ様』 「あ、ああ」  スマホを通して聞こえた快活な碧の声に、赤峰はうろたえる。  碧は白いパーカーを着ていた。ラフな格好もかわいいと思いながらも、赤峰はしどろもどろになる。  教師にとって、年度末と年度初めは繁忙期といっていい。碧も高校卒業後はますます忙しくなり、CMやドラマの出演も増えた。テレビを点ければ、画面越しに碧を目にする機会が多くなった。  碧は海鋒大学の文学部英文科に進学した。赤峰と同じ進路を選んだことになる。留学も視野に入れ、語学に力を入れている。仕事と学業のかたわら、演劇サークルでも精力的に活動しているそうだ。  実のところ、碧とは卒業式以来、会えていない。二人の誕生日も、電話で祝ったくらいだった。  電話の流れでバレーボール部の顧問になったことはぽろっと言ってしまったが、碧とバレーボールの話をするのは気が引ける。一泊二日の遠征に出ることは、メッセージアプリで伝えていた。  碧は将来を嘱望されたのにも関わらず、高二で故障して、選手としては再起不能となった。対して自分は、小学校でクラブに入って以来、大きな故障もなく、中学・高校・大学までバレーボールを全うした。今は、顧問という形でバレーボールに従事している。不完全燃焼だった碧には、どうしても、引け目を感じてしまうのだ。 『確認なんだけど、明日は十九時でいい?』  碧が話題を変えてくれて、赤峰はほっとした。  明日の夜、碧の家で夕食をごちそうになる予定なのだ。付き合うことになってから、初めてのデートだった。 「今さら言うのもなんだけど、外で食事のほうがいいんじゃないか? ご家族が気を遣うだろ?」  碧は有名人だが、個室があるレストランくらい、探せば見付かるだろう。 『言い忘れてたけど、うちの親、長期の出張でいないんだ。大きなプロジェクトらしくて』 「え? ……そう、なのか」  小さな画面の向こうには、碧の後ろに広くて薄暗いリビングが映っていた。  通話を終えても、赤峰はスマホを片手に呆然としていた。「何か食べたいものある?」と聞かれた気がしたが、あまり覚えていない。  脳裏に浮かんだのは、玄関先で赤峰を迎えてくれた、四年前の碧の笑顔だった。  赤峰は、今すぐ碧に会いたい衝動に駆られた。いても立ってもいられなくなり、急いでドアに向かう。靴を引っかけてドアノブに手をかけたところで我に返った。  台所の掛け時計を見上げる。時刻は二十二時を回っている。今から行っても、碧に心配をかけるだけだ。 (もう、一人が寂しいとか、思う年じゃないだろうけど)  赤峰は部屋に戻って本棚の前に立つ。手に取ったのは、碧のスナップが初めて載った雑誌だった。苦労してネットオークションで手に入れたものだ。 (俺の中の碧のイメージって、中学生で止まってるのかもな)  ページを開くと、高校二年生の碧がいた。街角で見かけたイケメンを撮影するコーナーだ。今よりも少し幼い姿に、自然と口元が緩む。この時はまだデビュー前だが、ボーダーのだぼシャツがよく似合っている。腰に結んだカーディガンもアクセントになっている。  赤峰は指先で碧に触れた。偶然撮られた一枚が碧の人生を変えたと言っても過言ではない。このスナップが芸能関係者の目に留まり、デビューに至ったと、碧の所属事務所のホームページを見て知った。  碧が世界に羽ばたく日を、赤峰は夢見ている。

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