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『その後の先生の陥没乳首』act.5
赤峰はキッチンに一歩足を踏み入れた途端に歓声を上げた。
「ハンバーグだ! 俺、好きなんだよな。碧のハンバーグ」
赤峰は瞳を輝かせて、美味しそうな焦げ目がついたハンバーグを見詰める。
碧がご飯をよそいながら言った。
「太陽さん、昨日電話でリクエストしてくれたでしょ」
ブロッコリーやニンジン、トマトなど。色とりどりの野菜がそえられた一皿はとてもおしゃれだった。デミグラスソースは市販のものだろうが、お店で出てきても遜色がないように思われた。
「そうだっけ?」
碧の父親が出張中だということは覚えているが、その他は記憶が曖昧だった。
「座ってて。もう準備できるから」
「いや、手伝うよ」
赤峰は二人分のご飯とみそ汁を順番にテーブルに運んだ。
碧がウォーターサーバーの水をグラスに入れてくれる。
「俺、まだ自分で買いに行けないから、ワインとか用意してないんだ。冷蔵庫に缶ビールくらいあったと思うけど、飲む?」
「遠慮しとくよ。おじさんに悪いし」
至れり尽くせりな碧の対応に、赤峰は苦笑する。
「来年は一緒に、ビール飲もうな」
碧がグラスをテーブルに置く。その顔には、なんの表情も浮かんでいなかった。
赤峰は一瞬驚いたが、碧は既に取ってつけたような笑みを浮かべていた。
ちくりと、胸の奥が痛んだ。
(俺の前では、無理して笑わなくてもいいのに)
仕事柄、人前で笑顔を作ることはよくあるのだろう。けれども、恋人の赤峰と一緒にいる時くらい、自然体でいてほしかった。
さっきから、碧は少し様子がおかしい。「悩みがあるのか」と尋ねるのは簡単だが、碧の性格を考えれば、自分から言い出すのを待ったほうがよいのではないかと思えた。
碧が席に着いたので、赤峰も慌てて向かいに座る。
「いただきます」
二人で両手を合わせて食事を始める。それは四年前から変わっていない。
赤峰はさっそくハンバーグにフォークとナイフを突き立てた。肉汁が溢れ出し、口の中に唾液が溜まっていく。
碧のハンバーグは、香辛料を使っているのか、いわゆる肉の臭みがない。口に入れた瞬間に旨味が溢れ出し、とてもジューシーなのだ。食感もふっくらしていて、ご飯との相性が抜群によい。
「四年ぶりに食べる碧のハンバーグは格別だなあ」
赤峰は目を閉じて美味しさを堪能する。
「太陽さん。うちのハンバーグ、気に入ってくれてありがとう」
碧がしんみりとして口調で言った。
「俺、お母さんのことはほとんど覚えてないんだけど、お姉ちゃんが作ってくれたハンバーグを食べた時、懐かしい味がしたんだ。おふくろの味ってやつかな。だから、小学校高学年になって、自分でも料理するようになった頃、お姉ちゃんに作り方教えてもらったんだ」
碧は穏やかな微笑みを浮かべる。
「太陽さんも気に入ってくれて、嬉しい」
さっきとは違う。心の底から笑ってくれているのだとわかる。
胸がきゅうんとして、一気に顔が熱くなる。
碧がこんなふうに笑ってくれるのなら、どんなことでもしてやりたい。心の底からそう思った。
食事が終われば、次はケーキの出番だ。赤峰が選んだのは、苺がたっぷりの生クリームのデコレーションケーキだ。
碧の名前をメッセージプレートに入れてもらってもよかったのだが、一応二人の誕生日ケーキということで、名前はなしにした。
「予約してくれたんだよね。ありがとう」
「去年開店した店で、気になってたんだ」
赤峰は、碧が切り分けてくれたケーキをフォークで口に運ぶ。
赤峰は思わずうなった。
「うまいなあ」
ほっぺたが落ちそうとは、まさにこのことだ。昨日までの疲れが一気に吹き飛んだ。苺の甘酸っぱい味とも調和している。生クリームの甘さが脳髄まで染み渡る気がした。
赤峰は片手で頬を軽く押さえながら、噛み締めるように言う。
「やっぱり、好きな人と美味しいもの食べるのが、一番幸せだよなあ」
赤峰は無意識に、四年前の碧と似たようなことを口にしていた。
向かいに座っていた碧が急に咳き込んだ。
「大丈夫か?」
赤峰は慌てて立ち上がり、からになっていた碧のグラスに、ウォーターサーバーの水を汲んだ。
「水飲めるか?」
グラスをテーブルに置き、心配そうに碧の顔を覗き込む。碧はうつむいたまま、微動だにしない。
「ほんとに、無自覚ど天然なんだから」
碧は、耳まで真っ赤になっていた。やがてゆっくりと手を伸ばし、グラスの水を一口飲む。
顔を上げて、碧は言う。
「あのさあ、太陽さん、今がどういう状況かわかってる?」
「……え?」
(今……状況……)
意識した途端、顔が一気に熱くなった。
自分たちは恋人同士だ。しかも、付き合うようになって、初めてのおうちデートということになる。食事が終われば、後はお楽しみが待っている。
(ご飯とデザートの後って……やっぱり、そういうことになるのか?)
脳裏に、夢で見た碧の妖艶な姿が浮かび上がる。赤峰は、慌てて頭を振って想像を追い出そうとしたが、なかなかうまくいかない。
不意に、碧の手が赤峰の頭を撫でた。
緊張がピークに達して、今にも沸騰しそうだ。
「やっと意識してくれたね。意識してほしかったから、もう我慢するとか言わないからね」
碧がウインクをした。
(それって、容赦しないってことですか?)
「わかった?」
小首をかしげられ、赤峰はなんとか頷いた。
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