25 / 34

『その後の先生の陥没乳首』act.5

 赤峰はキッチンに一歩足を踏み入れた途端に歓声を上げた。 「ハンバーグだ! 俺、好きなんだよな。碧のハンバーグ」  赤峰は瞳を輝かせて、美味しそうな焦げ目がついたハンバーグを見詰める。  碧がご飯をよそいながら言った。 「太陽さん、昨日電話でリクエストしてくれたでしょ」  ブロッコリーやニンジン、トマトなど。色とりどりの野菜がそえられた一皿はとてもおしゃれだった。デミグラスソースは市販のものだろうが、お店で出てきても遜色がないように思われた。 「そうだっけ?」  碧の父親が出張中だということは覚えているが、その他は記憶が曖昧だった。 「座ってて。もう準備できるから」 「いや、手伝うよ」  赤峰は二人分のご飯とみそ汁を順番にテーブルに運んだ。  碧がウォーターサーバーの水をグラスに入れてくれる。 「俺、まだ自分で買いに行けないから、ワインとか用意してないんだ。冷蔵庫に缶ビールくらいあったと思うけど、飲む?」 「遠慮しとくよ。おじさんに悪いし」  至れり尽くせりな碧の対応に、赤峰は苦笑する。 「来年は一緒に、ビール飲もうな」  碧がグラスをテーブルに置く。その顔には、なんの表情も浮かんでいなかった。  赤峰は一瞬驚いたが、碧は既に取ってつけたような笑みを浮かべていた。  ちくりと、胸の奥が痛んだ。 (俺の前では、無理して笑わなくてもいいのに)  仕事柄、人前で笑顔を作ることはよくあるのだろう。けれども、恋人の赤峰と一緒にいる時くらい、自然体でいてほしかった。  さっきから、碧は少し様子がおかしい。「悩みがあるのか」と尋ねるのは簡単だが、碧の性格を考えれば、自分から言い出すのを待ったほうがよいのではないかと思えた。  碧が席に着いたので、赤峰も慌てて向かいに座る。 「いただきます」  二人で両手を合わせて食事を始める。それは四年前から変わっていない。  赤峰はさっそくハンバーグにフォークとナイフを突き立てた。肉汁が溢れ出し、口の中に唾液が溜まっていく。  碧のハンバーグは、香辛料を使っているのか、いわゆる肉の臭みがない。口に入れた瞬間に旨味が溢れ出し、とてもジューシーなのだ。食感もふっくらしていて、ご飯との相性が抜群によい。 「四年ぶりに食べる碧のハンバーグは格別だなあ」  赤峰は目を閉じて美味しさを堪能する。 「太陽さん。うちのハンバーグ、気に入ってくれてありがとう」  碧がしんみりとして口調で言った。 「俺、お母さんのことはほとんど覚えてないんだけど、お姉ちゃんが作ってくれたハンバーグを食べた時、懐かしい味がしたんだ。おふくろの味ってやつかな。だから、小学校高学年になって、自分でも料理するようになった頃、お姉ちゃんに作り方教えてもらったんだ」  碧は穏やかな微笑みを浮かべる。 「太陽さんも気に入ってくれて、嬉しい」  さっきとは違う。心の底から笑ってくれているのだとわかる。  胸がきゅうんとして、一気に顔が熱くなる。  碧がこんなふうに笑ってくれるのなら、どんなことでもしてやりたい。心の底からそう思った。  食事が終われば、次はケーキの出番だ。赤峰が選んだのは、苺がたっぷりの生クリームのデコレーションケーキだ。  碧の名前をメッセージプレートに入れてもらってもよかったのだが、一応二人の誕生日ケーキということで、名前はなしにした。 「予約してくれたんだよね。ありがとう」 「去年開店した店で、気になってたんだ」  赤峰は、碧が切り分けてくれたケーキをフォークで口に運ぶ。  赤峰は思わずうなった。 「うまいなあ」  ほっぺたが落ちそうとは、まさにこのことだ。昨日までの疲れが一気に吹き飛んだ。苺の甘酸っぱい味とも調和している。生クリームの甘さが脳髄まで染み渡る気がした。  赤峰は片手で頬を軽く押さえながら、噛み締めるように言う。 「やっぱり、好きな人と美味しいもの食べるのが、一番幸せだよなあ」  赤峰は無意識に、四年前の碧と似たようなことを口にしていた。  向かいに座っていた碧が急に咳き込んだ。 「大丈夫か?」  赤峰は慌てて立ち上がり、からになっていた碧のグラスに、ウォーターサーバーの水を汲んだ。 「水飲めるか?」  グラスをテーブルに置き、心配そうに碧の顔を覗き込む。碧はうつむいたまま、微動だにしない。 「ほんとに、無自覚ど天然なんだから」  碧は、耳まで真っ赤になっていた。やがてゆっくりと手を伸ばし、グラスの水を一口飲む。  顔を上げて、碧は言う。 「あのさあ、太陽さん、今がどういう状況かわかってる?」 「……え?」 (今……状況……)  意識した途端、顔が一気に熱くなった。  自分たちは恋人同士だ。しかも、付き合うようになって、初めてのおうちデートということになる。食事が終われば、後はお楽しみが待っている。 (ご飯とデザートの後って……やっぱり、そういうことになるのか?)  脳裏に、夢で見た碧の妖艶な姿が浮かび上がる。赤峰は、慌てて頭を振って想像を追い出そうとしたが、なかなかうまくいかない。  不意に、碧の手が赤峰の頭を撫でた。  緊張がピークに達して、今にも沸騰しそうだ。 「やっと意識してくれたね。意識してほしかったから、もう我慢するとか言わないからね」  碧がウインクをした。 (それって、容赦しないってことですか?) 「わかった?」  小首をかしげられ、赤峰はなんとか頷いた。

ともだちにシェアしよう!