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第4話

4  ──でもふたりで愛し合うこともやめられない。  誰にも言えない、二人だけの時間。ふたりで色々調べて試行錯誤して、見つけた愛の形。湊は目が見えないから湊の体の負担を考えて、俺が湊を受け入れた。 「親に見つからないようにしないと。反対されて森野に会えなくなるくらいなら、俺、死ぬから」  湊がそっと手を伸ばしてきたから、俺は湊の長い指先に自分の指を絡め唇を押し当てた。  俺が出来ることなら何でも湊にしてあげたいと思う。  それこそ、俺の一生をかけて。  今日もスーツを着た車の運転手が平屋まで湊を迎えに来た。  俺は湊の家がどこにあるのか知らずにいる。  湊は自宅と平屋以外、どこにも行かないようだ。大学は二年前に休学したと聞いた。  目の見えない湊は人の目を避ける。過剰に服装や髪型にこだわっているのも、人に見られることを気にしてのことのようだ。  外は木枯らしが吹いていた。  湊はこの景色を見ることが出来ないだろうけど、でも澄んだ空気や、落ち葉を踏みしめる足の裏の感覚を味わわせてやりたいと思う。  外に連れ出してあげたいと思う。  でも目の見えない湊をどう連れ歩いたらいいか、俺には分からなかったし、何事もなく連れて歩ける自信がなかった。  だから俺は大学進学するのをやめて、盲導犬のドックトレーナーを目指すことにした。  介護士になる、という選択肢もなくはなかった。  でも『大好きなユーザーのそばにいて日々楽しく歩く幸せな犬たち』を育成したいと俺は強く思ってしまった。幸せは伝播する。湊が幸せだと思える時間を一分一秒でも持つことが俺の希望だ。俺が一生、ずっと湊のそばに付き添ってあげるのは金銭的にも無理があるから、俺の代わりを務めるパートナーが必要だと思うのもある。  進学校に入学しておきながらと家族には呆れられたけど、反対はされなかった。どうやら俺は自分で思うより頑固で融通がきかないと家族に思われているようだ。  湊には俺がドッグトレーナーを目指していることを秘密にし、無事合格したら教えようと思っていた。    ──でも結局、伝える事は出来なかった。  平屋で湊と愛し合っている姿を、たまたま訪れた湊の母親に見られた。防音されている部屋が、あだになってしまった。扉が開くまでそこに人がいると気が付かなかった。  湊の母親は、見たものの衝撃さも相まって、俺との、男との、交際を認めなかった。 「湊は目が見えなくなってしまったけど、幸せになる権利まで失った訳ではないのよ。これから先、由緒ある家柄の娘と結婚して、子どもを作って、幸せな家庭で暮らすのよ。あなたが一方的に湊をたぶらかしたと言わないわ。でも、お願い。もう、二度と、湊には近付かないで」  身なりが良く、いかにも上流階級を絵に描いたような湊の母親に最后、泣きながら懇々と訴えられると俺は何も言えなかった。  自分でも分かってる。俺はまだ、親の保護下でぬくぬくと育つ高校生でしかないことを。  そんな俺が目の見えない湊の一生を背負う覚悟があると言っても、その言葉は軽く受け止められてしまう。俺と湊が同性なのも良くないと思った。マイノリティ。理解しようと思わない人には永遠に理解してもらえない。痴態を見られた直後なら尚更、不快感を持たれてもおかしくない。  湊は運転手を呼び、廊下に崩れ落ちて泣く母親を支えて立ち上がった。 「森野、ごめん、後で電話する」    湊の後ろで、母親が泣きながら何か支離滅裂なことを訴えている。  ──その後のことはよく覚えていない。  気が付けば、平家に俺だけ残されていた。 『親に見つからないようにしないと。反対されて森野に会えなくなるくらいなら、俺、死ぬから』  湊が昔、そう言っていたことを思い出した。  目の見えない湊は、高校生である俺より、親の影響力が大きいことくらい容易に想像できる。 「俺だって同じ気持ちだよ、湊」    俺も湊と会えなくなるなら、死んだと同じだ。湊以外、いらない。  家に帰って湊からの電話を待つべきだって分かっていたけど、俺からかけた。繋がらなかった。湊の母親が湊のスマホを隠してしまえば、目の見えない湊はどうしようもなくなる。他にも連絡手段を交換しておくべきだったと激しく後悔した。  次の日も湊の電話は繋がらなかった。だから俺は平家に行った。置き鍵は回収されていて、玄関の鍵は当然のようにかかっていた。  しんとした平家に気配は見つからず、インターフォンを鳴らしても、返事はなかった。  俺はスマホを肌身離さず、湊からの連絡を待った。暇さえあれば、何度も平家に行った。登下校の前後、晩ごはんを食べてから、深夜にも、明け方にも。平家に行った。湊がどうしているのか心配で、あの日、湊の母親の前でもっとうまく立ち回らなかったことを激しく後悔していた。  そんな日が一か月ほど続き、ほとほと弱っていると、夕方頃、湊からの電話が鳴った。喜び勇んで電話に出た。 「湊!」 「久しぶりだね」  穏やかな声。元気そうにしてる。 「湊、聞いてくれ。俺、あの日、あの時、湊の母さんに言えなかった言葉をやっぱり全部、湊の母さんに伝えようと思って」 「……どんなこと?」 「生半可な気持ちで湊と付き合ってなかったこと、俺が湊を一生かけて幸せにしてあげること」 「……森野、ありがとう……あのさ、言いにくいんだけど……」 「うん」 「別れよう」  何を言われたのか、理解できなかった。 「聞いてる?森野、僕たち、別れよう」 「ま、ま、待っ、何、言って…あ、母親に反対されたのか?じゃ、じゃあいい。俺が湊を攫いに行く。駆け落ち、しよう。今、どこにいる?」 「…………何、馬鹿なこと」 「馬鹿なことじゃない。前に俺と別れるくらいなら湊は死ぬって言ったの覚えてるか?俺だって同じ覚悟だ。俺も湊と別れるくらいなら死ぬ。高校中退の俺と駆け落ちして未来が見えないって言うなら、心中しよう」 「…………森野」 「何?」 「僕、真性のゲイなんだ」 「だから、何?」 「森野は違うだろ?」 「そうだけど、それが何?」 「楽しかったよ。君と会って付き合えたのは人生最大の幸運だって思ってる」 「俺だって」 「森野」 「何?」 「よく聞いて。心中なんかまっぴら御免だ。さよなら、元気で」  電話がぷつりと切れた。  意味が分かった。

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