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第1話-1
単調な着信音が静かな夜の街に響いた。
視線は前へ向けたまま、胸ポケットで振動する携帯を取り出す。
着信を知らせる画面に触れ耳元に携帯を当てれば、真宮 は静かに口を開いた。
「もしもし……ああ、分かった。すぐに向かう。十五分もあれば行けるから」
それまで頼むと言葉を返す前に電話口から聞こえた返事を聞き通話を切り、目の前の青年に向き直る。
荒い息を吐いた青年の手に握られたナイフ。
先端に丸みがあるコンベックス型のサバイバルナイフは、二週間前に発見された『PSIM』被害者の殺傷痕から割り出された凶器と一致している。
容姿も事前に捜査会議で聞いていた話と寸分違わない。
目の前の青年が逃亡中の殺人犯であることは明白だと、戦闘態勢になった真宮に青年は声を張り上げた。
「お、俺は何も悪いことはしてない!あいつも…弟も俺に愛されて幸せだって言ってた!」
怒声と共に振り下ろされたナイフをひらりと躱し後ろに回り込む。
こちらを見失った隙に青年の手を叩けば、あっさりとナイフはその手から離れていった。
青年は反抗の手を伸ばすが、足首を蹴り上げられると勢いよく地面に転がる。
尚も諦めず振りかざされた腕を掴むと、真宮はすかさず青年を地面に押さえつけた。
「……悪い。これ以上抵抗されて俺が怪我をすると、お前の罪が重くなるんだ」
被害者の死体は司法解剖が終わった後両親の元に引き渡され、無事に火葬を終えたらしい。
事件の詳細を聞かされた両親が自分達のせいだと懺悔していたことを青年に伝えれば、青年は体の力を抜いて小さく笑いを零し、そして静かに呟いた。
「そんな、今更……再婚してから自分達のことばかりだったくせに。俺達のこと知ったら気持ち悪いって……俺達は、本気で……本気で、愛し合っていたのに……」
それは両親を責めるようにも、現実を嘆いているようにも聞こえる言葉だった。
青年はもう抵抗する気はないようで、拘束の手を緩めてもその場に突っ伏したまま黙り込んでいた。
短い髪の間から見えた瞳は今にも涙が零れてしまいそうで、真宮は青年の隣に膝をつくと頭に手を添える。
青年は真宮の手を振り払うこともなく、ただじっと受け入れる青年に真宮は諭すように声をかけた。
「……でも、殺すのはいけないんだ」
「……っ」
死んでしまえば、もう愛し合うこともできない。
優しく頭を撫でる手と共にかけられたその言葉に、青年は肩を震わせる。
血の繋がらない兄弟で愛し合い、非難され、思い詰めた末の犯行だったと会議で聞いていた。
愛の重さは他人には理解はできない、二人の間で何があったのかも知ることはできない。
ただ青年が弟を本当に愛していたことだけは、強く握りこんだせいで血の滲んでいる青年の掌が痛々しいほどに答えを示していた。
「………あいつさ、こんなに辛いならもう楽になりたいって言ったんだ。そんなときあの方に出会って…俺は知ったんだ。"死こそ最愛の証明"だって」
青年の言葉に真宮の眉がぴくりと動く。
あいつもきっと嬉しかったはず、そう言った青年の瞳は清々しいほどに澄んでいた。
「……また“あの方”か」
真宮はそっと手を離すと胸元から手錠を取り出す。両手を差し出した青年の腕に当てれば、金属音と共に青年の腕は拘束され間宮は自らの腕時計に目をやる。
先程の着信から十分は経っているが、先程指定された場所は歩いて五分もかからない。
「そろそろ行こう……歩けるか?」
置き去りのコンベックスナイフをハンカチで包み、胸元に仕舞い込んだ真宮が青年に問いかける。
大人しく頷いた青年の服の泥を払って手を握ると、二人はゆっくりと歩き出した。
ーーーーーーー
「……あ、真宮さん。流石十五分ぴったりですね。お疲れさ……うわっ!誰ですかその子!?」
指定された現場に辿り着くと、まだ人通りの多い時間帯だからか辺りは騒然としていた。
規制線テープを潜りお待たせと声をかければ、後輩の三村 は驚いた顔を隠さずに声を上げる。
それもそうだ、現場に駆け付けた上司が見知らぬ……しかも傷だらけの青年を連れてくれば驚きもする。
運良くというべきか、色々とタイミングが重なったのだと淡々と告げれば、三村は呆れた顔をした。
ならばそのとき先に言ってくれ、もしくは拘束した時点で連絡を入れろと飛んでくる小言は聞いていないふりをしていれば、三村は青年を指差した。
「で、その子はどうするんですか?」
「パトカーで来てるだろ?乗せておくよ」
「逃げたらどうするんですか〜」
「それは大丈夫」
な、と目配せをされた青年は素直に首を縦に振った。
二人の様子に三村はふっと体の力を抜いて口元をゆるめる。
現場に他の事件の被疑者を連れてくる刑事は他にいないと笑う三村に、真宮は反論を述べるが三村は軽く流して青年を見る。
「やっぱ真宮さんは色々と他の刑事と違うっすね、俺にはきっと出来ないや」
「それ悪口か……?」
「褒め言葉です、一応!とりあえずこの子、俺が連れていきます。警視庁に連絡も入れたいですし」
では頼むと三村に青年を引き渡すと、二人は事件現場裏にある駐車場へと足を向ける。
青年は真宮に一度深く頭を下げて三村と共にパトカーに向かった。
その背中を見送って、真宮は遺体が残されている中心部へ向かう。
通報を受けてたいして時間は経っていないというのに、規制線テープの外には人だかりができていた。
「今月……東京だけで三体目ですね」
死体の側で記録を取っていた鑑識が悲しげに目を伏せた。
地面に横たわり、胸元を鮮血に染めた少女。
体ぴったりに誂えたドレスを身に纏い、色とりどりの花を添えられ、眠るように目を閉じている少女の姿はまるで一枚の精巧な絵画のようだ。
ただ一つ、そこに相応しくない少女の胸に刺さるナイフを見てそっと手を合わせる。
せめて安らかに眠りにつけるよう祈り少女にビニールシートを被せると、携帯を取り出そうとしていた輩がつまらなそうに去っていくのが横目で見えた。
「真宮さーん招集です、捜査会議ですって。現場は鑑識に任せていきましょうか」
「ああ」
三村の言葉に頷くと、ぐるりと周囲を確認してから駐車場へと向かう。
パトカーの運転席の扉を開けようとしたところで、助手席の扉を開けた三村が大きく息を吐いた。
「はあ……今夜は一段と冷えるっていうのに、俺達はぬくぬくする暇もないっすね」
三村の息が白いもやになって空に上がる。
それが俺達の仕事だから仕方ないさと呟いて、真宮はもやが消えていった薄ら暗い空を見上げた。
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