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第1話-2

「本日の死亡者は三名、逃走中の被疑者は二名逮捕の報告がありました」 「取り調べは行っておりますが…首謀者に関しては特に情報はありません」  意味も無くコツコツとボールペンの先を紙の上に打ち付けながら真宮は耳をすませる。 事実だけを淡々と並べていく声だけが、しんと鎮まる会議室に反響していた。 会議室の前方スクリーンには発見された被害者の写真が映し出されている。 綺麗に体を切り分けられたもの、本当に死んでいるのか分からないもの。 どれも凄惨でありながら、異質な、だけどどこか芸術作品のような死体達。 その一つ一つが、加害者達の強いメッセージであることはここにいる誰もが分かっている。 今日撮られたばかりの写真達がスライドで映し出されていく中、スクリーンの前でゆったりとパイプ椅子にもたれかかっている上層部の一人が欠伸をするのが見えた真宮が顔を顰める。 現場で捜査にあたる刑事達と違って随分とつまらなさそうな顔だ。 いいご身分だと思わず眉根を寄せながら、真宮はこの二年で耳にタコができそうなほど聞いてきた単語を思い浮かべた。 “PSIM”  日本中が知るこの四文字は、このふざけた死体を作り出す事件達の総称だ。 未解決事件として有名な切り裂きジャックの犯人だと噂されている理髪師の母国、ポーランドの言葉から付けられた名前。 ポーランド語で『Pomnik śmierci i miłości』 日本語で『死と愛のモニュメント』 それを略してPSIM。 とあるマスコミによって付けられた名に、洒落た名を付けたものだと当時は随分と皮肉ったものだ。 日本の警察の間に最も浸透しているこの名を見聞きしない日は無い。 数日に必ず一体はエゴイスティックで固められた死体が発見されるのだ。  始まりは三年前、北海道の田舎で氷像のような女の死体が発見されたことから、この一連の事件は幕を開けた。 当時日本中が様々な憶測を飛び交わせていたが、逮捕されたのは被害者の恋人。 死は愛だと語るその男は精神病の烙印を押され、世間は犯人逮捕による事件の終結で一気に関心を無くしていった。 だが一か月後、京都で類似した事件が起こる。 それからは堰を切ったように事件が多発していき、事件は少しずつ肥大化していった。 PSIMに関係する事件の共通点は二つ。 死体が芸術作品のようであること、そして被疑者達は同じ信念を持っていること。 「これは愛だ。死こそ最愛の証明。あの方が教えてくれた…と証言がありました」  今朝被疑者を現行犯逮捕した事件の調書を読み上げた刑事から、何百と聞いた言葉が告げられる。 その言葉が発せられる度に会議室の空気が一層重くなっていくのを真宮は肌で感じていた。 スクリーン前で面倒くさそうに頬杖をついていた警視は、聞き飽きたその言葉に大きく溜息をつき苛立ちを露わにする。 「下らん…次。先程の殺害事件について」 「はい」  真宮の隣にいた三村はすっと立ち上がり、鑑識から送られてきた資料に目を落とす。 被害者の名前は小野寺奏、小学三年生。 家族の証言だと昨晩から帰宅していなかったが捜索願は出していなかったとのこと。 「性的暴行の形跡は無く外傷は胸の刺し傷のみだそうです」 「そうか…では次」  少女の死体は警視庁の安置所へ移送され、現在家族の到着を待っている状態だという。 短い報告を終えすぐにパイプ椅子に腰を下ろした三村を横目で見つめていた真宮は、視線を大きなスクリーンに映る花の少女の青白い顔に向けた。 この数々の事件に関わっている“あの方”は未だ判明していない。 意識的か無意識か、加害者達はその人物に対して口を割らないのだ。 国籍や出身地、性別さえ分からず、今日も迷える人間達に神のように崇められるPSIM首謀者の情報は配られた資料に一文も追加されなかった。 「…ではいつものように情報は入り次第データベースに共有する。会議は以上」  警視の言葉で締めくくられ、今日も進展の無い捜査会議が終わり刑事達が散っていく。 時刻は二十二時を回った頃。 これで今日は十二時間勤務かと疲労の溜まった体で立ち上がると、後ろから名を呼ばれ真宮は振り返った。 「よう」  低く少し掠れた声の主は、真宮がうっと小さく声が漏らしたのを見逃してはくれない。 上司に向かってなんだその態度はなんて思ってもいない言葉を吐き、 飲みかけの缶コーヒーを片手に警部の斎藤(さいとう)が近付いてきた。 「三村から聞いたぞ、さっきの現場での話。相変わらずお前って変わってるというか、なんていうか……」 「業務の移動時間短縮です。拘束後、彼は抵抗する様子は無かった。時間も差し迫っていましたし、どうせ警視庁に戻るなら連れて行った方が手間を省けます」  斎藤の言葉を遮るように言葉を捲し立てると、そういうところだと斎藤が笑う。 悪い人間ではないと分かってはいるが、どうもこの男のことは昔から好きになれない。 つらつらと並べられた真宮の言葉を適当に聞き流した斎藤は、周りに視線を向けた後コーヒーを飲み干す。 一歩近付いてきた斎藤の強い煙草の香りに顔を顰めていれば、斎藤は眉を釣り上げて口を開いた。 「ここからは真面目な話だ。真宮、今お前が担当してる事件は三村に引き継げ。お前は元の担当……首謀者の捜査に重きを置いて動いてほしい」 「え?ああ、はい。構いませんが……」  斎藤の言葉に、真宮は首を傾げる。 最近は人手不足のせいで現場に駆り出されていたが、元々自分の主な仕事は首謀者の特定、拘束だ。 元の仕事に戻るだけなのだから改めて言われる筋合いもないが、まずPSIMの捜査班の刑事は原則二人一組で捜査するよう義務付けられている。 三村と別行動の理由を真宮が問う前に、斎藤はデスクに腰掛け一枚の紙を取り出した。 「三村はもう一人立ちしても大丈夫だろ。お前には明日から新人と組んでもらう。ああ、あとこれは明日から配属の新人名簿な」 「また……急ですね」  受け取った名簿には名がずらりと記されていた。 通常刑事になるには警察官が配属先の部署で日常業務を行い実績を積み、上官に刑事講習の推薦を貰った後、書類審査や面接、刑事講習を得て刑事になる。 だが通常は空きが出てその都度補充されるものだ。 一度に多数の刑事を配属させるなど聞いたことがないと真宮が意見すれば、斎藤は顔を曇らせた。 「……ちょっとな」 「……?」  一瞬見えた暗い表情に真宮が首を眉を寄せる。 何か、あったのだろうか。 真宮がそれとなく問いかけるも斎藤はそのまま明確な答えを言わぬまま、音を立てて空のアルミ缶をへこませる。 顔を上げた斎藤はいつもの気だるげな表情で、まあでもと言葉を続けた。 「どちらにせよ今の人数ならまた倒れるやつも出てくるしな。人手は多い方がいいだろ」 「……一理ありますね」  斎藤の言うことは重々真宮も感じていた。 今でも一事件の捜査班としては異例の人数の配置が成されているが、事件の規模は全国に渡っている。 ただでさえ公務員不足の昨今、刑事の数は常に不足していて今特殊捜査班に在籍している刑事達は皆じわじわと疲弊してきているのは確かだった。 「分かりました、指示に従います……ですが」      冷ややかな視線を顔から胸に落とし、真宮は斎藤の胸ポケットに手を差し込む。 そこから出てきた潰れかけの煙草の箱。 まだ数本新しいものが残っているそれを抜き取れば、あっと声を漏らした斎藤に真宮はじとりとした目を向けた。 「貴方に倒れられると本当に現場が回らなくなるので程々にしてください」  斎藤のヘビースモーカーぶりにはほとほと呆れる。 この箱は今日何箱目の煙草なのか想像するのも恐ろしいと真宮が箱を握り締めると、斎藤は名残り惜しそうに煙草を見つめるも口を尖らせるだけ。 斎藤も真宮の言うことは頭では分かっているのか、息抜きくらいさせろなんて文句を口にしつつも箱を取り返そうとはしなかった。 「まあなんにせよ明日だ。ちなみにお前の新しい相棒の名前は日野翔太(ひのしょうた)。仲良くしろよ」  お疲れと肩を叩かれた肩にお疲れ様でしたと小さく言葉を返す。 去っていく気だるげな背中を眺めていれば、大量の資料を抱えた三村が真宮さんと寂しげな声で名を呼んだ。 いつも飄々としている三村の悲しげに眉を下げた表情に、真宮もまた小さく口元を緩める。 どうやら三村も斎藤からバディ解消の説明を受けたらしい。 三村とはPSIMの事件初期の頃から共に捜査していたのもあって、自分も少々離れがたい気持ちだ。 だが三村にとっては一人前だと認められたということだ。 よかったじゃないかと声をかけるが三村は肩を落としたまま寂しそうに相槌を打つ。 なんだ、三村ならすんなり受け入れるかと思っていたのに。 三村らしからぬ反応に真宮はふっと笑みを漏らすと寂しいなと呟いた。 「そうだな、俺達いいバディだったもんな」 「まだ過去形にしないでくださいよ、日付が変わるまでは俺がバディですから」  壁にかけられた時計に目をやれば、まだ二本の針は天で重なってはいない。 これは失礼したと向き直れば、三村は真宮の手に握られた箱を見つけ小さく首を傾げた。 「あれ?真宮さんって煙草……」  そう言いかけた三村の視線は煙草の銘柄でピタリと止まり、状況を察したのか苦笑いを見せた。 赤と黒で彩られた外箱の中の強すぎる煙草を好む人間など警視庁には一人しかいない。 二人のやり取りが想像できたのだろう。 ちなみにそれは三箱目だと耳打ちされれば、尚更取り上げて正解だったと安堵する。 ビニールが中途半端にかかったままのそれに、三村は重たい資料を抱え直しそういえばと言葉を続けた。 「最近交通課の女の子から聞いたんすけど………斎藤さんあれで昔は真面目で、かなり優秀な刑事だったらしいんすよ」 「まさか」 「と、思うでしょ?」  なんか当時組んでた刑事が派手に殉職して、そこから随分と荒れたとかなんとか。 声を潜めた三村の言葉に真宮はただ純粋に驚いていた。 自分が刑事になった頃から斎藤はあの調子で、ネクタイすらまともに締めているのを見たことがないのに。 「まあ人の本当の姿なんて外面だけじゃ分かんないって事っすよね。やばそうに見えてまともな人もいれば……普通の人間のふりをしてやばい人もいるんだから」 「……っ」  三村の言葉にびくりと手が震える。 まるで自分のことを言われているようで、思わず肩に力が入った。 幸いにも一瞬見せた真宮の動揺に三村は気が付いていない。 ポーカーフェイスに救われたと静かに胸を撫で下ろし、真宮はそのまま煙草の箱を握りこむと静かに口を開いた。 「……噂話は程々にな、それ持ってったらもう上がりだろう?気を付けて帰るんだぞ」 「はい……真宮さん。今度飲み連れてってくださいね。奢りで」 「現金だな、相変わらず」  小生意気な口ぶりにくすりと笑みを零しながら頷けば、真宮さんこそ気を付けてと言葉を残し三村は立ち去った。 会議室を出ていった三村を見送ると、がらんとした会議室の静けさが真宮を包み込む。 少し話しすぎてしまったようだ、真宮は煙草をごみ箱に放りこむ。 先程より随分広く感じる室内をぐるりと一度見渡して、真宮は会議室を後にするのだった。

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