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第1話-4
夜道を走る車の中では落ち着かない様子の日野が助手席で体を縮こまらせていた。
まだ配属前の警察官を連れ出すことには申し訳なさを感じたが、いかんせん捜査には人手が多い方がいい。
後で何か詫びをしなければと思いながら運転をしていれば、真っ直ぐ続く道の先に大きなビルが見えて日野は真宮に一声かけてから窓を開ける。
開け放たれた窓から入り込んでくる夜風は、先程よりも冷たく感じた。
「確かあの辺ですよね?通信障害が確認されたエリアって」
「ああ」
停電や通信障害が確認されたエリアは住宅地からは遠く、工場や貨物庫、今は人の出入りの少ない雑居ビルが乱立した地域のようだ。
殆どの人間が寝静まるこの時間では被害も最小限に留まっているだろう。
どちらも夜勤の作業員からの通報で警視庁の知るところとなったようだから、こちらが心配しているよりも問題は無いのかもしれないと前に視線を戻そうとしたときだった。
「止まってください!」
「っ!」
突然の大声にブレーキを踏み込む。
コンクリートに擦られたタイヤの悲鳴が夜の国道に響いた。
勢い余って前に乗り出した上体がシートベルトに食い込み、ぐえと情けない声を出す真宮は慌てて周囲を見渡す。
通行人がいたのかと思ったが、今自分達がいるのは横断歩道の無い道の中心だ。
周りに車もいなかったからよかったものの、交通課のお局に見つかれば違反を切られていたとお局の鬼の形相を思い出し肩を竦ませる真宮の隣で日野は鼻を鳴らした。
「……やっぱり。変な匂いがするんです」
「匂い……?あ……おい」
扉を開け車外に出た日野は日野はゆっくりと歩き出す。
真宮の制止も聞かず歩を進める日野の後に続くように、路肩に車を止めた真宮もまた寒空の下へと降り立った。
日野の言う変な匂いとはなんなのだろうか。
確かめるように息を吸い込んでみれど、特に気になるような匂いは感じない。
だが日野の足は止まる気配がなく黙ってその後をついていけば、嗅ぎ慣れた鉄の香りが鼻腔を掠め真宮は眉を顰める。
歩を進めるごとにその香りは強くなっていきおもむろに足を止めた時、真宮は携帯を取り出すとライトで暗闇の中にある塊を照らした。
「……なるほどな」
雑居ビルの間に伸びる路肩の突き当たりに見えた塊の正体は死体だった。
辺り一面にはまるで計算されたかのように綺麗な円となった大量の出血痕。
肝心の死体は右側が滅茶苦茶に潰された上に右腕が綺麗に切り離されている。
死体の損傷具合を見るにPSIMの事件に間違いないだろう。
至って冷静な真宮とは裏腹に、後ろからは一歩後ずさる音が聞こえる。
頭一つ分上にある日野は困惑した表情で目を見開いたままの死体を凝視していた。
「初めてか?」
「え……?」
「こういう状態の……人、を見るのは」
真宮の言葉に日野は少し躊躇った様子で小さく一度頷く。
なんと言うべきか、日野は答えに悩んでいるのだろう。
言葉を詰まらせる日野に真宮はそっと肩を叩く。
いいよと呟いた真宮の声に日野の視線は死体から真宮へと移された。
「後学のために今は見といてくれ。刑事の仕事は初めてなんだから」
誰だって初めて人の死体を見ればたじろぎもする。
ましてやPSIMの死体は損傷が激しいことが多い。
半ば強制的に連れ出している自負もあり、離れているように日野に指示をした真宮が一人死体へと近付こうとする。
だがその足を止めたのは躊躇いを滲ませた日野の声だった。
「あ、あの!俺にできること……ありますか」
「え……」
でもと答えを詰まらせた真宮は心配を含みながら日野を見つめる。
いくら仕事とはいえど新人に無理をさせたくない。
ただでさえ刑事は過酷な仕事なのだ。
特に特殊捜査班は普通の刑事よりも神経をすり減らして心身共に壊れてしまう者も少なくない。
日野の反応を伺う真宮に、日野は引き下がらず言葉を続けた。
「やっと念願の刑事になれたんです。もっと役に立ちたいし、俺……早く一人前になりたいから」
「日野……」
「何でもいいんです、俺にもできることを教えてください」
未だ表情に苦しさを滲ませつつも向けられた日野の強い眼差しに、真宮は静かに表情を和らげた。
年下だから、部下だからとつい過保護に接してしまったが、どうやら自分が思っていたよりも日野は芯のある男のようだ。
こういう実直な人間は嫌いじゃない。
この男とはいいバディになれそうだと口元を緩めると真宮は静かに頷いた。
「じゃあ死体の近くに手がかりになりそうなものがないか探してくれ。臓器や血液には触れないようにな」
「……はい!」
日野はほっと胸を撫で下ろしながら返事を返し、真宮と同じように携帯を取り出す。
ライトを付けると足元に視線を落としながら、日野は今度こそ死体を真っ直ぐに向き合った。
先程までうっすらと青白がった顔は色を取り戻したようで、内心安心しつつ真宮もまた死体に目を向ける。
被害者の男は外見的に三十半ば、身長は180cm前後。
周りの血液は赤黒く凝固し、死体は死後硬直も始まっているようだ。
この停電では被疑者への手がかりを探すのは骨が折れそうだと冷静に分析をする自分に、真宮はふと視線を落とす。
普通に生活すれば見ることのない冷たくなった人間の体、肉の断面、抉れた内臓。
いつの間にかおびただしい量の出血も、形の崩れた死体も、全て見慣れてしまっていた。
刑事として当たり前のことだとしても、日野の反応を思うとまるで自分が異端者のように感じてしまう。
「……まあ、それは昔からか」
嘲笑混じりに呟いた言葉は砂利を踏む音にかき消されてしまう程小さなものだった。
真宮はそのまま死体の側でしゃがみこみ手を合わせる。
この人間がどんな人物か今の自分には知る由もないが、身勝手に命を奪われたことへのせめてもの弔いとしてこれだけは自分にとって欠かせないことだ。
目を開き改めて男の顔を見つめてみる、だがふと感じた既視感に真宮は首を傾げた。
「……?」
この男、どこか見覚えのあるような。
朧気な記憶を手繰り寄せようとするもすぐには思いだせず、ううむと唸りながら頭を回転させる。
なにせ何百何千もの犯罪者と対峙してきたのだ、結局すぐには思い出すことができず真宮は溜息をつく。
まあ体半分は崩れていても、死体は残っている。
鑑識に頼めばすぐ身元は割れるだろうと自身に言い聞かせて、ライトはそのままに鑑識課直通の電話番号へと通話を掛けてみるも耳に当てた携帯から呼び出し音は鳴ることはなかった。
不審に思いながらも画面を確認すれば、携帯の画面には圏外の二文字が浮かんでいる。
「ああ、ここはもう通信障害エリアか……」
何気なく呟いた、その時だった。
ドンッ!
内臓にまで響くような大きな爆発音。
音に反応する間も無く足元を揺らす程の強風に真宮の体がぐらりと傾く。
「な、なんだ……っ!?」
音に引き寄せられるようには顔を上げてみれば、少し先に見えるビルの一角が青みを帯びた橙色の閃光を放った。
瞬きの合間にビルは激しい炎と煙が上がる。
再び聞こえた爆発音と共にガラスが砕ける音がしたかと思うと無数のガラス片が宙に舞い、切羽詰まった声が真宮を呼んだ。
「危ないっ!」
真宮の体は日野に包まれ、地面へと伏せられる。
衝撃に閉じた目を開いた瞬間、日野の腕の隙間から見えた空に真宮は息を飲んだ。
月光に照らされたガラスが美しく輝き、音を立てながら空から地上へと降り注ぐ。
その姿は……まるで雨のようで。
「……っ」
美しく危険な光景にただ目が離せなかった。
誰が何を企んでいるのか、これから何が起こるのか見当もつかない。
だがこれは何か大きな事件の前触れなのだと、そう確信して真宮は拳を握りこんだ。
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