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第2話-3
警視庁へと戻ると、真宮達はすぐに捜査室へと足を運んだ。
真宮と同じ特殊捜査班の刑事は皆呼び出されたようで、捜査室には刑事が溢れているが空気が重い。
日野もそのなんとも言えぬ空気に緊張の面持ちで真宮の後ろに続いていた。
自分達の知り得た情報の共有はもちろん、とりあえずはこちらの状況も知りたい。
齋藤の姿を探せば斎藤は捜査室の中心で刑事に囲まれていた。
的確に一人一人に指示を出す斎藤はその輪の中に入ってきた真宮達を視界に捉えると、真宮と日野を交互に見つめじとりと見つめる。
「随分安全運転で来たんだな」
「誰かさんにそう指示を受けたものですから」
悪びれもなく淡々と呟く真宮の後ろで日野が申し訳なさそうな顔をしているのが想像できる。
大丈夫と真宮が耳打ちして真宮は斎藤に向き直り、警視庁の状況を問えば斎藤は資料を片手に説明を始めた。
斎藤の話によれば一先ず停電と通信障害は解消。
爆発時の人身被害は今のところ報告は無く、爆発はあのビルのみ。
ビルとあの死体は真宮が応援を要請した爆弾処理班と鑑識が向かい、現在対応中。
送られてきたメールは解析中だが、発信元の特定は一筋縄ではいかなそうだ。
情報の共有を終え頭の中で整理しながら真宮は頭を抱える。
全ての問題に対応はできているものの今はこれ以上捜査の進展は見込めず行き詰まりだ。
どうすべきかと頭を悩ませながら後ろの様子を伺ってみれば、日野は何故か斎藤を凝視していた。
「どうした?」
「……いえ、何でもないです」
斎藤もその視線に気が付いたらしい。
首を傾げる斎藤に日野は首を振り、逸れた話を戻すようにこれからどうすればいいのかと真宮達に問いかける。
「どうする……か。どうしたらいいと思う?」
「俺に聞かないでください。それを決めるのが貴方の仕事じゃないですか」
「はーやっぱり責任者なんてやるんじゃなかった」
勤続年数も長く検挙数も多いこともあって半ば強引に押し付けられた刑事部長という役職に恨み言を呟きながら、いつものように斎藤は胸元のポケットに手を差し込むもポケットの中は空。
ストレスの捌け口は先程真宮に回収されてしまったことを思い出したのだろう。
斎藤は真宮をじっと見つめるも、これを機に禁煙したらどうですかと悪びれもなく呟いた真宮に大きな溜息を付いたその時だった。
「こんばんは」
捜査室の出入口から耳に張り付くような嫌に聞き覚えのある声がして、その場にいた刑事全員が動きを止める。
警視達の視線はそのまま自然と引き寄せられ扉へ向かう。
そこから一人の優男が取り巻きと共に入ってくれば、室内の空気は一気に張り詰めた。
「……どうも。警視総監直々に何の用ですかね」
最初に言葉を発したのは斎藤だった。
捜査室に足を踏み入れた警察官達の侵入を防ぐように立ち塞がり、その中心にいる警視総監の神崎 に声をかける。
他の刑事達は二人の動向を見守り、真宮と日野も黙ったまま斎藤の背中を見つめていた。
「例の事件に進展があったと聞きまして。何かお手伝いできることは無いかと」
「そんなもの無いのでお引き取り願いたい」
「相変わらずつれないですねえ」
二人が会話をする度に空気が緊迫していくのを肌で感じる。
ああ、なぜこんな時に。
ただでさえ今は事件の大きな進展で大変な時期なのだ。
これ以上は見ていられないと真宮は一歩踏み出し、険悪な二人の間に滑り込む。
神崎はちらりと真宮の顔を見て、君はどうかと問いを投げかけた。
「私なら何でもしてあげられるよ、どう?」
「ご心配はありがたいですが……今は特に。何かあれば手を貸していただければと思います」
真宮の柔らかな拒絶の言葉に、作り物のように美しい顔はうっすら笑みを浮かべる。
相変わらず不気味な男だと、真宮が神崎の顔を見つめていれば神崎は踵を返す。
やっと諦めたらしい神崎は取り巻き達を引き連れて出入口へと足を向けた。
「では今日のところはこれで。何かあればいつでも連絡を待ってますよ」
笑って告げられた言葉に一同は頷くことは無く、捜査室から出ていく神崎一行を視線だけで見送る。
どうしようまた、誰かが呟いた小さな声がやけに大きく聞こえた。
その言葉に返事を返すものはおらず捜査室はしんと静まり返っていたが、その静寂を鳴り響いた内線のコール音が引き裂く。
いち早く受話器を取って斎藤がぐるりと捜査室を見回し仕事に戻れと刑事達に目配せをすれば一人また一人と自分の持ち場へと動き出し、皆がそれぞれの仕事に戻り始めると捜査室の空気は少しずつ和らいでいった。
「……俺達も行こうか」
「あ……はい……」
状況が飲み込めていないであろう日野を連れて、真宮は捜査室を出る。
廊下にはもう神崎達の姿は無い。
そのことに心底安堵しながら、真宮は忙しなく警察官の行き交う廊下を足早に進むのだった。
――――――――――――――
廊下と扉一枚で仕切られた仮眠室は薄ら寒い風がどこからか吹き込んできているようだった。
二人きりの仮眠室で暖房の温かな空気を浴びながら、橙色に光る暖房をぼんやりと見つめていた日野の手を白い包帯で包んでいく。
解けないようにしっかりと結んでやれば、日野はどこか上の空だった意識をこちらに向けた。
「あ……すみません。ありがとうございます」
「ああ……」
薬を塗ってはおいたが、やはり傷は浅くはない。
悪化した場合は必ず病院に行くように念を押すと、日野はしっかりと頷き改めてと頭を下げられた。
丁寧に深々と下げられた頭に真宮もどういたしましてと救急箱を閉じる。
ずっしりと重たいそれを棚に仕舞い込むと、真宮は床に積まれたダンボールに手を伸ばした。
ここには仮眠室を頻繁に利用する特殊捜査班の刑事の為に、他の課の警察官が定期的に食品を補充してくれている。
おにぎりからパン、カップ麺まで種類豊富なダンボールの中身を見せてどれにしようかと日野に問いかければ、日野はううんと小さく唸る。
遠慮がちに小さなおにぎりを一つと呟いた日野の言葉に真宮は構わず適当に数個のおにぎりを手に取り、封の開いていないペットボトルと共に日野に手渡した。
「ええと…」
「栄養補給も仕事の内だからな、遠慮するな」
再び暖房の前に腰を下ろした真宮が躊躇なくおにぎりの封を開ける様子供を見ていた日野は、おずおずとおにぎりを口にした。
どうやらかなり腹が減っていたらしい。
表情を明るくしておにぎりを一気に頬張る日野のいい食べっぷりに気を良くして、真宮もおにぎりを頬張る。
食事をすると事件ばかりで忘れていた空腹が一気に襲ってきて、互いにものの五分足らずで全て平らげてしまえばお茶で喉を潤した日野が口を開いた。
「あの、さっきの方って……」
「警視総監だ」
「そう……ですよね……」
ペットボトルを煽る真宮に日野はそれ以上は聞いて良いものか悩んでいるようだった。
上に立つものは嫌われるとよく言うが、あれは流石に異常だ。
キャップを閉めたペットボトルをゆらゆらと揺らし、中で揺れる液体を見つめる真宮の表情は暗い。
だが日野も知っておかなければいけないことだ。
苦い過去を手繰り寄せながら真宮は静かに話し始めた。
神崎との確執の発端は数年前、PSIMの初期の頃まで遡る。
PSIMは前例のない組織的な特殊事件。
当時は警察内で捜査の方針も決まっていなかったせいか連携も取れておらず、毎日が手探りの捜査の中でPSIMに特化した捜査を行う特殊捜査班が結成された。
これから本格的に事件解決に向けて動き出すというところで、当時の警視総監が突然の辞任。
そして警察官として殆ど勤務経験の無い神崎博臣に警視総監が変わったのだ。
神崎の経歴や警視総監の交代理由は不明。
異例の総監の交代に警察内では否定の声も上がったが、それでも今より状況が好転する可能性にかけて大半の刑事は神崎に肯定的だった。
「なら、どうして?」
「神崎は……マスコミに余計な情報を流し世論を弄んだり刑事に無茶をさせて殉職に追い込んだり、やりたい放題だった」
「な……!」
「かと思えばまるで自分は痛みを分かる人間だとでも言わんばかりに献身的に世話をしたりしてな……」
どう見てもその行動は理解不能としか思えない。
警察官は消耗し退職届を置いて出ていくことが増え、日に日に警察官の数が減少していった。
その中でも最も被害を受けていたのは特殊捜査班の刑事達だ。
今まで何人の刑事が警視庁を去ったのか、もう数えるのを辞めてしまった。
PSIMの捜査班が二人一組での捜査が決められているのは神崎の度重なる愚行のせいで、刑事が一人で行動していれば世論に感化された市民に暴行される可能性が高くなってきたからだ。
実際にそんな事例をこの目で何度も見てきている。
傷付いた同僚の姿を神妙な面持ちで思い出していれば、日野は予想外の話に言葉を失っているようだった。
「……そんなことが続けば、皆警戒もするだろ?」
「……はい」
人の心を神崎は理解ができない。
あの男は刑事達を駒にしてこの状況をただ楽しんでいるだけなのだと、誰かが諦めたように呟いたのを思い出す。
神崎の言いなりである警視監達への期待などとうに無く、今はぎりぎりのところで日本の治安が保たれているようなものだった。
「まあそういうことだ。これで話は終わり」
あらかた話し終えると真宮は大きく伸びをして窮屈なジャケットを脱ぎ去る。
解放感と共にやってきた眠気に薄っぺらいベッドに横になると途端に体が重くなった。
日野も今日は疲れただろう、よく寝て休めと呟いた真宮に休んでもいいのかと日野が心配そうに問いかける。
「休めるときに休んでおかないとな。これから長丁場の捜査になる」
「でも、またいつ何があるか分からないのに……」
「何かあればすぐに飛び出せるくらいには緊急事態には慣れてるんだよ」
何かあれば叩き起こして連れていくから大丈夫だと笑えば、日野も口元を緩める。
この混乱だ、四課からの連絡や鑑識からの結果が届くのは恐らく時間がかかるだろう。
早くて明日の朝、遅くて昼過ぎ……と言ったところだろうか。
ならば今は仕事が無いと諭せば、納得したらしい日野は真宮の隣のベッドに腰を下ろした。
「なら俺も休みます……真宮さんおやすみなさい」
「ああ。おやすみ……」
その一言でついに体力は尽き、真宮は二呼吸もしないうちに深い寝息を立て始めた。
早々に眠りに落ちた真宮に日野は小さな笑みを零し、包帯が巻かれた右手をそっと真宮に伸ばす。
真宮の頬にかかるこげ茶色の横髪を耳にかけてやれば、起きている時よりも随分と幼く見えるその顔に日野は目を細めた。
「真宮さん……か。いい人だな……」
たった半日共に行動しただけで分かる。
冷静で頼りになる、他の人間からの人望も厚く、真宮は優秀な刑事だ。
そしてまだよく知りもしないこんな自分を気にかけてくれる、とても優しい人。
「この人なら……きっと俺を……」
真宮の髪から離れた手は真宮の左手へ。
一本、また一本とゆっくりと指を絡め繋がり合う手に日野が口角を上げると、日野の携帯の画面が光る。
シーツを揺らす振動に日野は映し出された名を確認すると、名残惜しそうに真宮から手を離し通話ボタンを押した。
「……ああそうだね。そちらは頼むよ。警視総監ってあまり外に出られないし色々制限もあって不便なんだ」
もうやりたいこともやってしまったしと、退屈そうに溜息をつく。
警視庁の最上階、警視総監室の上質な椅子に腰を下ろした神崎は耳に携帯を当てたまま椅子を回転させる。
眼下に広がるのは美しい夜景。
壁にはめこまれたガラス越しに外の世界を眺める神崎は遠い目をして呟く。
「あと十人か……」
楽しみだね、相棒。
薄い唇は弧を描き、美しくも無機質なその顔がガラスに映る。
様々な思いが交差する中、夜は更けていくのだった。
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