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第3話-3

 聞き込みを始めてから二時間、晴れ渡る空とは裏腹にベンチに腰を下ろしている真宮の表情は暗かった。 聞き込みが難航することは初めから分かってはいたが、ここまで収穫が無いとは思わなかった。 そもそも怪しい車がこの辺りを通ってるかもしれないという可能性だけで聞き込みをしているのだから当たり前だが。 しかも探しているのが市民から見ればただの黒塗りのトラック。 あるいはただの高級車となれば覚えている人間を探し出す方が難しい話だ。 これ以上成果は見込めないだろうし聞き込みは終わりにしようと真宮が立ち上がれば、遠くでカメラを構えた男が景色を撮影しているのが目に入る。 最後に一人だけ声をかけてみるかと軽い気持ちで真宮が声をかければ、カメラマンはレンズから顔を離し眼鏡を人差し指でくいと押し上げた。 「黒塗りのトラックと高級車?うーん……」  カメラマンは内蔵のデータフォルダを開き、指でスライドしながら写真を探す。 あるかなあと小さく呟くカメラマンの隣で真宮も画面を覗き込んだ。 映し出されるのは何気ない街の写真や風景ばかり。 いくらか写真を見たところで真宮が、もう大丈夫だと口を開こうとしたときだった。 あ、と短く声を上げた男の声に吸い寄せられるように真宮の顔が液晶画面に向けられる。 動きを止めた指、画面の端には黒塗りのトラックが二台映りこんでいた。 「これですか?」 「はい……はい!この写真……いただけますか?」 「別にいいですけど……」  公園で楽しそうに子供達が遊ぶ姿が映し出された何気ない一枚の写真。 その端を走る黒塗りのトラックに真宮は生唾を飲み込み、転送されてきた写真に心臓を大きく高鳴らせた。 トラックの存在を裏付ける写真。 それに何よりトラックのナンバーが割れたのは大きな収穫だ。 一枚の写真、たったこれだけも捜査が進展する可能性がある。 写真の映された場所の所在を問えばすぐ近くだというカメラマンの話を聞き、真宮は礼を告げ足早に公園へと向かった。 二台のトラックは写真の中でそれぞれ反対の方向へと向かっている。 写真に示された道を辿ればトラックに辿り着けるかもしれないという期待が、真宮の心を高ぶらせていた。 「ここか……」  息を整え写真と照らし合わせるように写真家と同じ位置へと立つ。 写真では分からなかったが遠くには開けた二つの道路があり、一台は真宮達が来た方向に、もう一台は逆方向を向いていた。 トラックが通ったであろう道路まで足を運び標札を見上げてみれば、七キロ先に隣の県の地名が記されている。 もしや県を超えトラックは遠くへ向かったのだろうか。 「ならとりあえず……連携が先だな」  証拠が増える度に連携する機関が多くなり、混乱しそうになる頭を抱えながら真宮は携帯を取り出す。 そういえば日野の方は何か収穫があっただろうか。 連絡が無いところを見ると特に大きな手がかりはなさそうだが、一度連絡をしてみるかと電話帳を探す真宮は首を傾げた。 何度スクロールをしても、日野の名前が出てこない。 何故だろうと指を止めた真宮は、はっと先程の自身の行動を思い出し頭を抱えた。 しまった、自身の携帯番号を渡したはいいが日野の番号を聞き忘れていた。 「全く、何やってるんだか……」  あちらから連絡が来ないかと希望を抱きはするものの、先程の日野の様子を思い出すに期待はできなさそうだ。 だからといって探し回り入れ違いになれば面倒だ。 とりあえず車で待っていればいつかは戻ってくるだろうと予想して、真宮が駐車場への地図を開いた時だった。 「……あれ」  横断歩道を挟んだ向こう側に固まっている青年達の中に見えた黒髪。 その中心に立つ、頭ひとつ抜けた見覚えのあるスーツ姿。 なんてタイミングがいいと真宮はその集団へ足を向ける。 探す手間が省けて助かったと赤信号に足を停め、離れたところから日野を見つめていれば、一人の青年が嫌味な笑みを浮かべているのが見えた。 「うわ……噂に聞いてたけどさ」 「まじで刑事やってんじゃん。やばくね」  車通りも無い場所では多少の距離があっても話し声がよく通る。 他の青年達も同じように日野をからかうような言葉をかけているところを見ると、あまり良い雰囲気ではないようだ。 状況が把握できず顔を顰める真宮とは違い、青年達と対峙している日野は無表情で青年達を見つめるだけ。 だが無反応の日野にも構わずその中の一人がじろじろと日野を全身を品定めするように眺めると、嘲笑うように言葉を連ねた。 「お前みたいなやばい奴が刑事とか日本も終わりだな。逆に犯罪者になるんじゃねえの?」  「ははっ言えてるよなあ。事件とか起こすなよ、人殺し予備軍」  何を言われても反応を示さなかった日野が小さく肩を震わせるのを、真宮は見逃さなかった。 だが反論の言葉を述べることはない。 一方的な言葉の暴力を受け続ける日野はただ静かに睫毛を震わせ視線を落とす。 その姿を見た瞬間、まだ赤信号だというのに気がつけば真宮は足を踏み出していた。 走ってしまえばほんの数秒の距離、だらり下ろされた手を勢いよく掴めば日野が顔を上げる。 『大丈夫』 真宮の姿に目を見開いた日野に心の中で言葉をかけた真宮は、そのまま青年達に向き直った。 「失礼。うちの日野が何か?」 「え……っ」  思いがけない第三者の介入に青年達は口を閉ざす。 白々しく視線を外しながらどこか舐めた態度の青年達にも、真宮は毅然とした態度を崩さない。 悪いことをしている自覚はあるのに、謝る気はないのか。 苛立ちを含んだ瞳に映し出された青年達は、その場を離れることもできないまま互いにどうするか決めかねているようで真宮は静かに口を開く。 「彼は今捜査中です。邪魔をする行為は公務執行妨害になりますよ」 「はあ?邪魔?」 「邪魔……していたように見えましたが?」  言葉の温度を下げて呟いた言葉は、青年達を黙らせるのに十分すぎるほどだった。 真宮から漂う威圧感に青年達はそれ以上何も言えずに肩をすくませるも、謝罪の言葉を口にすることはない。 卑怯者、小さく心の中で呟いた真宮はそのまま日野の腕を引きその輪から外れる。 青年達は追いかけてくることはない。 それでも真宮の足は一歩踏み出す度に速度を上げていった。 「あの……真宮さん……」  何も言わぬ真宮に、日野はただ困惑しているようだった。 日野は腕を振り払うこともせずされるがままで、真宮の名前を呼ぶも返事は返ってこない。 苛つきが隠せていないせいのだろう、通りすがりの視線が恐々と真宮を見ている。 だが真宮はそんなこと気にすら止めず半ば日野を引きずる形で駐車場に辿り着くと、真宮は早々に車に乗り込む。 そして大きく息をつくと、やっと日野へ視線を向けた。 「……だから言っただろ、一人は危ないって」 「あの人達は友達だから大丈夫ですよ」 「友達……ね」  二人きりになるとやっと気持ちが落ち着いてきて、真宮は日野を真っ直ぐに見つめた。 とても親しいようには見えなかったが。 ぴしゃりと言い放つ真宮に日野は顔を俯かせる。 ああ、どうしてこんなにも腹が立つのだろう。 無意識に腕を組んだ真宮の指が、とんとんと忙しなく腕を叩く。 日野は自分のせいとでも思っているのだろう。 日野自身は何も悪くないというのに、困ったように苦い笑みを浮かべて謝罪を口にした。 「実はここ……地元なんです。俺は変わり者で嫌われてたので……絡まれたというか」  「それなら、言ってくれれば……」  言いかけたところで真宮は言葉を失う。 二人でいればきっとあのように絡まれることもなかった。 それでもそれでも一人行動を選んだのは、きっと真宮に迷惑をかけるからとでも思ったからだろう。 全く日野の自己犠牲精神には困ったものだ、そんなことこちらは気にしないというのに。 黙ったまま眉根を寄せる真宮に、日野は真宮が怒っていると思ったのらしい。 真宮に問いを投げかける日野は不安を滲ませていた。 「真宮さんは……俺が、変な子だと思いますか?」 「思わない」  不安に瞳を揺らしながら向けられた問いに、間髪入れずに真宮は答える。 大きな手に残る傷のように、悲しい過去は日野を今も痛め付け苦しめている。 助けになりたいと思うのに、自分にできるのはこうしてありきたりな言葉をかけることだけ。 それがもどかしくてたまらないと緩く拳を握っていれば、日野は相槌を打ち黙り込んでしまった。 真宮もまたこれ以上かける言葉が見つからず、口を閉ざし窓の外に目を向ける。 『人殺し予備軍』 青年の言葉が頭の中に反響すると、怒りが込み上げてきて真宮は拳を握り込む。 日野の幼少期に何があったのか、自分には分からない。 だが過ごした時間はほんの少しでもこれだけは分かると、真宮は日野の方へ視線を向けた。 「……違うから」 「え?」 「お前は正義の味方だから」 真宮は日野の左胸に拳を当てる。 日野の視線は真宮の拳へ、そしてその下のバッジへと向けられる。 警察官は様々な犯罪者や危険と戦い平和を守る正義の味方だ、日野は人殺し予備軍などではない。 それにこの日本には一億人以上の人間がいる。 一部の非常識な人間の言葉など気にするなと、真宮が言葉を続ければ日野は瞳を揺らす。 今にも涙が零れ落ちてしまいそうな瞳に思わず伸びそうになる真宮の手に気が付き、日野は自分の手で乱暴に目元を擦る。 そして赤くなった目元をそっと上げると、言いにくそうに口ごもりながらも意を決したようにこちらを見つめた。 「あの……真宮さん。少し、我儘言ってもいいですか?」 「なんだ?」 「だ、抱きしめても……いいですか…?」 「……はい?」  予想外の我儘に真宮は瞬きを繰り返しながら、間抜けな声を漏らす。 ハグをすると愛情ホルモンのオキシトシンが分泌されるだとか、それが幸福感や安心感をもたらすだとか日野はそれらしい理屈を並べるが、真宮は瞬きを繰り返すだけ。 突然何を言うのか、真宮が理由を問いかけようとすれば日野は視線を彷徨わせる。 だが口ごもる日野が無意識に自らの体を抱きしめているのが目に入ると、真宮は静かに目を伏せた。 日野は存外ずるい男だ、そんな子供のように誰かの温もりを求めているような顔をするなんて。 抱きしめて欲しいと呟いた言葉は、きっと日野にとって真宮への信頼の現れだ。 反応を示さない真宮にやがて日野は少しずつ言葉尻を小さくしていく。 少しの沈黙の後にやっぱりと呟きかけたその時、続くはずだった日野の言葉を遮り真宮が口を開いた。 「……いいよ」 「やめときま……えっ……本当ですか……?」  頷けば日野は信じらないというような顔をして真宮を見る。 自分から言ったくせに、随分と驚いた顔をするのだな。 くすりと笑みを零す真宮が大きく腕を広げると、日野は意を決したように真宮に腕を伸ばした。 そっと引き寄せられた真宮の体は日野の胸の中へ。 そのまま優しく真宮を包み込むと、日野の腕は真宮の背中へと回される。 ガラスの雨から真宮を守ってくれた日野の腕は、今は小さく震えていた。 「……真宮さんは温かいですね」 「安心するか?」 「はい……えっあの……」 本心を悟られたくないのなら、もう少しましな言い訳を考えるべきだ。 真宮の言葉に日野は恥ずかしそうに小さく笑う。 笑う度に揺れる胸板に身を預けそのまま息を吸い込めば、石鹸と柔軟剤の香りが胸を膨らませた。 ……何故日野といると、今まで味わったことのない感覚に包まれるのだろう。 安心するような、落ち着かないような、相反する感情に心が揺れて、真宮は日野の胸に顔を埋める。 あながち日野のうんちくも間違いではなかったのかもしれない。 日野を安心させるためと言いながら自分も胸が満たされるのを感じ、真宮は口元を緩める。 日野ももう、あんな不安な顔はしていないだろうか。 むしろいつものように元気な笑顔をしているかもと真宮が顔を上に上げた時だった。 「あ……」 真宮の想像とは違い、そこにいたのは何が言いたげにこちらを見つめる日野の姿だった。 真っ直ぐにこちらを見ている日野と鼻先が触れ合う。 もう数センチ近ければ触れ合っていただろう唇を想像して、鼓動が一つ大きく跳ねる。 ごめんと照れくささに笑いながら顔を背けようとするも、背中に回された日野の腕は解けない。 もう十分だろう、少しずつ今の状況に恥ずかしさを感じてきて真宮が日野から離れようとする。 だが日野は真宮の腰に腕を回し更に自分の方へと引き寄せると、優しく真宮の頬を撫でた。 「あの、日野……」 「真宮さん、俺……もう一つ、我儘いいですか」 なんだと問いかけた唇はそっと添えられた日野の人差し指に遮られる。 つ、となぞるように人差し指が真宮の唇を滑っていくと、真宮は日野から目が離せなくなった。 鼓動がやけに騒がしい、熱くなっていく体に真宮は口内に溜まった唾を飲み込む。 日野の手はそのまま真宮の顎を取り、そっと上を向かせる。 日野の顔はまだ動かない。 じっと真宮を見つめている目を細めて、真宮の答えを待っているかのようだった。 我儘の続きを真宮は問わない、いや、問うことができない。 真宮はただ日野を見つめ返すことしか出来ない中、日野が唇を開こうとしたその瞬間、ついに耐えきれなくなった真宮はそっと日野の胸元を手で押した。 「も、もう行こうか……」 「……」 真宮のささやかな拒絶に日野は静かに腕を離した。 助手席に身を乗り出していた真宮はそのまま運転席に収まり日野もまた座り直すと、二人の間になんとも言えぬ空気が流れる。 こそばゆい空気をどうにかしたくてエンジンをかけると、真宮はわざとらしく話題をすり替えた。 「そうだ、移動がてら少し休憩しよう。コーヒー奢るよ」 「いいんですか?」 「すごくいい証拠が掴めたんだ」 「……え!?」   真宮の言葉にぱ、と日野は表情を明るくする。 日野には昨日連れ回したことへの詫び、ご褒美もしなければ行けない。 この先に美味い店があるんだと真宮が言葉を付け足せば、日野は更に嬉しそうに頷く。 何はともわれ証拠は掴めたのだ。 遠くまで車を走らせてここに来た甲斐はあったと口にすれば、日野は自分は手ぶらだと申し訳なさそうに頭をかいた。 いつも通りの様子の日野に胸を撫で下ろしながら真宮はエンジンをかける。 その瞬間真宮ははっと何かを思い出したように動きを止めた。 危ない、重要なことをまた聞き忘れるところだった。 真宮はシートベルトを閉めようとしている日野の名を呼び、携帯を取り出す。 そして真剣な表情で日野に向き直った。 「……日野、頼みがある」 「なんですか?」 「携帯番号教えてくれ」

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