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第4話-1
医者や看護師の反対を押し切って病院を飛び出し、真宮は警視庁へと戻ると捜査室の扉を乱暴に開いた。
慌ただしく走り回る刑事達は開いた扉へ反射的に視線を向ける。
そして見つけた真宮の姿に険しい表情を和らげると、次々に真宮の元へ歩み寄ってきた。
「真宮!怪我はもう平気か?」
「ああ、大丈夫だ。状況は?」
「マスコミはやりたい放題だ。声明文はSSBCに削除してもらったけど……一度表に出ちまうと、どうしても……」
致し方ないことだと相槌を打つも、その場にいる誰もが表情を曇らせる。
数年に渡り続いてきた未解決事件の大きな進展。
新聞の一面を飾れるほどの大きな話題だ。
こんな大きな餌をぶら下げられては、警察がどうこう言ったところでマスコミは情報規制に応じないだろう。
ここまで車を走らせてくる間も、ラジオからは繰り返し同じニュースが流れてきたのだから。
今のところ発表されたのは声明文のみ。
SNSで首謀者を名乗る人間のアカウントは凍結されたが、今でも動画は日本各地で拡散され続けている。
アカウントの主の特定は難しいようで、首謀者の素性を知らぬ今、警察は圧倒的に不利な立場に立たされていた。
「どうしよう……」
不安を滲ませる若手の刑事の言葉に、捜査室を重苦しい空気が包み込む。
迫り来るカウントダウンに手をこまねいている暇などないというのに、まさに八方塞がりだ。
こんな時に現場の指揮を取る斎藤の姿も見えず真宮が頭を悩ませていれば、どこかで刑事が小さく声を上げる。
名前を呼ばれて視線を移せば、電話番の刑事が困惑した表情でこちらを見た。
「あの……警視総監がお呼びです」
内線の受話器を持って告げられた言葉に、思わず舌打ちが漏れる。
この忙しいときに、いや忙しい時だからこそとでもいうべきか。
日野に待機命令を出し、真宮は足早にエレベーターへ向かう。
警視総監室は最上階。
苛立ちを押さえながら到着したエレベーターは、すんなりと上へ真宮を運んでくれる。
扉を開けばしんと静まり返った廊下に真宮は降り立った。
「……」
自分の革靴の足音が、階全体に響いているような気がする。
息が詰まるような威圧感を感じながら、真宮は突き当たりの右にある扉の前に立つと一度深呼吸をした。
心を落ち着かせてから二度ノックをすると、どうぞと扉の向こうから聞こえる返事。
静かに扉を開けば、ポットを手にした神崎がこちらに微笑みかけていた。
「こんにちは真宮くん。紅茶は好き?」
「……生憎、珈琲派で」
「そう。それは残念」
でも飲めるならいいよねと無邪気な笑顔を見せる神崎に反応することもなく、真宮は部屋の扉を後ろ手に閉めた。
カップに注がれた紅茶からは、茶葉の芳しい香りがふわりと広がる。
自分のペースを崩さない神崎にカップを差し出されても、真宮は相手にすることなく佇んでいるだけ。
表情も崩さぬまま要件は何かと問えば、神崎は肩を竦めて外に目を向けた。
「PSIMの首謀者は……どうしてあんな声明を出したのかな。黙って目的を遂行すればいいのに」
「はあ?」
私にも分からないんだ。
呟いた神崎に、今度ばかりは溜息を隠しきれなかった。
そんなくだらない質問のために呼びつけたのかと押さえつけたはずの苛立ちが湧き上がりそうになり、知らないと冷たく言葉を返せば、窓ガラスに反射した神崎と目が合う。
言葉無く真宮を見つめる神崎の視線は、纏わりつくように真宮から離れない。
なんとも言えぬ不快感に真宮は窓ガラスから視線を離すとすぐに背を向けて、今閉めたばかりの扉に手をかけた。
「捕らえて尋問すればいいだけの話です」
「君にできるの?」
失礼しますと言いかけた口を閉じて、どういう意味だと視線で問う。
尋問すらできぬ無能だとでも言いたいのだろうか。
鋭い視線を向けた真宮が醸し出す圧にも神崎は気圧されることなく、ただ静かに目を細める。
『知っているんだよ』
嘲笑を含んだ声音で呟いた神崎は、より一層声を潜めた。
「君の秘密は全て知ってるよ」
「……心当たりがありません」
ぴくりと震えた指先を無視して、警視総監室の扉を開く。
神崎はそれ以上真宮を深追いすることもなく、静かにその背中を見送った。
ああやはり、来なければよかった。
エレベーターまでは対して距離も無いというのに、向かう足取りは少しずつ速さを増していく。
いつものことだ、あんなものただの戯言。
どうせ暇潰しにこちらをからかっているだけ。
だから心配することなど何もないと自分に言い聞かせても、次から次へと冷や汗が止まらなかった。
一階から上がってくるエレベーターがやけに焦れったい。
早くここから離れたいのに。
無駄だと分かっているのに何度も下のボタンを繰り返し押し、視線はボタンと現在の位置を示すランプを行き来する。
到着したエレベーターの扉が完全に開く前に乗り込もうと踏み出した足は、ボタンに置いたままの手の上に重ねられた手によって動きを止めた。
「随分と急いでいるな」
「……っ!」
びくりと大きく肩を揺らし声のした方へと顔を向ける。
いつの間にここに来たのか、真宮の斜め後ろには感情の見えない顔で斎藤が佇んでいた。
そのまま斎藤の手は真宮の腕を掴み、抵抗する間も無く真宮はエレベーターの中に引きずり込まれる。
声も出せぬまま扉が閉じると、エレベーターの中は二人だけの密室となった。
何が起こっているのだろう、そもそもなぜ斎藤がここにいる。
……もしかして、あの秘密が知られてしまったのだろうか。
混乱する頭ではどうすべきか思いつかず真宮は、ただ斎藤の動向を目で追いかける。
斎藤は何も言わない。
ただ掴んでいた手を離すとその手を真宮の胸元に伸ばし、指先にバッジを引っ掛ける。
強く指が弾かれるとバッジは胸元から離れて、硬いコンクリートへ落ちた。
行動の意図が分からないまま、真宮が斎藤を凝視していれば斎藤は真宮の耳元に顔を寄せる。
「このまま聞け。じゃないと聞かれる」
斎藤の視線は白い床に転がったままのバッジに向けられている。
落とした拍子に半分に割れたバッジ、中に見えた小さな部品に真宮は息を飲んだ。
「盗聴器……」
誰の仕業だ、いつ付けられた。
バッジだけを外す機会などそうそう無い。
そもそもバッジの中に内蔵されている盗聴器ならば、通常のバッジに後から取り付けるなんてことは難しいはず。
あらゆる可能性に真宮が困惑していると、斎藤は顔を寄せたまま言葉を続けた。
「密告者からある情報を手に入れた。今夜零時に第一藤ビルの八階の一室で首謀者と大島組の組長の密会がある。その証拠を取ってこい」
「え……」
目を見開いた真宮と斎藤の視線が絡み合い、真宮は言葉を失う。
情報を提供したのは誰だ。
いつ、どこで出会い、そもそも誰なのか。
真宮の疑惑の視線に斎藤は静かに目を伏せる。
そしてそのまま首を横に振ると、顔を顰め言葉を続けた。
「ガラスの雨を示唆するメールと同じアドレスから来た。誰かはまだ特定はできない。けど、恐らくは……」
「……」
こちらをからかうようで、事件の重要な手がかりをこちらに示す密告者からの情報。
ただでさえ混乱している状況の中で、またとない絶好の機会だ。
不確定かつ罠の可能性は拭えない。
だが本物である可能性も高い。
心配を滲ませる斎藤は、恐らくこのことを真宮にさえ伝えるべきか悩んだのだろう。
だがこの職を選んだ以上、危険など承知の上だ。
行ってくれるかと戸惑いがちに問われた言葉に、愚問だと迷うことなく真宮は頷いた。
「必ず……成果を上げてみせます」
ポン、と軽やかな音と共にエレベーターが動きを止めて扉が開く。
静寂から一変、賑やかな廊下に緊張が解けていくのを感じながら、真宮はエレベーターの外に一歩踏み出した。
後ろを振り返れば斎藤は、壊れたバッジを握りこんでポケットに放り込む。
胸元が寂しいと指を差した斎藤は、何かいい案を思いついたのか片方の眉を上げると口角を上げた。
「お前がちゃんと出来たらいい折り紙でバッジ作ってやるよ。キラキラのやつ」
「は?要りません」
「そこは楽しみにしてますだろうが」
愛娘に教わった技を披露してやると笑う斎藤の言葉に、つれない返事を返す真宮の顔にはもう恐れなどなかった。
廊下の先では日野が真宮を待っている。
さあ、早く行かなければ。
ここからは自分にしか出来ない、『刑事』としての重要な仕事だ。
真宮を急かすように手を振る日野に微笑んで、真宮は決意を胸に歩き出す。
腕を組み真宮を見送る斎藤は、やがて表情を無くすと振り返ることの無い背中を見つめていた。
「……何だろうな」
あのとき、真宮は何故あんなにも怯えていたのだろうか。
冷静沈着で本当は誰よりも慈悲深い……真宮はそういう刑事だったはず。
それなのに何故罪人のように震え、許しを乞うような瞳でこちらを見たのだろう。
真宮に一体何があったのか、自分に知る由はない。
だからといって自分には関係の無いことだと、その違和感を見逃すことだけはしたくない。
……もう自分の前で、大切な存在を失いたくないから。
収まらない胸騒ぎを紛らわせようと、斎藤は胸ポケットに手を入れる。
指先に触れたのはライターだけ。
そういえば前に取り上げられてしまったのだったと肩を落とすと、廊下に自分の名前を呼ぶ声が
響いて斎藤は声のした方へと体を向けた。
「斎藤さん!真宮さん達は!?」
「あー……残念だが行き違いだ」
「ああーもう!確認したかったのに……」
息を切らす三村が取り出した捜査報告書。
これは確かつい最近真宮と日野が第一発見者となった唐沢という男のものだ。
追加の報告書が上がったのだと差し出されたそれを受け取れば、急かすようにページを捲り三村はある名前を指差す。
そこに書かれた本来報告書にあるはずの無い名前に、斎藤は息を飲んだ。
「どういうことだ。何故こいつが……」
すぐに取り出した携帯で電話帳を開き、真宮の携帯を鳴らす。
だが斎藤の思いは虚しく、無機質なコール音は耳元で鳴り続けるだけだった。
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