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第4話-2

第一藤ビルは、街の喧騒から離れた郊外に位置していた。 近くに民家は無い。 わざとそういう場所を選んでいるのだろう、後ろめたいことが多い人間は大抵人目を嫌う。 斎藤から託された地図を頼りにビルに辿り着いた二人は、離れに車を停めてビルの様子を伺う。 ビルを囲うように配置された見張りの構成員はざっと三十人。 駐車場には数人、人数を確認してそのまま二人は見張りの少ない裏側へと回った。 剥き出しの非常階段にも見張りはいるが、正面よりは手薄だ。 これなら問題はない、最初の手筈通りに進められるはず。 目配せをすれば日野は小さく頷き、携帯の画面に触れた。 「……?何だ?」  遠くから聞こえた人の声に、けだるげに煙草をふかしていた構成員達の視線が集まる。 私用で使っていた古いパソコンが車に残っていて助かった。 真宮の目論見通り、車とは反対側の茂みに潜ませたパソコンから聞こえている大勢の人間の声に構成員達は一人、また一人とつられていく。 非常階段から離れていくのを確認してから、二人は極力音を立てないように非常階段に足をかけた。  ここに来る前に日野には斎藤から聞かされた話をした上で、決してはぐれないよう念を押してある。 日野もこれがどれだけ重要な密会で、同時に危険であるかを理解しているのだろう。 いつもなら進んで前へ出ていく日野は、ぴったりと張り付くように真宮の後ろについてきていた。 「……っ」 錆びた鉄の階段は二人分の体重がかかるとギシギシと嫌な音を響かせる。 一際大きく階段の軋む音が響いて周りをぐるりと視線を向けてみるも、真宮の作戦は上手くいったようで近くに構成員の姿はなかった。 肝を冷やしながらも何とか八階に辿り着き、扉に耳を当ててみる。 特に中から足音は聞こえない。 非常扉を開いて顔を覗かせてみれば、見えた廊下と繋がる扉はひとつだけ。 あまりに分かりやすいものだから少し怖いくらいだと目的の部屋を目視し、腕時計で時刻を確認する。 今は零時一分。 忍び足で扉の前に向かい、すりガラスのはめ込まれた扉に耳を当ててみる。 中から漏れる話し声、真宮は唾を飲み込むと手をかけていたドアノブをゆっくりと回していく。 ほんの少しの隙間さえあれば十分、僅か数センチの隙間を作り出せば真宮は携帯を取り出す。 そしてそのまま隙間から室内に向けて携帯のカメラをかざした。 「君との付き合いも二十年か」 「ええ……それにしても例の件は本当にありがとうございました。足のつきにくい人間を千人なんて中々難しいですから」   中には男が二人。 真宮が顔を確認できる位置には斎藤から聞いた通り大島組の組長がいる。 向かい合う首謀者らしき男はこちらに背を向けたまま、大島と楽しげに会話を楽しんでいた。 口ぶりから察するに久しぶりの再会なのだろう。 二人はしばらく昔話に花を咲かせ、話に一区切りついたところで大島が体を前に乗り出した。 「で……改まって話とはなんだい?君らしくもない」 「PSIMについてですよ」  終わりが見えたので報告をしようと思いまして。 その言葉に組長はソファに預けていた体を起こし、首謀者の話を聞く体勢になった。 「以前紛争地から密輸した爆弾を譲っていただきましたよね?それを全国各地に仕掛けました。私の一言でいつでもこの国を更地にできます」 「はは……悪い冗談を言うなあ、君も!」  手を叩き笑い声を上げる大島を、首謀者はじっと動かぬまま見つめているようだった。 大島の笑い声だけが室内に反響し、やがてその表情からは笑顔が消えていく。 途端にぴりりとした空気に、真宮もまた携帯を持つ手を震わせた。 「悪い冗談を言うな」 大島は先程と同じ言葉を呟いているはずなのにその表情は険しく、言葉に圧を感じた。 だが威圧的な大島の態度にも首謀者は少しも物怖じすることはない。 長い足を組み替えて椅子の肘掛に頬杖をつく首謀者は言葉を続けた。 「これは真実だ。ただね……貴方に一足先に報告したのは他に理由があるんです」   首謀者はスーツの胸ポケットに手を差し込む。 取り出されたのは真宮達が携帯しているものと同じ、S&W M360J型のリボルバー。 銃口を向けられた大島は動じることはなく、鋭い眼差しで首謀者を睨みつけていた。 「俺を殺したら、お前はただじゃすまねえぞ」 突きつけた言葉は単なる脅しではないことは、真宮でさえ分かっていた。 大島組の幹部を大島組のシマで殺すなど、自殺行為だ。 だが首謀者は乾いた笑いを漏らしながらも、拳銃を下ろす素振りはなかった。 「貴方初めて会ったとき言いましたよね?お前は頭がおかしいって……」 「ああ、真実だからな」 「ふふ……そうですか」  私は、その言葉が一番嫌いなんですよ。 吐き捨てるように放たれた言葉と共に引かれた引き金。 耳を劈く音とともに飛び出した弾丸は、真っ直ぐに大島の心臓を打ち抜く。 大島の体は倒れることなくだらんとソファに腰かけたまま痙攣し、やがてその体が完全に動かなくなると首謀者は拳銃を仕舞い込み大きく伸びをした。 「これはただの私怨。PSIMにはカウントされないから安心してね」  いつの間にこちらに気がついていたのだろう。 驚いたかなと楽しげに言葉を紡ぎ、ゆっくりとこちらへと振り向く体。 先程から嫌な予感に冷や汗が止まらなかったというのに、聞き覚えのあるその声が真宮と日野の名を呼ぶ。 こちらを向いたその男は、いつものように薄気味悪い笑顔を貼り付けてこちらを見ていた。 「……神崎博臣!殺人の現行犯で逮捕する!」 「ああ、そんなにカッカしないでよ。君らしくもない」  勢いよく扉を開き、二人は銃を構える。 神崎は圧倒的な不利な状況でも、余裕を崩さずに笑顔でこちらを見ていた。 何故こんな状況で、いつものように笑っていられるのだろう。 理解ができない神崎の行動に不気味さを感じて距離を詰められずにいると、神崎は煽るような目で真宮を見下し言葉を投げかけた。 「私を捕まえるのは君には無理だ」 「……逃げられるとでも?」 「そのつもりだよ」 やれるものならやってもらおうではないか。 神崎の言葉に怒りを表情に滲ませた真宮が踏み出した時だった。 銃声につられたのだろう、階段を駆け上がってくる複数の足音が近付いてくる。 まずい、まさか。 頭の中で叫んだ瞬間、扉が乱暴に開き構成員達がなだれ込んできた。 「大変だよ!大島さんが撃たれた!」 「なっ…!」 大袈裟に驚いたふりをする神崎は両手で顔を覆う。 馬鹿らしい素人芝居に弁解をしようとも、今銃を手にしているのは真宮と日野だけ。 やられた、心の中で後悔しようともう遅い。 構成員達は怒りを露わにして真宮達に向かって雄叫びを上げながら近付いてくる。 するりと隙間を縫って扉に向かう神崎に声を荒らげても、神崎は足を止めずに部屋を出ていってしまった。 ああ、このままでは見失ってしまう。 眉を寄せたまま飛び掛かってくる構成員を避けた真宮は日野の腕を強く引く。 そしてそのまま日野を部屋から押し出せば、後ろを振り返る日野が焦った様子で真宮の名前を呼んだ。 「真宮さん……っ!」 「あの場所で……っ後で、落ち合おう!」  自分より日野の方が足が速い、それに体格差を考えても日野の方がずっと神崎と渡り合える。 目で訴えれば真宮に伸びかけていた手は下げられ、日野は頷くと神崎の後を追うため走り出した。 真宮も構成員の攻撃を避け、隙をついて部屋から脱出すると外を目指す。 幸運にもここは他の藤と名のつくビルと中の構造が似ている。 頭の中で外への最短ルートを考えながら、なるべく人目につかずに真宮はビルの中を走り抜ける。 非常階段に出てしまえば、後は下に降りるだけだ。 素早く最下層まで降りた真宮は、二人を血眼になって探している構成員達を尻目にビルを後にした。 「はぁ……っどこだ……!」  神崎はまだ遠くに行っていないはず。 思わず日野を行かせてしまったが、はたして日野は大丈夫だろうか。 二人の行方を探していれば、ビルから少し離れた駐車場にぽつんと取り残された車が目に入る。 大島が乗ってきたのだろう黒塗りの高級車。 ボンネットに腰を下ろしている人物がこちらに手を振っているのに気が付くと、真宮は表情を引き締めて静かに車に近付いた。 「咄嗟にあんな判断ができるなんて……やはり君は優秀だ。仲間に欲しかった」 「……何があろうとあり得ないな」  冷たく吐き捨てる真宮にも神崎は表情を変えない。 ボンネットに下ろしていた腰を持ち上げると、嘘くさい笑顔を浮かべたまま神崎は近づいてくる。 一歩後ろに引いた真宮に構わずゆったりとした足取りで距離を詰めてくる神崎に、真宮はじりじりと後ろに下がるだけ。 神崎は向けられている銃口を避けようともしない。 一体何を考えているのだろう。 困惑する真宮の一瞬の隙をついて、神崎は銃を制すように手をかける。 そして真宮の目の前に立ち塞がると、手を伸ばし真宮の体を引き寄せた。 「……!?おい、離せ!」 「真実を隠し、普通を装うのは大変だっただろう……辛かったね」 まさか接触されるとは思わず、抵抗もする暇もないまま真宮の体は神崎の胸の中に収まる。 慌てて身を捩るも神崎の腕の力は強く、真宮を離してはくれない。 気でも触れたのだろうか、気味が悪い。 嫌悪感を露わにして、神崎の顔を睨みつけようと少し上にあるその憎たらしい顔を見上げる。 だがその瞬間、はっと真宮は体の動きを止めた。 「私は君を否定しない。だって君は大切な人を守るためにあんなことをしたんだろう?」  そこにはまるで聖母のように人間離れした、慈悲深い表情を浮かべた神崎がいた。 君は悪くない、仕方なかったんだ。 私は君の罪を許そう、君は許されるべきだ。 君の行為は愛の成せる行為なのだから。 普段なら聞くだけで苛立ちを覚える声が、じんわり耳の奥に流れ込んでくる。 まるでそれは傷だらけの心を柔く撫でられるような感覚。 味わったことの無い安心感に、少しずつ体の力が抜けていくのを感じた。 「私なら君のその苦しみを和らげてあげられる」 「あ……そんな……ちが……」 「それをずっと……望んでいたんだろう?」  先程よりも緩くなった腕はきっと今なら振り解けるはず。 それなのに真宮の体は神崎が甘い言葉を囁く度に心と体が分離していくような感覚に襲われて、逆に体を委ねようとしてしまう。 嫌だ、これ以上聞きたくない、怖い。 誰か、誰か……助けて。 『助けて、日野』 心の中で、そう叫んだ時だった。 「やめろ!」  怒号と共に解かれた拘束と、自由になった体。 求めていた声に正気を取り戻しながらも、真宮は足をふらつかせる。 ぐらりと揺れた体はすぐに温かな腕に抱きとめられ、顔を上げた先には強い眼差しで神崎を睨みつける日野がいた。 「もう少しだったのに……まあ仕方ないか。またね」 二人を見据える神崎の瞳はまるで氷のように冷たかった。 だが警戒する日野を尻目に、神崎はあっさりと身を引くと二人に手を振り背を向ける。 日野は追おうとするが真宮が動けないのを察したのだろう。 その背中を睨みつけながらも深追いはしない。 神崎の姿が完全に見えなくなれば、緊張の途切れた足は力を無くし真宮の体は地面にへたり込んだ。 「わ、悪い……ありがとう……っ」 なんでもない風を装いながら、震える喉で絞り出した声は上擦っていた。 後輩の前で情けないと自嘲しながらも体の震えは一向に止まらない。 早く止まれと自分の体を抱きしめる真宮を日野は軽々と抱え上げると、そのまま隠していた真宮の車へと向かう。 助手席に乗せられ扉を閉めるとやっと気持ちが落ち着いてきて、深く息を吐いた真宮に日野は静かに問いかけた。 「真宮さん教えてください……あいつに何かされたんですか」 「……なんでもない」  神崎に触れられた部分に虫が這い上がるような気持ち悪さを覚え、無意識に服の上から肌を擦る。 日野が来てくれなかったら、自分はどうなっていただろう。 脳内によぎるPSIMの加害者達の顔に、真宮は震える喉で小さく息を吐いた。 もしかしたら自分も、自分のエゴで誰かを殺めるような人間になっていたのだろうか。 誘惑に負けてしまいそうになった自分の弱さに、心底嫌気が差す。 そんな真宮の様子を運転席で見つめていた日野は、真宮の肩に触れ優しく囁いた。 「真宮さん……お願い。俺を頼って下さい」 「でも……」 「俺……貴方を助けたいんです」 嫌だと緩く首を振る真宮に、日野はお願いだからと何度も懇願する。 神崎とのことを話すのなら、今まで隠してきた秘密も曝け出さなければいけなくなるだろう。 怖い、もしも秘密を知って、日野に突き放されたら。 今更嫌われたくないだなんてとんだ我儘だと理解していながらも、覚悟が決まらず真宮は服の上から肌を強く擦り続ける。 だが自らを傷つけかねない強い力で肌を痛めつけるその手は、大きな手に包まれ優しく握りこまれた。 「自分を……もう傷付けないでください」 諭すようにかけられた言葉に、足元に向けていた顔が自然と手を引かれた先に向く。 ゆっくりと持ち上げた頭、視線を合わせることに少し戸惑いながらも真宮の視線は日野へと向けられる。 視線の先では微笑みを浮かべた日野が、真宮を優しく柔らかな眼差しで見つめていた。 「……大丈夫」  俺は貴方の味方です。 嘘偽りない瞳が真っ直ぐに真宮を見つめている。 ああそうだ、いつだって日野は真っ直ぐだった。 今までもそんな日野のひたむきな姿勢に自分は助けられてきたはず。 だから日野ならきっと、どんな自分でも受け入れてくれる。 真宮は強く噛んでいた唇を静かに開いて、繋いだ手を微かに握り返す。 話している間、離さず繋いでいてほしい。 そう告げれば日野は強く手を握り直して頷いた。 「……これは、俺が犯した罪の話だ」

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