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第5話-2

 傘も差さずに拳銃を構えている要の耳には、天使を模したシルバーのピアスが揺れている。 言葉にされなくとも、今がどのような状態かなんてすぐに理解してしまう己の察しの良さが憎らしい。 嘘だと思いたいのに、要はそれを許さないとでも言うかのように口を開いた。 「……他人を傷つけて、それを正当化して、罪を重ねて……人間って愚かだよね」 『そう思わない?』 笑顔を崩さず問いかける要に何も言えず、要は肩を竦めると踵を返す。 行ってしまう、また何も聞けぬまま要が離れていってしまう。 絞り出した『何故』の言葉。 要は足を止め真宮へと再び向き直った。 「まだ殺されちゃ駄目なんだ、君はね」 「違う……どうして、要がここに……この男を……」 「……僕達の計画の邪魔だから消した、それだけ」  そう呟いたきり要は口を閉ざし、再び足を踏み出す。 後を追わなければいけないのに足が動かない。 どうして、またあの夜と同じことを繰り返すのだろう。 あの選択で要は救われたと……友の人生を救ったという、そのたった一つの希望だけが今までの自分を支えていたのに。 ……ああそうか、自分は『選択』を間違えたのか。 「……ハァ……ッハッ……ヒューッ……」  突然襲い来る息苦しさに真宮は地面へ跨る。 胸が強く締め付けられ、目の前が忙しなく明滅した。 要がPSIMの首謀者。 それが事実ならば過去の自分は、とんでもない失敗をしてしまったのだろう。 自分が間違ったせいで要も救えず、そしてその要の手によって人が大勢死んだ。 たった一つの選択が、沢山の人の人生を変えた。 ……全て、俺のせいだ。 「……さん、ま……さん……真宮さん!」  遠くから名前を呼ぶ声がする。 思考の渦に飲まれていた真宮の意識が少しづつ浮上していき、視界を妨げていた明滅が少しだけ和らいだ。 それでも荒い呼吸のままの真宮は、頬を大きな手に包まれそのまま上へと向かされる。 霞む視界の先には、真っ直ぐにこちらを見つめる日野がいた。 「ひっ……ハァ……カハッ……」 「ゆっくり息をして」  手本を見せるように目の前でゆっくりと呼吸をしてくれる日野に合わせて、真宮も大きく息を吸いこむ。 自身の頬を包み込んでいる日野の手を上から強く握り込むと、日野はもう一度と呟いて同じように大きく呼吸をした。 吸って、吐いて。 日野の言葉を自分に言い聞かせるように必死に呼吸を真似るも、真宮の呼吸は落ち着かず少しづつ指先が痺れていく。 十分な酸素が送られない脳は次第にぼんやりとして体の力が抜けていく真宮に、焦りを滲ませた日野は真宮の体を引き寄せた。 「んん……っ!う……っんぅ……っ」 大きく開いていた真宮の唇は日野の唇に覆われる。 日野は唇を重ね合わせ、真宮を抱きしめたまま背中を優しくさすった。 子供をあやすような優しい動きと、温かな日野の手。 感じる安心感にゆっくりとした呼吸を意識していれば、少しづつ真宮は呼吸を落ち着かせていく。 だが真宮の呼吸が穏やかさを取り戻しても、日野の唇は離れなかった。 いつの間にか閉じていた目を開き、真宮が日野を視界に捉える。 日野は真宮を見つめたままそっと舌を差し込み、真宮の舌は日野の舌に絡め取られた。 「ん……っう、ふ……ぅ……っ」 絡め取られた舌にじんわりと体が熱くなる。 日野の舌は優しく絡まり、側にいると言うように真宮にぴったりと寄り添った。 この間のような呼吸を奪う口付けではなく、抱きしめられているかのような口付け。 その甘い口付けに真宮の脳は少しづつ蕩けて、頭を駆け巡っていた負の感情が消えていく。 散々口付けを交わしてからそっと日野が唇を離した時、真宮の呼吸は与えられた酸素と温もりで落ち着きを取り戻していた。 「……すぅ……はあ……はあ……っ」 「そう上手、いい子ですね」 真宮の体を優しく抱きしめたままの日野は、背中を撫でていた手で頭を撫でる。 あまりに優しく撫でるものだから、その温かさにまた胸が締め付けられてしまいそうだった。 よかったと囁く日野の言葉に導かれるように、真宮は静かに顔を上げる。 その先にあったのは、いつもと同じ日野の笑顔だった。 「日野……」 「もう、ちゃんと俺の名前呼べますね」 ああ、どうしてそんな顔が出来るのだろう。 憎くてたまらないはずなのに。 日野の優しさに涙が溢れそうになるのをぐっと堪え、真宮は唇を噛み締める。  駄目だ、今自分がすべきことは過去の罪を悔いることではない。 まだ微かに頭に残る負の感情を振り払うように頭を振り、額に浮かんだ汗を乱暴にスーツの裾で擦る。 心配を顔に滲ませた日野が真宮を見つめる中、真宮は日野の胸をそっと押し返すと日野の顔を正面から見た。 「日野、これからお前はもっと辛い思いをすると思う」 「そう、かも……しれませんね」 「……ああ。でも今だけは、どうか俺と共に戦ってほしい」  日野がいなければきっとこの真実には辿り着けなかった。 ついこの間までは自分が守らなければと思っていたのに、今では日野に支えられている。 もう日野は自分にとって無くてはならない存在なのだ。 真宮の心からの思いを日野は正面から受け止め、そして静かに何かを決意したようだった。 こちらを見据える瞳は、氷のように冷たくも、怒りを宿してもおらず、ただまっさらに真宮を見つめていた。 「まだ、貴方の犯した罪に自分の中で明確な答えは出せません。ただ、今はそれを全て忘れて……貴方と事件を解決したい」 「日野……」 「俺は、刑事で、正義の味方で……貴方のバディです!」 まるで誇りのように高らかに告げられた言葉に、真宮は目を細める。 向けられた眩しいくらいの笑顔。 ああ、好きだな……誰よりも。 気持ちが溢れそうになって、真宮は静かに胸に手を当てる。 「ありがとう……」  雨はいつの間にか止んで、厚い雲から月が顔を覗かせていた。 まだ足元のふらつく真宮の体を日野が支えながら車に戻ると、真宮は助手席に下ろされる。 エンジンをかける日野の隣で無線に伸ばす真宮の手に、もう迷いはなかった。 「こちら真宮、PSIM首謀者一名を発見。東京全域に捜査網を張ってください。名前は……戸倉要」  あのときの自分はこの選択をどう思うのだろう。 親友を、要を苦しめるなと怒るだろうか。 だが今、自分は刑事だ。 友との約束よりも大事な使命がある。 無線を切り斎藤に男の死体の回収を頼むと車は動き出す。 走り出した車は直ぐに国道に出ると、日野は前を向いたまま真宮に声をかけた。 「……真宮さん。あの、お家はどちらですか?」 「え……このまま真っ直ぐ行って、三本目の十字路を右折……」  分かったと言わんばかりに強くアクセルを踏む日野に、警視庁に向かわなくてはと諭せば日野は首を横に振る。 まずは着替えないと、そう言って笑う日野は全身濡れたスーツを指先で持ち上げ眉を下げた。 確かに、こんな大事な局面で風邪を引いては元も子もない。 呟いた矢先にくしゃみをした日野を真宮が笑い、むず痒さに抗えず真宮も小さくくしゃみをする。 少しづつ温かさを取り戻していく車内で、顔を見合わせた真宮と日野は同時に口元を緩めた。

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