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2 ハチミツとケーキ

「……ってな感じで、朝から一悶着よ」 「ほーん。てかお前、いつも飯ソレね。飽きないの?」 「飽きない。定食が一番栄養バランスがいいんだ」 「エーヨー?」  城の食堂は兵士たちでごった返していた。  俺はいつものA定食を口にかき入れる。ほかほかの白飯がおかわり自由。育ち盛りの人間に優しい職場である。  隣でホットケーキとラーメンというパンチのあるセットを食べているのはラグナ。  例に漏れずイケメンだが、俺に話しかけてくる希少なイケメンでもある。 「お前だって、またホットケーキだろ……んなもんばっかり食べて。太るぞ」 「あ? 太ったら最悪パーツ替えりゃいいじゃん」  ……これだからこの世界の健康概念は終わってるんだよなあ。  病になったらメイキング、負傷したらメイキング。死因ランキングは老衰がぶっちぎりの第1位だ。  ただ、そのぶん人間が長生きするので、仕事の枠を確保するのは大変だ。一度社会からこぼれ落ちると復帰が難しく、ぶっちゃけ治安が悪い。  死因ランキング第2位は飢えである。いいんだか悪いんだか。 「まー、アイクのご両親の言うことはもっともでしょ。俺だって、そのナリで自分の子どもが生きてくって言ったら全力で止めるわ」 「そいつとお前は今しゃべってるわけだが?」 「アイクはいいんだよ……友達だし。その生き方ができるのはむしろカッコイイまである」  褒められたような、けなされたような……6対4でけなされたか?  ラグナはホットケーキに大量にハチミツを掛けた。バターも合わさって、元の生地の色が見えなくなっている。 「それに、王子がナチュラル嗜好だからこの職場に入れたんだろ? そこはよかったじゃん」 「まあな……」  最初から美しいものはメイキングのそれに勝る、というのがこの世の常識だ。  なすがままに美貌を操れる反動なのか、「天然物」への思い入れは強いらしい。  その総大将が、この国の第二王子オルフェウスさまである。  彼はお生まれになった瞬間から周りのものをハッとさせる美貌があったとか何とか。  オルフェウス王子がなるべくメイキングに頼らない人間を好んで雇用する、というのは有名な話だ。 「そういうラグナだって、ここにいるってことはナチュラルを維持してるんだろ?」 「まあ、俺はなるべく素材の味を生かす派だからね。必要がなけりゃ使いたくないかなー」 「ふーん、珍し」 「アイクさんには敵いませんよ。パーツ1個もいじってないってのは相当だろ。お前か王子くらいじゃね」 「うるせ。んむ、さっさと食へ」 「口に入れたまま喋んな」 「……んぐ。見てるだけで胸焼けすんだよ、そのホットケーキ」 「おん? なんだ、やるか? 食わせるぞ」  ハチミツをたっぷり絡めたホットケーキを一欠片、フォークに差して俺の方に近づけてくる。  「やだーヤメテー」と棒読みしつつ、悪ノリしてフォークに食らいついてみた。  途端に口に広がる濃厚なハチミツの味。うっすらとバターの味もあるような……ないような。生地の味はゼロ。おい、これほぼハチミツだろ。 「……掛けすぎ。直にハチミツを飲まされてる気分よ……ラグナ?」 「えっ!? あ、おお、そうね」  なぜか固まっていたラグナは、引っ込めたフォークを熱っぽい目で見ている。 「なんだ? 本当に食われるとは思わなかったか」 「いや、そん、え……ええ……お前、分かってる? 俺、残りをコレで食べるんだけど」  コレ、で天に向けたフォークをくるくると回す。  ……もしかして、この世界だとタブーだったとか? いまだに価値観のズレで失敗をやらかすことがあるので怖い。 「替えのフォークをもらってくるか?」 「いや、い……いいけど! 俺は別に、お前が良いなら……」  カシャン!  金属音が鳴る。フォークが床に落ちていた。握っていたラグナの手を、誰かが掴んでいる。 「良いわけないよね」 「……王子!?」  ラグナの背後に立っているのは、まさに先ほど話題に上っていたオルフェウス王子その人だった。  高貴な人物の登場に、食堂がざわついている。兵士たちは一斉に片膝をつき、頭を垂れた。  王子が手を解放すると、ラグナもすかさずそれに倣う。顔は青ざめ、震えていた。 「皆どうかそのままで。お昼時に私が勝手に来ただけだから」  いやいや、そうもいかないだろう。会社で言えば、社長どころか筆頭株主だぞ。  見目麗しき王子様は、ラグナの隣で跪いていた俺に向かってニコリと微笑んだ。 「やあアイク」 「王子、このような所に足を運ばれるなんて恐れ多いことで、大変、その、えー……恐れ入りますのでェ……」 「だってこうでもしないとキミ、私のところに来ないだろう?」  そりゃ、一介のサラリーマンには筆頭株主と絡む用事はないわけで。  王子はいつもの穏やかなご尊顔ながら、ひどく冷たい視線をラグナに注いでいる。  俺はラグナを庇うように進み出た。 「あ、アイク……やめとけって」 「……ラグナが何かしたのでしたらすみません。俺は彼の先輩ですので、代わりにできる仕事があればお申し付けください」  ラグナの、俺をたしなめるような声を遮る。  なんだよ、一応一個上だから間違いじゃないだろ。  見れば、ラグナの顔面はますます血の気をなくしていた。心配なのだろう。  任せろ、これでも社会人歴は長い。前世でもこうやって、よく部下のミスを引き受けたりした。  この世界は、残念ながら人が簡単にクビを宣告される。人材が余っているからだ。  俺としても、貴重な友人を失いたくはない。  王子は何かを考えるような素振りを見せた後、天使のような笑みを見せた。 「そうかい? ではアイクは私と一緒においで。ラグナ君、だっけ。アイクの午後の仕事は止められるね?」 「で、ですが……」 「ラグナ君」  王子はラグナにしか聞き取れないほど小さな声でささやいた。  ラグナは何かを堪えるような表情でこちらを見たが、やがて小さく「はい」と声を絞り出した。  大丈夫だぞ、ラグナ。心配するようなことは起きない。  安心させてやりたいが、王子の手前、何かを言える状態ではなかった。 「さあ、行こうか」  王子に連れられて長い廊下を渡る。  左右には色とりどりの花が咲いていた。庭師が黄金の比率で整えているそうで、そういうのに疎い俺でも毎度飽きずに見惚れてしまう。  王子に着いて広い庭園を歩いていくと、やがて見慣れたガゼボが現れた。  白い椅子にどっかりとヤンキーみたいな座り方をする。  ……俺じゃない。品行方正なオルフェウス王子の方だ。 「はあ、まったく嫌になるよ。この国の無能どもときたら」  俺は笑顔で頷く。俺は赤べこ。  何も話さなければそれでよし。早めに帰れるパターンだ。 「アイクもそう思うだろう?」  ……で、これは長引くパターン。 「そぉですねぇ〜……」 「ほら、座るといい」 「ども〜……」  王子の勧めを断れるはずもなく、俺の尻は煌びやかなガーデンチェアの上へ。  普段は王族のお尻を受け止めているであろうガーデンチェアくんが、筋肉の重みでキシッと鳴っている。申し訳ない。  なんたって、ここは王族専用のお庭なのだ。  そうとは知らず、近道だと思って通り抜けようとした俺が、王子に見つかってしまったのが少し前のこと。  絶賛やさぐれモードの王子が、他国からのスパイをとっ捕まえていたぶっている最中だった。 「王も兄も、何でもかんでも私を頼って。今日の献立まで私の言葉がなければ決まらない。ここまで腑抜けになってはね……はあ。早いとこ国が滅びないかな」 「滅多なことを……ま、まあ、大変ですね……?」 「私だって、たまには息抜きをしたいんだよ。こうやってアイクが話し相手になってくれるから、かろうじて耐えているようなものだ」 「……他にも話せる方はいるのでは」 「本気で言ってるのかい?」  王子は鼻で笑った。 「この私に、何のためらいも気後れもなく、まともに話せる人間が他にいるとでも?」 「……」  言葉だけを聞けばとんでもない自信家に見えるが、ことオルフェウス王子に限ってはこれが誇張のない事実である。  それだけすごいのだ。この世界でのナチュラル美形というやつは。  王子に対する周りの反応を見ているとそれが分かる。羨望、敬愛、崇拝、畏怖。何かしらの欲望や先入観の対象になっていて、しかもかなり強固ときた。 「私からすれば、アイクほど変な人もいないよ。スパイを睨むでもなく、私を讃えるでもなく……ふ、フフ、『キンタマ蹴れ!』でしょ? まだ面白いや」 「もう忘れてください……」  最初に庭園で出会った時、俺は王子がスパイに襲われていると思ったのだ。とっさに一番効きそうな攻撃を叫んだつもりだった。  まさかこの人が国内指折りの実力者だなんて、その時の俺が知っているもんか。  あの事件以来、世間に疎いのを反省した俺はしっかりと両親やラグナから世間の噂話を聞くようになった。  ……仕方ないだろう。この世界にニュース速報はないし、学生時代は誰も俺と友達になってくれるようなやつはいなかったんだ!  ひとしきり笑って満足したのか、王子はため息をついた。 「ねぇアイク。君から、この世界はどう見えている?」 「ん……ん? もうちょっと噛み砕いて質問してくださると助かるんですが」 「この世界の歪みに、気づいているんだろう? 君の全てを見た目だけで判別してくるやつらに、何か思うところがあるんじゃないか。例えば、復讐してやりたい、とかさ」 「は!? ……いや、さすがにそれは」  ないない。首を横に張ると、王子は俺の真意を探るようにじっと見てくる。 「こんな目に遭っても?」 「あっ」  王子がパチンと指を鳴らすと、俺の服がするりとめくれ上がった。  腹にできた不自然な内出血が、日光にさらされる。 「……これは、トレーニングでできたもので」 「ふぅん。君はリンチをトレーニングと呼ぶんだね」 「リンチじゃ、」  ない、とも言い切れないので、顔を横にそらす。  ……いつ気づいたんだ、この人。親にもバレてないのに。  訓練のたび、俺は先輩から熱烈な指導を受けている。  明らかに実力に合わない相手から、しかも無理やり多数戦を組まされる。  もちろん俺が1Pプレーヤー。ろくな指導もなく、毎回サンドバッグにされている。  でも、筋肉を育てたおかげでちょっとは打たれ強くはなったし、前世で習った空手もちょっとは役に立っている。ちょっとはね。黒帯行ってないけども。  前世の職場で横行していたネチネチ精神パワハラよりは分かりやすくて、俺はこっちの方がマシだ。 「君が弱いとは思ってないけど、もう少し自分を大事にして」 「今のままで十分ですよ。王子のおかげで幸いにも食いっぱぐれませんし、少しですが俺にも友がいます」 「友……ねえ」  王子の目がスッと細くなる。  ……もう服を直してもいいだろうか? そっと裾を下ろすが、特に咎められはしなかった。 「ラグナ君とは、ずいぶん仲が良さそうだったね?」 「ああ……いいやつなんですよ。なんか、俺にも気さくに話しかけてくるし……」  食堂で王子に睨まれ、かわいそうなほど震えていたラグナの肩を思い出す。 「あの、アイツが何かやったんですか?」 「何かっていうか……ああ成程、分かってなかったのか」  王子が指先をくるりと宙に描くと、机の上におしゃれなティーセットとケーキが現れる。  ……やはり魔法は何度見ても慣れないな。  王子がケーキをすくって一口食べる。  そのフォークは、次の一口をすくって俺の口元へ。  え、何。食べろってこと? いや、なんで!?  脂汗をかいて固まっていると、フォークに乗せたケーキで閉じた口をつついてくる。  ぺとり、と生クリームが唇につく感触。お行儀よく切られたケーキが、唇の圧で少し曲がった。  そろり……と口を開くと、俺が齧りつく前にフォークごとねじ込まれた。甘い。 「んむっ」 「……ほら、食べな」  咥内に居座るフォークはわずかに上下するだけで引き抜かれるようすはない。  観念して、上の歯と唇の裏側でフォークをしゃぶるようにして引っこ抜く。唇のあわいから、フォークに向かって一瞬糸を引いたのが見えた。  王子と目が合う。その目が獲物を狩る鷹のように鋭かったので、びくりと肩が震えた。 「覚えておくといい。こういうのは友達の距離感じゃない」 「え? あ、は……はぁ」  だとしたら、そのフォークで平然とケーキの続きを食べるアンタは何なんだ。  ……とは口に出せず、午後は王子のティータイムにたっぷりと付き合うはめになった。

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