6 / 25

6 くらくら事後報告

「誠に、申し訳ございませんでした……」  俺は今、ジャパニーズ土下座スタイルでオルフェウスに向き合っている。  恐れ多くもここは彼の自室である。  人目につかないシャワーがここにしかなかったためだ。  ……一応魔法で綺麗にはしてくださったんだけど、何となくさっぱりしたいじゃないか。  気持ちの整理を付けたかったのもある。だが、詰所の共同シャワー場を借りると言った途端、半ば引っ張られる形で連れてこられた。  一通りの雑事を終えて、今に至る。   うう、まさか童貞を失う前に処女を捧げる羽目になるとは……しかも、ほぼ事故みたいな形で。  だが、それは百歩譲ってまだいい。いや、よくはないが、そんな俺個人の事情が吹き飛ぶくらいの大問題があった。 「この度は、発情した俺の人命救助にあたってくださったということで」 「うん」 「な、なかったことに……」 「ならないね」  彼の顔が見られない。だが、やけに声は弾んで聞こえた。 「お互い、責任を取ろうじゃないか。初体験のね」 「うわーーー!」  聞かされた時の衝撃たるや。  王族のしきたりに明るくなかった俺は知らなかった。  彼らが関係できる相手は常に一人だけ。すなわち未来の伴侶なのだと。 「あ、でもでも! 俺、男だし、お世継ぎが必要になったら側室とか!?」 「ソクシツ……って何?」  ですよねー! この世界、一夫一妻制ですもんねー! 「世継ぎは兄の子でしょう? 私には関係ないよ」  ですよねー! 皇太子夫妻のとこ、先日5人目を授かったとか何とか発表されてましたもんねー!  くそっ、反論材料がない!  勢いよく体を起こし、オルフェウスの顔をにらむ……が、まっすぐ見つめ返されて俺は目をそらした。  なんで初めてヤッちゃった相手のことをそんなまっすぐな目で見つめられるの!? アンタ、それでもさっきまで童貞だった男か! 「っていうか、童貞のくせに何であんな、う、うま……手慣れてるんです!? おかしいでしょう!」  正直、前世お世話になっていたAVの比じゃない。女の子たち、あんなによがり狂ってなかったじゃん!  オルフェウスは、からかうように笑った。 「気持ちよかったんだ? 素質があったのかもね」 「あってたまりますかっ!」 「なら相性がいいんだ、きっと」  しゃがみこんだオルフェウスは、床に突いた俺の人差し指と中指の間をするりとなでる。  や、や、やらしい手つきすんな! 「それに、君にとっても都合がいいでしょう?」 「へ?」 「その淫紋のことだよ」  長い指先は俺の腹に向けられる。  ……そういえば、シャワーを浴びたときに紋の色が変わっていた。最初は毒々しいピンク色だったのが、今は鮮やかな赤色だ。 「聞こえてなかっただろうから、もう一回言おうか。それは、専属の奴隷を仕立てるときに使う模様なんだ。『ご主人様』専用の、ね」 「……それって」 「見たところ、効力は7日ぐらいだった。つまりこの7日間、君は私に犯されないと発情で気が狂うってこと」   めまいがした。  さらりと言ってのけるオルフェウスに何と返せばいいのか分からない。  口をパクパクと開いては閉じ、開いては閉じ。結局、苦悩を100%濃縮還元したようなうめき声がのどから絞り出された。  俺の反応にオルフェウスは少し笑ったが、真剣な表情に切り替わる。 「……アイクを見つけたのが、私でよかった」 「王子……?」 「名前」 「あ、ハイ。オルフェウスさま、うおっ」  座り込んだまま引き寄せられ、オルフェウスに寄りかかる形になる。  急激なスキンシップは先ほどの出来事を思い起こさせ、心臓が跳ねた。  ……耳元でささやく声のトーンが、急激に下がるまでは。 「この呪いを君に盛ったやつのこと、分かる?」 「え……いや、誰かは分かりませんが……」 「そう……緊張しないで。君には怒ってない。でも、もし私が通りかからなかったら、と考えたら……」  オルフェウスの腕の力が強くなった。  俺よりも大きく恵まれた体躯が、まるでしがみつくように俺を抱きしめている。  ……そうか、俺、あのままだったら力づくで誰かの慰み者にされてたってことだよな。  美醜の感覚が入れ替わったと分かっていても、どこか他人事のように考えていた。  水飲み場で囲まれたときの、先輩たちのやに下がった顔を思い出す。あの目は……。 「あ、あれ。おかしいな」 「……アイク?」 「すみません。なんか、体が震えて……」  いかん。声まで震えている。  極寒の地に置かれたみたいに、小刻みな振動が止まらなくなった。  オルフェウスは拘束を緩め、伸ばした腕で俺の背中をさする。   「アイク、大丈夫。君は私が守るよ。責任を取るって言っただろう?」 「……お互いに?」 「そう、お互いに」 「ははっ……」  不思議だ。彼の言うことは何となく間違いない気がする。  俺の震えが落ち着くまで、オルフェウスは背中をなで続けてくれたのだった。 * * *  結局、昨日はあのまま帰るよう促され、早引けして家に戻った。  そして今日、出勤した俺は思うわけだ。  ああ、今日は仮病でも使って休むべきだったなあ、と……。 「あ、おはようございます! アイク様」 「……おはようございます」 「今日も訓練ですか? どうぞお身体に気をつけて」 「どうもォ……?」  受付の方の不自然な笑顔に、こちらも唇を引きつらせながら会釈する。  似たようなやりとりは門番とも行われた。  ねえ、昨日の今日で君らの情緒はどうなってんの? おじさん、そろそろ怖くなってきたよ。 「アイク!!」 「おはようラグ……」 「なあ、嘘だよな!?」  ラグナはこちらに駆け寄ると、前のめりになって質問してきた。顔面は蒼白だ。 「何が?」 「お前が、第二王子の、は……配偶者に選ばれたって……」 「は!?」 「お前が早退した後、夕方に訓示が出たんだ。何かの間違い、だよな?」  ふーっと気が遠くなりかけたのを、両足を踏ん張って堪える。 「えーと、うん。いろいろ思うところがあるんだけど……とりあえず、今あの人どこにいるか分かる?」 「え、多分仕事してんじゃね……? 分からんけど」 「直談判してくる」 「えっ!」  行き先は決まった。執務室だ。  息巻いて一歩踏み出した俺の肩を、ラグナにつかまれる。右足が空を切り、ゾワっと悪寒が走った。 「待てって! 話が済んでない。ねえ、俺には本当の話をしてくれよ。秘密は絶対守るから」 「本当の……?」  脳内で、昨日のくんずほぐれつ劇場が再演された。  カッと頬が熱くなる。本当のことなんて言えるか!   「だって、あんな突然。しかもあの第二王子だぞ? お前、絶対なんか弱みを握られたんだろ」  握られましたね。弱みという名の急所を、物理的な意味で。  ……じゃなくて。 「……ん? なんであの人に脅されてるってことになんだよ」  オルフェウスと関係を持ちたいやつなんて掃いて捨てるほどいるはずだ。  ラグナは気まずそうに「そりゃ……」と声をひそめた。 「王子は……とにかくやめとけ」 「ハァ……?」 「み、見た目がアレだろ!? それに、性格も……自分が醜いからここの兵士の選抜にもナチュラルを強要してるって話だし、噂じゃ王様と第一王子を廃人にして政権の乗っ取りを狙ってるとか」 「いやいやいや!」  推測に尾ヒレがつきまくってるな!?  ヒレだけで刺身ができそうな肉厚っぷり。だが、ラグナの顔は冗談を言っている顔ではない。 「え、ラグナもそれ信じてんの……?」  無言。何よりの肯定である。  美醜が反転したことによって、どうやらこの世界のオルフェウスのイメージは大暴落しているらしい。 「なあ、だから。俺、お前の力になるから! 一緒に逃げよう」  ラグナに両手を握り込まれ、またも背筋にゾワゾワと悪寒が走る。 「いや、ちょ」 「後のことはどうとでもなる。そうだ、旅に出よう! 冒険者になったって、俺とお前なら……」 「それは困るね」  背後から腕が伸びてきたかと思うと、抱え込まれて後ろに引っ張られる。  ラグナの手が離れ、よろめいた俺の頭上から、昨日散々聞いた美声が降ってきた。 「オルフェウスさま」 「おはよう、アイク」  そのまま俺のつむじに唇を近づけ、キスを……。 「うぉわっ!?」  勢いよく頭を横に曲げて逃がすと、不満そうな顔をする。 「なんで避けたの」 「避けますよ! 何考えてるんですか」  昨日の今日で、態度が変わりすぎじゃないか?  頭をそらしたことでむき出しになった首筋にオルフェウスの頭が乗っかり、彼の表情は見えなくなった。 「第二王子、アイクを離してください」  ラグナが、青ざめながらもこちらに鋭い目を向けている。  正確には、俺の横の頭に。首元から「ふ」と鼻で笑う音がした。 「何の権利があって口を出す。お前も昨日の光景は見たはずだが。同じ目に遭いたいか」 「……っ」 「これ以上、私のパートナーに触れてくれるな」  ラグナは唇を噛みしめている。  ……何の話だ? 「あのぅ、話が見えないんですけど……」  少しじたばたすると、オルフェウスはすんなりと体を離した。 「何が知りたい?」 「全部ですよ! 一から十まで説明願います」 「仕方ないなあ。じゃあ場所を移動しよう……ラグナ君、今日もアイクは午後からの業務になるからそのように」  え、そんなに時間かかる予定!?  体を反転させられ、オルフェウスに半分引きずられながらその場を後にする。  慌てて振り返ると、ラグナが悲しみとも怒りともつかない顔でこちらを見ていた。  あ、と、で、な!  口をぱくぱくと動かすが、果たして伝わっただろうか。  扉が閉まるまで、ラグナの視線は逸らされることはなかった。

ともだちにシェアしよう!