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7 因果応報

「ん……っ、は……んっ!」  合わさる唇の隙間から、つるりと唾液が溢れる。  抗議したくて首を振ろうとするが、両手で頬を固定されてしまった。  部屋についた途端、ご覧の有り様。  チュッチュはむはむと唇を引っ張られ、入り込んできた舌に好き勝手されている。  またぐらに片脚を差し込まれて身動きも取れない。そのまま膝を上下されると、昨日のこともあって反応しそうになる。  昨日まで童貞だったくせに……!  慌ててオルフェウスの胸をたたくと、ようやく解放された。 「ちょ、もっ、これどういう状況なんですかっ」 「……快楽によわよわなアイクが気持ちよくなっちゃってる?」 「違う! こ、コレの話じゃなくて!」  まじまじと下を見るな!  太ももをつねり、何とか意識をそらす。1+1=2、2+2=4、4+4=8……。  少ししてようやく反応が落ち着いた。  その間、オルフェウスは面白そうに俺を観察していた。この野郎。  どうもオルフェウスにソウイウコトをされると、腹の下のほうがうずうずして体が熱くなる。考えたくはないが、淫紋が「主人」と認識しているらしい。  ……別に俺がよわよわな訳じゃないからな! 「もっと真面目な話です! 昨日、何があったんです? というか、何をなさったんです? 配偶者って……」  聞くのが怖い。でも聞かないのも怖い……。 「……アイツに聞いたんだ? ふーん」  オルフェウスは整った眉を意地悪そうに曲げて笑った。 「なに、公表しただけだよ。君が私のパートナーだってね」 「どうしてそう思い切りがいいんですか……」 「それと、君にその淫紋を付けたやつらはもういないから安心していい」  ……たった半日で犯人を見つけ出したというのか。恐るべき手腕。  勧められて、恐る恐る椅子に座る。オルフェウスは入ってきた扉の鍵を閉めた。 「まさか、ラグナに言ってた『昨日の光景』って……?」 「ああ。そいつら全員、城の前で解雇にしたんだ。もちろん彼らが君にやったことは伏せたけど……まあまあ強く言ったから、今後彼らを庇い立てする者はいないだろう」 「あー……」  じゃ、先輩たち人生終わったなあ……。  この国は噂がすぐ広まる。大勢の前での王子直々の糾弾ともなれば、評判はガタ落ち。人材パンク状態のこの国で、誰も彼らを雇わない。  死因第2位。つまり、そういうことだ。 「それと、君の処遇だね。本来なら、王族の配偶者として手厚く保護したいとこなんだけど、ん……まあ隠しても仕方ないか」  オルフェウスは、にこりと笑った。  つられて俺もにっこり。 「近々、私は王位継承権を剥奪されると思う」 「……へ?」  にっこり終了。 「辺境に飛ぶか、地方の小さな土地を収めるか……ま、その辺りが妥当だろうね」  ……何でこの人、国家規模の左遷を「今日は暑いですね〜」の感覚で語ってくるの?  自分のことなのにいいのか、それで。 「何でそんな事態に?」 「王と兄さんは自分の命が私に狙われてると思っているのさ。困ったものだよ」  そういや、ラグナが言ってたな。国家転覆がどうのこうの……国王が信じちゃうレベルで浸透している話だったのか。  国がとんでもないことになろうとしている。早いとこ、女神に連絡を取ってボタンの効力を消してもらわなければ。 「今動くと手続きが面倒なことになる。だから、私たちが飛ばされるまでは、このまま城で働いてもらっていいかな」 「私『たち』?」  オルフェウスは、自分の胸と俺を交互に指差した。 「パートナーでしょう? 荷物の整理は早めにね」  何ということでしょう。王子の左遷は、俺の左遷でした。  青天の霹靂って、こういうことを言うんだろうなあ……。  窓の外を見る。空は不自然なほどに青々としていた。 「……はぁ〜、そうですか。いつ頃でしょう?」 「今日明日ってことはないけど……潔いね? もう少し驚いたり怒ったりするものだと思ってた」 「え、そうですか?」 「だってアイクは都市住まいだろう? 突然親と離れることになるよ」 「親とはいつか離れますよ。永遠に会えないわけじゃないですし」 「友達はいいの? さっきのラグナ君とか」 「よくはないですけどォ……でも、それもどうしようもないでしょう。アイツだって、そのうち別の友人を見つけますって」  オルフェウスは訝しげな表情を浮かべた。  ……もしや、10代の若者らしくなかったか?  なんたって中身はおじさんだからな。前世、突然の転勤パンチを喰らったのは一度や二度じゃない。  それに。  死だって、自分が思い描いていたように来るわけじゃなかった。 「自分じゃどーにもならんもんですよ、人生って」  脳裏によぎるのは、チューブを繋がれた細い腕。マスクがなくては呼吸すらままならず、体のどこも自由に動かせない世界。  誰とも会わず、ただひたすらに白く、静かで、朽ちるのを待つだけの。 「だから、オルフェウスさまも気を落とさずに。元気で生きてたら、なんか良いことありますよ」 「君は……」  オルフェウスは、何か物言いたげな顔でこちらを見た。 「……いや、何でもない。安心していいよ。どうせすぐに呼び戻される。私がいなくなれば国はすぐに立ち行かなくなるだろうから……王も兄も、愚かなものだよ」  オルフェウスの心底侮蔑するような表情は、家族に向けるものではなかった。  ……家族仲は、あまりよくないのかもしれないな。 「さて、疑問は解決した?」 「はぁ、まあ」 「じゃあ残すところはこっちだね」 「んっ!?」  伸びてきた手が遠慮なく大事なところをつかんできて、全身が震えた。  腰を引いて逃げようとするが、椅子に座らされている俺に逃げ場はない。見事V字回復した俺のものが、ズボンを押し上げてしまっていた。 「あ、ちょ、せっかく鎮めたのにっ!」 「鎮めちゃダメだよ。7日間は毎日やらないとなんだから。ここに」  服の上から腹をひとなで。 「……でしょう?」 「ううう、うう……くそっ! 手短にお願いします」 「そういうことを言われると、はりきりたくなるよね」  オルフェウスは上着を脱いで、俺の動きを封じるように覆い被さってきた。  ……うすうす思っていたことだけども。 「今日はたっぷり優しく抱いてあげる」  アンタ、ちょっと性格悪いな!? * * *  ……解放されたのは、昼前だった。  切ない音で空腹を訴える腹を抱えながら、階段を降りる。  あの野郎、最初からそのつもりで午前休を取らせたな……。  1階の広場に着くと、ラグナの姿はもうなかった。  だよなあ。さすがに仕事行ったよなあ。俺も本来だったら剣を振っていたはずなのになあ……。  オルフェウス第二王子様は現場のことなーんも分かってない! こんなぺーぺーが、毎日のように重役出勤してみろ。どんな目で見られるか!  キュルルル……。    「……とりあえず、飯行くか」  他の兵士たちと顔を合わせる前にさっさと食べ切って、昼休み返上して書類作業でもしよ……。  若干ワーカーホリックじみた罪悪感に背中を押されて、食堂に向かおうとしたときだった。  通路に出ると、何やら外が騒がしい。城門のほうだ。  通路の反対側から走ってきた兵士が、俺を見てビクッとした後、思い直したように一度首を振ってこちらに向かってきた。  彼は俺らの隊を束ねる下士官だ。敬礼すると、軽く頷く。 「アイク、今動けるか?」 「はいっ」 「門の前に民衆が集まって騒いでいる。城の兵士たちで対応しているんだが人手が足りない。俺は第二王子に報告に行くから、お前は現場の応援に行け」 「はっ!」  状況だけ伝えると、彼は俺が来た方向へと走っていく。  なぜオルフェウスに報告を……いや、そういや大体の決め事は自分に回ってくるとぼやいていたな。  王に委ねるべき判断まで全て流れてきているのだとしたら、オルフェウスがいなくなったら本当にこの国は相当ヤバいんじゃないか。    いつの間にか、空に暗く重い雲が立ち込めている。  俺は急いで、城門へと向かった。 「お願いします! お願いします!!」 「下がれ!」 「どうか聞いてください! 王子にお取り継ぎください」  到着した先では、兵士がバリケード状に固まって広い城門を必死に塞いでいた。  向こう側から、領民と思しき腕が数本飛び出している。  その中にラグナの姿を見つけて駆け寄った。 「状況は?」 「アイク! 暴動だ。向こうは武器はねーけど数が多い! あいつらここを強引に突破しようとしてる」  アイクの横の小さな隙間から腕が伸びてきたのが見えた。俺はアイクの隣に立って腕を押し返す。 「なんで暴動が……」 「こいつら、ヴィケーノ村のやつらだ」  ヴィケーノ村。城下町の外れにある小さな村だ。  特徴はただ一つ。ナチュラルの美形だけで構成されている。  見れば、オルフェウスほどではないにしろ、確かにみな一様に美しい容姿をしていた。  彼らの需要は高い。オルフェウスのように公言はしていなくても、ナチュラルの美形を求める人は意外と多いからだ。特に、金持ちに。  なぜ彼らが……? 疑問を巡らせていると、目の前にいたヴィケーノ村の住人が俺の腕をつかんだ。 「うおっ!?」  そのまま城門の外へと引っ張り出される。  俺の前には、どこか哀愁を感じさせる美人が立っていた。中性的ながら、丸みを帯びた体格から女性であることがうかがえる。  女性は、優美な仕草とは裏腹に、ほつれのあるくたびれた服をまとっていた。 「美しい兵士様、どうか私の話を聞いてください」  美しい? ……あ、そうか。今、俺美しいんだった! 「や、あの」 「どうか……第二王子に、私たちを雇っていただけるようお話をさせてくださいませんか?」 「え?」 「分かっております、こんな突然、無茶だということは……でも、私たちはもう行く宛がありません!」  ぽつり、と雨粒が落ちてくる。パラパラと落ちてきていたものが、またたく間に小雨へと変化した。 「今まで私たちの村をごひいきにしてくださっていた方々から、次々と支援を打ち切られているのです。この醜い容貌では、他に働き口もありません……第二王子はナチュラルの人間を容認されているのでしょう? どうか、どうか私たちに支援を頂きたいのです!」  彼女が涙を流す姿は、まるで舞台俳優のように見える。  だが、周りはそうは思わないらしい。兵士たちは、汚いものでも見たような目で女性を見下ろしていた。 「ご支援くださるのならば、何でもいたします。美しい方、どうか……」  そう言って、女性は俺の手を取り、自身の服の内側へと招いた。  吸いつくような肉の弾力。中に何も着ていないのだ。 「やめろ!」  前に出てきたラグナが、女性から俺を引き剥がす。  剣の柄に手を掛けようとするので、ギョッとした。 「ラグナ、待てっ」  手を振りほどかれた女性は大して堪えていないようだった。 「顔が気になるようでしたら、隠して頂いて構いません。私たちはそれなりに技術を磨いておりますので、貴方様にもご満足いただけるかと……」  ああ……なんてこった。  彼女のゆらゆらと揺れる瞳を見ながら、俺はあのボタンを押したことを猛烈に後悔した。  別に「自分を大切にしろ」とか、そんな口上を垂れるつもりはない。恐らく、彼女たちの村は「そういう意図」で作られたものなのだろう。自身を商品として見せることに何の抵抗もないのだ。  そして事実、あの村は俺でも名前を知っているくらい、繫栄していた。  贅沢な暮らしまではできないが、生きることには何の苦もないはずだった……あのボタンが押されさえしなければ。  腹の奥から滲み出てくるのは、これは、居心地の悪さだ。  そのとき、城門の中心でどよめきが起こった。 「王子! どうかご慈悲を!」 「オルフェウスさま!?」  兵士たちを分け入って姿を現したのは、オルフェウス第二王子その人だ。兵士の報告を聞いて駆けつけたのだろう。  向こうも俺に気づいたようで、こっちを見て驚いた顔をしている。 「第二王子さま! お待ちしておりました」  先ほどの女性は、今度はオルフェウスに向かって手を伸ばす。  だが、もちろん俺のときのようにはいかない。あっという間に兵士に捕らえられ、地面に膝を突かされる。  裾を泥で汚しながら、彼女はオルフェウスに嘆願した。 「お願いします! 何でもします。どうか私たちを雇ってください」  オルフェウスのほうを振り返って、俺は背筋がゾッとした。  兵士たちのような侮蔑的な気配はない。それどころか、同情の色すらうかがえる。  恐ろしいのは、オルフェウスの目が、ただ景色を眺めるような眼差しであったことだ。  いけすの魚を見るような、そんな目。 「何でもするといったか」 「は、はい!」 「だが、お前の手は農具や剣を持てまい。うちに必要なのは、そういう人材だよ」 「で、ですが……! 体を鍛えてくだされば何とか」 「鍛える?」  オルフェウスは鼻で笑った。 「適材適所というものがある。そして、お前たちの適所はつい先日潰えた。その細腕にできることは、ここにはない」 「そんな!」  彼女の叫びに呼応するように、村人たちが抗議の熱を上げる。 「ここを追われたら、僕らはどうすりゃいいんだ!」 「元はと言えば、王室が始めた取引でしょう! いきなり切られて、それでは私たちに路頭に迷えと言うようなものではないですかっ」 「……その通りだ」  オルフェウスの、張りのある声が、まっすぐに伸びた。 「ここにお前たちの居場所はない」  一瞬、不自然な静かさが訪れる。  かと思ったら、次の瞬間には鼓膜を突き破るような怒号が門前に湧き上がった。 「そんな横暴が許されるのか! 民を見捨てる国など、滅んでしまえっ」 「第二王子も私たち側の人間ではないですか! なぜ、あなただけのうのうと!」  彼らに武力はなかった。突破を試みた村人が次々と兵士たちに取り押さえられていき、門前は完全に鎮圧される。  それでも、彼らの声は兵士たちの守りを破らんばかりの勢いである。 「……今回は見逃そう。兵には少し離れた場所で解放させる」  前に出てきたオルフェウスに、非難の矛先が向けられる。 「頭がおかしいんじゃないのか? 私たちに出ていけというなら、あなたも出ていくべきだっ」 「そうだ、出ていけ! 私たちの村を返して」  返せ、出ていけ、返せ、出ていけ……。  手前の男性が、拘束が緩んだ一瞬の隙をついてオルフェウスに向かって何かを投げつける。 「ッ、アイク!?」  間近にいた俺は、ラグナの止める声を振り切って、とっさに男とオルフェウスの間に体を割り込ませた。  直後、ガツンと鋭い痛みが額に走る。 「……っ」  額の中心がズキズキと疼き、何かが垂れてくる感覚がある。こりゃ、ぱっくりいったかね……。  地面には、血のついた大きめの石が転がっていた。  こんなもんを、オルフェウスに向かって投げたのか、こいつ。  頭のてっぺんが、カーッと熱くなる。 「お前ら……なんでもかんでも人のせいにしてんなよ……」  オルフェウスが庭園で死ぬほど文句を言いながらも一人で国を回している姿を知らないくせに。 「見た目が何だ? そら、不平等は不平等だよ。でも、お前ら健康だろ……農具を持てる筋肉をつけろよ。オルフェウス様は、『今のお前ら』に働き口はないっつー話をしてんだ」  なんだか、妙に頭がスッキリしている。  額から伝ったものが口の中に入り、鉄の味が広がった。  地面に組み伏せられた男性の代わりに、さっきの女性が声を上げた。 「それは……貴方が恵まれているからそう言えるのです。美しい兵士様」 「いいや違うね。そうじゃなかったときも、オルフェウス様は俺を雇ってくれていたよ」 「何言って……」  彼女は訝しげだが、それが真実なのだ。  考えてみると、オルフェウスの感覚ってかなり特殊なんだよな。  美醜にこだわるこの国で、よくもまあ自分の信念を貫けたもんだ。  ぐわんぐわん、と頭の中が回っている。  オルフェウスのほうを見る。迷子のような、戸惑った顔をしていた。  何だよ、珍しい顔をして。  大丈夫、何かで見たけど額って血が出やすいんだ。  痛いけど、大丈夫だぞ。  ……あれ、俺、もしかして声が出てない?  突如、足元がぐらつく。  視界が、急に。  ……。 「アイク!!」  誰かが俺の名前を呼んだ気がした。

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