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9 おいでませ、女神の聖地!
三日後。俺は街の外れにある女神ゆかりの地を訪れていた。
「意外と距離があったな……」
地図上で見たときは近く感じたのに、入り曲がった坂道が多くて思ったよりも時間が掛かってしまった。
今日は非番である。貴重な休みを使ってなぜこんな場所に来ているか?
もちろん、女神とコンタクトを取るためだ。
あれから何度祈ってみても夢に出てきてくれなかった。
俺としては一刻も早くスイッチを押す前に戻してほしいのに。
このままでは、いろいろな不幸が連鎖して国がとんでもないことになる。
元々あった社会体制をまるっとひっくり返してしまっているのだから当然だ。人々が常識に慣れる前に、国が瓦解してしまう。
元の状況が正解なのか、と言われると答えにくいところだけど、少なくとも混乱は収まるはず。対策を考えるのはその後でいい。
……ちなみに、この三日ラグナとは会えていない。どうやら、向こうが突然数日の休暇を要請したらしい。
出勤した俺は拍子抜けした。気まずいから助かるっちゃ助かるが、後伸ばしにすればするほどこじれるよなあ……。
悶々としながらも道なりに進むと、大きな看板が見えてきた。
「何々……『おいでませ、女神の聖地! 念写スポットはこちら』……おお」
看板には、女神らしき女性がにこやかに出迎えているイラストが描かれていた。
隣にある謎のオブジェには、これ見よがしにベンチが置かれ、ここで念写していってね、と示している。
土産屋や小さな屋台が並び、通りがかる人たちに「いらっしゃいよー!」と声をかけていた。
うーん、これで修学旅行生がいたら完璧だな。
この国は一神教ではない。日本の感覚に近く、各々信じたい神を祀ったり崇めたりしている。
そのため、女神のようなおとぎ話の存在も、こうやって各地で商いの招き猫をやっていたりする。
ほら、よくあるじゃん。かぐや姫ゆかりの地……みたいな。
ここなら何か女神に関わるヒントが手に入るかもしれないと思って、さっそく足を運んだのだ。
「ちょっと、そこの男前なお兄さん!」
俺のほうに、ぐいっと差し出される串焼き。
屋台のおばちゃんが、快活に笑う。
「どうだい、1本? ちょうど今安くなってるから買いどきだよ」
「そうか? じゃあ1本頼む」
おばちゃんは人のよさそうな笑顔で「あいよ!」と言って、火を通したての串焼きを選んでくれる。
……まあ、腹が減っては何とやらと言うし。
自分の中で納得させつつ、小銭を取り出す。
「ありがとね! いやー最近は人の入りが悪くてねえ。ほら、出歩く人が減っちまっただろ?」
「ああ……」
確かに、観光地のわりに活気があるとは言い難い。今はなるべくなら顔を出さずに過ごしたいという人が大半だからな。
「店主さんは、いいの?」
「おばちゃん? わはは! おばちゃんにゃ、串焼きを上手に作る腕と、お客さんとしゃべる口がありゃ十分。顔なんて皆そんな変わりゃしないよ」
受け取った串焼きからは、香ばしいソースの匂いと焼けた肉の湯気が立ち上っている。
さっそく一口。がぶり、と肉の切れ目を歯で噛みちぎり、先端を口に放り込む。
「あふ、はふ……うまっ」
こういうところで食べると、おいしさが倍になるんだよな。
すぐに食べ終わってしまいそうになって我に返る。
当初の目的を忘れちゃいけない。
「店主さん、この辺りは女神様ゆかりの地と聞いたんだけど、女神について調べられそうな場所はないか?」
「ああ、お兄さん女神関係の観光かい? なら、少し先にある聖堂がおすすめだね! 女神からの予言が保存されているって言われてるよ」
女神の予言か……魔王に命を狙われる前の話だとしたら、あり得ない話ではない。
「女神関係以外でも客が来ているのか?」
「ここ数日は、魔女に会いにくる人が多いんだわ」
「魔女?」
「裏手の森に住んでいる老婆さまさ。腕は確からしいんだけど、中身がまー偏屈でねえ……」
「へえ。でも、なんで魔女に会いに?」
言いながら、思い当たったことがある。ひょっとして……。
「もちろん、顔を変えてほしいってお願いだよ。おや、串が空いたならもらおうか?」
「あ、ありがとう……顔を変えるって、魔法で?」
「そーそー。よっぽど切羽詰まった人が、メイキングを待たずに来ちゃうのよねえ。なんだい、おなかが空いてるのならもう1本いっちゃう?」
「あー……」
これは、もっと情報が欲しいなら買って行けということか。商魂たくましいな。
「じゃあ、もう1本」
「はいよぉ!」
……結局、俺の腹には串焼きが3本収まった。
が、それなりに情報は得られた。
森に住む件の魔女はかなりの使い手で、そんじょそこらの魔法使いとは格が違うそうだ。
ただし、自分が気に入った依頼しか受けないので、魔女に魔法を使ってもらえるのはほんの一握りだとか。
いくら金を積まれても、自分が面白いと思わなければ動かない。偏屈と言われるわけである。
このまま女神への連絡が取れなかったら、最終手段として魔女のもとを訪れるのもアリかな。
ひとまずは聖堂に向かってみるのがよさそうだと考え、教えてもらった通りに進んだ。
分かりやすく看板が設置されているおかげで、迷うこともない。
しばらく歩くと、石造りの堅牢な建物が見えてきた。
「こりゃまた……」
もっときらびやかでゴテゴテしたのを想像していたが、ぱっと見ではむしろ城に近いかもしれない。
必要な機能だけを圧縮して作った小さな城といった感じで、周囲を塀でぐるりと囲われている。
なんと入り口に門番までいるじゃないか。俺は明るく声をかけた。
「すみません、観光で来たんですが中にはどうやって?」
拝観料を取るタイプか?
どこかに看板でもあるかと思って見回してみたが、それらしきものはどこにもない。
「中には入れません」
「えっ!?」
外から眺めるタイプの観光地!!
困ったな……これじゃ女神につながるヒントなんて何も手に入らないぞ。
「なんで開放されてないんですか?」
「一応ここ、国の管轄なんですよ。貴重な資料が保管してあるとかで」
それはますます見たいな……。
どうにか入れないだろうか。国の管轄ねえ。
ンン、とわざとらしく咳をする。
「俺、実は第二王子の……配偶者でして」
「は?」
「いや正確には候補ですけども! オルフェウスさまには大変よくしていただいておりましてェ……」
……門番の目が、不審者を見るソレに変わった。くそっ。
証拠になるようなものはない。こうなるなら、オルフェウスの部屋から豪華なペンの1本でも拝借してくるんだった!
何か方法はないかと頭をひねっていると、後ろからポンと肩をたたかれる。
俺より先にその存在に気付いた門番の目が、ぐわっと見開かれた。
「だ、第二王子にご挨拶申し上げます!」
振り返ると、かの王子がキラキラを振りまきながら立っていた。なんでここに!?
「通してやってくれないか。身元は保証しよう。彼のことはよく知っている……『大変ヨクしている』からね?」
お前、聞いてたのかよ! それと変な言い回しやめろ!
わなわなと唇を震わせていると、門番はすんなり敷地内に招き入れてくれた。
建物の前まで案内すると、門番は持ち場へと戻っていく。彼が十分に離れたのを確認し、俺は小声でオルフェウスに詰め寄った。
「なんでここにいらっしゃるんですか! 仕事は?」
「リフレッシュして心身の健康を保つのも務めのうちだよ」
「……誰かに言ってきましたか?」
「私が少しいないだけで回らない国だと思う?」
思う。すごく。
「すごい顔してくる……冗談だよ。こっちは分身。魔法で魂を分けて動かしているんだ。まあ、分身を使っている間は本体もいろいろ制限されちゃうけど」
「……具体的には?」
「他の魔法が使えない。あとちょっと馬鹿になる」
じゃあダメじゃん!
要件だけ済ませて、速やかに帰らねば。バレて、国の貴重な人材をそそのかした犯人だと糾弾されちゃたまらない。
「アイクは、なんでこんなところへ? 女神の資料が置いてあるくらいで、他には何もないよ」
「うえっ? えーと」
しまった。言い訳を考えていなかった。
「ひょっとして……」
オルフェウスが俺の顔をのぞきこんでくる。脂汗がひとつ。
「君も女神信者なの?」
「……へ、……あ~そうそう、そうなんです。俺、昔から女神の話が大好きで」
へらっと笑うと、オルフェウスは神妙な顔で頷いた。
「じゃなきゃ、こんなところに入ろうとは思わないよね……前に、うちの父がよく語っていたと言ったの覚えてる? ここ、父に命じられて私が集めた女神の資料を保管しているんだよ」
着いておいで、と言われて大人しくオルフェウスの後ろを歩く。
……バレてないな! セーフ!
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