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12 美醜感覚反転とかいう事故

 気づけば、見覚えのある世界にいた。  雲の上のような、だけどやけに現実感のある家具や食べ物が鎮座する部屋。 「ここは……女神さまの部屋?」  あっ! もしかしてようやく女神とコンタクトを取るのに成功したのか!?  そういえば、もらってきた巫女の手鏡をポケットに入れたままだ。尻ポケットにふくらみを感じる。これが多少役に立ったということか。  女神の姿はない。机には大量の書類が散乱しており、床にまで広がっている。  せめて机の上に戻しておくか……?  小市民らしい気遣いを発揮して、床に落ちた書類を拾い、何気なく目を通した。 「……美醜感覚反転事故に関する始末書?」  緊急、と大きく赤文字で書かれた資料。  何やら胸騒ぎがする。軽く目を通して、俺は息をのんだ。  事故が起きた状況や内容は、概ね俺の知っている通り。  ただ、その原因だけが大きく異なる。 「あのボタン、女神さまが作ったものじゃないのか……!?」  そこには「何者かが故意に仕掛けた」と書かれている。  今まで俺はずっと女神がやらかしたんだと思っていたが、違う。俺の傍にわざとボタンを転がし、押させたのだと。 「いや、でもそんなこと誰が……」  世界の理を捻じ曲げるなんて、この世界の創造主である女神ぐらいしかできないのでは?  もしくは、いつも女神をせっついている上司が何か手を加えた……?  もしかしたら、彼女はその処理に駆り出されているのかもしれない。  ここでしばらく待っていたら会えるだろうか……と、椅子に座った瞬間、意識が強制的にこの世界から引き剥がされていく。  えっ! も、もう!?  女神に送られるときとは違い、乱暴に体を掴まれぶん投げられた感覚。  視界がぐるんぐるん回り、意識が急速に遠のいた。 「……っは!?」  手足がびくりと跳ねて目が覚めた。  勢いよく起き上がる。今のは……夢?  布団をめくろうとして気づく。やけに豪勢なベッドに寝かされていることに。  よく見れば、華美な飾りつけこそないものの、いたるところに置かれた調度品には見事な装飾が施されている。  ……それこそ、王宮でしか見ないようなものがあっちにもこっちにも。 「ここって……」  辺りを見回す。人の気配はなく、ホッとした。  窓の外は明るくなり始めている。  服は昨日のままだった。オルフェウスが浄化魔法を使ってくれたのか、身体はきれいに整っている。執務室に連れ込まれたときと全く変わらない。 「……」  扉を開けると、俺の予想通り昨日の執務室に繋がっていた。ここは小休止するためのオルフェウス専用の部屋だ。  昨日のソファが嫌でも目に入る。  俺を強引に引き込んで、二人がかりで押さえ込んだ腕の強さ。俺の淫紋を鎮めるためだけというには……。  ……男のモノでも、全然抵抗なくしゃぶれたな。 「……ぅあ~~~」   いや、まだだ。まだ決まってはいない!  だってほら、単に俺がヤられる快楽に目覚めちゃっただけかもしれないし?  ……それもどうなんだ? 前世と合算すりゃまあまあいい年齢になるが、今さら色狂いのオプションを付けるのもちょっと……。  これ以上考えると昨日の疼きが蘇ってきそうだ。  実際、なんだかボーっとして体に力が入らない。微熱でも出ているのかもしれない。  頭を一振りして脳内のお花畑にササっと別れを告げる。  それよりも今は夢で見たことを考えなければ。  そう。夢で見たときは気づかなかったが、今考えれば世界の理に干渉できる存在はもう一人いるのだ。 「……魔王」  話を聞く限り、魔王は女神と剣士が作ったこの世界をあの手この手で滅ぼそうとしている。いわばこの世界にとっての敵対勢力だ。  で、美醜感覚入替の効果は人々のパニックぶりを見れば一目瞭然。話の筋が通る。  世界の危機が訪れるたびに、女神の遣わした使者が災害を防いできたというが……。 「こんなの俺にどうやって対応しろっていうんだよ……」  女神の対応を待つ以外にできることがあるだろうか?  この世界で、強力な力を持つ人……。 「……あっ」  森の魔女は!?  そうだ、ボタンを持っていけばもしかしたら解決してくれるかもしれない! さすがに国の危機には力を貸してくれるのではないか?  夜になったらまたオルフェウスのところに来なければいけない。  日没後にすぐ森に向かえば、ぎりぎり間に合うか……?  なるべく早い方がいい。ひとまず行くだけ行ってみて、駄目ならまた休みを取って根気よく説得してみよう。  方針は決まった。  執務室をそっと抜け出し、俺はボタンを回収するべく一度家に戻った。  ……いや、オルフェウスに断りを入れたほうがいいことは分かっているんだけど、いま顔を合わせたら何を言っていいのか分からなくなりそうで。  どうせ今夜には顔を合わせることになるのだし、少しくらい考える時間をもらったっていいだろう。  ……と。このときの判断が問題の始まりだったことを、今の俺は知らない。 「おい、大丈夫かぁ?」  訓練中、ふらつく俺を見かねた先輩が声を掛けてきた。 「すみません」 「体調悪いんなら休めよ。ったく、そんなんで出てこられてもこっちが困るんだよ」 「ッス……」  始まった。  一度ねちねちと言い始めたら止まらないことで有名な先輩だ。陰では「ネッチ」と呼ばれている。  先輩改めネッチは、今日は俺をターゲットにすることにしたらしい。  基本的に後輩であれば誰でも良いらしいが、美醜の認識が歪む前は、断トツで俺が捕まりやすかった。いい趣味してやがる。 「近頃の兵士は根性がない。俺らが新人の頃はこんなことはなかったぜ?」 「ハイ……」  脳内でうちのエマーテと戯れていると、ネッチはフンと鼻を鳴らした。 「ラグナも欠勤だ。そろいもそろってお前らと来たら」 「……え? 今日もいないんですか」 「ああ。しかも無断でな。お前らが休んだ分、誰が苦労してるか分かってんのか。それもこれも……」  おかしい。ラグナは、そこまで無責任なやつではない。  俺を避けているというだけでは説明がつかない。 「おぉい、聞いてるか?」 「あハァイ! 聞いてます」 「それでなくても、人数が減ったばかりで困ってんだよ。誰かさんのせいでなァ?」 「……」  ……そう言われましても。  というのが本音だが、表面上は申し訳なさそうな顔を取り繕っておく。  先輩らが解雇されたのは自業自得だと思う。淫紋の事件がなくても、いずれ何かやらかしそうな人たちではあったよ。 「俺としても、同期がこんだけ減ったら困るんだよね。お前たちぺーぺーと違って責任もあるんだ」 「ハァ」 「だからな? お前から第二王子に言ってくれよ。あいつらを戻してくださいってな」 「……それは、俺にはできません。オルフェウスさまの一存なので」 「またまた」  ネッチは、鼻の穴を膨らませて笑った。 「ベッドでちょっと脚開いておねだりすれば聞いてくれんだろ?」  汚ねぇ笑い方。  ……一応、俺の感性ではこの人も美形寄りにはなるんだが、それがここまでマイナスになるのも珍しい。  何だか腹が立って、思わずにらみ返す。 「……んだぁ? その目は」 「……すみません」  ネッチは、派手に舌打ちをした。 「お前が『お気に入り』じゃなきゃ、とっくにボコボコにしてんのによ」 「あ、待ってください」 「んだぁ?」  肩をぶつけて去ろうとするネッチを引き留める。ちょうどいいや。 「夕方から外に出ようと思うので、少しだけ早引けさせてください」 「ああ!? お前、この期に及んで……」  ネッチも一応先輩だからな。誰かに申請しなきゃいけないと思っていたのだが、ネッチなら全く罪悪感なく言える。  ネッチは、瞬間湯沸かし器のようにカッと顔を赤くしたが、上げようとした声を飲み込んだ。 「……あぁ、そう」  代わりに、不自然なほど平坦な声が返ってくる。  意外だ。こんなにあっさり許可を出すとは。 「申請通しとくわ。安心して行って来いよ」 「……? はい、ありがとうございます」  妙に親切だな。だが、こちらとしても好都合だ。完全に日没を待ってから出るとあまり時間の余裕がないからな。  ネッチのねばついた笑みに、こちらも最大限に濁った笑みを浮かべて、今日の訓練を終えた。

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