13 / 25

13 森での乱闘

 森までの行き方はすでに知っていた。先日屋台のおばちゃんから教わったからだ。  少し暗くなってきたので、携帯用ランプを片手に歩く。  俺も魔法が使えたら、片手に火をともすだけで済むんだけどな。  とはいえ、絶対なければならないというほどでもない。  ……そういや以前女神とも話したことがあったな。 「早いとこ願いを考えてくださいよね。あなたの転生特典なんですから」 「……といっても、現状概ね満足してますし」 「スクワットしない! はあ……チートが欲しいとは思わないんですか?」  女神は俺の体を椅子に座らせ、紅茶を持たせた。本日はティータイムの気分らしい。 「チート……七対子の略ですか? リーチでドラが乗るとテンション上がりますよね」 「麻雀じゃありませんよ、このおじさんめ! そうじゃなくて、チートというのは……ほら、ここの世界は魔法を使えたり、美人が賞賛されたりするでしょう? 最初から力を手に入れてみたいとは思わないんですか。この『お願いごと』券なら1回だけ何でも叶うんですよ」 「不老不死になりたい、とかでも?」 「あなたが心から願うならね」  女神はジト目で俺を見てくる。 「あなた、本当に何かを心から願ったことがないでしょう?」 「……」 「あなたを選抜したのって、うちの上司なんです」 「え、そうなんですか」  てっきり、女神が独断と偏見で、もしくは世界地図にダーツでも投げてターゲットを決めているのかと思っていた。  女神は苦虫を嚙み潰したような顔をする。 「上司には千里眼や予知に近い能力がありまして、この世界に必要だと思った人材を指示してくるんです。それが今回は、あなただった」 「ほーう」 「ほーう、じゃありません。ちゃんと真剣に考えてください。あなたが選ばれたのには、必ず意味があるはずですから」  女神に薄っぺらい返事をしながらも、その言葉は鉛のように俺の腹の奥へと沈んでいったのだった。  ランプのゆらゆら揺れる薄い明かりを見ながらぼんやり思う。  ……例えば、女神と連絡が取れたとして「この世界を元に戻してくれ」と願えばその通りになるのだろうか?  元通りの日常。  美醜の感覚は正常化して、両親もハッピー。  町の人達も、城の人間も、元の生活を手に入れてハッピー。  俺は城の一般兵として、いびられながらも平穏な生活に。  淫紋はなくなり……オルフェウスと関わることもなくなるって?  物思いにふけっていると、森の入り口にたどり着いていた。  木々が密集しており、数メートル先は真っ暗闇が広がっている。  どれだけ深いのだろう……ランプをかざしたときだった。  ふいに、ランプの火が不自然な揺れをした。 「……!」  振り返る。目と鼻の先に、男の手が迫っていた。  ブゥン! 空を切る音。次いで舌打ち。  俺はぐっと腰を落とし、鳩尾めがけて突きを放った。 「なめんな、よッ!」 「ぐぁっ」  当たった。相手はよろけて数歩後ろに下がる。  見覚えのある顔だ……嫌ってほどに。 「……随分なご挨拶じゃないですか? 先輩」 「久しぶり、アイクちゃん」  見回すと数人に囲まれている。先日城を追い出されたメンツだ。  正面に立った先輩は無精髭が生え、目は落ち窪んでいる。何より、目の前の全てを呪ってやるとでも言わんばかりの暗い目。  これが世間から背を向けられた人の姿か。城を出てまだたった数日だ。 「何のご用でしょう?」  ……まずいな、数が多すぎる。腐っても奴らは元兵士だ。  後ろの森に逃げるにしても、明かりを持っていては逃げられない。かと言って、前方は望み薄。 「分かってるんじゃないの〜? 俺ら、アイクちゃんのおかげでこの通りよ。セキニン取ってもらわないと」 「……残念ながらお金はないんですが」  先輩たちは顔を見合わせて笑う。  ああ、嫌な笑い方がネッチとそっくりである。さすが同期。  ……もしかしなくても、ネッチが情報を売ったな。  後ろに行くしか、ないか。  ごくりと息をのむ。行くぞ、3、2、1……!  持っていたランプを、先輩めがけて投げる! 「うぉっ」  避けられた。向こうでガシャン! とランプが壊れた音がする。  みんなが注目を引かれたその一瞬で、俺は森に逃げ込もうとした。 「……っ!?」  だが、茂みの中から、一対の細腕が伸びてくる。  避けられず、俺はあっという間に地面へと引き倒された。  繊細な美しい顔が現れる。ああ、この光景にも見覚えがある。 「……すみません」  城門の前で乱闘になったヴィケーノ村の住人である。俺を誘惑してきたあの女性だ。  何かの薬品を嗅がされ、くらっと視界が回るのを感じた。  くそ、しくじった……  意識はあるものの、手足が動かなくなってその場に倒れ込む。  俺を取り囲むように、わらわらと人が集まってきた。前に進み出た先輩が、俺の髪を掴んで引っ張り上げる。  思わず咳き込むと、先輩はますます笑みを深めた。見ていた女性が抗議の声を上げる。 「ちょっと! その方に乱暴はしないという話だったではありませんか」 「るっせぇな……どっちだって良いんだよなぁ、もう。分かる? 俺らはこいつに手ェ出した時点で終わりなのよ。どーせ生き残れやしねぇの」  先輩は、俺の服をびりびりと破いていく。  鼻息も手つきも荒々しく、ギャンブル中毒者のような顔をしていた。  ゾッとする。こいつ、やばい。 「は、話が違う……! 生き延びるために、その人を使って第二王子に交渉するって」 「やー勘違いさせちゃってごめんねぇ? 俺らはこいつをぶっ壊して腹いせしたいだけなんで。な?」 「市民の皆さまのご協力感謝しまぁす、ってな!」 「きゃあ!」  肉をぶつ音。視界の端に、女性が倒れこんだのが見えた。  こいつら……!   「大人しくしとけよ。お前ら、顔はアレだけどすげーテク持ってるって噂じゃん。こいつヤッた後で相手してやるからよ」 「そんな、そんな……私は村のために……」 「何なら、俺らは先にこっちヤッとこうか?」 「おお……ん?」  先輩に向かって拳を放とうとするが、腕が鉛のように重い。  力が入らず、先輩の膝をコツリとつつくのが精一杯だった。 「んだぁ? そんなに待ち遠しいって?」 「先輩らの、ね、ねらいは……俺、でしょ」  震える声に、先輩たちはゲラゲラと笑った。 「やー! 泣けるなあ、兵士様。自分を嵌めたやつまで助けようってか。おっとこまえー! ……おい、アイクちゃんが5人がかりで可愛がってほしいってよー」 「やぁだ、欲しがりじゃん!」 「しょうがねぇなあ。元後輩の頼みだもんねえ」 「兵士様……」  おい、アンタ泣いてる場合じゃないぞ。  今のうちに逃げてくれよ。じゃないと、無駄になるだろ。  目で必死に合図したが、彼女は呆然とこちらを見つめる。    裂いた服からのぞく俺の腹を見て、先輩がニタニタと笑った。淫紋が赤く光っている。 「あの薬、効いてたんだな~アイクちゃん。じゃあ、ゴシュジンサマがいんのか。もしかしてクソ王子?」 「……っ」  先輩の手が淫紋に触れると、体が勝手に飛び跳ねた。全身に毛虫が這うような不快感が走る。 「おー触るだけですげぇ。いーじゃん、ここにぶち込んでやったらお前、心臓止まっちゃうかもなァ」  ももの裏から尻にかけて、不快感がうごめく。  見下ろしてくるいくつもの目が、早くショーを始めろという期待と興奮でぎらぎら輝いていた。  体の苦しみと切り離され、思考だけがやけに冷静になっていった。  あーあ、いつも通りの時間に来なかったら、オルフェウスが心配するかもな……などと、場にそぐわないことを考えていると、突然視界にキラリと何かが光った。 「うわぁっ!」  先輩の悲鳴。次いで、俺に触れていた先輩の手が強いけいれんを起こす。  何だ……? 「おい! バレたぞッ」 「来てんじゃねえか!」  ざわつく方に目を向けると、まさに今考えていた人物が馬に乗ってこちらに走ってきていた。 「……オルフェウス、さま?」  覆いかぶさっていた先輩は悲鳴を上げながら俺の横に転がった。彼の腕には矢が刺さっていた。 「立て! アイクッ」 「……ッ!」  力を入れた足が震える。くそ、体の自由が……。  一瞬、悩んだ。  いや、猶予なんてあるかよ。  先輩の腕に刺さる矢を引き抜き、その矢じりで自らの腕を切りつける。 「ッぐ……!」  鋭い熱が走って、血が飛んだ。  痛みで一気に脳が覚醒し、膝をグッと伸ばす。大丈夫だ、動く。 「王子!」 「捕まれ!」  馬で突っ込んでくる姿を見て、人々は左右に散っていった。  少しだけ速度を落とした馬から伸びてきた腕に、全力でしがみつく。勢いで振り回されそうになるのを堪えた。  そのままカッコよく騎乗……はできずに、鞍で腹を打ち付ける。  ベランダに干された布団のような形で回収された。うげえ。 「あいつ単騎だぜ! やれ!」 「馬から落とせ!」  頭上から舌打ちが聞こえる。 「しっかり捕まってろ」  彼は、馬に乗ったまま背後に向けて牽制の矢を放った。  敵には当たらない。ただ、それで十分だった。 「森に逃げた!」 「追え!」  幸いにも、獣道ではなく多少の道がある。  馬は暗闇の中、その道を勇敢にも走っていってくれた。  鬱蒼とした木々が視界を遮っていき、追手の声は徐々に遠くなっていく。  頭上で、必死な声が聞こえた。 「魔女の結界に入るまでの辛抱だからな! 耐えろ、アイク」 「……」  聞きたいことがたくさんある。けれど……。  俺は歯を食いしばり、腹の下に渦巻く不快感を飼いならした。

ともだちにシェアしよう!