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20 この男に狂わされた(SIDE:オルフェウス)

 この男に狂わされた。  何もかもだ。文字通り、何もかも。  本当はこんなふうにサカってる場合じゃない。  それなのに、私の手はこの男を離すまいとみっともなくしがみついている。  こんなはずではなかった。  一体どこからおかしくなったのか。 「まあ……! なんて美しい赤子でしょう」  取り上げた産婆のうっとりとした声で、私はこの世の生を悟った。  ……成功したか。  うまく人間の体に定着したらしい。呼吸がしづらく、手足も満足に動かせない。  魔女どもの真似ごとをしたのが功を奏したようだ。あいつらは人間の皮を被ってわざわざ別の世界で暮らしている変た……変わり者だからな。  なんでも人間というのは、未熟な姿で生まれ、世話を焼かれながら体の機能を発達させるという。  面倒なものだ。初めから成長させきって、母を食い破って出てくればいいものを。  わざわざ、私が人間としてこの世に生まれてきたのには理由がある。  父から……魔王様から受けた厳命が二つ。  一つは、この世界を内側から崩壊させていくことだ。  今まで父は数々の使者を送り込んできたがどれも失敗に終わった。  争い、飢饉、自然の脅威。何を起こそうと、人間どもはしぶとく耐え抜き、繁殖し、自分の陣地を取り戻す。  しかも、やればやるほど耐性が付いているようで、世代交代のたびに絶滅に追い込むのが難しくなっている。  ……これに関しては、代々送り込まれてきた使者が「とりあえず破壊してみよう!」の精神でやってきたのも悪かった。  魔族には、力こそすべてという風潮がある。あの脳筋どもめ。  何度目かの復興を見ながら、つい私は口を出してしまった。 「これじゃいつまでたっても世界を滅することはできませんよ」  人間という動物の本当に恐ろしいところは、社会性である。  徹底的な全体主義。群れを守るために個体が命をなげうつことすらある。  彼らに横のつながりを捨てさせない限り、あの巨大な生命体を駆逐するのは困難だ。  ……興味があって人間について調べていた私は、意気揚々と自分の知識を披露した。  その結果が、これ。  私の思考を買った父は、自分の息子に任務を与えることにしたのだ。  まあ、いいさ。確かに興味はあったから。  魔族の中じゃ変わり者と言われているが、おかげで研究に専念できる。  なるべく波乱を起こしそうな条件を生まれに設定して、私はこの世界に降りてきた。  そしてもう一つの命令……こちらが厄介だった。  厳かなる魔王様曰く、女神を引きずり出してこいとのこと。 「なぜ女神にこだわるんです」  聞いてみたものの、父は黙秘を貫く。分かっていたことだから別段失望もない。  ……女神のこととなると、父はおかしくなる。  理屈に合わない行動をしたり、矛盾した態度を取ったり。まるで「人間」みたいな動きを見せるのだ。  父のこういう一面だけが、尊敬に値しない。魔王としては致命的な欠点といえる。 「まあいいですけど。で、どうやったら女神に会えるんですか。あちらから送られるのは使者だけじゃないですか」 「それはお前が考えろ。下界にヒントがあるだろう。私の息子なら、使者に会えば感覚で分かるはずだ」 「感覚って、そんな無茶な……」 「さあ行け」  閉口。  期待はしていない。していないが……。  羊水まみれの体を清潔な布で拭われながら、私は自分の境遇にため息をついた。  さて、生まれ方に関してはほぼ文句なしだったと言えよう。  不義の子としてすくすく頭角を伸ばし、王宮内の人間を疑心暗鬼に陥らせる。  人間の体とはいえ、中の魂は私である。知力、体力、魔力そろって人間の中でもトップクラス。  かつ人間は権威に服従する傾向がある。一度支持を得てしまえば、トントン拍子で物事は進んだ。  ……簡単に進みすぎた。 「兄上」 「……オルフェウス」  回廊で兄上に声を掛けると、彼はギクリと肩を震わせた。  手に持っているのは猟銃。  ……また鳥を撃っていたのか。  私の視線を感じたのか、兄はへらりと笑った。 「少しだけだよ、少しだけ……へへ」 「……」  私が王宮の人間関係を尖りに尖らせた結果、周りの人間には「多少の歪み」が出た。  兄もその一人だ。そろそろ5人目が生まれるというのだから、落ち着いてほしいものだが。 「それより、今日のご飯は?」 「兄上がお決めになっては」 「無理だよ。僕が何を言っても……」 「では魚」 「……」 「……肉にしましょう」 「……へへ」  へへ、へへ、と笑いながら兄は茂みのほうに潜っていく。  打ち落とした鳥を拾いに行ったのだろう。  兄の後ろに控えていた侍従は、こちらを恐れるように頭を下げ、急いで兄の背中を追った。 「つまらないな……」  庭園に足を運ぶ。  ここに来るのは私ぐらいだが、花たちは健気に見る者を楽しませようと色づいている。  そこには庭師の労苦が感じられ、私はここが少しだけ他の場所より気に入っていた。  世界は順調に狂ってきている。  一つ目の任務は放っておいてもいずれ達成できるだろう。  二つ目の任務に関しては歴史物からいろいろ女神の情報を集めているものの、難航している。  昔の使者が使ったといわれている鏡が一番手がかりとしては有力だったが、手に入れても何も反応はなかった。  簡単には尻尾をつかませないということか。  今となっては、二つ目の任務があってよかったと思う。  一つ目だけであれば、飽きに耐えられなかっただろうから。  魔法でお茶のセットを取り出し、ポットから注ぐ。  茶葉の香りが湯気に乗って鼻をくすぐる。 「あの、オルフェウス王子!」  先ほどの兄付きの侍従が私の背後に現れる。 「君さ、どう思う?」 「は、はい?」 「何のために自分は生きていると思う」  彼は困ったような顔をした。  突然、こんなことを問われるとは思ってもみなかったのだろう。私は嗤った。 「君、城で働いてそこそこ長いだろう? だから聞いてみたんだ。そうだな、言い換えようか」  パチンと指を弾く。  どこからともなく現れたロープが彼の全身に絡み、あっという間に空中に釣り上げた。  その体から零れ落ちたナイフが、床でカランと音を立てる。 「君は今から国家転覆未遂犯として処刑されるわけだけど」 「ぐ……っ!」 「何のために君の人生はあったんだろうね?」  宙づりになった男は、血の上った頭を懸命に振っている。 「放せ! 放せぇぇ!」 「はぁ、スパイの精度も落ちてきたなあ……どこの国も碌な人材が育ってないのか? はいはい。じゃあ降ろしてあげよう」  パッとロープを消すと、重力に従って彼の体は地面にたたきつけられた。  「ウッ」とうめきつつも、ナイフを拾い上げて私に先端を向ける。  ふぅん、まだ反抗するんだ。多少は骨があるかもしれない。  それなら魔法で終わらせてしまうのは芸がない。久々に少し体を動かすか。  ナイフをかわしながら、どうやって仕留めるか考えていると、鼓膜を突き破るような大音量の横やりが入った。 「キンタマ蹴れ!!!」  ……は?  見れば、庭園の入り口で必死な形相の兵士が一人、こちらに向かって叫んでいた。 「危ないッ」  飛び出してきたナイフを寸でで避ける。ちょっと遊びすぎたか。 「何やってんだッ、キンタマだよ、いいから股間を狙え!」  そして君は何を言っているんだ。  突っ込んできた体制の男を受け流し、外側に腕をひねり上げて体重を掛ける。 「アア゛ァァアアッ!」  ナイフは再び地面へ。  手をホールドしたまま地面にたたきつけると、ばきんと骨の折れる音がした。男は泡を吹いて失神している。  駆けつけた兵士は、目を白黒させている。 「大、丈夫……そうで、何よりです」  決まりが悪そうに、振り上げていた剣を下ろした。  ……もしかして、私を助けようとした? 「君、どこの所属?」 「は、第13分隊です」  なるほど、新人か……。  それにしても、随分まっすぐ接してくる人間だ。  防具を取ったらどうなるんだろう?  それは単純な物珍しさだった。あるいは気まぐれか。 「上の人間と話すときは兜を脱いだほうがいいよ」 「え、あ、すいません!」  兵士はガシャンと音を立てながら兜を外す。  中から現れた顔に、驚きが上塗りされた。  この男……この容貌でナチュラルを維持しているのか?  確かに、私の配下にはなるべくメイキングを使わない人間を採用するよう指示している。  それは、なるべく魔法に接していない人間を揃えておきたかったからだ。  人間には知られていないことだが、魔法には若干の依存性がある。メイキングとて、日常的に浴びていればほんのりと頭がやられてくるものだ。  いざという時、役に立たないようじゃ意味がない。  それに、これからの計画のために、魔法の効きが悪い人間をなるべく目の届く範囲に置いておきたいという意図もあった。  けど、まさか「こういうの」が紛れているとは。  じっと見ると、男は見つめ返してくる。  そこに恐れや陶酔はない。なんて珍しいのだろう! 「名前は」 「アイク、といいます」  アイク、アイク。舌先で転がす3文字に心が躍る。 「そう。じゃあアイク、またね」 「はい……? あ、片付けを」 「いいよ、私がやっておくから。このスパイには聞きたいことがたくさんあるからね」  アイクは恐縮したように体を縮こまらせて、庭園を出て行こうとする。  その背中に、再度声をかけた。 「そういや、ここ王族専用の場所だから、次から気をつけなよ」 「……え」  アイクは私の顔を見て、目線を左の方に漂わせたあと、サーッと青くなった。 「ま、ま、まさか」 「じゃあね。あ、人を指さすのもダメだよ」  後ろのほうで、か細い悲鳴が上がるのが、ちょっとだけ笑えた。  その後、たびたびアイクを発見することがあった。  多くは訓練中。執務室から真下の庭で行っているので、姿を見付けるのは簡単だ。  人間にしては動きの筋はいい。受け身がしっかりしている。  ……棒術は駄目そうだ。長い獲物が全般ニガテそう。それって剣を扱う職業としてはどうなんだろう?  アイクは数人に囲まれて的にされている。  見るときは大体そうだった。  おおよそ検討はつく。私が過度に畏れられたり恋情を向けられたりするのの真反対のことが起きているのだろう。 「くだらない……」  まるでトサカの大きさで順位を争うニワトリみたいだ。  皮膚の表面を1枚剥いだら皆同じ鶏肉なのに。  彼は仲間の兵士に支えられて起き上がる。  へらりと笑って頭を下げる姿は、少し兄を彷彿させた。  そして、ごく稀に一人で動いているアイクを捕捉することもある。 「やあアイク」  ニャウォン!  小さな影が私の横を抜けて走り去っていく。  今のはエマーテか?  しゃがみ込んだアイクは、若干恨めしそうな目を向けてきた。手に、野菜の切れ端を抱えている。  膝をつき礼を取ろうとするアイクの動きを制した。 「そのままでいいよ。何してたの」 「エマーテに餌をやろうとしてました」  見れば、少し遠いところに餌皿と思しき木彫りの小さな器がある。  こんもりと積まれた野菜の切れ端は、食べられた形跡がない。 「失敗してるじゃない」 「今から成功するはずだったんですよ……何で音を立てちゃうんですか」 「王族に忍び歩きで来いと」 「そ、そうは言ってませんけどォ……」  そう言ってる顔だ。  意地悪な気持ちがむくむくと育ってくる。 「餌付けてどうするつもり? 気まぐれな救世主に助けられたら、もう自立できなくなっちゃうかもよ」  良かれと思ってやったことが、裏返って効果を及ぼすこともある。  それとも、自分が誰かにしてもらいたいことを代替している? いずれにしても、自分勝手な行為といえよう。    何て言うかな、と彼を見ると、向こうが先に私を見上げていてたじろいだ。  妙に凪いだ表情をしていた。 「うちが気に入ってくれるなら、一緒に過ごそうかなと思ってるんですよ」 「……連れて帰る気なの?」 「うちの先住エマーテと相性がよければですけど。それにあの子、結構な年だと思うんで」  驚いた。会話もできない動物の状態が分かるのか。  アイクは鼻の頭をぽりぽりとかいた。 「見た感じ、なんですけどね。まぁあの子が良ければ余生はうちのエマーテの友達になってくれればなって」  私は目を反らした。予想していたよりもずっと真剣な覚悟を持っていた。  このままなら、あのエマーテは次の冬を待たずにこの世を去るだろう。  でももし、アイクに拾われたならきっと……。 「そっか……」  何か言ってやろうという気は失せていた。  アイクの凪いだ表情を見ていると、自然と心の波が収まる。不思議な気分だった。  翌日の早朝、そのエマーテが、死んでいた。 「……」  まったく同じ場所で、アイクが積んでおいたであろう餌を数口かじって倒れていた。  アイクはいつも昼に来ると言っていたから、まだ彼は気づいていないだろう。  死因は分からない。よく見ると白い髭がたくさん生えており、ごつごつと骨が浮き出ている。  確かにアイクの言った通り、年老いていたらしい。何があっても不思議ではないだろう。  何か感情の濁りを感じる。  ……うまく言葉に言い表せない。  私は魔法を使って、エマーテの体をその場の土に埋めた。  深く深く、間違っても掘り起こされない位置に。  昼になってやってきたアイクが、齧り跡のついた野菜を見て喜びに肩を震わせているのを、2階から眺める。  彼は、近くの茂みに目を凝らせる。だが、当然何もいない。  少しだけ落胆したようすで、野菜を取り換えていた。  次の日も、その次の日も。  数日たった頃、彼の餌付けチャレンジは終了した。 「元気になってどっか行っちゃったのかもしれないですね」  私は、なぜかその背中に「あのエマーテは死んだよ」と言えなかった。  彼の頭の中では、あの老齢エマーテが元気に走り続けているのだろう。  それが何だか、少し眩しく思えたのだ。

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