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21 餌付けと駆除(SIDE:オルフェウス)※
餌付けチャレンジが終わると、アイクと会える機会はめっきり減った。
たまに見つけては庭園に連れてって、その日あった愚痴をこぼしたり、気に入ったお菓子を食べさせたりするのだけど、そもそも会うタイミングがほとんどない。
話しているうちに、どうやら城下の少し離れたところから通っているらしいことが分かった。
兵舎で暮らせばいいのに。
真下の庭を見ると、アイクは今日も訓練場で上の人間の憂さ晴らしに使われている。
「……」
私は引き出しから箱を取り出した。
魔法を幾重にも仕掛けた箱。その中に、先日作ったボタンがある。
中身は人間の体でも動かせそうな魔法を総動員して作った、感覚反転装置。
これで世界を混乱させて、女神を引っ張り出そうという寸法だ。
この世界の人間の欲は膨れ上がって、いまや水の表面張力のようにギリギリのところで均衡を保っている。
そろそろ動いてもいい頃合いだろう。
別に、反転させる感覚は美的感覚じゃなくてもよかった。
味覚でも、金銭感覚でも、人の欲を刺激するならなんでも。
ふと、「これならアイクが怪我しなくなるかな」と思いついた結果こうなったというだけ。
「本人に押させてみようかな」
私はもちろんだが、魔法の構成上ボタンを押した人間も魔法の対象から外される。
自分を迫害してきた人間どもがこぞってひれ伏すのだ。アイクも少しは溜飲が下がるのではないだろうか……。
そうだな。それがいい。
私は早速アイクに探りを入れることにした。
昼時、兵士が必ず集まる食堂に顔を出す。
あちらが来ないのなら、こちらから会いに行けばいいだけのこと。
アイクの頭を見つけて、声をかけようとしたときだった。
パクッ。
隣の兵士が差し出したフォークに、アイクがかぶり付く。
口の端から垂れる淡い色の液体に目を奪われる。それをゆっくりとアイクの舌が舐めとった。
「ええ……お前、分かってる? 俺、残りをコレで食べるんだけど」
ちらりと見えた兵士は嬉しそうに顔を赤らめている。
ああ、好意を持っているのが丸わかりの顔。
……何だろうか。無性に癪に障る。
「替えのフォークをもらってくるか?」
「いや、い……いいけど!」
大股で近づく。
私に気づいた兵士たちが、慌てて立ち上がるのが視界の端に映る。
「俺は別に、お前が良いなら……」
兵士の手を掴むと、フォークが床を叩いてカシャンと音を立てた。
「良いわけないよね」
「……王子!?」
私の姿を見て、アイクが目を丸くしていた。
君さぁ、なに私以外の人間に懐いてるの。
唐突に浮かんだ考えに、自分自身が驚いた。
口には出さずにアイクを連れ出す方法を考える。
「……ラグナが何かしたのでしたらすみません。俺は彼の先輩ですので、代わりにできる仕事があればお申し付けください」
すると、向こうから都合よく申し出てくれたので、上手いこと言いくるめて彼を立ち上がらせた。
「で、ですが……」
隣の兵士は、青い顔をしながら引き止めようとしてくる。
ちりちりと、胸が焦げつく感覚。
ああ、分かった。自分の可愛がっている動物が他の人間に餌付けされていたのが気に食わないのだ。
ラグナという兵士に近づき、耳打ちする。
「アイクにあまり触れないでくれるかな。君は彼の家族でも恋人でもない。だろう?」
ラグナ君が頷くまで待つ。
歯を食い縛りながらも、震える声で「はい」と言うのを聞き届け、今度こそ食堂を後にした。
庭園に連れてきたアイクは、所在なさげに椅子に腰掛ける。
毎回申し訳なさそうに椅子に座る姿にも慣れてきた。
「君の全てを見た目だけで判別してくるやつらに、何か思うところがあるんじゃないか。例えば、復讐してやりたい、とかさ」
ずっと気になっていたことを聞くと、アイクは大きく首を横に振る。
「いや、さすがにそれは」
彼の言葉には後ろめたさを感じない。本気でそう思っているようだった。
なぜ? 自分がやられていいだなんて、あの老いたエマーテでさえ考えなかっただろう。
彼と接していてたびたび感じる違和感だった。
生き物に備わっているべき自身への執着が、感じられない。
いや、自身だけじゃない。
周りに対しても執着がなく、まるで根無し草のようにふわふわ浮いて見える。
「……君が弱いとは思ってないけど、もう少し自分を大事にして」
念押ししても、彼はへらりと笑うだけだった。
「今のままで十分ですよ。王子のおかげで幸いにも食いっぱぐれませんし、少しですが俺にも友がいます」
「友……ねえ」
頭に思い浮かべているのはラグナ君だろう。
……君はそう思っていても、向こうはどうかな。
魔法で出現させたケーキを一口食べる。
困惑したようすのアイクに、次の一口を差し出した。
眉間に皺が寄っている。
クリームとスポンジを押し付けると、観念したようにフォークを迎え入れた。
「んむっ」
はちみつの垂れた口元を思い出す。
餌付けした相手をあんなに喜ばせちゃってさ。
動かない私に焦れたのか、アイクの方からフォークを引っこ抜く。
ちゅぽん、と音を立てて離れた唇。上手くいかなかったのか、たらり、とクリーム混じりの唾液が一瞬糸を引いた。
私の視線に気づいたアイクは俯いた。
「覚えておくといい。こういうのは友達の距離感じゃない」
てらてらと輝くフォークをケーキに差し込む。
これはきっとラグナ君がやろうと思ってできなかったことだろう。
アリの巣を荒らすような幼稚な万能感が、私をフォークに向かわせる。
やけにケーキが甘ったるく感じた。
この男は、きっと私にとっての……そう、エマーテなのだ。
お気に入りの、かわいい、私のエマーテ。
このときは本気でそう思っていた。
だから、私のエマーテに装置のスイッチを押させてあげることにした。
ポッ……ポッ……ポッ……ポーン!
「さて、今日からどうなるかな」
昇り始めた太陽を見ながら、わくわくしている自分に気づく。
彼はどんな反応をするだろう。
少しは彼が過ごしやすい世界になるだろうか。それとも……。
さて、周囲の反応は予想以上のものだった。
私に向けられる視線に含まれるのは、侮蔑、憐憫、嘲り……大まかに「敵意」とくくっていいだろう。
今まで積み上げてきた信頼が一瞬で反転したのが分かる。
よもや見た目だけでここまで裏返るとは。
くつくつと笑いが漏れる。
さあ、国民たちはどうするべきだろうな?
今まで全て私に任せておけば安心だと思っていたのに、自分の中の疑念がきっとそれを許さなくなる。
では他の者に任せればいいのか。誰に? 不義の子を作ってしまうような王に? 政治に一切の関心を持たない兄に?
そもそも今の王家に国運を託してよいのか、というところまで話は飛躍するだろう。そうなれば、もう。
「一つ目の任務達成はそう遠くないな」
ぼちぼち私も身の振り方を考えなければ。
終末世界でアイクとスローライフを過ごすのもいいな。父や兄を唆せばいけそうだ。どういう路線で行こうか……。
そんなことを考えていると、水飲み場の辺りで、アイクが兵士たちに絡まれているのが見えた。
だが、様子がおかしい。アイクは引きつった笑みでかわそうとしているが、じりじりと包囲網が狭まっていっている。
考える前に、体が動いた。
「君ら、暇なの?」
大の男に囲まれたアイクは、明らかに萎縮していた。
囲んでいた兵士たちを追い払い、アイクの様子を上から下まで注視する。けがはなさそう。
多少の会話をしている間も、恐らく本人は気づいていないが、ぎこちない動作で腕を擦っている。典型的な自己防衛の仕草。
……さっきの奴らが何かしたか。
アイクに向けられた眼差しは、ラグナ君のものと似ているようでまるで違う。
純粋な欲だけを煮凝りにした、まあ魔族が好んで食べるタイプの感情だ。だが、私は食欲が湧くどころか、路上にぶち撒けられた生ゴミを見てしまった気分になった。
アイクがソウイウ対象として見られていると思うと、鳩尾が冷えてくる。
私の場合は向けられた所でいくらでも対処しようがあるけれど、アイクはそれをかわす技術も地位も、何より自覚がない。
あれじゃ丸腰のまま猛獣の縄張りに踏み込んでいるようなものだ。
なぜ私はその可能性に行き当たらなかったのだろう。
アイクに見えないところで舌打ちをした。
なるべく目を離さないようにしないと。
だが、監視するにも限度がある。
その隙を縫って、事件は起こった。
「ぅ……っ、ふー……、っ」
ああ、あいつらどうやって殺そうかな。
息苦しそうに喘ぐアイクを見下ろしながら、熱を逃がしきれない脳が物騒な思考を求める。
きっと、こないだの奴らの仕業。あのときに適当な理由をつけて処分しておけばよかった。
よくもアイクに奴隷の証など刻んでくれたものだな。
「アイク、聞こえてる? ……ダメか」
淫紋の説明をしようにも、アイクの意識は朦朧としている。体の熱に抗えないのだろう。
そんな状態でも、私の下から這い出ようとするのが気に入らない。
潤んだ目が私を捉えた。
「ラグナ……?」
アイクがその名を呼んだ瞬間、制御しきれない激情が腹の底から湧き上がってきた。
ちゃんと見て。君の目の前にいるのが誰なのか。
「ラグ……うぁっ!?」
「こんな状態で、どこへ行こうって?」
こんな姿をラグナ君に見せる気なの。どうなるか分かってる?
ラグナ君の腕に抱かれたアイクの姿なんて想像もしたくないんだけど。
よく見ろ、君を助けられるのはソイツじゃない。
バチンと視線が交差する。
今度こそきちんと私を見たアイクは、困惑ぎみに呟いた。
「なんで、怒って……」
なんで? なんでってそりゃ……。
はた、と気づく。
「……怒る? 私が?」
……思い出したのは父の姿。
冷静沈着な魔王様が、唯一おかしくなるのが女神がかかわったときだ。
なかなか見つからない女神の痕跡を追う父の姿は、衝動的で、感情という嵐に振り回されていた。
その中でも、怒りと不安は最も厄介だ。
空のように際限がなく広がっていて、かつ一度手にしてしまえば頑固な染みのように根付いてしまう。
私は絶対にそうならないと、父の姿から学んだはずなのに。
「『怒っている』のか、私は……ああ、そうか」
いつの間にか、人間の宿命にどっぷり浸かっていたらしい。
この男……アイクのおかげで。
「そう——なら、行かせられないな」
路線変更だ。
まずはアイクの体を手に入れてしまおう。
「王子!?」
「あっ、ちょ、たんま」
「ぁあっ!?」
「んん、っぁ、動かさないでっ」
淫紋の影響で、アイクの体は快楽に従順だ。
あっという間に開かれていき、何度もアイクは吐精した。
……初めてなんだよね?
それにしては随分気持ちいいことに弱いというか……。
魔法のリングで締められたアイクのものは、萎えずにずっと張り詰めている。
「ひ、っあ、も……も、むりっ、あっ……」
私が動かす指に合わせて悶えている様子は、何というか視覚的にクる。
おなかの模様に自身の出した精を擦り付けて、早く早くと訴えてくるのだ。普段の様子とはあまりにもかけ離れていて、流れる汗まで淫靡さを漂わせている。
征服したい。この男をヨがらせたい。
人間の体が、本能的な衝動に屈する。
思わず舌なめずりをした。
「……ぁあ゛、っ……っ……!」
挿れた途端、息を詰まらせたアイクの呼吸を優しく促す。
呼吸が落ち着いてきたのを感じ、ゆっくりと奥へ押し広げていく。
難なく飲み込まれていき、下生えがアイクの尻にくっ付いた。
「はぁっ……、すごいね、アイク。淫紋があるとはいえ、こんなになっちゃって」
本当に初めてなのだろうか。紅潮した頬も、ぷっくりと膨れた乳首も、広げた足を抱える両手も、全部私を煽るためにあるとしか思えない。
ふわりと漂う、花のような香り。
香水でも付けているのだろうか? アイクの全身からうっすらと漂ってくるようだ。
「いい香り……ごめん。ちょっと、余裕がない」
「え……? あ、あぁっ! んぁっ……!」
指で喜んでいたところを重点的に攻め立てる。
快楽で情けなく歪んだ顔がいい。虐めているのは私だというのに、その私の腕に縋りつく両手もいい。
ぞくぞくと背筋を這い上がる欲。
誘われるように、アイクにキスをした。
「っん……!? っふ、むぅ」
両腕でがっちりとアイクの頭を抱え込む。あわいに舌を差し込んで、奥に縮こまっていた舌に絡めた。
喉の手前をちろちろと舐められるのが好きらしい。アイクの体がびくびくと跳ねる。
こうしていると、まるでアイクを食べているみたいだ。
そのまま腰の動きを早めると、アイクの目からじわっと涙が湧いてきた。
「オル、フェ、ぅす、サマっ……おれっ……もう」
「……っ」
潤んだ瞳と視線が絡む。
駆け上がってきた快感に任せて中に注ぐと、彼は一際大きく喘いで、満ち足りたため息をついた。
……まさか、人間の繁殖行為をする日が来るとは。
いや、体は人間だからもちろん可能なのだけど、特に必要性を感じていなかったのだ。
跡継ぎ作りは兄に任せていたし、わざわざ誰かと交わろうなんて思わなかった。
……この行為に、こんなに充足感を得るとは思わなかった。
その理由を深掘りするのは何となく憚られる。よくないことが起こる気がする。
「誠に、申し訳ございませんでした……」
なぜか部屋に戻ってきた途端床に這いつくばったアイクを見下ろしながら、私はぼんやりと思考を走らせていた。
シャワーを浴びて乾ききっていない髪からパタパタと水滴が落ちる。
「この度は、発情した俺の人命救助にあたってくださったということで」
「うん」
「な、なかったことに……」
ちらりと上目遣いでこちらを見てくる。
私も最上級の笑顔で返す。
「ならないね」
頬を上気させたまま困り顔をしないでほしい。庭園での情景を思い起こさせるので。
……少し抜けているのもいいけど、現状をきちんと理解してくれないと困るな。
今さっきだって兵士の共同シャワー室へ向かおうとしてたんだ。めまいがしそう。
私は、ことさら丁寧にアイクの状態を説明した。
最初は表情をコロコロ変えながら聞いていたアイクも、事の重大性に気づいたのか、次第に顔を曇らせていく。
「アイクを見つけたのが、私でよかった」
引き寄せた体は、シャワーを浴びたはずなのに冷たい。
かちこちに固まった体は、寒さを思い出したかのように少しずつ震え出した。
「あ、あれ。おかしいな。すみません……」
本人も理由が分かっていないようで、自身の体に戸惑っている。
……どうするのが正解なのだろう。
何かを欲している人間にはそれを与えればいい。空腹を訴えるなら食事を。貧困に喘いでいるのなら金銭を。
今のアイクに何が必要なのかピンと来ないのは、私がもともと人間ではないからだろうか。
迷った末に、背中をゆっくりなでてみる。
本当に寒いわけではないだろうが、私の体にも血液が巡っているのだから多少は温まるだろう。
「アイク、大丈夫。君は私が守るよ。責任を取るって言っただろう?」
「……お互いに?」
「そう、お互いに」
彼が小さく笑ったのを見て、ホッとする。
よかった。アイクにはこのまま笑っていてほしい。
自然とそのような思いが自身に染み込んできた。
そのためには、阻む要因を取り除かねばならない。
殺しは……アイクにバレそうだな。何かいい方法はないだろうか。
アイクの髪に手を差し入れながら、私は駆除の手立てについて考えていた。
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