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23 乾いた獣(SIDE:オルフェウス)※
アイクは本当に快楽に弱い。
「あっ、あっぅ、ぅ゛……っだ、め」
ちょっと心配になる。今は淫紋があるからいいけど、解放後に快楽ほしさで他の男を受け入れたりしないよね? ……ラグナ君とか。
「とめ、とめてって、ばぁ……っ、はっ……!」
飽きさせないためにいろいろ調べてやってみてるけど、すぐ順応しちゃうんだもの。
なんで妙な知識ばかり持ってるんだろう……。
「あ、あぅ、ぅっ、無理ぃい゛、く……っ! 〜〜〜ぅ……ッ!」
「んっ、ちょ、締めすぎ……っ!」
「あぁ……はぁぁ……」
中に注ぐと、アイクは背筋を震わせながら恍惚の吐息を漏らした。
この感じだと、後ろだけで達する日も遠くなさそう。
ゆっくりと引き抜くと、アイクの太ももが震えた。
「はー……あー……どうもでした。シャワーお借りします」
そして、この余韻のなさ。
アイクはぴょこっと跳ね起き、何事もなかったかのように服を集め始める。
なまじっか体力があるせいで、受け入れる側なのにピンピンしている。スポーツやってるんじゃないんだから。
明日は足腰立たなくしてやろうかな……と考えていたら、脱衣場から声をかけてきた。
「明日は夜でお願いしてもいいですか」
「いいけど……何かあるの?」
「そうですね、野暮用でちょっと外に出ようかと」
……目が泳いでいる。
アイクが休暇の申請を出しているのはチェック済みだ。
外れにある街に行くとかなんとか書いてあったが。
「いいね。どこまで行くの」
「あー……ちょっとその辺に」
もごもごと言い残して、アイクはシャワー室へ。逃げたな。
あんなの、何かあるって言ってるようなものだけどね。
件の街で有名なものといえば女神か魔女だが……。
もし魔女のほうに用があるのだとしたら少々厄介だ。
あいつらの魔法は対価を請求される。面倒くさい美学を持っているのだ、あの変た……変わり者たちは。
着いてってみるか?
正直、近寄りたくはない。魔王の息子が人間の皮を被ってここに来ているなんて勘付かれたら、どれだけ高い口止め料を払わされるか。
だけど、アイクに何かあったら……。
悩んだ末に、分身を飛ばすことにした。
淫紋の気配を辿れば、アイクのいる場所に飛ぶことは容易い。街についた頃を見計らって様子をうかがうことにしたのだが。
「俺、実は第二王子の……配偶者でして」
「は?」
「いや正確には候補ですけども!」
「……」
「えっと……オルフェウスさまには大変よくしていただいておりましてェ……」
「……」
へらへらするアイク。対して、門番の目がどんどん厳しくなっていく。
思った以上に面白いものが……もう少し続けさせたいけれど、これ以上やると応援を呼ばれそうな勢いだったので助け舟を出してやる。
私と合流したアイクはしどろもどろになりながらも後ろを着いてきた。
配偶者ね……ちゃんと自覚があったようで何より。
……にしても、女神のほう、か。
てっきり、魔女に会いにきたのだと思っていた。スイッチを押したアイクは美醜の感覚が入れ替わっていることに気づいているはずだからだ。
すん、と鼻を効かせれば香る花の匂い。
父は、私をこの世界に送り出す前、「女神の使者に会えば分かる」と言っていた。
まさか。いや、でも。最近頭を離れない、ある疑念。
私は、女神についての情報をアイクに手渡した。
二つ目の任務のためにあれこれ集めたものだ。
巫女の手鏡を持ち出すと、目の色が変わる。
「あのぅ……これって、少ぉしだけ貸していただいちゃったりすることは、できませんかね?」
「……どうして?」
「いやっ、これがあったら俺も憧れの女神に会えちゃったりしてー! なんて……」
……これは、私の予想が当たっているのではないだろうか。
「でも、使者以外の人間がいくら試しても無駄だったみたいだよ?」
実際、私が持ってもただぼんやりと姿を映すだけで何も起こらなかった。
しかし、アイクにはそれでも問題がないようだ。
……あるいは、それだけの自信があるということか。
握られた両手からアイクの体温が伝わってくる。
ねえ、アイク。君が女神の使者なの?
話は魔王と女神のつながりへ。
アイクは魔王の……父の行動には否定的だった。
「きっと彼は、女神を愛しているから閉じ込めておきたかったんだよ。目を離したら……いなくなってしまうって分かってるから」
ああ、言葉にすると実感する。
あんなに忌まわしく思っていた父の考えが、私の核に深く染み込んでいることに。
「それを繋ぎ止めたいと思うのはおかしなこと?」
アイクの手の甲を指でなぞる。
少しカサついてて、小さな傷がいくつも付いている。
この手が遠慮がちにしがみついてくると、心が浮き立つ。
アイクは鼻の周りにギュッとシワを寄せた。
「……だとしても、やりすぎでしょう。あんなやり方じゃ女神だって反発するに決まってます」
「じゃあ、どうしたらいい?」
だいぶ不服そうな声が出てしまった。だって本当に分からなかったから。
父は、どうしたらよかった?
……私は、これからどうしたら?
当初は、使者に女神を呼び出させた後さっさと始末する予定だった。
大切な誰かを人質に取ろうと、本人の命を脅かそうと、構わない。女神と父を合わせればいいだけだし、その後で変に力を持たれては困る。
でも、アイクがそうなのだとしたら……。
世界を滅ぼすのも、使者を始末するのも、今じゃ途端に難問になってしまった。
どうにもならないなら、いっそアイクを誰にも見えない場所に囲ってしまいたい。
そういう気持ちになるのは自然なことじゃないか。
そうすれば彼が変なところで命を失う危険もない。
アイクは、あからさまに困った顔をした。
まるで子どもの突拍子もない質問に、どう答えたものかと思案しているみたいに、目線をゆらゆらと動かす。
「束縛するんじゃなくて、一緒に楽しんだり、時には離れて見守ったりしたらいいんじゃないですか?」
「それだけ?」
「あー……ずいぶん前にエマーテの話をしたの、覚えてます?」
彼から「エマーテ」という単語が出てきて、思わず固まった。
思い出すのは、地中に埋めた老エマーテの死骸。
だが、彼の口から出てきたのは自宅に飼われているエマーテとの馴れ初めだった。
彼は語る。どれだけ丁寧に愛情を注いできたのかを。
それを聞けば聞くほど、私は背中に恐怖が這い上がってきた。
だって、同じ質量で、君は老エマーテに接していたじゃないか。
それなのに、あの子のことは話題にも上らない。
……アイクにとって、特別なことじゃなかったのか?
私はアイクの想像の中で、あの老エマーテがいつまでも元気に走り回っていると思っていた。
でも違った。実際に走っているのは別のエマーテで、老エマーテがもらえるはずだった愛情はすっかり代替されている。
代替、しうる。
人間は、それができる生き物なんだ。
だから、簡単に「一緒に楽しんだり見守ったりすればいい」なんて言ってしまえる。
私には無理だ。アイクを忘れて代用品を見繕うなんて。
……ああ、なんだ。じゃあ、やはり父が正しいじゃないか。
「なるほど。要は、本人に気づかれないよう囲えばいいんだね」
「……俺の話、聞いてました?」
「うん。だって、快適な場所を完全に整えてあげれば、君の家に来たエマーテのように逃げようとは思わなくなるってことだよね」
アイクを捕まえてしまおう。
大きな空間を用意しなければ。
彼の全身が根無し草になって、手の届かないところに流れていってしまう前に。
決心してしまえば簡単なことじゃないか。
何を躊躇っていたのだろう。
……アイクに好かれたいだなんて、人間じみたことを考えて馬鹿みたいだ。
たとえあの日差しみたいな目で見てくれなくなったとしても、彼であることには変わらない。
「ううん……うーん?」
アイクは少し首を捻っていたが、特に何かを聞いてくることはなかった。
帰城後、念入りにアイクを抱いた。
二人がかりで、私という存在を刻みつけるように。
獣みたいな交わりにアイクは唸り声を上げ、ついに後ろで達した。
意識を失ったアイクに浄化の魔法をかける。
汗で張り付いていた髪を避けてやると、その手に顔をすり寄せてきた。
「なるべく不自由のない檻にしてあげなくちゃね……」
何でも用意してあげる。
好きなだけ鍛錬できるようにしよう。エマーテも飼っていい。気持ちいいこともたくさんしてあげる。
必要ならご両親の魂も……かなり嫌だけどラグナ君も連れてこようか。
君だけの箱庭。だから、そこでずっと生きてね。
* * *
箱庭は異空間に作ることにした。
人間の体はやっぱり不便だ。ごっそりと魔力を持って行かれて、午前中は使い物にならなかった。
まあいいや。どうせ夕方になったらアイクが来るだろうからそのときに話をしよう。
そう思っていたのに、日が落ちてもアイクはやってこない。
……何かあったのか?
「失礼しますぅ」
ぺこぺこと頭を下げながら別の兵士が入ってきた。
先日の解雇を逃れたうちの一人だ。
アイクによい感情を持っていない人間ではあるが、淫紋の件には関わっていなかったので放置していた。
「今日の勤怠申請一覧を持ってきました。休暇が2人、傷病が0人、外泊が1人です」
「……外泊? こんな時間からか」
兵士は、目を逸らしながら「はい」と小さく返事をする。
……嫌な予感がする。
「誰だ?」
「えっ、何がですか」
「申請をしたのは誰だと聞いている。貸せ」
兵士はおたおたとするばかりで埒が明かない。
持っていた申請リストを取り上げて、息が詰まった。
「……アイクをどこにやった」
「へ、へえ?」
「あの子が外泊を申請するわけがない。言え、何をした」
淫紋の効果はアイク自身が一番よく分かっている。だからこそ、何があろうと毎日欠かさず私に会いに来ていたのだ。
加えて、今のアイクは絶世の美人だと認識されている。
このまま日を跨いだらどうなるか。
想像の中で、みすぼらしく朽ちた老エマーテのとアイクの姿が重なる。
兵士をつかみ上げると、「ヒィッ」と情けない声を上げて歯を震わせた。
「言え!」
「あの、え、えと」
舌打ちが出る。
「直接」聞いたほうが早い。
魔法を唱えると、兵士は数秒間けいれんした後、白目を剥いて意識を失った。
触れた相手の身体が持つ記憶をのぞく術だ。抵抗すると本人に少しばかり負荷が掛かるが、その口で喋らないのが悪い。
記憶の中から忌々しい5人の顔が浮かび上がり、最悪の方向で予想が当たったことが分かる。
「よりによって魔女の森か」
すぐさま淫紋の気配を辿ろうとするが、パチンと弾かれる。
……やはり森の中に魔女の結界が張ってある。直接行くしかない。
幸いにも、女神の資料をいちいち収納しに行くのが面倒で例の建物に直接飛べるポータルを張ってあった。
呪文を唱えると一瞬で景色が変わり、資料の保管室にたどり着く。
玄関から飛び出すと、門番がギョッとした様子で振り返る。
「王子!? おわわわ、いつの間に」
「どいて」
話す時間も惜しい。
ここから森までは一直線だ。
それでも距離があった。
自身の身体に強化を施し、ひたすら走る。
こんな時に魔法は役に立たない。手足を動かしている間にも、嫌な妄想が膨らんで焦燥を駆り立てた。
人間の体は、どうしてこんな。
どのくらい掛かったのか。短い時間もまるで永遠のように思えた。
森の入り口に、へたり込む女がいた。
こちらに気が付いたようすで、大きく目を見開いている。
構っている暇はない。
横を通り過ぎようとすると、女は必死に呼び止めてきた。
「王子! あの方は、アイク様は無事なのですかっ」
足を止めた。
「——なぜ貴様の口からその名が出る?」
女は私の顔を見て、青ざめたままカチカチと歯を鳴らした。
目に涙を浮かべる姿は、常人であれば美しいと形容する見た目であるが、私には何も響かない。
……また魔法で聞くか。手を伸ばしかけたとき、女は一度硬く結んだ唇を開いた。
「早くアイク様を連れてお逃げください! あいつらは、まだあなたたちを追っています」
「……あいつら?」
「私は間違っていました。村さえ助かればと周りを利用していたつもりが、蓋を開ければ利用されていた。村長にもあいつらにも……アイク様は、そんな私を助けてくださった」
女は、今にも倒れそうな顔をしながら「私に何かできることは」と聞いていた。
「……今から、お前の記憶をのぞかせてもらうがいいか」
女は返事をする代わりに目を閉じ、祈るようなポーズで跪く。
相手の抵抗がないため、精神干渉は驚くほどスムーズに通った。
そのおかげで、女の目から見た一部始終を細部まではっきりと知ることができた。
崩れ落ちたアイクの体。
息をするのもやっとな彼に、群がり、服を裂き、つばを吐き、淫紋を撫でまわす下衆ども。
重なり合った男どもの影から覗いたアイクの目。
こちらに何かを訴えていたが、やがて伝わらないと悟ったのか一度ゆっくり目蓋を閉じた。
もう一度開いたとき、その目は、あってはならない色を帯びていた。
いつぞや危惧していた底知れぬ空虚。
アイクとこの世をつなぎ留める楔を食い荒らす乾いた獣が、顔を出している。
分かりたくないのに、分かってしまう。
彼にとっては、自分の命すら代用品なのだと。
さまざまな感情がない交ぜになって、体が冷えていく。
と同時に笑いたくなった。どれだけ手を伸ばそうと雲がつかめないように、私が必死でアイクを求めてもいつかは消えてしまうのだと、そう言われているようで。
「大丈夫ですか……?」
ふらりと数歩後ずさると、女が目を開けた。
心配そうな声をかき消すように、森の奥から耳障りな騒ぎ声が聞こえてくる。
「おい、出口に戻ってきてんぞ」
「どうなってんだよ、この森」
この声は。
森から姿を現したのは、今まさにアイクに群がっていた下衆ども。
……ああ、よかった。まだ近くにいたか。
女は、びくりと震えた。
「あ……? おいっ、王子が戻ってるぞ!」
「森に逃げたんじゃねえのか? やっちまおうぜ」
こみ上げてきた残虐な感情が、一つの軸に向かって研ぎ澄まされる。
久しぶりの高ぶりに口角が上がった。
私の、生来のもの。アイクには一生見せるつもりのないもの。
指の関節がゴキンッと音を立てる。
「お、おい。なんかコイツ、さっきと様子が……」
うるさい鶏どもの、血抜きの時間だ。
片付いたら、アイクを迎えに行かなくては。
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