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第13話
夜が更けてから、真弓と晴樹、女房は厨の詰所で茫然としていた。
他にも夜番の女房は数人おり、暇を持て余した様子で談笑している。夜に冬明への差し入れをする時が近づく機会だと踏んで、本来の夜番の女房と代わってもらっていた。
東国の女房たちは口さがなく、都の御所女房と比べて早口であり、矢継ぎ早に話題を繰り出している。到底、真弓たちにはついていけそうになかった。
「そろそろお酒でも差し入れに行きますか」
一人の若い女房が立ち上がる。すかさず、それを晴樹が止めた。
「私たちが行きます。弓」
「あらそう、助かったわ」
女房たちは「お酒はあっち」と厨の隅を指さした。
口をきけないことになっているので、真弓は首肯するだけして腰を上げる。
土器二つを乗せた折敷を真弓が持ち、白く濁った酒を入れた提子は晴樹が持つ。
袿の裾を引きずりながら、二人は冬明のいる寝殿へと足を進めた。
「ここまで来られて、良かったです」
人気のない簀子で、ふと真弓はつぶやいた。
「この時代で迷わず東国に行けただけで上出来ですよ。准教授、これからどうするつもりですか」
後ろで晴樹が訊く。真弓は寸の間考えて、歩みを止めた。
「……東国に来るだけが今のところの目的でしたから、それ以上のことは考えていませんでした。今夜は冬明の様子をうかがうだけにしておきましょう。以降の身の振り方はあとで考えます」
寝殿では、冬明と娘が寝ているのだろうか。不安で頭がくらくらする。
二人は寝殿の御簾の前に座り、晴樹だけが「申し上げます」と呼びかける。
御簾の向こうは極めて静かだった。息づかいや衣擦れの音一つせず、誰もいないのではないかとすら思う。
だが、ややあって掛物を除けたらしい音がした。
「酒をお持ちしました」
「そこに置いていけ」
冬明の凛とした声が返ってくる。娘の声はしなかった。
「では、よろしくお願いします」
酒を置いて晴樹が先に腰を上げたが、真弓は立ち上がらなかった。
腰が重くなり、動けなかったのだ。
真弓は晴樹にささやいた。
「私はもうすこしここにいます。晴樹は先に戻ってください」
──せめて、冬明の顔を見たい。
「わかりました。気を付けてくださいね」
晴樹は心配をにじませた面持ちだったが、真弓の心づもりを察してか振り返りつつ簀子を去っていった。
真弓は簀子に正座したまま、じっと御簾でさえぎられ見えない部屋を凝視していた。
「まだいるのか。戻れ」
時々居ずまいを正したせいで音が聞こえたのか、しばらくして、また冬明の声がした。
「戻れと言っている」
「戻りません」
思わず返事が喉奥から飛び出す。
その瞬間、御簾が跳ね上がり、襦袢姿の冬明が姿を現した。
顔は怒りに満ち、暗闇の中でも薄紅色になっているのがわかる。だが、真弓の恰好を認めると、みるみるうちに色がひいていった。
「……真弓」
真弓は声量を抑えつつ、淡々と述べた。
「いくらついてくるなと言われても、私と冬明の仲です。そんな頼みは聞けません。聞けませんでした」
「女房の恰好をしてまで来るなんて、お前はどうかしている」
手を額にあて、呆れたとばかりに冬明は嘆息した。
「ええ。どうかしているのでしょう。でも、冬明がここに来させたのですよ」
「俺は確かに来るなと言ったはずだが」
「違います。冬明の存在が、私を東国に来させたのです」
問答の末に冬明は黙った。
しばらく沈黙があり、彼は独り言ちるように言った。
「そんなことを言われたら、もう俺の全てを受け入れてもらうしかないじゃないか」
「私はすでに冬明を受け止めているのですが」
妙に思って訊いたが、冬明は口角を上げて意地悪く笑った。
「俺の、奇癖を」
彼は御簾の向こうに消え、再び現れた時には右手に小さな壺を持っていた。
「それは、なんですか」
怪訝に思い問うと、冬明は目を細めた。
「椿油だ」
答えるなり、彼は真弓の手を取って立たせた。
「ついてこい」
言われるがまま、手をひかれて簀子を進む。
「共寝している女性は放っておいて大丈夫なのですか」
「なに、あの女は俺との間に子を成して御台になろうと目論んでいたようだが、あらかじめ俺が用意していた酒で酔い潰させている。あれなら翌朝まで寝ているだろう」
隙のない手はずに、真弓は息を呑む。
「俺が女を抱くと思ったか」
「……はい」
「信じてくれないとは悲しいな。お前とは気持ちが通じ合っていると思ったが」
簀子の突き当りには両開きの戸があった。塗籠らしい。
冬明は両開きの戸の片側を開き、室内に向けて軽く真弓の背を押してきた。
穿きなれない長袴のせいもあって、足がもつれて室内に転がり込む。
「今夜はしっかり教え込まないといけないな」
──ああ、自分は冬明に抱かれるのか。
ようやく彼の考えを理解したかと思うと、下腹が急にうずいた。
冬明は戸を締め、内側から鍵をかけた。
「夜中、塗籠に訪れる奇特な者もいないだろう」
物置として使われる塗籠は、四方を固い壁で塗り固められている。上には小さな明り取りの窓があり、そこから月光が差し込んでいた。
「床が固いか。袿を借りるぞ」
冬明の手によって袿が脱がされ、敷物替わりに床へ広げられる。萌黄の鮮やかな色の上に座らされ、手前に冬明が座した。
「真弓は、男に抱かれたことがあるか」
首を横に振る。
「そうか。俺が、真弓の初めての男になるのだな。……嬉しい」
背中に手が回され、口吸いをされる。
知らぬ地に運ばれた緊張感からか、お互いの唇は乾燥しきっていた。しかし、口の中に舌を滑りこませて吸いあっているうちに、唇はしっとりとして吸い付くほどになった。
「初めてなら、よく愛撫してあげねばいけないな」
長袴の帯が解かれ、襦袢姿になる。冬明の手が襦袢の袷に伸びた折、真弓は顔をそむけた。
「私だけ脱ぐのは嫌です」
「恥ずかしいのか」
こっくりと頷くと、冬明は楽し気に喉を鳴らした。
「恥ずかしがっているお前を見るのは好きだ。もっと顔を赤くしろ。顔は隠すな」
──そう言われたら、断れないではないか。
袷が広げられ、襦袢の前が開かれる。
真弓の身体は薄く、ほとんど筋肉がついていない。よく、晴樹にちゃんと食べているのか心配されていた。
「綺麗な肌だな。仕事を知らない色をしている」
「褒めているのですか」
「もちろん」
つ、と彼の細い指が真弓の首元から腹まで滑っていく。
くすぐったいと思っていると、にわかに身体に快感が走った。
「冬明、な、にを……」
「お前の乳首は感じやすいのだな。少しつねっただけで身をよじらせるとは面白い」
一瞬にして頬が熱を帯びる。そんなところ、自分でも触ったことがなかった。
「やめて、ください」
「やめない。真弓の乳首はこんなにも膨らんで主張しているではないか。触ってあげなければかわいそうまでもある」
彼の指はなおも真弓の乳首をつねった。かと思えば、周りをくるくると触られ、もどかしくなる。
「触って……」
意識せず、願望が口をついて出た。
「ん?」
「私の乳首を……触ってください……」
「うけたまわった」
再びつねられ、さらなる快楽が身を襲う。
気持ち良いのに、心のどこかでなぜか切ない。
自分の乳首を打ち見ると、桃色になったそれはぷっくりと隆起していた。
「なめてやろう」
それは、と抵抗する前に、冬明の長く薄い舌が肌をなめた。舌先が乳首をかすめ、唾液のあたたかさも相まって心地よい。
彼は赤子のように乳を吸い、真弓の脳を痺れさせた。
「う、う……」
じゅるじゅるとたてられる水音が、背徳感をあおる。頭の中がほとんどとろけている気すらした。
「私ばかり悪いです……私も冬明を気持ち良くさせたい」
冬明の口が乳首から離れたのを見計らって、真弓は首を横に振った。
「ふん、お前が俺を気持ち良くなんてできるのか? たいそうな口を叩くものだな」
「で、できます」
馬鹿にされて黙ってはいられない。
言ったはもののどうすれば良いのかわからず、少し考えてから真弓は冬明の襦袢の裾をめくった。
「なにするんだ」
言葉こそ驚いているが、彼の顔は挑発するものだった。まるで、大人しかった子どもが生意気にも楯突いてきた時のような。
「なめます、私も」
めくった襦袢の向こうには、大きく反り立った冬明の肉棒があった。
先端からは雫をたらし、赤黒い血管が浮いている。自分のそれとはまったく異なり、凶悪な太刀に見まがうほどだった。
「俺のこれをなめるつもりか。口に入るのか?」
わからない。そもそも、やったことがない。
口淫など、漫画の世界でしか見たことがない。自信はなかった。
「……失礼します」
見よう見まねでやってみる。
冬明の肉棒の先端に舌を置き、ちろちろと垂れ続ける雫をなめとる。次に、亀頭だけを口に含んだ。
しかし思った以上に冬明のそれは大きく、たちまち呼吸ができなくなる。口吸いの時とは違い、鼻で息をするのもままならない。
なぜか眼裏から涙がにじみ出てきた。
「ほらみろ、できないと言っただろ」
それ見たことかと笑う冬明が憎い。真弓は後ろに手をつき、余裕そうである。
「ん、んっ」
無理やり喉に彼の肉棒を押し込む。どうにか冬明に気持ち良くなってもらいたかった。
ふいに、彼の笑う声が消えた。代わりに、荒い呼吸が頭上に降ってくる。
かと思えば、口の中に冬明の先走りが流れ込み、溺れそうになって口を離した。
「まあまあだな。初めてにしてはいいんじゃないか。ほら、しょっぱいだろ。吐け」
冬明が両手をうつわにして、真弓の前に差し出す。真弓は拒んだが、しょっぱさに耐えきれず吐き出した。
「最後までできませんでした」
「構わん。お前の言う最後まで、とは……子種を吐き出すまでのことを言うんだろう? それは口の中でしなくていい」
きょとんとしていると、刹那、冬明に胸元を押された。
体幹の弱い真弓は袿の上に仰向けに転がり、簡単に組み敷かれてしまう。
「最後は、お前の中で果てたい」
冬明は襦袢を脱ぎ、その美しい裸体をあらわした。
風呂ではちゃんと見られなかった彼の身体が、今、月光にあてられて光っている。
「いいな?」
問われて、真弓は頷くことしかできなかった。
「尻を痛めてはいけないから、油を使うぞ。ほら、力を抜いて足を広げろ」
広げようと思うのに、羞恥が勝って膝をすり合わせてしまう。見かねた冬明が太腿をつかみ、無理やり開かせた。
「まずはほぐすだけだ」
油をつけたせいか、彼の指先からは椿のあわい香がただよっている。
「一本、入れるぞ」
ひやりとした感触が尻にあったかと思えば、それがゆっくりと中に侵入していく。意外にも痛みはなかった。
指が奥に到達したのがなんとなくわかるが、まだ快楽はない。
「俺はさんざん坊主どもに抱かれたからな、加減は知っている。動かすぞ」
油のおかげでよく滑り、冬明の指が真弓の肉ひだをこすった。
──腹の裏をかき混ぜられている。
知らない感覚に身をゆだねているうちに、恥ずかしさも不思議と消えていく。
いつの間にか両足が蛙のごとく広がっていた。
「いい景色だ」
急に放たれた台詞にしばし首をかしげたが、自分の恰好のことだと悟り、再び足を閉じかける。途端に冬明に止められた。
「だから開いておけと言っているだろう。次は二本だ」
指が引き抜かれ、彼は壺に二本の指を浸した。
「痛かったら言え」
ぬぷ、と尻に先ほどより大きなものが触れる。
それはじわじわと奥へ押し込まれ、中で優しくひだをなでてきた。
「──あ」
思わず声が漏れる。初めはこそばゆかったが、次第に気持ち良さへと変わっていく。
「良かったか。お前はここがいいのだな」
さらに同じところを責められ、どんどん気持ち良さが積もっていく。それはついに堰を切って身体を震わせた。
「これで痛くないのなら、俺の肉棒も咥えられそうだな」
ないはずの胎が、目の前の男の肉棒をほしがってうずいている。
「入れて、ください」
「ねだるとはいい身分だな」
「お願いします……冬明」
「わかっている」
肉ひだをなでつつ指が抜かれていき、その流れで冬明は自分の肉棒を構えた。
「俺を、受け入れろ」
ごり、と尻に押し付けられたものは脈打っており、段違いに熱をもっていた。
──今から、彼のものが私の中に入るのか。
心臓がうるさく音をたて、早く早くとせかしている。
「言っておくが、止まれないからな。息を吸ってゆっくり吐け」
言われた通りに息を吸い、時間をかけて吐き出す。
それと同時に、肉を割って冬明の肉棒が中へ中へと入ってくる。
油でなめらかに滑り込み、真弓が息を吐きつくしたあたりで最奥に到達した。
「奥に……入りましたね」
「そうだ、お前が俺を受け入れた証拠だ。よく締まるな」
腹の底が冬明の肉棒を包み、抱きしめている。ようやく自分は、彼の全てを知ることができたのだ。
「いいか、動くからな」
「はい」
冬明の腰が前後に動くのに合わせて、真弓の腹がうねって肉棒を離すまいと食らいつく。
奥を突かれるたびに声がもれ、自分からこんな甘い声が出るのだと脳裏で驚いた。
「もっと声を出せ。どうせ聞こえやしない」
「あ、あっ……あ」
もはや喘ぎは止まらなかった。
「お前は、俺のものだ」
冬明の細面が迫り、肩に口吸いをされた──かと思えば、肩を強く噛まれた。
「痛いっ」
「真弓が俺のものだという証拠だ。他の奴には絶対、渡さない」
肉と肉を打ち付け合う音が塗籠の四方に響く。
「そろそろ出すぞ。中に」
「中、ですか」
「最初からそのつもりだと言っただろ。ほら、お前もいけ、果てろ」
上から冬明の汗がしたたってくる。
瞬間、ひときわ強く奥に肉棒を押し込まれ、意識が飛びそうになった。
「あ……んっ……!」
ふわっと身体が宙に浮かんだ気がして、いつの間にか真弓は射精していた。
腹の上に白濁が小さくまかれているのを見て、赤面する。
「俺も、いく……!」
冬明の目が閉じられ、眉間にしわが寄る。一寸の間を置いて、真弓の胎に熱いものが注ぎ込まれるのを感じた。
彼は肉棒を引き抜き、息をつきながら額の汗を腕でぬぐう。
身を起こして足の間を覗くと、真弓のものとはくらべものにならないほどの白濁が菊門からこぼれ、流れ出していた。
──私が女性だったら、この一回で孕んでいたに違いない。
「辛くなかったか」
「はい。私は大丈夫です。冬明は平気ですか」
「お前な……俺は抱いた側なんだぞ」
呆れたような顔を向けてくる彼は、少し前の欲情にまみれた様子は微塵も感じさせなかった。
「俺は女のところに戻らなくちゃいけない。朝起きて、家人どもに騒がれたら困るからな。だが、明日からはお前を手元に置こう。妻として」
「子どもなど産めませんが、問題はないのですか」
「なに、将軍がいくら傀儡だろうと俺が言うことを聞かせてみせる」
一笑に付す冬明が頼もしい。冷えてしまう前に、と急いで真弓は女房装束を身にまとった。
冬明にも襦袢を着せてやる。なんとなく、本当の女房になったようで嬉しかった。
「さて……もっとお前と共寝していたいが、仕方ないな」
真弓の膝裏と背中にそれぞれの手があてられ、次に軽い動作で横抱きされた。
自分と大して背丈の変わらぬ男を抱えられる冬明の力に驚きながら、「重くないですか」と訊いた。
「お前を負ぶった時にも言ったが、俺よりは軽い。これくらい造作もない」
横抱きされたまま塗籠を後にして、簀子から寝殿へ引き返す。
夜風が火照った頬に触れて涼しい。
「俺がお前を連れてこられるのはここまでだ」
寝殿の御簾の前で降ろされ、冬明がつぶやいた。
「一応訊いておくが、お前は俺を連れ戻しに東国に来たのか」
「……はい。たった今、決めました。冬明は私とあの都で、あの屋敷で幸せになりたいと言いましたよね」
あの屋敷で彼が怒りを抑えながら言ったことを、はっきりと覚えている。
「そうだ。お前も、同じ気持ちか」
真弓は頷き、胸の前で握りこぶしを作った。
「冬明、東国に帰りましょう。どうやって帰るかは考えていませんが、絶対に」
彼の双眸に光が宿る。それは月の光が映っただけだったかもしれないが。
「約束だ。俺たちの家に、必ず帰ろう。……おやすみ、真弓」
女房風に下ろした垂髪を、冬明の指がなでる。
「おやすみなさい、冬明。また、明日」
短い口吸いを交わして、一顧せず簀子を去る。
振り向いてしまえば、冬明の胸に飛びついてしまいそうだった。
女房の詰所までたどり着いてから、真弓は長い息を吐いた。
──夢、みたいだった。
だが、確かに夢ではない。
袿の下で、静かにじくじくと噛まれた痕が痛んでいた。
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