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第44話 フレディからフレデリックへ

 泣いている……俺の大好きなご主人様。  黒猫だった俺はもう命が尽きる寸前で、彼を慰める事が出来ない。  ああ、これは前世の記憶だ。  泣かないで。  そう思っていても、黒猫の俺に彼の涙を拭う事は叶わない。  なぜ俺は同じ人間ではないのだろうか。  彼と同じ人として生まれ、彼と同じ手を持っていれば、とめどなく流れ出る綺麗な涙を拭ってあげられるのに。  彼と同じように話す事ができれば、彼の心を少しでも慰めるような言葉をかけてあげる事もできるのに。  彼と同じ寿命があれば、少なくとも猫の寿命よりは長生きして一緒の時を刻む事ができたかもしれない。  結局俺は猫だから、何も残してあげられないんだ。  それが悔しくて悲しくて。  ごめん。  ごめんね、クロード様。  俺を可愛がってくれてありがとう。  そばに置いてくれてありがとう。  もし生まれ変わる事ができたら彼と同じ人間に生まれ、今度こそ自分が彼に今までの恩を返したい。  その涙を拭って、慰めて、この手で守って……ずっと一緒だよって伝えたい。  そうだ、俺は……その為に――――  前世の俺の寿命が尽きた時、遠くから俺を呼ぶ大好きな声が聞こえてくる。  「……ック! ……リック!! 私はここだっ」  「クロー……ド……さま」  ゆっくりと瞼を開いていくと、目の前には涙を流してこちらを覗き込んでいるご主人様の綺麗な顔が目に入ってくる。  夢の中の幼いクロード様と同じ状況だけど、目の前のご主人様は大人で……どうして泣いているのだろう。  頭の中の記憶が混乱していて、状況を上手く飲み込めていなかった。    「リック!!!」  「ふふっ……相変わらず泣き虫ですね。 俺のご主人様は」  「……リック?」  そうだ、俺はリヴィエール殿下を守ろうとして刺客にお腹を蹴られたんだ。  そこへクロード様が助けに来てくれて、安心して……そのまま意識が遠のいていったんだった。  ここは俺がお世話になっている部屋。  きっとご主人様が連れて来てくれたに違いない。  俺はその事に心から感謝しつつ、泣きじゃくるクロード様に言葉をかけた。  「心配かけてごめんなさい、クロード様」  「うぅっ……本当だよ! こんなに心配かけて……っ、君は悪い子だ……!」  「ははっ……っ」  駄々っ子みたいに言うクロード様が可愛くて笑うと、蹴られたお腹が痛んだので少しベッドの上で蹲る。    「ごめんね、リック!」  途端にしおらしく謝ってくるご主人様が可愛らしい。  ああ……この人の目には今俺だけが映っていて、俺のことで頭がいっぱいなんだ。  それが嬉しくて、堪らなく愛おしくて、愛する人と言葉を交わせる今が幸せすぎる。  俺は自分の手で大好きな人の涙を拭い、ずっと伝えたかった事を話し始めた。  「クロード様、俺はずっとこうやってあなたを慰めて、言葉をかけて、沢山お世話をしてあげたいと思っていました。 猫だった俺は最期までそれが心残りだった」  「リック……君は…………やっぱりフレディなんだね」  「はい。 伝えるのが遅くなってごめんなさい」    謝る俺の頬をクロード様の大きな手が包み込む。  「分かっていたからいいんだよ。 私が君を分からないわけがないだろう?」  「…………っ」  やっぱり何度生まれ変わっても、ご主人様のそばにいたい。  この人が俺の全てだから。  自然と唇が近付いてくるので身を委ねた……次の瞬間。  「ゴホンッ。 そろそろいいだろうか」  「ちょっと、二人の世界に入りすぎ……こっちが恥ずかしいから」  「「………………」」    この声は王太子殿下とリヴィエール殿下では……クロード様の後ろに視線を移すとお二人が立っていて、少し恥ずかしそうにこちらを見ながら呆れた顔をしている。  俺はすっかりクロード様しかいないと思い込んでいて、あまりの恥ずかしさに布団の中に潜り込んだ。  「ククククロード様ッ!! どうしてお二人がいらっしゃるって言ってくれなかったのですか?!」  「ごめん、ごめん。 リックがあんまり可愛いものだから、彼らの存在を忘れていて……」    「ちょっ……ひどーい!」  「まぁ、そんなことだろうと思ったが」  クロード様の言葉にリヴィエール殿下が抗議の声をあげ、王太子殿下はすっかり呆れ返っている。  俺のご主人様は本当にこういうところがあるから……油断していると大変な事になるんだ。  でもこういうやり取りも無事だったからこそなので、嬉しくもある。  再び布団から顔を出すと、皆がこちらに視線を移して笑顔になった。  「フレデリック、リヴィエールを命懸けで守ってくれて感謝する」  「ありがとう、フレデリック」  「え、あ、お二人とも! お顔をお上げください! 俺は当たり前のことをしただけですからっ」  王族の方々に頭を下げさせたなんて、前代未聞だ。  慌てて声をかける俺に、顔を上げた王太子殿下がこちらを見ながら穏やかに微笑む。  「いいや、お前のしたことで私も色々と覚悟が決まったのだ」  「え?」  驚いて変な声が出てしまう俺。  王太子殿下はリヴィエール殿下と見つめ合い、よく見るとお二人は手を繋いでいる。  もしかしてお二人は想いが通じ合ったのだろうか……?    「もうすぐ私の生誕祭があるのだが、その時に私たちの関係を公表しようと思っている。 リヴィエールの体の事も」  「え?!」  「なんだよ、そこは喜ぶところだろう?」  「え、いや、あんまり突然だったので驚いて……」  王太子殿下もこの件には頑なだったし、リヴィエール殿下も思い悩んでいたから、こんな展開になるとは思わなかった。  俺が意識を失っている間に色々とあったのかな。  でもお二人がとても幸せそうに見えて、これで良かったのかなと思える。  「まぁ、色々と問題は山積みだが……リヴィエールを失う事に比べればな。 生きていれば何とかなる」    そう言った王太子殿下は酷くスッキリした表情をしている。  弟君の危機を目の当たりにして、その存在の大切さをヒシヒシと感じたのかもしれない。  「そうです、生きていれば何とかなりますよ!」  「また適当な事を言って……まぁお前のそういうところ、結構気に入ってるけどね」  「リヴィエール殿下……嬉しいです。 私も殿下のこと、(人として)好きです!」  「「「なっ!!」」」  どうやら俺の発言は皆に誤解を与えたらしく、慌てて訂正したもののクロード様はなかなか許してくれずに、布団の中で意地悪をされてしまう事になるのだった。  

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