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第49話 敵の根城で大暴れ

 そんなやり取りをしていた俺たちは、すっかり油断してしまっていた。  リヴィエール殿下は狙われやすい人で、一番護るべき人物であるという事を……そして敵は、虎視眈々とつけ入る隙を窺っていた事を――。    バルコニーには俺たちと木々の騒めき、ホールからの音楽や人々の笑い声だけ。  突然バルコニーの扉が開いたので振り向くと、そこにはバラデイン公爵が立っていた。  「これはこれは、リヴィエール殿下と……ノンマルディー公爵のところの……」    殿下を見た後に俺に視線を移した閣下の表情は、いかにも忌々しい者を見る表情だ。  こちらも同じだと言ってしまいたくなる。  どうせ、庭園での襲撃も公爵に違いない。  まだ刺客は口を割っていないので真犯人は分かっていないけれど、俺の中では確信していた。  刺客は、迷いなく俺を始末してリヴィエール殿下を手に入れようとしていたから。    でも今はそんな事を言うような状況ではないかもしれない……なんとなく公爵の様子に違和感を感じる。  すぐに殿下の方へ視線を移したバラデイン公爵は、恍惚とした表情で話し始めた。  「リヴィエール殿下……まさか殿下が”神の子”だったとは。 さすがの私でも知りませんでしたぞ」  「黙っていてすまなかった。 大っぴらにするような話題でもなかったのでな」  「そうですね。 ですがもっと早くから知っていれば、色々とやりようがありましたのに」  「なに? 今なんと……」  公爵から意味が分からない言葉が出て来て、殿下は混乱している様子だった。  なんだろう、イヤな予感がする……そう思っているところでバルコニーの扉が開かれ、見たことのない何人かの貴族男性がやってきたのだった。  よかった。  いくらバラデイン公爵と言えども、他の貴族たちがいる前でヘタな事は出来ないだろうから。  今の内にバルコニーから出よう。  そう思ったのに。    「閣下、リヴィエール殿下は分かりますが、この護衛もですか?」  一人の貴族男性が俺を指さしながら公爵に声をかける。  そしてバラデイン公爵は下卑た笑いを浮かべ、舌なめずりをしながら話し始めた。  「リュミエーナがそこの泥棒猫も連れて来いとうるさいのでな。 眠らせるだけでいい。 殿下は傷つけるなよ」  「承知いたしました」  これは罠だ。  彼らは公爵の手の者————狙いは最初から俺と殿下だったなんて——!  「殿下、離れないでください!」  「分かった……!」  殿下を背中に隠してバルコニーの柵へと後退る。  どうしよう……今声をあげたところで、俺が勝手に騒いでいると言われれば終わりだ。  周りは貴族だらけで公爵の手の者ばかり……バラデイン公爵を犯人扱いしたと皆に罪をかぶせられれば、クロード様の立場も危うくなってしまう。  そんな俺たちの前に貴族男性が立ちはだかり、薄気味悪い笑みを浮かべてこちらを見据えてくる。  「ふふふっ。 恐れることはありませんよ。 すぐに終わります」  「何を……!!」  俺が言葉を発した瞬間、何かが首に刺さり、体が痺れて倒れ込んでしまう。  これは、吹き矢?!  「ぁ…………う……」  言葉を発する事ができない……体も上手く動かす事ができないなんて——。    「フレデリック!! …………っぁ」  俺の名を呼ぶ殿下もすぐに俺に覆いかぶさるように倒れ込み、言葉を発しなくなった。  殿下にも吹き矢を……!  意識が朦朧としてくる中、頭上でバラデイン公爵の声がしてくる。  「手こずったがようやく手に入れる事が出来た。 慎重に我が邸に運べよ」  バラデイン公爵の邸……?  まさか、そこで闇取り引きが行われていたのか……?!  抵抗したいけれどまったく体の自由がきかない……殿下に触るな…………クロード様————  誰かに運ばれるような感触があり、そこで記憶が途絶えたのだった。  ~・~・~・~・~・~  徐々に意識が戻り、頭がはっきりしてくる。  あれからどれくらいの時間が経ったのだろう……朝ではないのは確かだ。  薄っすら目を開いてみると、部屋は薄暗い。  貴族の邸のような……そしてすぐに周りから声が聞こえてくる。    「ちょっと、死んでないでしょうね」  「それは大丈夫かと思います。 閣下には麻酔薬を使えと言われておりましたので」  「ふん。 早く目覚めないかしら。 私からクロード様を奪った泥棒猫のくせにいつまで寝てるのよ」  閣下にはって……ここはバラデイン公爵の邸か。  貴族令嬢のような言葉遣いのこの女性は、クロード様と婚約する予定だったリュミエーナ様?  俺は手首を後ろで縛られていて、うつ伏せになっていた。  この様子だととても嫌われているようなので、あまり起きたくないな。  そんな俺の気持ちが伝わっているかのように、リュミエーナ様の足で頭を踏まれてしまう。  「……うっ……ぐぁぁ……っ」  「あら、やっと起きた? 随分お寝坊さんね、泥棒猫は」  「やめろ!! フレデリックに何をする!」  すぐに近くからリヴィエール殿下の声もしてくる。  リュミエーナ様の足が離れたので、慌てて体を起こした。  「いたぁ……っ」  「フレデリック! 大丈夫か?!」  「殿下……」  すぐ隣に殿下がいてくれて俺の心配をしてくれる。  リヴィエール殿下は縛られていないようで、ホッと胸を撫でおろした。  「大丈夫です。 このような事になって申し訳ございません」  「お前のせいではない……むしろこれは私のせいだろう」  「あら、そこの泥棒猫に関しては自業自得よ。 クロード様に色仕掛けをして彼を誘惑した雌なのだから」  リュミエーナ様は俺の前に仁王立ちして、思い切り蔑みの目と言葉を放ってきた。  愛する人をとられたから……美しい人がここまで歪んでしまうのか。  でも俺はクロード様が誰かを愛しても、その人を攻撃したいとは思わない。  辛いとは思うから同情心だけは湧きあがってきてしまう。  でもリヴィエール殿下は同情心の欠片もなかったのか、バッサリと切り捨てたのだった。  「ふん、下品な言葉だ。 仮にも公爵家の令嬢なのだから言葉遣いには気を付けたらどうだ?」  「な、なんっ…………!!」  どんどん顔が赤くなっていくリュミエーナ様……これ以上は刺激しない方がいいのではと思うのに、殿下の口撃は止まらない。  「それほど品を欠いてはクロードに選ばれるのは難しいだろうな」  「黙ってください!! あなただって下品な体で王太子殿下に迫り、無理やり既成事実を作ったのでしょう?! そうでなければあの聡明な王太子殿下がカントボーイなど呪われた人間を相手にするはずがありませんもの!」  「はぁ…………本当に下卑た考え。 気持ち悪いよ、お前」  「あなたこそっ!!」  二人の口論はどんどんエスカレートしていく。  どうしよう……このままだと取っ組み合いに発展しそうだ。  そう思っていたところに、ねっとりとした声が響き渡った。  「リュミエーナ、その辺にしておくんだ。 殿下に失礼だぞ」  「お父様……!」  「バラデイン、子の躾はちゃんとしておいた方がいい。 王族に対しての言葉遣いは酷すぎる……不敬罪に当たるぞ」  「申し訳ございません、リヴィエール殿下! 娘にはよくよく言って聞かせますので……まぁ殿下はもうすぐ王族ではなくなるのですけれどね」  「な……っ」  バラデイン公爵はニヤリと醜悪な笑いをしながら、こちらに近付いてくる。  でも公爵は殿下を素通りして俺の前に立ち、突如髪を鷲掴みにされてしまう。  「殿下は後でたっぷり可愛がって差し上げます。 その前にこの猫を黙らせなくては」  バラデイン公爵の手には小瓶が握られていて、その瓶の口を無理やり俺の口内に突っ込んできて、何かの液体を流し込まれてしまうのだった。  「うっ……ぐぅっ……んんっ」  「バラデイン、フレデリックに何をする!!」  「ふふっ。 これを飲めばとても気持ちよくなれるんですよ、殿下。 媚薬というものです……ここには沢山屈強な男がいるので、淫乱な猫の相手をしてもらいましょう」  びやく……?  無理やり飲まされた液体のせいで、体がどんどん熱くなってくる……心臓が脈打つ音が耳に直接響いているかのようだ。  俺の体、どうなってしまったんだろう……熱い……。    「うふふふふっ! 滅茶苦茶にされればいいのよ!! その姿をクロード様に見せてあげるわ……とんだ淫乱だってね!」  「バラデイン! その手を放せ!!!」  リュミエーナ様の笑い声が頭に響き渡り、リヴィエール殿下はバラデイン公爵に掴みかかっている。  「ご心配しなくとも殿下にもすぐに飲ませてさしあげますよ」  「なに……?!」  だめ……これを殿下に飲ませるなんて……!!  何か打開策はないかと部屋を見回す――。  そして壁にあるチェストの上に、燭台が2つ置かれているのが目に入ってくる。  何本ものロウソクには火が灯っている……アレを倒せば火事になって大変な騒ぎになるかな。  一か八か――――。   俺はフラつく体に力を込め、バラデイン公爵に力の限り体当たりをした。  「ぐぁっ!!」  一緒に倒れ込みそうなのをグッとこらえ、なんとかチェストの方へ駆けて行った。  「はぁ……っ、はぁ…………殿下、私を置いて逃げてくださいね……」  「フレデリック、何を……!」    燭台に立っているロウソクを一本手に持ち、その他は絨毯へと何本も投げ飛ばした。    「な、何をするの……!!」  「これで、この邸は終わりだ…………」  すぐに絨毯に火が燃え移り、手に持ったロウソクの火でカーテンを燃やしていく。  このままこの邸ごと燃やし尽くしてくれ……!    「誰か! 早く火を消しなさい!!」  「「は、はい!!」」  邸の使用人たちが次々に入ってきて火を消そうと慌てふためく姿を、ボーっとする頭で眺めた。  もう人の手では消せないくらい燃え広がってきている。  もっと広まって……!!  そしてここの火事でクロード様たちが気付きますように――。  でもそろそろ体に限界がきたのか、膝に力がなくなって座り込んでしまうのだった。    「大丈夫か?!」  「殿下……殿下は逃げないと……!」    そこへ、リュミエーナ様が発狂しながら俺の胸ぐらに掴みかかってくる。    「あんた、なんて事をしてくれたのよぉぉぉおお!!! 邸が全部燃えてしまうじゃない!!」  「へへ……泥棒猫にも、できる事があるんです……」  「くそっ! リュミエーナ、何をしておる! 早く逃げるのだ!! 殿下もご一緒に行きますぞ!」  「やめろ! フレデリックを置いては行けない!!」  抵抗する殿下を公爵が担ぎ上げた。  俺と一緒にいたら殿下を巻き込んでしまうから、担ぎ上げてくれてホッとする。  よかった……そう思った瞬間。  バラデイン公爵のもとへ駆け寄るリュミエーナ様がこちらに振り返り、悪魔のような言葉を放った。  「あんたはここで死ぬのよ、全ての罪をかぶってね!! そして飼い猫の不始末の責任をクロード様が取って、私と結婚するの……あっはははは!!!」  「なっ……!」  そんなことさせない……!  そう思ったのに、媚薬のせいでどんどん体が熱くなり、部屋も熱いしその場で倒れて動けなくなってしまう。  「うぅ…………」  「じゃあね、泥棒猫!!」  くそ…………俺はどうなったっていいけど、クロード様が…………クロード様――!!  心の中で必死にご主人様の名前を呼び続けた。  瞬間、扉の方から愛する人の声が聞こえてくる。  「誰が泥棒猫だって?」  視線を移すと、そこには愛する人が息を切らして立っていたのだった。  

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