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第二話 ギムレットにはまだ早い
最初の失敗から二日後、バンケットスタッフに扮したオレは、バカでかいホテルの最上階にいる。
今日は、九条グループの子会社で開催されるパーティーに参加する九条を狙いにきた。
子会社のパーティーが、この規模なのかよ。
金持ちの考えることはマジで意味が分からない。
そんなことを思いながら、伊達メガネのすこし曇ったレンズ越しに九条を見つめる。
綺麗に着飾ったお坊ちゃんは、ボディガードらしき男二人を近くに置いて、挨拶回りをしていた。
完璧な笑顔に、周りの参加者達が目を奪われているのが分かる。
あんまり目立ってくれるなよ。
ボディガード二人と、他人から視線を集めている九条にどうやって近づくか。
『——ちょっと、なにモタモタしてんのよ?』
「モタモタしているわけじゃねえよ」
インカムから雨宮の声が聴こえてきた。
今回は、デカい会場ということもあって、雨宮も同行していた。
『あの綺麗子ちゃんね? むむむー、たしかに男にしておくのはもったいないわね……』
「なにに張り合ってんだよ」
どんだけ綺麗だろうが、お前らは男だろうが。
「……」
遠目から九条を監視していると「すみません、同じものをもう一杯いただけますか?」と参加者から声をかけられる。
「かしこまりました」
『……フフフッ、朔の丁寧語、素敵ね……フフッ』
思ってねえことをいちいち言うな。
思わずインカムを外しそうになるが、我慢だ。
「……」
『それで、どうするの?』
「そうだな……」
人前での拉致は誰かに見られるリスクがあって危険だ。
やはり、九条に睡眠薬入りの飲み物を飲ませるのが簡単か。
そうすれば、この会場から出ざるを得ないだろう。
問題は、どうやって飲ませるか。
『直接飲み物をもらいにきてくれたら早いのに!』
「さすがにそこまでバカじゃねぇだろ」
アイツは御曹司だ。
それに、この前のアイツの態度。
あの落ち着き。
きっと過去に誘拐されかけたり、命を狙われたりしたことがあったんだろう。
特に、殺し屋を仕向けられたタイミングだ。
口に入れるものには人一倍気をつけているはずだ。
「すみません」
後ろから声をかけられて、オレは「はい」と笑顔を浮かべて振り返る。
「ッグ!」
オレに声をかけてきたのは九条で、大きな声を出しそうになったが堪えた。
「大丈夫ですか?」
『朔?』
マジかよコイツ。
そう思いながら九条に視線を向ける。
生地のせいなのか、はたまたコイツの顔立ちのせいなのか、シンプルなスーツがどことなく輝いて見えた。
後ろにライトでも背負ってんのか?
「あの」
「し、失礼しました」
「飲み物が欲しくて」
おいおい、嘘だろ。
数日前殺されそうになったのに、普通に飲んだり食ったりするのかよ。
「なにをご用意いたしましょうか?」
動揺を隠すように、笑顔を貼り付けて質問をすると、九条は「うーん、そうだね……」と考えるそぶりを見せる。
「……それじゃあ、あなたのおすすめをもらえますか?」
そう言って笑った九条に、オレも同じように笑顔を貼り付けたまま一礼する。
「……すぐにお持ちいたします」
バックヤードに引っ込むと『ちょっと、大チャンスじゃない!』という雨宮の興奮している声に応える。
「大チャンスすぎて怖え……」
『はい?』
なにを考えてるんだ、アイツは。
生に対する執着みたいなものはないのか。
「……まあ、どうでもいいけどな」
『え? なに?』
「……なんでもねぇよ」
用意したのはギムレット。
隠し持っていた味も香りもしない睡眠薬をグラスに仕込む。
「……」
バックヤードから戻って、九条に声をかける。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
九条はグラスを受け取ると、グラスの中を静かに見つめながら「コレは?」と聞いた。
「……ギムレットです」
「……へぇ」
カクテルの名前を聞いた九条は、グラスを持ち上げてギムレット越しにオレをジッと見つめた。
ヤツの口元がゆるく弧を描いたのが見えて、なぜだが背筋が寒くなる。
「ギムレットには……まだ早いね?」
「っ!」
その一言に、喉の奥が詰まった。
——このタイミングでそれを言うのか。
オレは、九条の手にあるグラスを咄嗟に叩き落とした。
グラスの割れる音が響いたが、ざわついているパーティー会場内でその小さな音に気づいた人間は少ない。
「し、失礼しました……」
「凪様!」
二人いたボディガードの若い方が駆け寄って来た。
「おケガは?」
「大丈夫だよ」
そう言ってボディガードは九条のことを、上から下まで確認する。
「……お召し物にシミが……」
「ああ、濡れてしまったね」
「すぐに着替えを」
「ありがとう」
九条は一瞬オレに視線を向けたあと、ボディガードに「僕の部屋に用意しておいて」と告げた。
「あなたは大丈夫ですか?」
「……ッ」
「必要でしたら、着替えてくださいね」
「あ、りがとうございます。も、申し訳……ございませんでした」
オレは一礼をすると、すぐにバックヤードに戻った。
そんなオレをバーカウンターから見ていた雨宮から連絡が入る。
『ちょっと! アンタなにしてんのよ!』
「……」
『あんな大チャンスを自分で潰すなんて、信じらんない!』
「……試された……」
『え?』
さっきのアイツの言葉。
——ロング・グッドバイ。
オレの存在に気づいて言ったのか、それとも、たまたま出たセリフなのか。
だが、あのタイミングでこのセリフがたまたま出てくるなんてことはあり得るのか?
——否。
オレがあのときの殺し屋なのだと疑ったのだろう。
そして、確証を得るためにオレを試した。
無意識に拳を強く握ると、布の手袋が鈍く軋む音が聞こえてくる。
薬が入っていることが分かっていて飲もうとしたのか。
『ちょっと? なに? どういうこと?』
「……おちょくられてるってことだ」
『え?』
「……」
もう一度、確かめる。
「アイツの部屋に行ってくる」
『……大丈夫なの?』
「……」
アイツがなにを考えているのか、正直分からない。
だが、オレの仕事はただひとつだ。
「仕事をしてくる」
『……分かったわ』
パーティー会場を出て、一階下のスイートルームのあるフロアに向かった。
九条が借りている部屋の前に着くと、中の様子を伺う。
さすが高級ホテルのスイートルーム。
音漏れはしない。
防音対策はバッチリか。
カードキーを取り出して、組織が借りた九条の隣の部屋に入るとバルコニーに向かった。
「……」
窓を開けてバルコニーに出ると、隣のバルコニーを見る。
目隠し用の壁で半分隠れているが構造はコチラと一緒だろう。
このくらいなら、命綱がなくても隣に飛び移れる。
手すりに足をかけて隣に飛び移ろうとしていると、目隠し用の壁の奥から九条が顔を出した。
「!?」
「やあ」
「……っ!」
やっぱり待っていたか。
そう思ったオレは、音を立てないようにイヤモニを外した。
「やっぱり君だったか」
嬉しそうな顔で笑う九条に、オレは大きなため息をついた。
「気づいていたか……」
「最初は半信半疑だったけどね」
半信半疑だった九条が確信を持ったということは、アレか。
「ギムレットか?」
「うん。カマをかけてみたけど、予想以上に上手くいったよ」
ヘマしたのはオレだ。
そこは、潔く負けを認めよう。
「こっちに来るでしょ?」
「……は?」
「大丈夫。相馬さんなら、もう上に戻ってもらったから」
その言葉に、ますます意味が分からなくなった。
「お前は……なにを考えてるんだ?」
「え?」
オレの言葉の意味が分からないのか、九条は少しだけ目を見開いた。
だけど、口元は綺麗な笑みを浮かべたまま。
いろんな人間と関わってきたが、ここまで読めない人間は初めてだ。
「普通……もっと警戒するだろ」
「……それ、君が言うんだ?」
そう言って笑ったあと、九条は手すりから少し身を乗り出すように東京の夜景に視線を向ける。
「僕はさ……正直、もういいと思ってるんだ」
「……なに?」
「生きる資格もないし」
「……は?」
九条はオレのことを見つめると「もう、疲れちゃったんだよね」と感情のない笑みを見せた。
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