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第三話 最期の語らい

心底、どうでもいい。 九条の表情からは、それ以外読み取ることができなかった。 金も名誉も持っていて、なに不自由なく暮らしているお前が、どうしてそんな顔をするんだ。 泥水をすすってまで生きてきたオレが、喉から手が出るほど欲しいと思っていたものを、生まれながらにして持っているお前が——死んでるように生きてるんじゃねえ。 勢いをつけてバルコニーの手すりに足をかけると、九条のいる隣のバルコニーに向かって飛ぶ。 「わお」   着地の直前に足を曲げて衝撃を殺す。 「そんな危ないことをしなくても、普通に扉から入ればいいのに」   なにも答えずに視線だけを九条に向けると「ん?」と首を傾げた。 「……ひとつ、聞いてもいいか」 「……」   オレがそう言った瞬間、九条の顔から笑顔が消えた。 こんな冷たい表情もできたのか、と背筋が凍った。 「……」   なにも答えずに部屋の中に戻ろうとする九条の腕を、無意識につかんでいた。 「……なに?」 「……それはこっちのセリフだ」 「……なにを聞かれても答える気はないよ」   冷たく言い放った九条に「なぜだ?」と問いかける。 「……」   九条は、オレのことを冷めた目で見つめたまま「だって、君はやさしいから」と告げた。 「は?」 「僕に質問をしちゃったら、殺せなくなっちゃうんじゃないの?」 「……ッ」   そんなことはない。   プロの殺し屋だったら即答すべき質問に、言葉を詰まらせたことに自分自身が驚いた。 そんなオレの心情を察したのか、九条は目を伏せると「君は……やさしすぎるね。少し残念だなぁ」とため息交じりに吐き捨てた。 「なに?」 「君が僕を殺してくれないのなら、代わり君の組織の別の人を寄越してよ」 「……それは……自分を殺す人間を送れって言ってんのか?」 「そうだね。ゆっくりお茶でも飲みながら、最期の語らいをして。それで、綺麗に終わらせてくれるならそれでもいいよ」   殺してくれるなら、オレ以外でもいいってことか。 ふと、そんな思いが浮かんできて、オレは顔を横に振った。 「……お前を殺すのはオレだ」 「そう?」 「……ああ。オレ以外にお前は殺させない」   オレの言葉に伏せていた顔を上げると、いつもの綺麗な笑顔に戻った。 「それじゃあ、最期の語らいに付き合ってくれるかな?」 「……」 「僕も、殺されるなら君がいいから」   嬉しそうに笑うコイツに、オレは戸惑いを隠せない。 「……っ」   なにを考えているのか、本気で分からない。だけど、オレは《何でも屋・鴉》のメンバーだ。 組織のため、金のため、親父のため——そして生きるため。 九条凪を殺す。 もう一度、心の中で誓いを立てたあと、部屋の中に入って行く九条の背中を追う。   部屋の中に入ると、間接照明のやわらかい光に照らされたティーセットが机の上に静かに並んでいた。 「好きな紅茶はあるかい?」 「ない」 「それじゃあ僕のおすすめを淹れるね」   そう言って九条は立ち上がると、部屋の奥にあるキッチンスペースへと向かった。 すぐにお湯の入った電気ケトルを持って戻ってくると、ソファーに座る。 「座ったら?」 「……結構だ」   断ると「それじゃあ語りにくいから、座ってよ」ともう一度すすめてくる。 「……」   仕方ない。 オレがソファーに座ると、口角を軽く上げて茶葉の缶に手を伸ばすと、蓋を開けるて「いい香りだよ」と笑った。 湯気で薄く曇った透明なガラスのポットに茶葉を入れたあと、お湯を勢いよく注いだ。 茶葉がポットの中で楽しげに踊る様子を、九条は愛おしそうに見つめる。 「あとは、蓋をして蒸らすだけ。待っている間に、なにか食べるかい?」 「いらねぇよ」 「そっか」   九条はティーセットの隣に置いていたクッキーの缶に手を伸ばすと「これ、僕のおすすめなんだ」と言いながら蓋を開ける。 「……」 「君は、ずっと殺し屋をやっているの?」 「……聞いてどうする」 「知っておきたいじゃないか」 「……殺されるのに?」   オレがそう言うと、九条は少しだけ目を見開いて固まったと思ったら、すぐに口元に手を当てながら声を出して笑った。 「フフッ、それもそうだね」   目を細めると、オレのことをジッと見つめる。 その視線に居心地の悪さを感じて、思わず拳に力を入れて顔をそらすと「そうだな……」と九条がつぶやく。 「君は……年齢は二十五歳前後。どちらかというと、肉弾戦の方が得意かな? 拳銃よりもナイフで、本来の利き手は……咄嗟のときに左が最初に出るから左手かな。情に深くてやさしいから、組織の中でも上と下に挟まれて苦労していそうだね」 「っ!」   プロファイリングか? それとも、オレ達の組織の情報がもれているのか。 咄嗟に立ち上がろうとすると「ああ、だめだよ。埃を立てないで」と九条に制止される。 「紅茶がこぼれちゃうでしょ」 「……っ」   コイツの頭の中はどうなってるんだ。 九条はポットをゆっくりと回し、カップに注いだ。 そして、ひとつを「お待たせ」と言ってオレの方に差し出した。 「ちなみに、なにも入ってないから安心してね」 「……」   信じられるか。 「……それで、なにを語り合いたいんだ」 「ん?」   カップを口に運んでひと口飲んだあと、九条は「まずは、君の名前が知りたいな」と笑う。 「却下だ」 「ひどいなぁ」   まったく思ってないだろ。 そんなことを思いながら、オレは疑問を口にする。 「オレ達のことを、どこまで知っている?」 「組織の名前くらいかな。ツテを使って調べたけど、なかなか綺麗に隠されてるね。君のところのエンジニアは優秀みたいだ」   それを聞いて、納得した。 九条グループはデカい企業だ。 どこかでオレ達のような裏稼業も生業にしている組織を調べることなんて、簡単なのだろう。 「オレが来ることを知っていたのは、調べたのか」 「それもあるけど」 「けど?」   九条はクッキー缶からクッキーを一枚取り出すと、口元に運んだ。 「……うん、そうだね。叔父さんのことだから、そろそろ次の刺客を送り込んでくるころかなって思って」 「……」   オレは、顔を隠すように右手で覆う。 依頼人が誰なのかも分かっているのに、なんでコイツはこんな冷静なんだと、大きなため息が出た。 「よっぽど僕が会長に指名されたのが気に入らないんだろうね。叔父さんはずっと、この九条グループを欲しがっていたし」   そりゃあそうだろう。 日本に住んでいて、九条グループがいらないと言う人間は多分いない。 「幼いころから命を狙われ続けたら、僕のような一般人でもそのサイクルが分かるようになるんだよ」   そんな物騒なことをにこやかに言えるお前は一般人ではねえ。 「さっきも言ったけど、僕はもういいんだ」 「あ?」 「僕には誇れるものや叶えたい夢……生きたいって思う希望がもうないんだ」 「……」 「自分のできる限りのことはしたから、未練もない」   九条はそう言うと、自分の両手を広げて視線を落とす。 「生に対する執着とか、そういうのももうないから……君と一緒に、最後の晩餐を楽しんでから綺麗に殺してもらいたいんだよね」 「……今まで送られてきた刺客はどうした?」   オレの質問に動揺したのか、九条の肩が少し動いたのが分かった。 「僕の周りの優秀なボディガードが返り討ちにしてくれたよ」 「……そうかよ」 「僕なんかを守ったことでケガをさせてしまったりして……申し訳ない気持ちになったけどね」   生に執着しない死にたがり本人より、生かしたい周りの方が必死だったってわけか。 九条はオレのことをじっと見つめたかと思えば、ニッコリと微笑んだ。 「あ?」 「だから、今回は趣向を変えてみたんだ」 「なに?」 「君達が防犯カメラの映像をハッキングしたのが分かったから、さらにそこから別の映像をかぶせてみた」 「……は?」 「驚いた?」 「……情報量が多い」   なにを言っているんだ、コイツは。 「あの程度じゃあ、九条グループの防犯システムは破れない。九条邸の敷地に侵入した瞬間、相馬さん達が僕の部屋にやって来るよ」 「……チッ」   こいつの手の上で踊らされていたってことかよ。 大きな舌打ちをすると「やっぱり君はそういうタイプの人間だよね」と九条が嬉しそうに微笑んだのが見えた。 「君が、僕のもとまでたどり着いた記念すべき刺客・第一号だよ。おめでとう」 「……お前のその死への執着を、少しは生への執着に変えろよ」 「どうして?」 「死ぬ覚悟がガンギマリしてるヤツなんか、殺しても興奮しねえだろ」   オレがそうつぶやくと、九条は「興奮……」とオレの言葉を繰り返した。 「君、人を殺すときに射精するタイプ?」 「……はあ!?」   顔が一気に熱くなるのを感じた。 そういう意味じゃねぇよ! つか、その綺麗な顔からなんつー言葉を吐いてんだ!   オレが驚いていると、九条が「なるほど」とつぶやいてゆっくりと立ち上がる。 そして、オレの座っているソファーの方に歩いてきた。 「つまり君は、相手が生きようと必死にもがいている姿に殺す価値を感じるんだね」 「……」 「それなら——」   座っているオレの膝の上に乗って首に腕を回すと「僕の生きている姿を見たら、殺してくれるかな?」と、目を細めてどこか誘うように微笑んだ。

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