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第四話 生きる喜びと絶望
オレを見つめる九条から目を逸らせないでいる。
オレに殺されるために、生きる姿を見せる、だと?
本当に、コイツの頭の中はどうなってんだ。
コイツの口から出てくる言葉や行動は、オレの想像を超えていく。
あまりにも理解不能で、だからこそ目が離せない。
そんなことを考えていると、結んでいた髪の毛が九条の手によってほどかれて、髪の毛が背中に流れ落ちる。
九条は、オレの顔から伊達メガネを抜き取ると自分にかけた。
曇ったレンズが消えたことで、九条の少し潤んだ瞳と形のいい唇がハッキリと視界に映る。
そして、そのまま顔が近づいてきたかと思うと——九条のやわらかい唇が重なった。
「……!」
驚いたオレが九条の腰をつかむと、九条は少しだけ唇を離して「ん?」と声を出す。
「……お前マジでなんなんだよ……」
「人間の生きている姿の最上級は性行為じゃない?」
「……倫理観どうなってんだよ」
完全に唇を離した九条は、首を傾げながら申し訳なさそうに眉毛を下げた。
「もしかして童貞だった?」
この野郎——。
その言葉を合図に、オレは九条の後頭部に右手を回して引き寄せた。
そして、噛みつくように九条の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ……ふ……」
角度を変えるたび、唇の隙間から九条の声がもれる。
「っ……」
綺麗にパンツの中に入っていたシャツを乱暴に引き出すと、その隙間から左手を肌にすべらせるように侵入させる。
そんなオレの腕を、九条がつかんだ。
「ちょっ、と」
動きを制止しようとする九条に、唇を離して至近距離で見つめ返す。
「……お前が誘ったんだろ」
「っ」
シャツをめくって肌に唇を寄せようとした瞬間、オレのポケットに入っていた携帯のバイブ音が部屋の中に鈍く響いた。
「……」
九条はオレの上から下りると「出たら?」と乱れたシャツを整えながら、なんともない表情を見せた。
「……」
ポケットから携帯を取り出し、イラつきを隠さないまま「……もしもし」と電話に出る。
『ちょっとアンタなにしてんのよ!!』
「……」
電話の相手は雨宮だった。
『インカムの意味分かってんの!? まだ綺麗子ちゃんの部屋にいるわけ!?』
「……すぐ戻る」
『は?』
それだけ答えて一方的に通話を切る。
「……」
オレが無言のまま携帯を見つめていると「連絡先でも交換しておこうか?」と、冷めた紅茶を飲みながら九条が提案してくる。
「いらねえ」
「そう」
「……」
ソファーに座っている九条に「再来週の土曜日……」と告げる。
「クリスマス、僕の会長就任パーティーの日だ」
「……それまでにお前を殺す」
「それじゃあ、残りの二週間は君と一緒に過ごせるんだね」
まるで、恋人同士の逢瀬の約束をしたときに見せるような微笑みを浮かべて、どこまでもズレた返答をしてくる九条に小さくため息をつく。
「楽しみにしてるよ」
「……」
九条の目元にかかっているオレの伊達メガネを回収してから部屋から出ると、急いでパーティー会場に戻るために階段を駆け上がる。
階段の上に人の気配を感じて顔を上げると、仁王立ちで怖い顔をしている雨宮がいた。
「アンタねぇ……」
「……悪い」
「悪いじゃないわよ! 勝手にインカムまで外してなにやってんのよ!」
あのときは咄嗟に外したが、その理由はオレ自身もよく分からなかった。
ただ、ちゃんとアイツの話と向き合いたいと思ったんだ。
「……」
「……」
なにも答えないオレに、雨宮は「……それで? 綺麗子ちゃんは始末できたわけ?」と話題を変えた。
「……まだだ」
「まだあ?」
雨宮はあきれた顔をすると「アンタまさか……本当に好みのタイプだからって、殺すのに躊躇してるんじゃあ」とため息をつく。
「そんなんじゃねえよ」
「じゃあなんなのよ?」
「……」
アイツの顔を思い出す。
生きることなんざ、心底どうでもいいと言わんばかりの冷めた瞳。
オレに殺されたいという言葉は、本気だった。
「……」
そんな人間を殺したところで、なんの価値もない。
「……もしかして、アンタも疑ってる?」
「あ?」
雨宮が、いつもと違って真面目な顔をしている。
「なにが?」
「……アンタは依頼者の情報を前もって確認しないから知らないのかもしれないけど」
「……」
顔の横でロープ状に編んだ髪の毛の先をくるくると回しながら、雨宮は落ち着かない様子を見せる。
「……殺しの依頼は、だいたいターゲットが裏社会に関わる人間や犯罪者だったのよ」
「……それで?」
「……あの綺麗子ちゃん……どうみたって真っ白でしょ」
「……」
アイツとちゃんと関わると、内面はだいぶやべえヤツだと気づくが、たしかに殺されるようなことはしていない。
ただ、身内の嫉妬で命を狙われているだけだ。
「お父様が……この依頼を受けた理由が気になるのよね」
「……」
オレは過去の殺しの依頼で、ターゲットの背景を確認していない。
だから、雨宮がそう言うなら、そうなんだろう。
「……アンタも疑ってるの?」
「……いや」
「……ほんとバカ正直ね」
雨宮は「そこは、嘘でもそうだって言っておきなさいよ……」とあきれる。
さっきからあきれた表情ばかりを見せてくるな。
「イラついてんだよ」
「え?」
なんでも持ってるはずの男の中身が空っぽ。
オレに殺されたいと死に急いでいるアイツの姿に、無性にイラついている。
親父がどうしてこの依頼を引き受けたのかは、オレには分からない。
だけど、どんな理由であれ引き受けたのはオレだ。
一度、引き受けた依頼は必ず遂行するのがオレの主義。
「生きる喜びと、絶望を与えてやる……」
「……」
唇を指でなぞりながらそう言ったオレに「……よく分からないけど、絆されたわけじゃないってことね?」と念を押すように聞く。
「……アホか」
オレの返事を聞いた雨宮は、オレのことをしばらく無言で見つめたあと「……まあいいわ。今は、アンタの言葉を信じる」と肩をすくめた。
「けど……あんまり時間をかけてると、柊に横取りされるかもしれないわよ」
「そんなヘマするかよ」
「……」
アイツを殺すのは、オレだ。
オレ以外の誰にもヤツは渡さない。
無意識に左手の中指で下唇を触っていると「なに? ケガでもした?」と聞かれた。
「あ?」
「さっきから、ずっと触ってるわよ?」
「なにを?」
「唇」
「……」
オレは唇を触っていた手を離す。
思い出すのは、九条のあの表情と口からもれたあの声。
熱くなる顔を手で隠すように覆うと、雨宮が「ちょっとアンタ達ねぇ……」と小さな声でつぶやいた。
「……あ?」
顔から手を離して雨宮を見ると、オレのことを見ながらなぜか顔を赤くしていた。
「ナニしてたのか知らないけど……」
「な、なんだよ……」
「……ソレ、治めてから戻って来なさいよ」
そう言いながら、雨宮はオレの下半身を指さした。
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