6 / 22
第五話 白を染める
『次のニュースです。十五年前に一身上の都合で衆議院議員を辞職した当時の国家再建党幹事長・鳳堂景継氏について、新たな情報が入りました。鳳堂氏は、その五年後になんらかの事件に巻き込まれたとみられ現在も行方が分かっていませんでしたが、警察関係者の話によりますと行方不明となった十年前の十二月に——』
取り壊し予定だった二階建ての廃ビルを買い取って改装したのが、ここ、鴉のアジトだ。
改装してからもう十年以上が経っているから、かなり年季が入っている。
それでも、オレはここが好きだ。
「さーく! なに黄昏てんの!」
「……てねえよ」
入ってすぐの部屋はリビングダイニングになっていて、ダイニングテーブルとソファーが置いてある。
ソファーに座って資料を確認していると、柊が後ろからオレの首に腕を回してきた。
オレの髪の毛をつまんで遊んでいるその動作に、オレはこの前の九条とのやり取りを思い出して舌打ちをした。
「突然の舌打ち!?」
「……触るな」
「えー、ひどいなぁ」
笑いながらオレから離れると、柊はソファーの前に設置されている壁掛けのテレビに視線を向けた。
そこには、見るだけでも吐き気がする鳳堂の顔写真が映し出されていた。
テレビを消そうとリモコンに手を伸ばすと「消すの?」と柊が聞いてくる。
「見たくねえだろ」
「気にしないよ。だって、もう過去の人じゃん」
「……そうだな」
「朔の手で、ちゃーんと殺してくれたじゃん」
そう言って拳銃を撃つ仕草を見せながら笑う柊の顔を見ていると、鳳堂を始末した日を思い出す。
「あっ! 寒いと思ったら雪降ってるよ」
窓のそばに立ち、ブラインドのスラットの隙間に指を入れて外の様子を確認する柊の声に反応する。
あの日も、今日みたいに珍しく雪の降る夜だった。
雪の上に滴り落ちる真っ赤な血が、今でも目に焼き付いている。
オレの、初めての殺しの案件だった。
「きっと、あの時以上に綺麗なんだろうなー」
「……なにが?」
「九条の御曹司の死に顔」
「……」
その言葉に、オレは眉毛を上げた。
「……なにその反応?」
「……別に」
オレの顔を見て、柊はオレ以上に顔をゆがめると「ねえ、本当に殺す気あんの?」と質問をする。
「あるに決まってるだろ」
「……ふーん」
柊はオレの隣に座ると「この前のパーティーでも殺せなかったのに?」と真剣な顔をする。
「期限はまだある」
「期限内だとしても、朔ならさっさと殺してるでしょ?」
「……」
図星を突かれてなにも言い返せないでいると「……朔が殺せないなら、俺が本当に殺すからね」と、もう一度俺に忠告をしてくる。
「何度も言わせるな」
「……信じてるよ」
柊はそう言うと、自分の部屋に戻って行った。
*
就任パーティーまであと十日。
今日は、就任パーティーで着る予定のスーツを仕立てるため、銀座のビスポークテーラーを訪れていた九条を監視している。
店を訪れた客に変装して、自然に九条へと近づいていき、会話を盗み聞く。
「九条様の肌のトーンでしたら、こちらのブルーもお似合いになるかと思います」
「もう少し明るい色はないでしょうか?」
「明るいお色ですか?」
「ええ。先日降った……あの雪のような純白に近い色がいいかなって」
九条の言葉に、テーラーは少し驚いた顔をしている。
「九条様が白を選ばれるのは、めずらしいですね」
「……その白を」
九条は色見本に視線を落として、どこか恍惚とた表情を浮かべながら「僕の色に染めたいんです」と微笑んだ。
「素敵ですね」
そう言ってテーラーは笑ったが、オレは九条の言葉にゾッとした。
僕の色に染めたい——白いスーツを自分の血で真っ赤に染めたいという意味で言ってやがる。
「……本当に、狂ってんな」
オレがそうつぶやくと、九条が一瞬、オレの方に視線を向けたような気がした。
「それではこちらで承ります」
「ありがとうございます」
「パーティーの五日前までには仕立てておきますので、パーティー当日までにまた受け取りにいらしてください」
「分かりました」
テーラーに礼を言った九条が店を出たのを確認して、オレはすぐに動く。
「……あの」
「はい?」
九条を担当していたテーラーに、普段よりも声のトーンを少し上げて話しかけた。
「さきほどの男性は、九条グループの九条凪さんですよね」
「……申し訳ございません。お客様の個人情報ですので」
そりゃあそうだろうな。
あわよくば、なにか新しい情報をとでも思ったが、さすがは老舗の高級ビスポークテーラーだな。
テーラーは「お客様は、なにかご入用ですか?」と営業スマイルを見せた。
「いえ、またにします」
そう言ってオレは店を出ると、九条のあとを追った。
アイツは店を出て左に行った。
大通りを歩きながら、事前に入手していたアイツのスケジュールを確認しようとポケットに手を入れた瞬間、建物の隙間から人影が現れた。
ソイツは、オレに向かって手を伸ばしたが、逆にその腕をつかんで一歩踏み込んだ。
体勢を崩したソイツの体とつかんでいる腕をそのままの勢いで路地の壁に押しつけると、目の前にいるソイツは「痛いなぁ」と緊張感のない声を上げた。
「……九条」
「こんにちは、殺し屋さん」
「……変装してんだろうが……」
なんでバレてんだよ。
綺麗な笑みを浮かべながらオレに視線を向ける九条に、見下ろしているのはオレなのに、心理的に優位に立っているのはコイツなんじゃないかという錯覚に陥る。
「なんでバレてるの? って顔をしているね」
「……もう驚かねぇよ」
「フフッ。僕はこれでも幼いころから、様々な分野の英才教育を受けてきているからね。人の癖や表情を見るのは、そのころからの習慣なんだ」
「……」
「外見はごまかせても、歩き方や視線……長年染みついた癖っていうのは意識しても直せないよ」
思わずつかんでいた両腕を放した。
コイツの前世はサイコパスかなんかか?
命を狙ってきている相手に対する態度じゃねえだろ。
そう思ったが、きっとコイツにはそういう生きていく上での"常識"ってやつが欠如してんだろうな。
まあ、ガキのころから身内に命を狙われ続けてたんじゃあ、歪むだろうな。
「それに、君の長い髪は美しい」
九条は後ろで束ねている髪の毛を一房すくい上げると、ゆっくりと口元に運んで口づけを落とした。
「パーティーまであと十日だよ? なかなか来てくれなくてさみしかったんだけど」
「あの約束、本気にしてんのか?」
「本気もなにも、僕に興奮してもらわなきゃあ殺してもらえないんだから」
ニッコリという効果音がつきそうなくらいの綺麗な笑顔を浮かべながら言うセリフとは思えねえ。
オレは周りを見回しながら「……ボディガードは?」と聞く。
「そんな四六時中一緒にいるわけないじゃないか」
「いや、いなきゃ意味ねぇだろ」
なんのためのボディガードなんだよ。
そんな風に思っていると、遠くから「お坊ちゃまー!!」「凪様ー!?」というボディガードが九条を探しているであろう叫び声が聞こえてくる。
「……お前まさか……」
「ああ。君が僕に会いに来てくれたから、二人を撒いてみたよ」
「……ハァ」
頭が痛い。
ボディガードに心底同情する。
「オレの任務がお前の護衛じゃなくてよかった」
「君が護衛についてくれるなら、きっと楽しいだろうね」
「……」
話の通じない死にたがり御曹司の護衛なんて、死んでも御免だね。
「命を狙われてるヤツのセリフじゃねえんだよな」
「でも、今僕を狙いにくるのは君だけだからね」
「そうかよ」
「叔父も、依頼した手前、結果が出るまでは新しい組織に依頼はできないみたい。同時に依頼して、バッティングしたりすると報酬のこととかでもめるかもしれないからね」
淡々と説明する九条に、オレは無意識に拳を握る。
「……生きてる姿、見せてくれるんじゃねぇのかよ」
オレがそう言うと、目を輝かせながら「見せるよ!」と嬉しそうな顔を浮かべる。
こんなに綺麗な笑顔なのに、この表情を引き出しているのはオレに殺されたいからなんだよな。
「……本当に……狂ってんな」
オレの小さなつぶやきが聞こえたはずなのに、九条はなにも言わずにただ静かに微笑んでいた。
ともだちにシェアしよう!

