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第八話 見抜かれた嘘

雨宮の酒にさんざん付き合わされて、途中でヤツを撒いてアジトに戻れたのは夜中の一時を過ぎていた。 「クッソ……だりぃ」 「おかえり」 「!」   部屋を開けると、柊がベッドに座っていた。 「勝手に入んじゃねえ」 「どうして?」 「ビビんだろ」 「……」   柊は「ふーん……」と興味なさそうな返事をしたあと「どこに行ってたの?」と聞く。 「雨宮に連れ回されて飲みに行ってた」 「その前だよ」 「……あ?」   着ていたコートとジャケットを脱いでハンガーにかけていると、柊がオレの横に立つ。 「……誰となにしてたの?」 「銀座をぶらついてただけだ」 「……セーフハウス使ったでしょ?」 「使ってねえよ」   息を吐くように嘘をつくが、柊は「本当に?」と食い下がってくる。 バレたか?   一瞬そう思ったが、まだ確信がないときの聞き方だ。 オレは「しつこい」と柊の頭に手を置いた。 「だって、俺の前に誰かが使った形跡が残ってたよ。テーブルの下にリップクリーム落ちてたし」 「それなら雨宮が使ったんだろ」 「どうして?」 「色つきなんて雨宮くらいしか使わねえだろ」 「……そうだね」   柊はオレの腰に腕を回すと「ねぇ……今日は一緒に寝ない?」と抱きついてくる。 そんな柊を、あきれた目で見ながら「ガキじゃねえんだから部屋に戻れよ」とため息をつく。 「えー、いいじゃん! 昔は一緒に寝てたでしょ!」 「いつの話してんだ……」   あのときは、恐怖から逃れるために人の体温が恋しかっただけだろ。 「さっさと寝ろ」 「同い年なのに子ども扱いしてるでしょ?」 「されたくないなら一人で寝ろよ」   そう言って柊を部屋から追い出した。 疲労と酒のせいですぐにベッドに潜り込んだオレが、部屋の外で柊が「……俺、色つきのリップだなんて、言ってないんだけど」とつぶやいたことに気づくわけがなかった。   十五年前——。 「ねー……生きてる?」   体を乱暴に揺らされる感覚で目を覚ましたおれは、目の前に広がる知らない景色に驚いて飛び起きた。 「イッ、ツ」 「大丈夫?」   頭の後ろに痛みが走って、その場にへたり込んだ。 「……誰だよ」 「シュウ」 「……ここは?」 「……分からない」   薄暗くてよく見えないが、とにかく広い地下室のようだ。 奥には扉があって、隙間風が入ってきて寒い。 おれの手が震えているのは、この寒さのせいなのか、それとも恐怖のせいなのか。 「お前だけか?」 「……他にもいるよ」   シュウがおれの後ろを指さすと、そこには三人の女の子が身を寄せ合っていた。 「……なんなんだよ……」 「ぼくも気づいたからここにいた……」 「いつから?」 「……たしか、一週間前くらい?」   シュウの体を見ると清潔で、お腹を空かせている様子はない。 一週間、ここにいるわりには健康状態もよさそうだ。 「……状況がよく分からないんだよね。……あの子達にも聞きたかったんだけど、怯えてて話にならなくて……」 「……お前は冷静なんだな」 「意味が分からなすぎるのと、あの子達を見てたら逆に冷静になってきちゃって……」   自分よりも焦っている人を見ると冷静になる、ってやつか。 気づいたら、おれの手の震えも止まっていた。おれは、女の子達に近寄ると「なあ……大丈夫か?」と声をかける。 「……っ」   予想通り、女の子達は震えているだけでなにも答えてくれない。 「……」 「……」   シュウと顔を見合わせていると、三人の中ではまだ顔色がマシな子が「……だ、誰も……戻って、こない……」と途切れ途切れにつぶやいた。 「え?」 「……もっと他にもいたってことか……?」   そう言った瞬間、扉の奥から大きな音がした。 扉が開くと、男が入ってきた。 「……っ」 「!」   男はおれ達を順番に見ると、女の子達に近づいていき、一人の女の子を選ぶと腕をつかんで無理やり立たせた。 「い、いや!」 「お、おい……!」   とっさにそう叫んで助けに入ろうとするが、シュウがおれの腕をつかんで止める。 「や、やめて……! 放して!」   女の子の言葉を無視して男はそのまま扉から出て行こうとする。 おれは、その光景から目が離せなかった。 「いいね」   扉の奥に、別の男がいる。 扉が閉まるまでのほんの数秒だったが、男の顔が見えた。 扉の奥にいて、おれ達を見下すような表情で見ていたのは政治家の鳳堂景継だった。 「……ハッ!」   息苦しさを感じて目を開けると、部屋にあるはめ殺しの小さな窓から光が差し込んでいた。 肩で荒く息をしながら、額に浮かんだ汗をぬぐう。 「……なんで、今更……」   あの日の夢を見たのは、寝る前に柊と話をしたせいか。 時計を確認すると、もう昼を回っていた。 「……ハァ」   両手で顔を覆ってため息をつく。 乗り越えたと思っても、結局オレは、過去に縛られてるだけなのか。 しばらくベッドの上から動けないでいると、扉をノックされた。 「朔? アンタまだ寝てんの?」 「……お前は元気だな」 「あったり前でしょ!」 「三十路なのに体力スゲェな」 「あ゙?」   いきなり素の声を出すな。   オレが扉を開けると「なにか用か?」と外にいた雨宮に聞く。 「柊と会った?」 「ああ」   雨宮は声のトーンを落として「大丈夫だったわけ?」と聞く。 「問題ない」 「そう? それならいいんだけど」   雨宮は「それじゃあ、アタシは次の仕事の準備に行くわ」と言って部屋に戻ろうとする。 「なあ」 「なに?」 「昨日、なんであそこにいたんだよ」   オレの質問に「あれは本当にたまたまよ。アタシの行きつけの美容室があの辺にあるのよ!」と答えた。 嘘を言っている様子はない。 「そうかよ」 「ええ」   そう言ってうなずくと、雨宮はオレのことをジッと見つめてくる。 「なんだよ?」 「……いい顔するようになったじゃない」 「なに?」   なにを訳のわからないことを言ってるんだ。 そんな表情をすると「無自覚なのねー」と苦笑する。 「まあ、そうよね。自覚してるわけないわよね」 「なにが言いたいんだよ?」   雨宮は「もし……アンタがその気持ちを自覚して、助けが必要になったときはアタシを頼りなさい」と眉毛を下げたまま笑う。 「は?」 「アタシはね、人の気持ちの変化には敏感なの」   誇らしそうに両手を腰に当てて胸を張る雨宮に、オレは思わず笑いそうになった。 「頼もしいな」 「当たり前でしょ。伊達にアンタより長く生きてないわよ」   オレの背中を軽く叩くと「お父様や組織のことが大事なのも分かるけど、自分の気持ちにも正直になんなさいよ」と笑った。 「……」   自分の気持ちに正直に、か。 そうしたいのは山々だが、そうするにはいろんなハードルがあるな。 そんなことを思っていると、前から柊が歩いてくる。 「廊下でなにしてんのー?」 「おしゃべりよ」 「こんなとこで? アッチで話しなよ」   昨日の今日だが、柊に変わった様子はない。 オレの視線に気づいた柊が「ん? どうしたの?」と聞いてくる。 「いや」 「そう? ああ、そうだ」   ポケットに手を入れて「コレって、玲さんの?」と取り出したのは色つきのリップクリームだった。 「ううん、この色はアタシには似合わないから違うわ」 「……そっか」   雨宮の返答に柊は笑うが、その笑顔には心がこもっていない。 なんだ? 「……俺、親父のところに行ってくるね」 「アタシも行かなきゃ」   二人が反対方向に歩き出す。 柊の態度に違和感を覚えていると、すれ違いざまに「……嘘つき」と言われた。 普段とは違う低くて冷たい声に、背筋に悪寒が走った。 「なっ!?」   追いかけて話を聞こうと思ったが「朔さん! 黒瀬さんが呼んでます!」と、最年少メンバーの千里に呼ばれた。 ——まさか、見抜かれたか。   柊が親父の部屋に入ったことを確認して、オレは無意識に拳を握った。 「朔さん? どーかしました?」   千里が顔を覗き込んでくる。 「早く行きましょう! 黒瀬さん怒っちゃいますよー!」 「……分かった」   ちゃんと話を聞いていればよかった。 柊の放った言葉の意味を思い知ることになったのは、その日の夜だった。

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