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第十話 答え合わせ
水分を含んだベチャベチャの雪に足を取られそうになりながらも、オレは九条の家に急いだ。
黒瀬さんとの就任パーティー当日の作戦会議が終わったあと、親父に呼び止められた。
柊が暗い顔で、夜の約束を断ってきたことを聞かされたあと、柊から預かったというリップクリームを手渡された。
それは、九条の女装に使ったときの色つきリップクリームだった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
九条の家に着くと、異様に静かなことに違和感を覚えた。
見回りがいない?
いつものように木に登って、九条の部屋のバルコニーに飛び移る。
中の様子を伺うと、九条のことをデスクに押し付けてナイフを振り上げている柊の姿が見えた。
「柊!!」
ドンッ!
窓を蹴破ったタイミングで、柊のナイフが振り下ろされた。
「……っ」
振り下ろされたナイフは、九条の喉元のすぐ横のデスクに突き刺さっていた。
「……せ、……ない」
「……」
「こ、ろせ……ないよ……」
柊は絞り出すようにそう言うと、涙をこぼしながら九条のことを真っ直ぐに見つめている。
「朔が……初めて執着を見せた人を……殺せるわけないじゃん……」
「柊……」
九条は、やさしい手つきで柊の頬をなでながら「君の心は、とても綺麗だね」と言って笑う。
「っ!」
柊は恥ずかしそうに顔を赤くすると「殺し屋に、なに言ってんの……」と目を細めて笑った。
「僕なんかより、よっぽど君の方がやさしいよ」
「お前……サイコパスだもんな」
「そうかい?」
柊の言葉にきょとんとした顔を見せる九条に「普通、恋敵かな? って相手にキスの感想とか言わないんだよ」と涙を拭きながら伝えた。
思っていたよりも穏やかな雰囲気の二人に少し驚いたが、それ以上に柊の言葉に焦りを隠せない。
キスの感想ってなにを言ったんだあのお坊ちゃんは。
オレが頭を抱えていると、柊がなにやら小さい声で九条に話しかけていた。
「好きって感情……本当に分からないの?」
「公平な判断をするために感情は必要ないからね。好きという感情は、その中でも一番余計なものだよ」
「……ふーん」
不服そうな声を出すと、柊は「……お前にもすぐに分かるかもよ」と言った。
「え?」
「ね、朔?」
「あ?」
柊に名前を呼ばれて顔を上げると、柊は口角を上げてニヒルに笑ったと思ったら、デスクに押し付けている九条に顔を近づけた。
そして、ほんの一瞬だけ唇を重ねた。
「……はあ!?」
「……」
「柊! なにやってんだよ!」
なにを見せられているんだオレは。
「……どう?」
「どうって?」
「なにか感じた?」
「特に」
至近距離で見つめ合っている二人は、そのまま会話を続ける。
なんであの距離で普通に話ができるんだ。
「ドキドキした? もっと触りたいって思った?」
「唇が触れたなぁ、くらいの感想かな」
「お前ね……」
柊はあきれながらつかんでいた九条の腕を放すと「じゃあ、朔は?」とオレに視線を向けた。
「え?」
「朔にキスされたときは、どんな風に思ったの?」
「……」
「本当になにも思わなかったの?」
九条は「……」と考える素振りを見せるが、なにも答えない。
「……あんな表情しといてなんで分かんないわけ?」
柊は悔しそうに下唇を噛むと「……お前が、本当に気づかないなら、就任パーティーまでに朔の代わりに俺が殺す」と九条を指さした。
「でも……もし……俺の言ってる意味が分かったんなら……」
そこで一旦言葉を詰まらせると、柊は下を向いた。
そして、グッと拳に力を入れると小さな声で「俺も、協力する……」とつぶやいた。
「……協力?」
デスクの上から起き上がった九条は「……どういうこと?」と、初めて見せる困惑の表情を浮かべていた。
「ヒントなんて出してやるかよバーカ! お前頭いいんだろ! 少しは自分で考えろ!」
そう言い捨てると、柊はデスクに刺さったナイフを引き抜いてポケットに戻した。
「……戻るね」
「ああ」
柊はオレの肩に手を乗せると「苦労するね……」と少しさみしそうな顔をした。
「……悪い」
「謝んなよバーカ!」
柊が部屋を出ていくと、部屋の中に沈黙が流れる。
色々聞きたいことはあるが、九条がデスクに寄りかかるように立ったまま微動だにしない。
多分、さっき柊に言われたことを考えているんだろう。
どうしたものか、と考えていると九条が「ねぇ……」と話しかけてきた。
「あ?」
「……彼がさっき言ってた」
やっぱりな。
柊のヤツはなにを考えてるんだ。
雨宮も柊も……オレ達は殺し屋とターゲットっていう関係でしかない——そこから出ることはできないんだ。
「さっきの彼とのキスは、特になにも感じなかったんだよね」
「そうかよ」
さきほどの柊とのやり取りを見せられて、オレはイラついていた。
不機嫌さを隠さない声でぶっきらぼうに答えると、九条が「ん?」と聞いてくる。
「お前さ……隙がありすぎんだろ」
「隙……?」
オレの言葉に、少し眉が上がったのが見えた。
コイツ、分かりにくいと思っていたけど、意外と顔に出やすいな。
「……」
「誰かまわずそういうことしてんじゃねえのかって思われるぞ」
そう言った瞬間、九条が無言でオレの方に歩いてくる。
「な、んだよ」
「……」
オレの前で立ち止まると、下からオレを見上げるようにジッと睨むように見つめてきたあと、オレのネクタイをつかんで乱暴に引っ張った。
「!」
目の前が九条の顔でいっぱいになったと思ったら、九条の唇がオレの唇と重なる。
「っ……」
九条はネクタイをつかんだまま離れると「……君の方が、隙だらけじゃないか」と不敵に笑う。
「……ハッ!」
オレは九条の細い腰に右腕を回すと、左手で顎を持ち上げる。
「お前だからだよ」
オレの言葉を聞いて、九条の目がほんの少し見開いたのが分かった。
今度はオレから口をふさぐと、応えるように九条もオレの首に腕を回した。
「ふっ……ん……」
そのままデスクの方に移動していくと、九条の体をデスクの上に抱き上げる。
「んっ……ふ……あ」
角度を変えながら、何度も深い口づけを繰り返していく。
「ん、……ふっ……」
「……っ」
名残惜しそうに唇を離すと、ほんのりと頬を赤く染めて潤んだ瞳でオレを見上げてくる九条の姿。
その、無防備で情欲的な視線に、理性を失いそうになる。
「全然違う……」
「……あ?」
首に腕を回したまま力を入れて引き寄せようとする九条に、オレは体のバランスを崩さないようにデスクに手をついた。
「彼のときとは、全然違う……」
「……」
この状況で他の男の話を出せるのがスゲェな。
だけど、これがコイツの通常なんだよな。
「……こんなに心臓がうるさい」
「……」
本当に、コイツは……。
「ねぇ、どうしてなんだろう?」
「……さあな」
「……」
オレがそう言うと、九条の視線がほんの少しだけ下に向いた。
「あ?」
その視線を追っていくと、行き着いた先にはオレの股間。
「!?」
「興奮してる?」
「見んな!」
「フフッ、大丈夫だよ」
そう言うと、九条はオレの手を取って自分の胸に運んでいく。
「僕も……興奮してるみたい」
「っ!」
九条の言葉に顔に熱が集まっていくのを感じて、正直すぎるオレの体を殴りたくなった。
そんなオレを見て、九条は微笑む。
「あのときの続き……しよ?」
熱をはらんだ瞳で見つめてくる九条に、オレはもう一度九条の唇を強引にふさいだ。
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