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第十一話 僕達の初恋
皮の手袋を外したあと、九条の着ている白いシャツのボタンをひとつずつ外していく。
右手を頭の後ろから首筋に滑らせると九条が「ッ、」と痛がる声を上げた。
「ん?」
首筋を確認すると、首筋から流れる一筋の血。
「おい……」
「なに?」
九条が首筋に手をやると「ああ、血だね」と事実だけを述べた。
見りゃ分かる。
「多分、さっきのナイフがかすったのかな?」
「……」
オレ以外の男に、血を流させられてんじゃねえよ。
そんな嫉妬心が湧いてきて、オレはたまらず九条の首筋に噛みついた。
「イッ……」
「……」
痛みで顔を歪めた九条に、やりすぎたかと焦って放そうとしたが、九条がオレの後頭部を右手で押さえた。
「痛みって……生きてるって感じがするね」
満足げな声を出す九条に内心あきれつつ、オレはもう一度噛みついてから、傷を舐める。
「んっ……」
「……お前さ……」
「え?」
ほんのり赤くなった顔で見上げてくる九条の色香にやられそうだ。
「……朔君?」
首を傾げながら名前を呼ばれて、思わず九条を抱きしめた。
「どうしたの?」
「……なんで名前知ってんだよ」
「ICカードに書いてあったよ?」
「……あ」
貸したままだったICカードの存在を今、思い出した。
「殺し屋なのに、律儀だよね」
「……名前は書くだろ」
「裏稼業の人間は、普通は書かないよね」
そう言ってニコニコと笑う九条に「もう、いいから黙れ」と唇を重ねる。
隙間から舌を差し込んで、逃げる舌先を追いかける。
「んっ……ふ、ん……」
「……凪っ」
「ふ、あ……っ」
舌を絡ませながら、残りのボタンを外していく。
「……ん……ねぇ」
「……あ?」
九条がオレの胸を軽く押して、なにか言いたげな声を出す。
オレは、九条の下唇を軽く噛んでから離れた。
「なんだよ?」
「君が窓を蹴破ったせいで寒いから、あっちに行かない?」
そう言って指をさしたのは寝室に続く扉。
「……ああ」
「まぁ、とは言っても今日は準備もしてないから触り合うことくらいしかできないけど」
「……ムードもくそもねぇな」
いつも通りの九条の態度に、オレは苦笑いをする。
もう少しなんかあるだろ?
「それに……」
「あ?」
九条が続きを言おうと口を開いた瞬間、部屋の遠くから足音が聞こえてきた。
誰が猛ダッシュでこの部屋に向かってくる足音だ。
「凪様ー!」
「!?」
「相馬さんが起きちゃったみたいだね」
「!」
その言葉を合図に、オレは皮の手袋をつけ直した。
「無事に帰れそうかい?」
「……多分な」
「続きはまた今度だね」
「……」
そう言って笑う九条に「さっさと服直せよ」と伝えてバルコニーから木に飛び移った。
「またね、朔君」
死ぬ気で九条の家から逃げてきたオレをアジトで待っていたのは雨宮と柊だった。
「おかえりー」
「おかえりなさい」
「……ああ」
柊が「ごっめーん! そんなに催眠ガスの効果なかったでしょ?」と謝ってきた。
「あ?」
「サクッと行って、サクッと殺す予定だったからさーそんなに強い催眠ガス使ってなかったんだよね」
そう言って笑う柊に「あら? じゃあ今回も生殺しで終わったってわけ?」と雨宮が乗っかる。
「前回は玲さんで、今回は俺が邪魔しちゃった」
「まあ、任務中にサカってるのが悪いわね」
「うるせえ」
なんでお前らの間で情報共有してんだよ。
オレが部屋に移動すると、なぜかコイツらまで部屋の中に入ってきた。
狭いんだから自分の部屋に戻れよ。
「なんだよ」
「まあまあ」
「これからの作戦会議しようと思って!」
「作戦会議?」
二人は部屋に入ると床に座った。
作戦会議とやらが終わるまで出て行かないつもりだな。
脱いだコートをハンガーにかけていると「そう! 名付けて、朔と凪のラブラブランデブー大作戦!」と柊が声のトーンを抑えつつテンション高めに発表した。
「ダセェ名前だな」
「いいじゃんか!」
「アンタ達のために考えたのよ!」
「はいはい……」
どうしてコイツらはこんなやる気なんだ。
そんな風にも思ったが、組織の中でコイツらが味方でいてくれるのは、正直心強い。
「朔の初恋だし、俺としては二人がどうにかして逃げられないかなって考えてるんだけど……」
「お父様がね……」
親父は元刑事だ。
刑事の勘や人脈もある。
あの人が本気になれば、オレ達が逃げるのは難しい。
九条自身も、すべてを捨ててまで生き延びたいと思っているのかは分からない。
「……なんで、お父様は依頼を受けたのかしら……」
雨宮のつぶやきが、部屋の中に静かに落ちた。
「……やっぱりあの綺麗子ちゃんが殺される理由が分からないわ」
「まあ、それは俺も同感」
「……そうだな」
柊は「児童集団拉致監禁事件、連続殺人事件、特殊詐欺の首謀者、同業者……今まで始末してきたのって、マジで犯罪者だけだったもんね」と、指を折りながら過去の事件を思い出していく。
「それも悪質なヤツね!」
「そうなのよね……。朔、アンタ綺麗子ちゃんと話してて、なにかヒントになりそうな話は出なかったの?」
「……ない」
すぐに否定したオレに、雨宮は「使えないわねー! なにしてんのよ!」と肩を叩く。
「ナニしてるんでしょ」
「ナニもしてねぇよ」
雨宮はため息をつくと「朔、アンタは綺麗子ちゃんからその辺もう少し詳しく聞いてきなさい」と指示を出す。
「……分かった」
「えー、朔でいいの?」
「あ?」
柊はニヤニヤと笑いながら「朔が行ったら、話どころじゃないんじゃない?」と近づいてくる。
「やめろ」
「まあ、そのときはそのときね。まぐわってもいいから、ちゃんと聞いてきなさいよ!」
「どストレートになにを言ってんだよ!」
セクハラで訴えるぞ。
「これが拗らせ童貞ね。反応がいちいち面白いわ」
「玲さん、あんまり童貞いじりすると朔が泣いちゃうからね」
「お前らいい加減にしろよ……」
顔を片手で覆いながら大きなため息をつくと「ごめんって!」と柊が肩を組んでくる。
「俺は過去のデータベース洗って、九条グループがなにかデカい犯罪と関わってないかとか、そういうの調べてみるわ」
「アタシも、情報屋として新しい情報つかんでくるわ!」
「……分かった」
オレは、九条と向き合う。
叔父以外に、命を狙われる心当たりがないかを聞き出す。
「それじゃあ、さっそく明日から動きましょう」
「だね。就任パーティーまであと八日しかないもん」
「……ああ」
二人が立ち上がって部屋から出ようとするのを「おい……」と呼び止める。
「ん?」
「どしたの?」
「……」
オレは二人から視線を逸らしたまま「……助かる」と感謝の気持ちを伝えた。
「!」
「さ、朔がお礼言った……!?」
「お礼……なのよね!?」
二人して衝撃を受けた顔をするな。
まるで、オレがいつも感謝しない人間みたいじゃねえか。
まぁ、しねえけど。
「フフフッ、いいのよ。アンタは弟みたいなものだもの」
「……朔が助けてくれた分、今度は俺が朔を助けるよ」
そう言って笑う二人の顔を見て、オレの心が熱くなった。
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