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第十二話 天才経営者の秘密

「とりあえず、警視庁のデータベースに侵入して、ここ数十年のデータを洗ってみるね」 「頼んだ」 「アタシは人脈使って聞き込みしてくるわ」   次の日、二人と軽い会話を交わしたあと、アジトを出て九条のもとへと向かう。 今日は、朝から社内会議をしたあと、取引先の星崎メディカルホールディングスとの打ち合わせだったはずだ。 前髪をオールバックにセットして、髪の毛は邪魔にならないようまとめてからメガネをかけた。 シンプルなスーツを着て、九条の取引先の会社に向かう。 ビルの入り口で偽造IDカードをタッチして中に入り、九条が来るのを待った。 入り口が見えるベンチに腰掛けていると、ビルの前に一台の黒い車が停まった。 「あれだな」   九条が乗っている車だ。 不自然にならないよう携帯を取り出して、なにか調べ物をしている風を装いながら車を監視する。 運転席から相馬が出てくると、後部座席に回って扉を開けた。 中から、ストライプ柄のグレースーツを着こなした九条が降りてきた。 周りにいた社員達が、一斉に九条に視線を向けたのが分かった。 分かる。 見たい気持ちはかなり分かる。 だけど、あの野郎どんだけ目立つんだよ。 「綺麗だなー……」   意識せずにこぼれたような、そんなつぶやきが聞こえてきてオレは声のした方に顔を動かした。 同じベンチに二人分を空けて座っている男が、目尻を下げながら九条のことを見つめていた。 「……」   なんだコイツ。 オレの視線に気づいた男が「な、なにか……?」と声をかけてきた。 「……声に出ていましたよ」 「……え!?」   オレの言葉を理解したのか、男は顔を真っ赤にしながら右手で口元を覆った。 「す、すみません! 完全に無意識で……」 「別に謝る必要はないですよ」 「た、たしかにそうですね……」   男は咳払いをすると「俺、二階堂悠真です。九条グループの顧問弁護士をしています」と自己紹介をしてきた。 「……顧問弁護士の方がなぜここに?」 「今日の打ち合わせに同行することになりました。って、あんまりこういう話はしない方がいいですよね」 「まぁ、誰か聞いているか分かりませんしね」   オレは二階堂のことを観察する。 仕立てのいいスーツ、高級腕時計……履いている革靴も綺麗に磨かれている。 こいつもいいところのお坊ちゃんなんだろうな。 「星崎メディカルホールディングスの方ですか?」 「ええ」   オレの偽造IDカードを見ながら「中田さん」と名前を読み上げる。 「よろしくお願いします!」 「はい」   二階堂は受付で話をしている九条に視線を戻すと「それじゃあ、俺は凪と合流しますので」と言いながら立ち上がった。 「凪……?」   名前を呼んでいることに思わず反応をしてしまった。 慌てて口を押さえるが、オレのつぶやきは二階堂に聞こえていた。 「あ、すみません……。実は俺、九条専務と幼なじみでして」 「……へえ」   返事をしながら記憶の中を辿る。 たしかに、なんか年上の幼なじみのような男がいた気がする。 「それでは」 「……はい」   二階堂は軽く会釈をすると、九条のもとに向かった。 声をかけられた九条は、いつも通りのほんのり口角が上がった綺麗な笑顔で一言、二言返したあと、オレの方に視線を向けた。 「!」   さっきの綺麗な笑顔よりも、気持ちが少しだけこもったような笑顔を向けてきた九条。   なんで、すぐにバレんだよ。   思わず緩みそうになる口元を左手で隠した。 九条は人差し指を唇に当てる仕草を見せると、目を細めて微笑んだ。 そして、後ろを振り返ると相馬と久世のボディガードを両隣に携えてエレベーターホールに向かった。 二階堂は立ち止まったまま、オレの方に振り返った。 目を大きく見開いて、口は半開きになっている。 あまりにも滑稽な表情に笑いそうになったが、軽く咳払いをして誤魔化した。 「……とりあえず終わるまで待つか」   一階に併設されているカフェで打ち合わせが終わるのを待つ。 携帯を取り出して、もう一度九条についての資料を確認することにした。   九条凪、三十歳。 幼いころに両親を事故で亡くしている。現在は、九条グループの専務取締役・海外事業統括本部長。 海外にある九条グループの子会社や医療事業、港湾物流を担当していて、外国語がペラペラ。 仕事の腕もたしかで、三年前、発展途上国への医療支援プロジェクトを実施、成功させた。 これにより、九条グループの企業価値が過去最高に。 九条グループ史上最高益を生み出したことで、若き天才経営者として大きく報じられた。   オレは興味がないから知らなかったけど、コイツのことを知れば知るほど化け物だなと思う。 さらに、あの顔面だ。 周りが放っておくわけがない。 「死ぬほど見合いの話がきたが、当の本人にはその気はなく、現在も独身のままで婚約者もいない」   まあ、あの性格を知ったら普通のヤツは逃げていくだろうな。 思い出し笑いをしそうになって、オレは画面から顔を上げた。 「あ?」   エレベーターホールから二階堂と相馬達が出てきたのが見えたが、九条がいない。 ボディガードが仕事しなくていいのかよ。 また撒かれたのか? そんなことを思いながらカフェから出て、オレは三人に気づかれないように近づいていく。 「……大丈夫でしょうか?」 「……ああなった凪様を動かせる方はいません」 「そうですね。お坊ちゃまのやりたいようにやっていただくしかないですね……」   なにがあったんだ? 嫌な予感がしたオレは、エレベーターに乗って、打ち合わせをしていた会議室のある二十階に向かう。 「……ここか」   会議室の扉の前に立ち、中の声を拾うために耳を押し付ける。 神経を耳に集中させると、微かだが、中から話し声が聞こえてきた。 「……も……グ……の一員なら……価値が……」 「そん……のいりません」 「どうして……ら……!」   机になにかを叩きつける音が響いた。 「このままいけば……も弊社……本一の……になれ……だ!」 「……なも……な……価値もない……」 「君さえ……っていれば丸く……るんだ!」 「この……に座るために、……踏み……る価値は……ません」   九条が答えた瞬間、先ほどよりも大きな音が聞こえてきた。 オレはドアノブを握り「失礼します」と返事を待たずに扉を開けた。 目の前には、机に押し付けられている九条の姿があった。 前にも見た光景だな。 冷静さを失わないように、拳に力を入れながら九条を押し倒していた男を睨む。 「な、なんだお前は……! ここには誰も入るなと言っておいたはずだ!」 「申し訳ございません。私、本日より新しく凪様のボディガードとなりました中田と申します」 「そ、そんなこと聞いていない!」 「凪様をお迎えにあがりました」   そう言ってから二人のもとまで歩き、男の腕をつかんだ。 「放していただけますか? これ以上は、コンプライアンス委員会に報告いたします」 「……チッ!」   男は舌打ちをすると、つかんでいた手を放した。 驚いているのか、先ほどからなにも言わない九条のことを抱きかかえると、そのまま会議室を出た。 「……」 「……」 「……フッ」 「……なんだよ」   廊下を出て、エレベーターホールでエレベーターを待っていると、ようやく九条が笑った。 「アハハッ! 中田さんはいつから僕のボディガードになったの?」 「中田は営業終了だ」   九条はオレのメガネに触れながら「似合ってるね、メガネ」と言ってそのまま外す。 「万能な変装道具のひとつだろ」 「たしかに」   メガネを持ったまま、空いている方の手をオレの頬に添える。 そして、オレの唇に自分の唇を軽く合わせて、すぐに離れていく。 「……なにしてたんだよ?」 「別に」 「……」 「単なる世間話だよ」   あの空気は、どう考えても世間話じゃねえだろ。 オレの苛立ちが伝わったのか、九条はもう一度唇を重ねると「拗ねないでよ」と微笑む。 「それで、今日はなにをしに来たの?」 「……」 「続き?」   上目遣いで首を傾げながらそう聞いてくる九条から、思わず目を逸らした。 「……違う」   オレは軽く深呼吸をしてから真剣な顔に戻すと「……話を、聞きにきた」と伝えた。 「……そう」   そんなオレから視線を逸らした九条の表情は、どこか愁を帯びていた。

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