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第十四話 交差する過去

「……冷えるぞ」   コートもジャケットも着ていない、シャツ一枚の格好で十二月の夕方は寒い。 この体の震えは、寒さからきているのもあるだろう。 そう思ったオレは、凪を抱き上げると部屋の中に戻った。 「ありがとう」 「ああ」   ソファーに下ろすと、オレは凪の向かいに座った。 「さっきの電話って」 「柊」 「この前うちに来た彼か」   凪はそう言うと「……それじゃあ、調べも進んでいる感じかな?」と眉毛を下げた。 「そこそこな」 「……そう」   オレは携帯を取り出すと、星崎メディカルホールディングスに関する資料を凪に見せる。 「今日、お前が打ち合わせをしていた星崎メディカルホールディングス。表向きは、iPS細胞の研究を進めている医療系企業のトップだ」 「そうだね。だから、九条グループとも昔から付き合いがあるよ」 「じゃあ、気づいてんだろ? 裏で海外マフィアとのつながりがあるってことも」 「……」   そこで黙った凪に「オレに隠す必要はもうねえだろ」とあきれた。 「……そう、だね」   そう言うと、凪は立ち上がってカバンのおいてある机に向かった。 カバンを開けると、中から分厚い資料を取り出してソファーに戻って来る。 「十年前……海外の大学を飛び級で卒業して日本に戻って来た僕は、九条グループの海外事業を担当することになったんだ」   資料の中から十枚ほど取り出すと、机に広げた。 そこには医療機器に関する海外物流データの詳細が書かれていた。 「主に海外子会社の医療支援と港湾物流を担当している」 「おう……」 「……大丈夫?」 「オレはそこまでバカじゃねえ!」   オレがそう吠えると「はいはい、ごめんね」と言って笑った。 「このデータは、星崎メディカルホールディングスと九条グループの二十年前からの物流データ」   データの内容を確認するが、特に不審な点は見当たらない。 物品の内容や数量、送り先が記載されているリスト。 そして支援実績や寄付金の収支、在庫管理の記録が書かれている帳簿だ。 「一見、不審な点は見えないよね?」 「ああ」 「でもね、ひとつずつ丁寧に裏を取ると、数字が合わないことに気づいていく」   そう言って凪は資料を指さした。 「たとえば、ここ。これだけの量の医療機器の送り先が、そこの地域の一番大きなクリニックじゃなくて私設クリニック」   凪は指で数字の上を軽く叩くと、顔をしかめた。 「この規模はありえない」 「……なるほどな」 「それに、この寄付金の流れ」   別の資料を手に取ると「この支援先のリスト以外にも、頻繁に大きなお金が振り込まれている謎の団体があったんだ」と寄付金の収支リストを机の上に置いた。 「巧妙に隠されているけれど、小さな矛盾がいくつも出てきたんだ」 「……」   たしかに、これだけを見て矛盾に気がつくのはごく一部だろうな。 そう思うと、凪は本当に優秀で、叔父や星崎メディカルホールディングスの人間からしてみたら、厄介な存在なんだろうなと改めて理解した。 「僕は、裏を取るために何度も海外に飛んだよ」   そう言うと、凪は机の上に置いている拳を握り締めた。 「現地の人に話を聞くと、最初はなにも教えてくれなかった。だけど……僕が少し裏の事情を知っている素振りを見せて、お金をちらつかせたらすぐに教えてくれたよ」   凪は顔をふせると「……日本人の子どもの……臓器は、金になる……。裏と、表の顔の使い分けは……大事だな、って……」と、悔しさをにじませながら途切れ途切れにそうつぶやいた。 「……子どもの、臓器……」   その言葉に、十五年前に消えていった子ども達の顔が頭から離れなくなった。 あのときの記憶がフラッシュバックする。 あの、鳳堂の地下に監禁されていた十歳から十五歳前後の子ども達。 上に連れて行かれたまま、誰ひとり戻ってこなかった。 そして、鳳堂と凪の叔父のつながり。 「……叔父は、会社を大きくするために……当時の衆議院幹事長の鳳堂景継と星崎メディカルホールディングスと組んで、違法臓器移植の斡旋をするネットワークを完成させていたんだ」   凪の言葉に、すべてのピースがつながった。 「……」 「それで、僕がそれに気付いたことに気づいた叔父が、本気で僕のことを始末しようとし始めたんだよね」 「……チッ」   そういうことか。 なにも知らずにお飾りの御曹司だったら、凪が命を狙われることはなかった。 「昔から、僕を邪魔者扱いしてた叔父だけど、ここまで露骨じゃなかったんだ」   そう言って笑う凪に、オレは「お前が、死にたがってたのは……自分の家がそんな犯罪に加担していることに気づいたからか?」と質問をする。 「……それも、あるよ」 「それも?」   含みのある言い方に、俺は違和感を覚えた。 「……犯罪に加担しているとはいっても、お前自身はなにもしていない」 「……」 「そうだろ?」   なんで返事をしないんだよ。 「……そう、だね」   ハッキリとしない曖昧な返事を返す凪に、オレは苛立って舌打ちをした。 どうして家の罪まで被ろうとするんだよ。 オレは怒りに任せて机を殴った。 その音に、凪は一瞬体をビクつかせるが、顔はふせたままだった。 そんなことを言ったら、オレはどうなるんだ。 生きるために、どれだけ悪いことをしてきたと思ってるんだよ。 オレは、机に置いたまま携帯を手に取ると、データフォルダから鳳堂の顔写真を見つけて画面に映す。 「凪……」   オレが名前を呼ぶと、凪は顔を上げた。 「……オレが初めて殺した元・国家再建党幹事長の鳳堂景継だ」   凪は、写真を見てからオレに視線を戻した。 「うん」   さも当然といった様子でうなずいた凪に「……うん?」と聞くと、凪はあっけらかんとした表情で「知っているよ」と続けた。 「あ?」 「鳳堂さんが朔君と柊君の最初のターゲットだったって、知ってるよ」   その言葉にオレは目を丸くした。 「……なんで?」 「全部、見ていたから」 「は?」   凪は「十年前の……ちょうど一週間後だよね。東京湾のコンテナヤードで」と、そのときの光景を思い出すように話し出した。 「な、なんで……」 「だから、見ていたんだよ。あの日、あの場所に……僕もいたんだ」   視線を合わせず、目を細めたままそう言い切った凪の言葉が、オレの思考を完全に止めた。

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