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第十五話 小さなサンタクロース
真っ白い天井、真っ白い壁。
清潔感のある香りが病室に広がっていた。
幼いころの記憶の中にいる両親は、ずっと泣いていた。
「どうしてうちの子が……」
「凪……ごめんな……」
泣かないで。
そう伝えたくても、息が苦しくて言葉が出ない。
僕の大好きな両親は、泣いてばかりだった。
そんな状況が変わったのは、六歳のころ。
かかりつけ医の先生から「ドナーが見つかりました」という報告を聞かされた。
その言葉に、僕の命を諦めていた両親は、泣いて喜んだ。
すぐにアメリカに飛んで、そこで心臓移植を受けた。
手術は無事に成功して、一年経つと、薬は手放せないが、普通の生活が送れるようになった。
僕の中には誰かの命があって、そのおかげで今もこうして生きていられる。
感謝と、少しの罪悪感と共に、僕は生きていた。
そんな僕に、叔父が会いにくるようになったのは、術後から五年が経ったある日のことだった。
「やぁ、凪君。調子はどうかね?」
「叔父さん、お久しぶりです。この通り、元気に過ごさせてもらっています」
「いやー、それはよかった」
そう言うと、叔父は僕のことをジッと見つめながら「君が九条家の子どもでよかったねぇ」といやらしい笑みを浮かべた。
「……」
「普通の家庭の子なら、多分もう死んでいたねぇ」
それは、叔父からの嫌味だった。
ドナー提供を待っている患者は、僕以外にもたくさんいる。
たまたま運がよくてドナーがすぐに見つかったのか、それとも両親がお金を積んで裏から手を回したのか。
どちらにしても、十一歳の子どもにかける言葉ではないことはたしかだ。
「いやぁ、参考になるね」
「……参考?」
「ふっふっふっ。人からもらった命だ……大切にするんだよ」
そう言ったあと、叔父は回れ右をして僕の部屋から出て行った。
「命を狙ってくるあなたに言われてもね」
そんな嫌味が思わずこぼれた。
叔父から送られてくる刺客を久世さんに対処してもらいながら、さらに五年が経った。
このころから、叔父の雰囲気が変わったことに気づく。
どこからそんなお金が出ているのか?
そう疑ってしまうほど、身に付けている持ち物の質が上がっていった。
そして、特定の人物と頻繁に連絡を取り合っている。
そこまでは気づいたが、僕は海外の大学に飛び級で入学することが決まっていたから、翌年には海外に飛んだ。
大学在学中から、祖父から今後の進路を決められていて、ハタチで日本に戻ると、すぐに九条グループに入社。
帰国してから、僕は叔父の動きを調べることにした。
「久世さん、少し手伝ってほしいんだけど」
「もちろんでございます」
「資料だけ集めてほしいんだ」
「かしこまりました」
久世さんに協力してもらって集めた資料は、九条グループの帳簿。
特に、僕が担当することになった海外医療支援や湾岸物流に関する帳簿だ。
前任の山田さんから僕に変わることが決まった瞬間の、叔父のあわてぶりを見たら誰だって不信感を抱く。
僕は、疑っていることに気づかれないように、少しずつ証拠を集めていった。
国内での証拠集めは難しく、海外出張に行った際に、現地の人間からも話を聞いたり、調べ始めていった。
しかし、なかなかコレといった問題は見つからなかった。
「……なにか、あるはずなのに……」
季節は巡り冬になると、世間を騒がせるひとつのニュースが報じられた。
『五年前に一身上の都合で議員を辞職した、元・参議院議員の国家再建党幹事長・鳳堂景継氏が突如、行方不明となりました。関係者の話によりますと、鳳堂氏はここ数日、なにかに怯えている様子を見せていたとのことで——』
「……鳳堂……景継」
見覚えのある顔だった。
数年前、屋敷の前で叔父と一緒にいた政治家だ。
叔父と関わりのある政治家の失踪。
なにかあると考えた僕は、毎晩、東京湾にある九条グループの所有するコンテナヤードを監視することにした。
十二月二十五日。
冷たい空気の中、東京ではめずらしく雪がしっかりと降っていた。世間はホワイトクリスマス。
運命の日は、サンタクロースの格好をして現れた。
強い風が吹くコンテナヤードの倉庫で監視をしていると、一台の黒塗りの車が走り込んできた。
急ブレーキをかけて停まると、中から鳳堂と叔父の秘書が下りてきた。
「クソっ! こんなところで死んでたまるか!」
「高飛びできるだけのお金は用意しました」
「当たり前だろ! 私がどれだけ九条グループに貢献してきたと思っているんだ!」
「お互い様ですね」
ようやく尻尾をつかんだのに、鳳堂は高飛びするつもりだ。
カメラを取り出すと、証拠を残すために二人のやり取りを写真に残す。
「ほとぼりが冷めるまで、身を隠していてください」
「そうさせてもらうよ! 長い休暇だ!」
「よいバカンスを」
秘書の言葉を聞いて、鳳堂は「フンッ!」と言いながら、秘書の持っていたスーツケースを奪うように受け取った。
このままだと本当に逃げられてしまう。
一か八かで飛び出そうとも考えたけど、相手が武器を持っている可能性を考えると合理的ではない。
「あと少しでコンテナ船が到着しますので」
「分かった……」
行くしかない。
そう思った瞬間、懐中電灯のような光が鳳堂を照らした。
「な、なんだ!」
「……」
危険を察知したのか、秘書は積み上げられているコンテナの中に紛れるように逃げて行った。
「みーっけ!」
「……鳳堂景継だな」
「……」
誰だろう。
男の人と、少年二人が鳳堂の方にゆっくり近づいていくのが見えた。
「だ、誰だ!」
「俺は警視庁捜査……じゃねえな。もう刑事は辞めた、ただの一般市民だよ」
男の人は「今は神代って名乗ってんだ。よろしくな」と軽快にあいさつをする。
「な、なんの用だ……!」
「……この二人に、見覚えはないかい?」
神代さんがそう言うと、男の子達が一歩前に出た。
人懐っこい笑顔を浮かべる男の子と、死んだような目をしている男の子。
表情が対照的だ。
「そんなガキは知らん……!」
「……だよなあ」
神代さんは二人の頭に手を置くと「アンタが違法臓器移植のために監禁してたパーツのことなんか、覚えてねえよな」と、笑顔だけど圧のある表情で鳳堂を見据えた。
「……まさか」
僕は両手で口を押さえた。
神代さんの言葉で、叔父が鳳堂と組んでなにをしていたのかに気づいて、吐き気を催したからだ。
ここで吐いたらあの人達にも気づかれるかもしれない。
深呼吸をして吐き気をごまかす。
「二人には、アンタに復讐をする権利がある」
「ふ、復讐だと……!? こんなガキになにができる!」
鳳堂がそう叫んだ瞬間、二人がポケットから拳銃を取り出して構えた。
「な!?」
あんな子どもに撃たせるつもりなのか。
そう思ったけれど、自分の人生を狂わせた相手に復讐したいという気持ちは分かる気がした。
——多分、僕の心臓移植がきっかけだ。
あのとき叔父が言っていた『参考になる』という言葉。
あれはきっと、子どもの命のためなら、親はいくらでも金を払う、という意味だったんだ。
僕の心臓移植を見て、叔父はそう確信した。
つまり、僕の存在が、彼らの人生を壊したんだ。
「ま、待て……! 金ならある! いくらでもやるから、命だけは……!」
鳳堂が言い終わらないうちに、死んだ目をした男の子が鳳堂に向けて発砲した。
「ギャアアア!」
わざとなのか、緊張したからなのかは分からないが、弾は太ももに当たった。
鳳堂が痛みでのたうち回っているのを冷めた目で見ながら、近づいていく。
「ま、待ってくれ……! た、のむ! 私じゃないんだ!」
「黙れ」
もう一度撃つと、今度は鳳堂の右耳が吹っ飛ぶ。
その反動で、鳳堂は雪の積もった冷たい地面に倒れた。
「グアッ!」
男の子は倒れている鳳堂の肩を踏みつけると、眉間に銃口を押し当てた。
「や、やめろ……し、にたくない……!」
「……お前に殺された子ども達も……そう言ってただろ?」
「!」
「お前は助けたか?」
「わ、悪かった……頼むから……!」
男の子は「ハッ!」と笑い声を上げると「お前は助けるに値しないクズだ」と言い捨ててから引き金を引いた。
発砲音が聞こえたあと、あたりは静寂に包まれた。
「……お疲れさん」
「朔ー! ありがとう!」
「……ああ」
「後始末は黒瀬に任せて、俺達は戻るぞ」
そう言うと、三人は足早に去って行った。
僕はその場から立ち上がると倒れて動かなくなっている鳳堂に視線を向けた。
白く積もった雪の上に、どす黒い、赤い血が小さな水溜まりを作っていた。
「……いつか、僕のもとにも辿り着くだろうか」
鳳堂とつながっていたのが九条グループだと分かったら、彼らは僕を殺しにくるだろうか。
彼らには、僕を殺す権利がある。
全身黒い格好で、憎しみのこもった瞳と一緒に現れて、赤いプレゼントを残してくれた小さなサンタクロースさん。
あの子になら——。
「……君が、僕のもとに現れたときは……」
僕は、自分の心臓に手を当てる。
「僕のことも……綺麗に殺してね」
三人が走り去って行ってできた足跡を、僕はしばらくの間、見つめていた。
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