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第十七話 託された想い
凪の体温を感じながら眠りについたはずなのに、朝、起きたときには凪の姿はなかった。
ベッドルームを出てリビングルームに戻ると、テーブルの上に書置きと一台の携帯電話を見つけた。
——会議があるから先に出るね。連絡が取れないと不便だろうから僕のサブの携帯を渡すね。凪。
ベランダに出て、一本タバコを吸ってからシャワーを浴びる。
スーツに着替えてから携帯電話をポケットにしまった。
「……問題を解決しに行くか」
オレは、親父の顔を思い浮かべた。
アジトに戻る前、一服しようと思ってカフェに向かうと、入り口の手前で声をかけられた。
「あ、中田さん!」
「……あ?」
振り返ると、二階堂が笑顔で手を振っていた。
昨日と違って髪の毛はセットしていないし、メガネもかけていないのに、何でバレるんだよ。
「……よく分かりましたね」
「え? ああ、そりゃあ一度お会いした方は分かりますよ」
さも当たり前だという顔をする二階堂に、オレは内心ビビった。
上流階級のお坊ちゃん達の観察眼がエグい。
「お昼ご飯は食べられました?」
「いや……」
オレがポケットからタバコを取り出すと「それよりもタバコが吸いたくて」と見せる。
「それならタバコも吸えるいいお店があるので、案内しますね!」
「……は?」
二階堂は「こっちです!」とオレの腕をつかんでグイグイと進んで行く。
お坊ちゃん達は、マジでマイページなヤツしかいないのか!
二階堂に連れて来られたのは、個室の会席料理店だった。
昼飯で来るようなところじゃねえだろと、心の中でツッコミをいれた。
「ちょっと待て、手持ちがないです」
「大丈夫ですよ。今日は俺が出しますので」
そう言って店の中に入ると「いらっしゃいませ、二階堂様」とスタッフが挨拶をする。
昨日のホテルといい、ここといい、お坊ちゃん達の顔パスに驚く。
「個室は空いていますか?」
「もちろんです。いつものお部屋をご用意いたしますね」
「ありがとうございます」
案内された部屋に入ると、オレはネクタイを少しだけ緩めた。
「そちらに座ってください」
そう言って上座を勧められた。どう考えても年下のオレがそっちに座るべきだろう。
そう思ったが、二階堂が下座に座ったのを見て、大人しく上座に座る。
「こういったお店は初めてですか?」
「あんま来ないですね」
「そうなんですね。ここ、料理がおいしいので気に入ってくれると嬉しいです」
オレは「あの、オレのが年下なんで、敬語じゃなくていいですよ」と伝えると「そう? それじゃあお言葉に甘えさせてもらうね」と言って笑顔を浮かべる。
ああ、コイツの爽やかさは女にモテるな。
だけどコイツは、多分、凪のことが好きなんだろうな。
オレの視線に気づいた二階堂が「あ、中田さんも、普通に話してね」と笑った。
「……そうさせてもらう」
「うん」
料理が運ばれてきて、ある程度食事が済んだタイミングで、二階堂が「中田さん……」と真剣な顔をした。
「あ?」
「……凪とは、どういう関係なの?」
キタ。
コイツの目的は、凪とオレの関係を確かめることなんだろうなと思っていた。
「……なんでそんなこと聞くんだ?」
「……昨日、凪とアイコンタクトを取ってたでしょ? あの時の凪の表情が印象的で……」
「……」
二階堂はそう言うと、顔を少しだけふせた。
「幼なじみの僕でも、あんな凪の顔を見たことがなかったから……」
「……」
オレと凪の関係は、なんなんだろうな。
「……なんなんだろうな」
「え?」
「……名前が付けられるような関係じゃねえんだよな」
オレ達は恋人ではない。
もっと、深いところでつながっている、運命共同体みたいなもんだな。
「こ、恋人同士とかじゃないの?」
「……どうだろうな」
オレは、コップに手を伸ばして口をつける。
「え、それじゃあ……中田さんは付き合ってもいないのに凪のことを抱いたの?」
「ブッ!」
二階堂の言葉に、オレは飲んでいた麦茶を盛大に吹き出しそうになった。
いや、吹き出した。
あわてておしぼりをつかむと、濡れた机を拭きながら「お、まえはなにいってんだよ!」と大きな声を出す。
「朝、凪に会ったんだけど、首にキスマークがついてたよ? つけたの中田さんでしょ?」
キスマークなんかつけた覚えはないんだが、無意識につけてたか?
「付き合ってもいないのに、破廉恥だなぁ」
そう言って顔を赤くする二階堂に「最後まではシてねえよ!」と思わず言い返す。
「……あ」
「……ンンッ」
オレの突然の暴露に、二階堂はわざとらしく大きな咳ばらいをすると「ちゃんと付き合ってからにしてね」と注意をしてきた。
その姿に、違和感を覚える。
「……なにも言わねえのか?」
「だから、最後までするならちゃんと」
「じゃなくて。 お前も、凪のことが好きなんだろ?」
オブラートに包まず直球で質問をしたオレに驚いて目を丸く見開いたあと、二階堂は「アッハハハ」と大笑いをした。
「もし、俺が凪のことを好きだったら、中田さんって酷い男じゃない?」
「っ……チッ」
否定はしない。
「アハハッ、あー、久しぶりに大笑いをしたよ」
涙目になるまで笑ったあと、二階堂は凪のことを思い浮かべているのか、少し目を細めながら「好きだよ」と愛おしそうな表情を浮かべた。
「……っ」
「……」
オレのことをジッと見つめたあと「まあ正確に言うと……好きだったよ、かな」と訂正した。
「あ?」
「俺の家は、代々弁護士の家系でね。九条グループの顧問弁護士を創業当初から任せてもらっているんだ。古い付き合いで、俺も小さいころから凪の家に遊びに行くことが多かったんだ」
そう言いながら、二階堂は昔のことを思い出しながら語り出した。
「凪は昔から大人びていて、年下とは思えないくらい達観していて……。でも、時々見せる年相応の笑顔が可愛くてさ」
これは、幼なじみマウントを取られているのか?
本当にコイツの凪への恋心は過去のものなんだろうな?
オレの苛立ちにまったく気づかない二階堂は「そんな凪のそばにいて、支えたいって思ってたんだ」と続ける。
「……でも」
「あ?」
「……十年前のクリスマスの日を境に、凪は本当の笑顔を見せなくなった……」
その日は、オレ達が鳳堂を始末した日。
凪が、それを目撃した日だ。
「凪が家のことで苦しんでいることには、なんとなく気づいていたけど……俺の言葉は届かなかった」
二階堂は机の上に置いている右手の拳を握りしめると、悔しそうな顔をする。
「凪の全部を分かってあげられなくても……俺のやり方で凪を守ることができる。そう思ってたんだ」
「……ハッ」
その言葉に、オレは思わず笑った。
「え?」
「アイツは、黙って人に守られるようなタマじゃねえだろ」
「……っ」
「オレは、アイツの罪悪感もすべて一緒に背負って生きていくつもりだぜ?」
オレがそう宣言すると、二階堂は面を食らった顔をした。
そして、さっきよりもデカい声で「アハハハッ!」と笑った。
「……そんな中田さんだから、きっと凪も惹かれたんだろうね」
「それは知らねえけど……」
「……俺じゃあ、凪を救うことができなかった……」
二階堂は一瞬、顔をふせたと思ったら勢いよく顔を上げた。
「中田さん!」
「な、なんだよ!?」
いきなり大きな声を出すな!
「凪のこと、よろしくお願いします」
「……言われなくても」
オレの返事を聞いて納得したのか、二階堂の顔色が変わった。
「中田さんのことを、男と見込んでお願いがあるんだ」
「……なんだ?」
「……クリスマスの日、九条グループが凪の会長就任パーティーを実施するんだ」
二階堂はカバンを手に取ると、中からファイルを取り出した。
「……凪は、そこで九条グループの大罪を告発する予定だ」
「……ああ」
「当日まで、凪のことを守ってほしい」
ファイルの中身を確認すると、警察に提出するための告発文と資料が入っていた。
「凪の叔父さんは、凪の命を狙って暗殺者を送り込んでくるはずだ」
お前の目の前にいるのがソレだ。
だが、痺れを切らした叔父がオレ以外の暗殺者を用意しても、おかしくはない。
「凪は、自分が殺されたあとでも告発できるように、公証済みの証拠を俺に預けているんだ」
「公証?」
二階堂は「ここにある証拠や凪の証言を、公的な手続きを通して残してあるってことだよ。あとから『そんな資料はなかった』なんて言わせないためにね」と丁寧に説明する。
「叔父さんは政治家ともつながっているからね。通常の告発じゃ、揉み消される可能性があるから」
「なるほどな」
二階堂はそう言うと「凪は……刺し違えてでも叔父さんを社会的にも抹殺するつもりだ」と悔しそうな表情を浮かべた。
「……本当に……死に急ぎ野郎だな」
「うん……。だけど、俺は凪を失いたくない。君だって、そうだろ?」
二階堂の問いかけに「当たり前だろ」と間髪入れずに答えた。
「だから、協力してほしい」
そう言って差し出された二階堂の右手を、オレは力強く握った。
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