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第十八話 賭け
二階堂と別れて、オレはアジトに戻ってきた。
中に入るのがこんなに怖いと思ったのは、初めて親父にココに連れてこられたとき以来だな。
目の前にある扉が、やけに重たく感じた。
中に入ると、リビングダイニングのソファーに柊と雨宮が座っていた。
オレに気づいた柊が「朔!」と大きな声で名前を呼んだ。
その声に、雨宮も振り返る。
「朝帰りなんて、やるじゃない」
「にしてはもうお昼過ぎてるけど?」
「お昼ご飯は?」
「食べた」
オレの返事に雨宮は「あら、珍しくちゃんと食べたのね」と感心したようにうなずいた。
「九条凪と一緒に食べたんでしょ!」
「いや、アイツの幼なじみだ」
「え?」
「アンタ、幼なじみとも仲良くなったわけ?」
柊は「朔がどんどん社交的になっていくよー!」と大げさに驚いてみせる。
失礼なヤツだな。
「……親父は?」
「……いるわ」
「……分かった」
目をつぶって、深く息を吸う。
そして、静かに吐いてから目を開けた。
「朔……」
「外で、待機してるから」
「……ああ」
オレは、重たい足取りで親父の部屋の前まで歩く。
ほんの数日前に失敗報告をしたときの比じゃない。
今度は、失敗報告じゃなくて、任務放棄の報告だ。
なんなら、オレは組織を……親父を裏切ることになる。
拳を握って、もう一度深呼吸をする。
ゆっくりと左手を肩の高さまで持ち上げて、扉をノックする。
「入れ」
扉を開けると、親父が寄りかかるようにイスに座って、オレに背を向けていた。
扉を閉めて、その場から親父の背中に向かって声をかける。
「……親父」
「おう、朔」
革の擦れる鈍い音が鳴ると、遅れて脚の部分から金属音が鳴り、オレの方を振り向いた親父と目が合った。
「どうした?」
いつもと変わらない表示を浮かべる親父に、オレが勝手にビビっている。
嫌な汗が額を流れていくのが分かった。
「親父……」
「ん?」
オレは、勢いよく頭を下げた。
「悪い! 九条凪の暗殺依頼……オレにはできない!」
「……」
「オレには……アイツを殺せない……」
「……」
「自分勝手で本当に悪いと思ってる! だけど、これがオレの本心なんだ!」
ハッキリと宣言したあと、オレは頭を下げ続けた。
だが、いくら待っても親父からなんのリアクションもない。
親父がどんな顔をしているのか、怖くて顔を上げることができない。
「……朔」
「……っ」
親父の低い声がオレの耳を刺す。
「……顔、上げろぉ」
その言葉に、オレはゆっくり顔を上げて親父の顔を見る。
「……え?」
オレの想像とはまるで違う、穏やかな表情を浮かべた親父がそこにいた。
「……お、親父……?」
「……愛することを知ったか?」
そう言って笑う親父の言葉が、オレは理解ができなかった。
「え、」
「混乱してんなぁ」
「ど、どうして怒らないんだよ?」
「……怒る必要がねぇからな。むしろ、俺の方が怒られないといけねえな」
なにを言っているんだ。
顔にそう出ているんだろう。
親父は「ちゃんと教えてやるから、ソファー座れ」と言って立ち上がった。
親父は、ソファーに移動すると「どうせ、外で玲と柊も聞き耳立ててんだろ?」と扉に視線を向ける。
「……」
全部お見通しってワケだな。
ドアノブを回して扉を開けると「わっ!」と柊が驚きの声を上げる。
「……バレてる」
「あちゃー」
「まあ、そうよね」
気まずそうな顔をしている二人を「お前らも中に入れ」と親父が呼んだ。
三人でソファーに座ると、親父が笑顔を見せる。
「……ねぇ、朔? どういうこと?」
「なんでお父様はこんなにニコニコしてるのよ?」
「……この距離じゃあ内緒話になんねえよ?」
親父の目の前でコソコソと話をする二人にツッコみを入れると「ハッハッハッ! お前ら、さらに仲良くなったな!」と笑われた。
「イチから全部説明していくな」
そう言った親父は、ソファーから立ち上がると本棚のガラス戸を開けた。
そして、中から分厚いファイルを取り出してローテーブルの上に置いた。
「これは……」
ファイルの表紙には『少年少女連続誘拐事件』と書かれたテープが貼ってあった。
「……俺が、現役のときから追っていた事件だ」
「鳳堂の……?」
「ああ」
親父はポケットからタバコを取り出すと、火をつけた。
「二十年前から、孤児院から少年少女が行方不明になる事件が度々発生するようになったんだ」
親父がファイルを開くと、そこには被害に遭った児童養護施設のリストがあった。
全国各地の児童養護施設から十歳から十五歳前後の少年少女がいなくなっていたようだ。
「これはなにかあると調べ始めたら、ある大物政治家にたどり着いた」
オレと柊は顔を見合わせてうなずいた。
「そうだ。鳳堂景継……この事件の黒幕の一人だ」
「……でも、どうして親父は刑事を辞めたの?」
「政治家を相手にするってのは、大変なことなんだよ。正攻法じゃあ、勝てない」
親父はタバコを口にくわえて吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出した。
「公務員って立場じゃあ、俺はなにもできなかったんだ」
「だから、辞めたのね……」
「ああ。刑事を辞めて動きやすくなった俺は、当時の人脈で使えるものは全部使ってこの事件を追った」
ソファーの背にもたれながら右手の指を一本ずつ折って数えていく。
「同期、先輩、捜査中に知り合った探偵……それから裏社会の人間達……」
どうして親父は、自分の人生をかけてまでこの事件を追っていたんだ。
「お父様がこの事件にこだわったのは、なぜ?」
「……たいした理由じゃねえよ」
親父は灰皿にタバコを押しつけながら火を消すと「俺達には子どもができなかった……。里親制度を本気で考えたときに、児童養護施設にいる孤児達と関わるうちに、な」と答えた。
「ようやく証拠がそろって警察に情報提供したあとすぐに……鳳堂が行方をくらました」
親父は、顔をしかめながらローテーブルを力いっぱい叩いた。
「……どっかで情報がもれたんだ。俺の爪が甘かった」
「親父……」
拳を握ったあと「……だけど、そのあと朔と柊が監禁に使っていた鳳堂の別荘から逃げてきたんだ」と続けた。
「朔が食事を運んできたヤツの隙をついて逃げたときだ!」
「そうだ」
親父はあのときのことを思い出しているのか、どこか遠い目をしていた。
「お前達がたまたま俺のところまで逃げてきてくれたおかげで、鴉を立ち上げる決心がついたんだ」
「そのあとは?」
タバコをもう一本取り出すと、親父はさきほどと同じように火をつけた。
「十年前のクリスマス……鳳堂を追い詰めたときに、一緒にいた男の正体が分かった」
「……それが、あの綺麗子ちゃんの叔父様の秘書だったってことなのね」
雨宮の言葉に、親父はゆっくりとうなずいた。
「九条グループが鳳堂と組んで、違法臓器売買の手伝いをしていたことに気づいた」
親父は、ファイルを持って真ん中あたりを開くと「そして、九条グループの一人息子、九条凪が叔父に命を狙われていることを知ったんだ」と凪のプロフィールを見せる。
「……エグいわね」
「前は一年に一回くらいだったのに、この日を境に半年に一回、三か月に一回ってどんどん感覚が狭くなってんじゃん」
凪が、暗殺者を送るサイクルが分かるって言っていたのは、そういうことか。
たしかに、これは分かりやすい。
「九条凪の叔父・九条宗一郎は慎重な男でな。なかなか表舞台に出てこない」
「たしかに、話は聞くが姿を見たことはないな」
「ああ。だから、九条凪を餌にするしか宗一郎を炙り出すことはできないと考えたんだ」
その言葉を聞いて、オレは思わずローテーブルに両手をついた。
「……ってことは……凪は……囮か?」
「……そういうことになるな」
「……は?」
親父が九条宗一郎を見つけ出したいのは分かる。
だが、凪を囮にしていたとなると、話は変わってくる。
「オレに……凪の暗殺を任せたのは……」
「……」
「……理由はなんなんだよ!」
「……」
タバコを口に運んで吸い込んだ親父に「親父!」と詰め寄る。
「朔!」
「ちょっと、少しは落ち着きなさいよ!」
「……ハァ」
白い煙を天井に向かって吐き出した親父は、斜め下に視線を向けると「……賭け、だな」とつぶやいた。
「なに……?」
「俺は、お前と九条凪に賭けたんだ」
「……は?」
言っている意味が分からない。
オレが混乱していると親父はタバコを消して、オレと視線を合わせた。
「お前達が関わり合えば……変わると思ったんだよ」
そう言った親父の顔は、本気のヤツだった。
本気でそう思っている、親の顔だった。
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